過去

 あれから、何もなかったようにビジネスホテルに戻るとフロントで接待するホテルマンに手招きされる。何ですか、と近寄るとグッと力強く胸ぐら掴まれ「さっさと滞納している分払え」と脅しを食らう。

「下級の殺し屋が誰のお陰で――」とオーナー様がどーのこーの。雑魚のお前なんざ――と説教を食らい、渋々銀行に行っては滞納額を引き出す。オークションで稼いだお金ほぼ全てが部屋代、管理費等込みとなり、それは“ぼったくり”と思うほどの莫大な額。


 ――はぁ、此処も辞め時かな。


「はい、振り込んだよ」


 ニコニコと笑顔でホテルマン元に行くや今度は――。


「此処の暗黙のルール。殺害ノルマ達成してねーだろ。先月はともかく先々月とかな。いつ巻き返すつもりだ、クズ」


 見下し丸出しな言葉にプチッと狂も半ギレ。バンッとカウンターを叩き、恐ろしい笑顔で言う。


「あーあーはいはい。すみませんねぇ。オレは急かされて殺すと“作品”に支障が出るんですよ。だから、普通の殺し屋と違って繊細かつ芸術家なもんで。元々アドレスホッパーでアトリエ欲しさに部屋を借りただけだし、邪魔そうなら出ていきますよ」


 その言葉にホテルマンはニヤリ。


「ちょうど良い。お前より有能な殺し屋が借りたいと申し出があってな。退去するなら本日付けで頼む。明日、リフォーム予定なんでな」


 元々追い出す気だったか。

 無理な頼みにギリッと歯が鳴る。


「分かった。必要なものだけ持って出ていく。あとは捨てな」


 イライラしながら背を向けると「さっさとサツにでも掴まりな。刑務所なら無料だろ」の言葉にカウンターを蹴る。


「あークソ。腹立つ……」


 一部の殺し屋の中では“芸術”を受け入れてくれず。残酷に殺れだの、殺しは数だ、と言う者がいる。


 “いかに残酷に殺し映える”か。

 または、静かに何人殺せるか。


 此処に住む殺し屋や罪持ちと話すも思考の違いからか前々からこの場に違和感を感じていた。話が合わない。人を殺してなんぼが殺し屋。それなのに“美しさ”を求めるのはどうか、と。それを言われてからか此処に住む人と一切話さなくなった。


「証拠隠滅も含めて証明書とナイフぐらいで……」


 腐敗に染まった不快な匂い漂う好みの部屋。立ち去るのは心苦しいが殺されるよりはマシだと、部屋を出る。


「じゃあな、売れない芸術家」


 突っ掛かってくるホテルマンを無視し外に出ると「売れない芸術家様、お荷物です」と“からす”と言われる黒服に身を包んだ裏社会専属の郵便屋。


「へ、オレ?」


「はい。貴方当てに“合鍵”と極秘扱いの大量の資料が貴方用の部屋に置いておきましたので。此方の紙にサインと送り主様からのお手紙です」


 真っ黒な紙に白文字の送り状に赤いペンでサインを書き、引き換えと同時に茶封筒を貰う。誰、と中を開けると“so-do”の名前。


『俺の家の二階使って良い。ついでにお前が好みそうな資料等置いておいた。作品の参考になるなら読め。あと、署に来い』


 繋げ字のような見にくい文字に目を細め、ブツブツ文句言いつつ署に向かう。

 入り口で仁王立ちの警備員にドキドキしながらなかに入り、受付の女性に話し掛ける。


「あの、すみません。剣崎さん、いますか。えっと……息子・・です」


 慣れない場にテンパりから“バカ”みたいな嘘をつく。

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