それが僕の物語?
神宮寺カノンは壮大な思い違い、勘違いをしているようだったが、僕はあえて指摘しないことにした。僕はこの物語の主人公ではないし、どうせ彼女も物語の登場人物に過ぎないのだから、多少の脚色があっても問題ないだろう。
僕は八歳の頃に八歳の神宮寺カノンを救い出したヒーローなのだ、そういうことにしておこう。
僕が死んで二週間が過ぎた。事故現場の赤い染みもすっかりと薄れていって、長閑な日常の風景に溶け込んでいる。
彼女は相変わらず僕に会いに来てくれたが、何かが進展したわけではなかった。彼女は僕の声を聞くことが出来たけれど、姿を見ることは出来ないし、僕は彼女に触れることも叶わない。これ以上はラブコメ展開になるとも思えない。要するに、幽霊の僕とお嬢様との日常系ゆるゆる作品という方向に向かっている気がしてならない。
作者は馬鹿なのかもしれない。そんな馬鹿な作者に生み出された僕はこの先どうなっていくのだろうか?神宮寺カノンの可愛さは、こんなクソみたいな物語の登場人物に留めておくのは勿体ない気がする。やはり僕とは釣り合わないのだ。そもそも僕は彼女のヒーローでもないし、彼女に好かれる主人公にもなれないのだ。
せめて物語の方向性くらいは決めて、ある程度プロットを固めてから登場人物を生み出して欲しいものだ。まあ、僕のようなモブ扱いの人物に言われても、何とも思わないんだろうけどな。
僕は神宮寺カノンとの会話以外することがなかった。
彼女が話し相手になってくれる放課後の一時間を除いて、常に暇な時間を持て余していた。
だから、ひたすらと自分の人生について思い出すことに努めた。この物語の作者は、何故かモブ扱いの僕のディティールに拘っているようなので、もっと過去の思い出も作ってくれているような気がしたのだ。
改めて自分の人生を振り返ることにしよう。
十六年前のことだ。
僕は加藤家の次男として誕生した。
加藤家は四人家族で、父と母と九つ歳上の兄がいた。
父親はサラリーマン、母親は専業主婦だった。贅沢ができる暮らしではなかったが、何不自由のない生活を送らせてもらった。年の離れた兄は優しく、いつも僕の面倒を見てくれていた。兄はボクシングを習っていて高校生の頃に、県大会で優勝した事もあるほどの強さだった。僕はそんな年の離れた兄のことを尊敬していたし、大好きだった。
高校を卒業した後はプロボクサーになるものだと思っていたけれど、兄は突然ボクシングをやめてしまった。両親が理由を問いただすと、「一般人を殴ってしまったから」と答えたそうだ。兄は優しく、そして正しい人だった。だからきっと何か事情があったに違いない。何か事件に巻き込まれたか、誰かを助ける為にその拳を使ったのだと思った。
僕はというと、運動全般が苦手だったので、ボクシングはおろか、運動部に入ることもなく、地味で冴えない人間に育った。小学生の時に読んだライトノベルに夢中になり、それ以降はひたすらライトノベルを読み漁った。ラブコメも好きだったけれど、異世界転生する類のものにハマった。チート能力や俺TUEEEE展開は厨二心をくすぐられるようでたまらなかった。
兄はボクシングをやめた後、医学部のある大学を受験し見事に合格した。そして国家試験に合格して医者としての人生を歩み出した。本当に自慢の兄だった。僕も何ができないかと思ったが、保険証の裏にある臓器提供の欄に丸をつけるのが精一杯だった。
どういうことだろう…僕の人生は思いのほかペラペラだった。悲しくなるくらいに、何のイベントも起きていない気がする。それなりの人生を生きてきたと思っていたのに、胸を張れるものが何も無い気がする。ひたすらライトノベルを読んで終わった人生だったんだな…
初恋が叶って、これから人生の転換期を迎えるんだと思ったら死んでしまった。その初恋も、もはやズルで手に入れたようなまがい物だ。僕自身の魅力で手に入れたものじゃない。
僕が死んで一ヶ月が過ぎた。
神宮寺カノンは、この数日、姿を見せなくなった。何かあったのだろうか?
いや、これが当然なのだ。
むしろよく構ってくれた方なのだ。
死んでしまった僕の魂を救ってくれていたのだ。
優しい子だったな…
無性に苦しくなった。
死んでるのに、まったくおかしな話だ。
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