シュヴァルツ&ヴァイス 転
『グラウ・バルシュミーデ』
フルフトを取り扱うドイツの企業「ヴァイザー」の元研究責任者。
過去に離婚歴があり、現在配偶者はなし。
離婚した妻との間には一人娘がいるらしい。
今回の任務は、グラウの監視と護衛。
この町はすでに俺たちの組織の人間に取り囲まれていて、俺とヴァイスが最終防衛ラインらしい。
そして、監視と護衛はできるだけグラウに気づかれずに遂行しろと通達されている。
少し気にかかることはあるが、問題ない。
たとえこいつが両親の仇でも、俺たちはただ淡々と任務を遂行するだけだ。
「おい、シュヴァルツ! いったいこれはどういうことだ!?」
外出していたはずのヴァイスが、大声を発しながら、勢いよく部屋に入ってくる。
ヴァイスの後ろからは、グリもついてきていた。
「どうした?」
「てめぇ、アタシに嘘をつきやがったな!?」
「何のことだ?」
「しらばってくれるなよ! どうして今回の任務の護衛対象が、アタシらの両親の仇だと教えなかった!?」
「……すまん」
「謝って済む話じゃねぇだろ! シュヴァルツ!」
ヴァイスは俺の襟首を掴み激昂する。
まあ、無理もない。
しかし、こんなに早くバレるとは思わなかったな。
「……嘘をついて悪かった」
「だから謝って済む話じゃねぇだろ! お前とは家族同然だと思ってたのによ。ガッカリだぜ……」
俺の眼は怒りに燃えるヴァイスの瞳を捉える。
数秒間、互いに目が合った状態が続いた。
するとヴァイスは、襟首から手を離し踵を返す。
「ヴァイス!? ど、どこに行くんですか!?」
「こんな信用できないやつと仕事はできねぇ。アタシは一人で勝手にやらせてもらうぜ」
「そ、そんな……」
「じゃあな、嘘吐き野郎。お前とはもう金輪際会うこともねぇだろうな」
「……わかった。達者でな、ヴァイス」
ヴァイスはわざとらしく舌打ちをしたあと、部屋から出ていってしまう。
そんな様子を気まずそうに見ていたグリは、すぐに怒ったような顔を作り俺に迫ってきた。
「ヴァイスに話していなかったのですか?」
「すまない。俺が全部悪いんだ」
「……何か理由があるのですか?」
「これは俺のエゴだよ。俺はただ幼馴染みのあいつにこれ以上傷ついてほしくなかっただけだ」
「エゴ……ですか?」
「話は終わりだ。それより、今日は任務があるのか?」
「え、ええ、あります。けれど……」
「安心してくれ。任務はちゃんと遂行する」
「……わかりました。でも、その前に二つだけいいですか?」
「なんだ?」
「まずは、ヴァイスについてです。彼女が私怨でグラウを殺害する可能性は?」
「いや、それはないだろう。どんな理由があろうが、任務だけは必ず遂行するよ、あいつは。俺が保証する」
「そうですか……。とりあえず今は、あなた方を信頼することにします」
「それで? ほかに何が言いたいんだ?」
「……本当は隠しておこうと思ったのですが、任務に支障がでるのは避けたいので話しておきます。……実は私、グラウの実の娘なんです」
「……なんだって?」
俺とグリは、十日間ほどグラウの監視と護衛の任務を続けた。
幸い任務に支障がでる出来事もない。
順調にいけば、このまま最後まで任務を果たせそうだ。
しかしながら、結局、ヴァイスが俺たちの目の前に現れることはなかった。
「シュヴァルツ。一旦、この十日間の過程を振り返りましょう」
俺たちは旅館のテーブルに向かい合って座り、そのまま会議を始める。
この任務は明日で終わりだ。
最後まで無事に遂行するためにも、このタイミングでの会議は必要である。
「ああ、そうしよう」
「では、この十日間のグラウの行動についてですが――」
グラウの行動は単純だった。
この十日間、グラウはひたすら町中を歩きまわっていたのである。
