シュヴァルツ&ヴァイス 承

 俺とヴァイスは、日本のとある地方都市を訪れていた。

 現在俺たちは、駅をすぐ出たところにある緑が溢れる公園にいる。

 本来なら、ここで現地協力者と合流する予定だった。

 

 しかし、約束の時間を過ぎても、現地協力者は一向に現れなかったのである。

 なので、今は公園内を歩き回り、現地協力者を探している最中だ。


「まったく、日本こっちの奴らは時間に厳しいんじゃなかったのか? もう三十分も過ぎてるぞ」


 ヴァイスは悪態をつく。

 だが、それも仕方がない。

 なんせここまでの移動だけで丸一日潰れたのだからな。


「ヴァイス、そう怒るな。日本人は時間に厳格な民族だ。きっと遅れているにも理由があるんだろう」

「……まあ、いいさ。遅れた理由はあとで聞けばわかることだしな。さて、早くこの任務を終わらせるためにも、さっさと現地協力者を見つけるとするか」


 ヴァイスは再び歩みを進めた。

 すると、すぐそばで男たちが明るめなアッシュグレーの髪色をした長髪の少女を囲んでいるのを発見する。


「いい加減しつこいですよ! 私にはこれから大事な用があるんです!」

「そんなこと言わないでさぁー。ちょっとお茶するだけだってぇー。ほら、そこのお店とかどう?」

「嫌です! 行きません!」


 男の一人が少女の肩に触れようとするが、その手は勢いよく振り払われた。


「おい、てめぇら何してやがる。この嬢ちゃんは嫌がってるじゃねえか」


 いつの間にかヴァイスが、男たちと少女の間に割って入っている。

 ヴァイスのやつ、また厄介事に首を突っ込みやがって……。

 

「ああ? なんだお前は? ってよく見りゃ女じゃねえか」

「おい、不細工な男女。そこをどけよ。お前に構ってる暇はねぇんだ」

「……てめぇら、どうやら死にたいらしいな」


 ヴァイスの奴、相当キレてるな。

 早く仲裁に入らないとまずい。


「待て、ヴァイス。落ち――」

「あばよ」


 仲裁に入る前に、ヴァイスは能力を行使し、男たちは黒い炎に包まれる。

 一瞬最悪な結末を予想したが、それはすぐに杞憂に終わった。

 なんと燃えたのは男たちの衣服だけだったのだ。

 男たちは皆パンツ一丁になっていた。


「……は?」

「な、なんだ今のは……。というか、さみぃ!」

「おいおい、そんな格好で公衆の面前を出歩いていいのかよ? そういや、近くに交番があったよな?」

「くそっ、ふざけんなよ! 覚えてろ!」


 俺は安堵のため息をつく。

 ちょっと前まで、チンピラを丸焦げにしていたのが懐かしいな。


「お前の女好きには脱帽するよ」

「別に下心はねえよ。それより嬢ちゃん、大丈夫か?」

「このたびはありがとうございます。あなた方が、シュヴァルツとヴァイスですね?」

「な、なんで俺たちの名を……? まさか――」

「はい、私は光の星リヒトシュテルン日本支部のエージェント、コード名は『グリ』といいます」






 

 無事現地協力者と合流したあと、俺たちはとある旅館の一室へと案内された。

 どうやら、ここが今回の拠点のようだ。


「――以上が今回の任務の内容となります。……って、あなた方は何をしているのですか!? ハレンチですよ!?」

「ん? 何って治療だが?」


 グリの説明を受けながら、俺はヴァイスにできた火傷の治療をしていた。

 今回の火傷は背中にできている。

 治療の邪魔になるので、上半身に服は着ていない。

 もちろん、下着はつけている。


「俺たちのことをボスに聞いてないのか?」

「……いえ、だいたいのことは把握しています。ですが、目の前にしてみるとちょっと……」

「説明ありがとな、嬢ちゃん。わかりやすかったぜ。でもよ、本当にアタシらはここで待機してるだけでいいのか?」

「はい、今はここで待機していてください。何かあれば、こちらから連絡します。もちろん、そのときはすぐに行動できるようにしておいてくださいね。護衛対象の資料は後ほど送らせていただきます」

