シュヴァルツ&ヴァイス 結
灰色の炎が、俺とグラウに迫る。
諦めかけた瞬間、俺たちの目の前に黒い炎の壁が出現し、灰色の炎を防いだ。
「何っ!?」
「間一髪だったな、シュヴァルツ」
「……今回は間に合ったな、ヴァイス」
俺たちの前に現れたのは、ヴァイスだった。
予想外の人物の登場に、グリは目を丸くしている。
「ようやくしっぽを出したな、グリさんよぉ」
「……その言い方、もしや私の正体に気づいていたのですか?」
「そうだ。お前はSEEDsのスパイだろ?」
「おかしいですね。どうしてあなた方にバレてしまったのでしょうか? 私はミスを犯していないはずですが……」
グリは俺たちに殺気を放ちながら、冷徹な目で俺たちをにらみつけている。
ヴァイスは俺とグラウを守るように、グリの目の前に立ちはだかった。
「シュヴァルツはな、相手の手に触れるとそいつが
「……その情報は初耳ですね」
「これは俺とヴァイスとボスだけの秘密だからな」
「どうやら私は、最初から信用されていなかったようですね。しかし、どうして私が
「以前にも似たような経験があってな。それ以降、ボスには事前に協力者の能力の有無を訊くようになったんだ」
「そうですか……」
グリは軽く舌打ちしたあと、さらに目をキツネのように鋭くつり上げた。
「……最後に一つだけ訊かせてください。あなた方は喧嘩別れをしたはずですよね? あのときの喧嘩は本気だと私にも理解できました。それに、私がシュヴァルツの監視をしていたときも、連絡は一切とっていなかったはず。あなた方はいつ私を嵌めようと計画を立てたのですか?」
「簡単なことだ。俺とヴァイスは目を合わせただけで、意思疎通ができるんだよ」
「目を……合わせた……だけで……?」
「そういうこった。腐れ縁もここに極まれりってやつだな。まあ、キレてたのは事実だが」
「そう……なん……ですか……」
グリは顔を下に向け、自分の両腕を掴みながら震えている。
表情が見えないので、グリが何を考えているかはわからない。
「気持ち……悪い……」
「あ? なんだと?」
「気持ち悪いのよ! あんたたち!」
グリは嫌悪感を剥き出しにしながら、手を前に出し灰色の炎を放出した。
炎の範囲は先ほどよりも広がっている。
「ヴァイス!」
「ああ、わかってる!」
ヴァイスも瞬時に両手を前に出し、漆黒の炎を放出する。
広がったグリの炎をヴァイスの炎が包み込んだ。
「くっ!?」
「へへっ、どうやら炎の扱いはアタシのほうが上のようだな」
「……それはどうかしら?」
確かにヴァイスの炎は変幻自在だ。
しかし、グリの炎も負けてはいない。
黒い炎にやや押され気味だが、灰色の炎の威力も相当なもので、ヴァイスが押しきれていないのである。
このまま膠着状態が続くのはまずい。
ヴァイスは能力を使い続けるたびに全身に火傷が広がっていく。
一方、グリには能力を使う代償がなさそうだ。
おそらく、グリはそれを見込んで勝負をつけようとしている。
俺は炎のぶつかり合いで露になったヴァイスの肌に触れた。
そして、白い炎を発現させヴァイスの火傷を癒していく。
「助かるぜ、シュヴァルツ!」
「ヴァイス、このまま押しきれそうか?」
「ちょっと厳しいかもな。だが、お前がいれば乗り越えられる!」
「ああ、そうだな。俺たちならできる!」
ヴァイスを鼓舞しながら火傷を治し続ける。
しかし、回復が追いつかなくなり、徐々に火傷の範囲が広がっていく。
「くそっ! 隙さえつければ……!」
「――私がなんとかしよう」
グラウが突然声をかけてきた。
グラウの手には胡桃のような木の実が二つ収まっている。
「……それは?」
「これは私が開発した人工フルフトだ。これを使って隙を作る」
「いいのですか? 相手は実の娘ですよ?」
「いや、あれは私の娘ではない。娘の顔に整形した別人だ。私にはわかる」
「……え?」
「そうよ! 私は娘のノエラではない! 私はイルザよ!」
「ペラペラ喋りやがって! 今すぐその舌を焼き尽くしてやるよ!」
「威勢だけはいいわね! 私以下の能力のくせに!」
「何だと、てめぇ!」
ヴァイスの火傷がついに全身に広がった。
今度は肉が焼ける嫌なにおいがしてくる。
「グラウさん、お願いします!」
「わかった。きみたちを勝利に導こう」
グラウは木の実を握り潰す。
次の瞬間、赤色の煙と青い煙がグラウの全身を包み込んだ。
グラウは苦しみに満ちた表情をしながら、手を前に出し、紫色の炎をグリの灰色の炎にぶつけた。
「うっ!」
ヴァイスは炎を出すのをやめ、その場にうずくまった。
同時に、ヴァイスの火傷の治療を進める。