最初の一日は町の中央、それからは町の東部、西部、南部、北部をそれぞれ二日間かけて巡っていた。
そして、今日一日は一切この旅館から出てはいない。
「続いて、グラウの一日の行動についてですが――」
グラウはこの十日間ただ町を歩きまわっていただけはない。
なんと、この町の住民と交流をしていたのだ。
住民は皆一様に、グラウと昔馴染みのように笑顔で話していた。
どうやらグラウは、この町に来たのは初めてではないようだ。
いや、以前からこの町と何かしら縁があったと考えるべきだろう。
「それで、グラウの特筆すべき日々の行動についてですが――」
グラウは毎日小さな善行を重ねていたのである。
公園でバドミントンをしていた子どもたちが、羽根を木に引っかけてしまった。
それをを目撃すると、自らの腰を痛めながら木によじ登って羽根をとる。
バスに乗った時は、毎回老人や妊婦、子どもに席を譲ったり、道に迷って困っている外国人を目的地まで案内したりした。
さらに、酔っ払って道端で倒れている男性を介抱して、自腹でタクシーに乗せたりしていたのだ。
それだけではなく、募金箱を見ると毎回迷わず札束をねじこんでいたのである。
グラウの行動を監視していると、本当に俺とヴァイスの両親を殺したのかと疑心暗鬼に陥ってしまう。
それに、俺はあの男に助けられた。
あのときのグラウは、純粋な善意で人助けをしていたようにも見える。
果たして、人を何人も殺した人物が、あのような言動をするのだろうか。
「……以上が、グラウの行動についてのまとめになります」
「グリ、ちょっといいか?」
「はい、なんでしょうか?」
「グラウは家でもあんな感じだったのか?」
「すみません。父は私が幼い頃に家を出ていったので、よく知らないのです」
グリは俺の隣に座る。
彼女は父親譲りの緑色の瞳で、俺の眼をまっすぐに見つめてきた。
「グラウが……私の父があなた方のご両親を殺害したのは事実です。今さらだと思われるかもしれませんが、私から謝罪をさせてください。……ごめんなさい」
グリは弱々しく俺の手を握りながら謝罪をしてきた。
彼女の身体は震えていて、一筋の涙が頬を伝う。
「グリのせいじゃない。悪いのはグラウだ。だから、そんなに背負いこまないでくれ」
「……ありがとう……ございます」
俺は無意識にグリの頭を撫でる。
しかし、グリは嫌がったりせず、そのまま受け入れた。
「明日で任務は終わりだ。お互い最後まで頑張ろう」
「……はい!」
翌日、俺とグリはグラウの監視を再開する。
グラウは、バスに乗って町外れにある岬を訪れていた。
現在グラウは、岬の先端で海をじっと眺めている。
グラウの足下には断崖絶壁が広がっていて、もし落下したら命はないだろう。
俺とグリはしばらく岩陰でグラウを監視していた。
大体二十分くらい経ったあと、グラウは海を眺めるのを止めて、こちらのほうへ振り返る。
「そこにいるんだろう? 私はもう満足したよ。だから、もう全部終わりにしてくれ」
グラウは明らかに、俺たちが隠れている場所に語りかけている。
どうやら監視はバレていたようだ。
俺は観念して、グラウと対峙することにした。
「……まさか、きみがエージェントだったとはね」
「グラウさん、あのときはお世話になりました。改めてお礼を言わせてください。ありがとうございました」
「礼はいらないよ。困った時はお互い様だと言っただろう。……さあ、私を殺してくれ」
「殺す? 俺はあなたを守るためにここに来たんですよ? ……おい、グリ。これはどういうこと――」
「ええ、あなたのお望みどおり殺してあげますよ。もちろん、シュヴァルツも一緒にね」
「――っ!?」
次の瞬間、背後から灰色の炎が俺とグラウを襲った。
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