これが真実の物語

 彼女は話をして、僕はそれを黙って聞き続けた。



 あなたに告白をした日、私は本当に幸せだったの。

 初恋が叶ったんだもの、当然よ。

 音楽室を出た後に、私、思い出したのよ、あなたに渡したいプレゼントがあったの。

 それを渡さなきゃって…。でも、音楽室に戻ったらあなたはもういなかった。

 どうしても渡したくって、あなたを追いかけた。そしてあなたを見つけたわ。やっぱり運命なのよ、どこにいても私はあなたを見つけられるの。


 あなたに声をかけようとした時、あなたは急に道路に飛び出した。そして、トラックに撥ねられたの。あなたの体が宙に飛んでいるのを見たわ…あなたと目が合った。

 その瞬間、私の心臓が激しく鳴ったわ。息が苦しくなって、私もその場に倒れ込んだみたい。


 気付いた時、私は病院のベッドの上だった。日曜日だった。すぐにあなたのことを思い出したわ。でも真実を知るのが怖かった。あなたはきっと助かってない。それがなんとなく分かっていたから…。


 その日、病院の先生と両親が話しているのを聞いてしまったの。「心臓の移植は成功した」って。まさか、と思って確かめた。誰も教えてはくれなかった。


 だけど、私の直感が教えてくれたの。あなたは私の中にいるんだって。あなたの心臓が私の命を繋いでくれたんだって。「大丈夫だよ」って励ましてくれたんだって。


 パパに問い詰めたの。そしたら、事故現場で亡くなった高校生の男の子の心臓を移植したんだって。私の命を救うためにあなたの心臓を使ったの。


 私があなたを殺したようなものなのよ。

 ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい




 神宮寺カノンは泣いていた。大粒の涙を流しながら、僕に向かって何度も頭を下げた。僕の姿は見えていないはずなのに、僕の目を見つめていた。


「ごめんなさい、あなたの心臓私が貰ったの」

「謝らないで下さい…僕の心臓、キレイだったんですね」


 トラックに轢かれたのだ。てっきり内臓破裂しているかと思っていたが、奇跡的に心臓は傷つかずにいたようだ。


「僕はどのみち助かってなかったですし、僕の心臓なんかであなたを救うことが出来たのなら光栄です」

「なんでよ、なんでそんなに卑屈になるの?あなたのおかげで、私はここにいるのよ」

「生まれつきなんで。仕方ないです…それに…実は、神宮寺さんの初恋の相手は僕じゃないと思います」

「…え?」と彼女は消え入りそうな声で僕に尋ねる。

「どういうこと?」


「多分だけど、神宮寺さんの初恋の相手は僕の兄だと思うんです」


 僕は兄がボクシングをやっていたこと、そしてボクシングをやめたこと、やめたキッカケ、そしてその時期を彼女に説明した。


「僕と兄は結構声が似てるので…それに…やっぱり八歳の僕に神宮寺さんを助けられるわけは無いですよ。黙っててごめんなさい」


「それでもいいの…私は、あなたにも助けられたもの」

「僕は何もしてないです。臓器提供に丸をつけたのだって、兄の影響ですし…あなたの恋人には相応しくないんです。どのみち、もう死んじゃってるし…」

「か、関係ないわよ、私はあなたがいいって言ってるの」


「あなたが好きって言ってるの」


 神宮寺カノンが僕を見つめる。やはり僕と目線が合っている。もしかして僕のことが見えているのか?


「見えないわよ、でも分かるの。あなたは私の中にいるんだから。だから、あなたの考えてること、全部流れ込んでくるの…」


 それじゃ僕のやましい気持ちもよこしまな気持ちも見抜かれているってことか?それはそれで辛いんだが…


「私だって辛いわよ、あなたに触れられないしキスも出来ない。でも仕方ないの、あなたが好きなのっ」

「嬉しいな、僕も神宮寺さんが大好きです」


「そんなの言われなくても分かるわよ…あなたの心臓が直接私に伝えてくれるもの、私の事が大好きって言っているもの…」


 恥ずかしい…

 僕はこの物語の主人公にはなれなかったけれど、僕の大好きな人を助けることができてよかった。



「あなたの事故現場見なければ私が死ぬこともなかったわけだけどっ」


 神宮寺カノンのその言葉が、僕に不快感を与えることはなかった。照れ隠しのように聞こえたからだ。


「それに、あなた、こないだから物語の主人公がどうとかモブ扱いとか、色々とごちゃごちゃ考えてるけどっ」


 そんなところまで見抜かれていたのか?


「まったく意味が分からないわ。あなたはあなたの人生の主人公だし、私は私の人生の主人公なの。誰かの作った創作物なんかじゃないわ!すべて現実で、すべて真実なのよ!」







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