「私の炎は長くはもたない! きみたちには奥の手があるんだろう!? それまではもたせるよ!」
紫色の炎と灰色の炎は互角のようだった。
しかし、グラウの指先は徐々に炭のようになっていく。
「ヴァイス! まだいけるよな!」
「ああ! 任せろ!」
ヴァイスは勢いよく立ち上がり、両手に炎を纏う。
その炎はだんだんと鋭利な形へと変わっていき、黒い炎槍を完成させた。
「またせたな、おっさん! じゃあ、いくぜぇええ!」
ヴァイスは炎の槍をイルザに向かって投げつけた。
炎の槍は灰色の炎を貫いたあと、グリの左肩にかすり傷をつける。
同時に、グラウとイルザの炎は消え去った。
「ぐっ! ……残念だったわね。この程度の傷――」
次の瞬間、傷口から黒い炎が溢れ出しイルザを包み込んだ。
「ああああっ! あづい! あづいぃぃ!」
黒い炎に包まれ苦しんでいたイルザは、俺たちの前を勢いよく通り過ぎ、岬から身を投げた。
これで終わりだな……。
「……ヴァイス、傷は大丈夫か?」
「ああ、心配すんな。それより、おっさんを問い詰めるぞ」
グラウは岩を背にして、息を切らしながらぐったりと寄りかかるように座っていた。
人工フルフトを使った反動なのか、グラウの両手は真っ黒い炭の塊のようになっている。
「やあ、きみたち。巻き込んですまなかったね」
「おっさん、単刀直入に訊くが、あんたがアタシらの両親を殺したのか?」
「……そうか、きみたちがアルペンハイム夫妻と
そのとき、不意に携帯電話が鳴る。
電話をかけてきたのはボスだった。
『私だ。すまないが、その男と話をさせてくれ』
スピーカーが勝手に作動する。
しかも、今回は変声機が使われていなかった。
「ボス?」
「その声……。まさかきみか? 懐かしいな」
『グラウよ。二人に真実を話してやってくれないか?』
「……そうだね。この子たちには知る権利がある」
『よろしく頼む。シュヴァルツ、ヴァイス。その男の話を聞いてくれないか?』
「……わかりました」
「ボスの命令なら仕方ねぇ」
その後、グラウはゆっくりと話を始めた。
「まず事実を言おう。きみたちの両親を殺害したのは間違いなくこの私だ」
「――っ!?」
『落ち着け、ヴァイス』
「……はい」
「そのような結果になったのは理由があるんだ。元々私と君たちのご両親は、フルフトの研究を一緒にしていた。きみたちのご両親は、とても研究熱心でね。当時、フルフトの知識について右に出る者はいなかったよ。そんな優秀な研究者と仕事をすることは、すごく光栄だった……ごほっ!」
「大丈夫ですか?」
「まだ大丈夫だ。話を続けよう。……ある日悲劇が起きたんだ」
「悲劇?」
「その日、ご両親は幼いきみたちに研究室を見学させていた。もちろん、細心の注意を払って見学させていたよ。しかし――」
「……しかし?」
「なんと、ケースに厳重に保管されていた新種のフルフトから謎の煙が出てきたんだよ。その煙はきみたち二人を包み込んだ。そして、きみたちは当時少数だったフルフトの適応者、
「そんな……」
「私はそのことを後悔していた。だけど、きみたちのご両親はなぜか喜んでいたんだよ」
「……それはなぜ?」
「きみたちのご両親はね、自分の子どもより研究を優先しようとしたんだよ。きみたちをフルフトの
「そんなバカな!」
「ありえねぇだろ!」
『落ち着け、二人とも。当時、私もその場にいた。彼の言っていることは真実だ』
「ボス……」
「……グラウさん、話の続きを」
「私は強く反対した。だけど、ご両親は本気だった。だから、私は彼らを止めようと、開発中だった人工フルフトを使った」
「……」
「しかしながら、人工フルフトの力はとても制御できるものではなかった。そして、暴走した私の力はご両親の命を奪ってしまったのだよ」
「そんなことが……」
「話を聴いてくれてありがとう。ごほっ! すまない……もう……限界のよう……だ」
『……さらばだ、我が友、グラウよ』
話を終えたグラウは、静かに息を引き取った。
こうして俺たちの復讐劇は幕を閉じることになったのである。
現在俺とヴァイスはハワイに移住し、二人でパンケーキ屋を営んでいる。
最初は苦労したが、ここ最近になってようやく軌道に乗ってきたところだ。
「なあ、相棒。アタシは今幸せだぜ」
「奇遇だな、俺もだ」
「これからもアタシらはずっと一緒だよな?」
「ああ、そうだな。これからもよろしく頼むよ、ヴァイス」
「へへっ、よろしくな、シュヴァルツ」
俺とヴァイスは改めて約束を交わした。
シュヴァルツ&ヴァイス 松川スズム @natural555
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