「了解した。これからよろしく頼む」


 俺はグリに握手を求める。

 グリは顔色一つ変えずに握手を返した。

 そして、俺は布団の上で寝転がっているヴァイスの目を見る。

 ヴァイスは目が合った途端に飛び起き、俺と同じようにグリに手を差し出した。


「よろしくな、嬢ちゃん。いや、グリ」

「お二方、改めてよろしくお願いします。それでは、私はこれで失礼します。今日は任務がないので、ごゆっくり過ごしてください。もし、何か用があれば先ほど渡した携帯電話から連絡してくださいね」

「わかった」

「ああ、そういえば、この旅館は泉質の良い天然温泉で有名らしいので、長旅の疲れを癒すのにちょうどいいと思いますよ」


 グリは少しだけ口角を上げ、浅いお辞儀をした後に、部屋から出ていった。

 さて、とりあえず温泉にでも入るとするか。

 夕食まで、まだ時間があるからな。


「なあ、シュヴァルツ。この旅館にサウナはあるのか?」

「おそらく、ないだろう。この旅館自体結構古めで、伝統を守ってる雰囲気があるからな」

「そりゃ残念だな。またお前とサウナ我慢勝負ができると思ったのに……」


 ヴァイスは少し肩を落としながら、渋々浴衣に着替え始めた。

 部屋に置いてあった旅館の案内を改めて確認したが、やはりサウナはないようだ。

 というか、なくてよかった。

 また我慢勝負をして、死にかけるのはごめんだからな。


 俺は浴衣に着替えたあと、温泉に向かうことした。







 

「はぁ……ちょっと熱いがこれはこれで気持ちいいな」


 俺は身体を軽く流したあと、露天風呂に入る。

 幸運なことに、温泉には俺一人だけしかいなかった。

 まるで貸し切り風呂のような状況に、俺はつい気分を良くして長湯をしてしまう。

 しかし、それが仇となり、熱さにあてられてだんだん意識が遠くなっていく。


 これはまずい……な……。

 はや……く……でない……と……。


 そう思った瞬間、俺の意識は途切れてしまった。


「……きみ……大丈夫……か!?」

「――はっ!?」


 誰かの声が聞こえてくる。

 そのおかげで、なんとか意識を取り戻す。 

 俺は脱衣所にある長椅子に横になっていた。

 目の前にはグレーヘアの大柄で体格のいい中老の男性が、心配そうな顔をして立っている。

 彫りの深い顔に、高い鼻、角ばった顔つき、そして緑色の瞳。

 どうやら日本人ではなく、外国人のようだった。


「よかった。意識が戻らなかったら救急車を呼ぶところだったよ。さあ、この水をゆっくりと飲みなさい」

「……ありがとうございます」


 男性から渡された水で体内を満たし、身体が徐々に楽になっていく。


「助けていただきありがとうございます。この恩は必ず返し――」

「そんなに畏まらなくても大丈夫。なあに、困ったときはお互い様だよ」

「そうですか……」

「それより体調はどうかね? 自分の部屋まで一人で戻れるかな? もしよければ、私が一緒に――」

「お気遣いありがとうございます。俺は大丈夫です」

「……わかった。それでは、私はこれで失礼するよ。また会えたらいいね」

「はい、ありがとうございました」






 

「遅かったな。もう少しで男湯に捜索隊を派遣するところだったぜ」

「心配かけてすまんな」


 部屋に戻り、ヴァイスと軽口を交わしたあと、携帯電話を確認する。

 すると、グリから任務の詳細な資料が送られてきていた。

 俺はその資料を読んで思わず息を呑む。

 なぜなら身辺警護の対象者が、先ほど俺を介抱してくれた男性であったからだ。

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