これは君の物語?
山田太郎さんが美しい女性と天空へ昇っていって、二日が経った。
僕は相変わらず、僕の事故現場に留まり続けていた。
何処かに行ってしまおうかと思ったけれど、不思議なことに事故現場からあまり遠くへは行けないようだった。
何度か試してはみたが、恐らく半径二十メートルが限界で、そこを越えようとすると、いつの間にか事故現場の上空へと戻されてしまう。何度かそれを繰り返した後に、途方もなく虚しくなってしまい、移動するのをやめた。
神様も女神様も天使様も迎えに来てはくれない。
かといって、成仏するでも悪霊化するでもない。
物語は一向に進まない。
いっそ地獄でもいいから、何かしらの展開を与えてもらわないことには、何も終わらないような気もする。
僕は金曜日の放課後に死んだ。
猫を庇って死んだことにしておく。
今日は日曜日、初恋の相手で生まれて初めての彼女、神宮寺カノンとの初デートのはずだった。
あまりにも退屈なので、必死に自分の記憶を辿っていたら、神宮寺カノンに告白されたシーンまでは鮮明に思い出すことが出来た。
あまりにも酷い仕打ちだ。
あんな甘美な告白シーンを与えられて、物語の主人公と錯覚させておいて、その実、僕は脇役だった。死んだ後の処遇も決められていないようなモブ扱いだったのだ。
恐らく主人公は山田太郎さんなのだろう。今頃、転生先の異世界で美少女に生まれ変わっているかもしれない。あるいは勇者にでもなって世界を救ってるかもしれない。魔族の末裔になったり、ハーレム王になってるかもしれない。いずれにせよ、山田太郎さんは異世界へ転生してセカンドライフを満喫しているに違いない。そう考えると、無性に腹が立ってくる。山田太郎さんにではなく、この物語の作者に、だ。
山田太郎さんはどう見ても五十代のおじさんだった。地主には見えなかったし、金持ちそうにも見えなかった。要するにこの現世で神宮寺カノンと関わりがあるようには思えないのだ。だとすると、僕は何のために神宮寺カノンと恋人関係になったのだろう?アテ馬にしても脈略が無さすぎる。
僕は十六年間、それなりに頑張って生きてきたつもりだ。
確かに突然、話したこともない初恋のお嬢様と付き合うことになるのはおかしいと思ったけれど、この記憶が作られたものだとするなら、作者はモブに与える情報量を間違えているとしか思えない。そして幸福の絶頂から死亡というバッドエンドを与えるなんて、鬼畜の所業だ。
そもそもこんなにハッキリと思考する能力を与えておいて、天国にも地獄にも来世にも異世界にも行けない、行き止まりの終了ってのは納得がいかない。いや、終了すらしていないじゃないか。この意識が消滅するんなら、それはそれでいいとさえ思える。
せめて彼女ともう一度キスしたかったなぁ…
死んでなお、性欲があるのかは分からなかったけれど、彼女のことを思うと、たまらなく切なくなった。
「…てよ…どうしてなのよ?」
聞き馴染みのある声がして、僕はその出処を探した。
横断歩道にしゃがみこむ姿が見えた。
その手には花束が握られている。
「どうして?どうして死んじゃったのよ…」
神宮寺カノンだ。会いに来てくれたんだな…そうだよな、今日はデートの約束の日だったもんな。
僕はここにいるよ…
「何処よ?何処にいるのよ?」
君の上にいるよ…
「上?いないじゃない!冗談はやめなさいよ」
え?
「だから何処にいるの?出てきなさいよ」
僕は地面近くまで下りて、彼女の隣に立った。
君の隣にいるよ…
「分からないわ、姿が見えないもの」
え?
え?
もしかしてだけど…声が聞こえてるの?
「さっきから返事してるじゃない。あなたバカなの?」
「声が聞こえるの?」
「だからそう言ってるじゃないの?」
「いや、怖くないの?幽霊だよ、多分、僕…」
「幽霊だったらなに?幽霊でも何でもいいから姿を見せなさいよ」
「いや、僕もよく分からないんです」
「バカにして…今日はデートの約束でしょ?」
「僕も楽しみにしてました…でもごめんなさい」
「とりあえずついてきなさい。デートプラン考えてあるの」
なんてことだ。
これはまさかのラブコメ展開なのか?
僕がよく読むライトノベルは決まって異世界に転生するものばっかりだったから、こっち方面は想定外だった。
「嬉しいんだけど…」
「なによ?文句あるのかしら…?」
「僕はこの半径二十メートルにしか居られないみたいなんです」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます