シュヴァルツ&ヴァイス

松川スズム

シュヴァルツ&ヴァイス 起

 街を灰色に染めるような、濁った雨が降っていた。

 そんな中、俺は傘もささずに男を尾行している。

 男は俺の存在に気づかず、無防備な背中を見せながら足早に歩いていく。

 

 その先にあるのは、寂れた商店街だ。

 人通りも少なく、活気もない。

 だが、男はその商店街に入ってすぐの裏路地へと入っていく。

 そして、その後を追うように裏路地へ入ると、そこで男の姿を見失ってしまった。


「――こっちだ。間抜け」


 不意に背後から声をかけられる。

 振り向くとそこには、銃を持った男たちが路地の入り口を塞ぐようにして立っていた。


「お前だろ? ずっとオレの後をつけていたのは?」


 男はニヤリと笑う。

 間違いない。

 こいつが例の男だ。

 

「……ああ。そうだ」


 俺は静かに答える。

 すると、男は満足げに笑みを浮かべながら、銃口をこちらに向けてきた。


「お前はどこの組織の人間だ?」

「……その質問に答える義理はないな」

「ちっ! ああ、そうかよ。じゃ、ここで死んでくれや」


 男が引き金を引くと同時に、周りにいた男たちも一斉に発砲してきた。

 次の瞬間、俺の体に何十発もの銃弾が撃ち込まれる。

 だが、俺は銃弾を受けても倒れなかった。

 銃弾を受けた箇所は出血もしていない。


 そして、銃弾を受けた箇所からは、白い炎が発現する。

 同時に、体に埋まっていた弾が、足元にバラバラと落ちていった。

 

「お、お前はもしや、悪魔人間トイフェルメンシュ!? まさか光の星リヒトシュテルンのエージェントなのか!?」

「その質問にも答える義理はないな」


 俺は男たちへと近づいていく。

 それを見て、男たちは再び銃を構える。


「く、来るんじゃねぇ! この化け物が!」


 男たちは、恐怖におののきながら発砲する。

 しかし、銃弾が俺に当たることはなかった。

 なぜなら、俺の目の前には、黒い炎の壁ができていたからだ。

 銃弾はすべてこの黒い炎によって、溶かされていたのである。


「な、なんだ!? 今度は黒い炎!? 一体どうなってやがる!?」

「ははっ! 間一髪だったな、シュヴァルツ」

「だ、誰だ!?」


 男たちの背後では、白髪で褐色の背の高い女が、腰に手を当てながら笑っていた。


「遅いぞ、ヴァイス。それに、間一髪じゃない。俺はすでに一回銃弾を浴びている」

「そりゃ、ご愁傷様。まあ、いいじゃねぇか。すぐ治るんだし」

「治るといっても、痛みはあるんだ。少しは気を遣ってくれ」

「へーへー、わかりましたよー」

「な、何愉快に話してやがる! お前らはいったいなんなんだ!?」


 男たちは今度はヴァイスに銃口を向けた。

 しかし、もう手遅れだ。


「おせぇよ」


 ヴァイスが片手を勢いよく横に払うと、男たちの足元から黒い炎が上がる。

 手に持っていた拳銃は一瞬で溶けてしまった。

 俺はその隙を狙って、男たちを一人ひとり地面に投げ倒し、無力化していく。


「くそっ!」

 

 俺を恐れたリーダー格の男は、ヴァイスの元へと向かっていく。

 その手には、刃渡り三十センチメートルほどのナイフが握られていた。


「そこをどけぇ! 女ァ!」

「はっ! 必死だな、犯罪者さんよ。そんなもんで勝てると思ってんのか?」

「ほどほどにな、ヴァイス」

「ああ、わかってるよ」


 ヴァイスは鋭い蹴りを放ち、男の手を払いのける。

 その衝撃でナイフは男の手を離れ、こちらのほうまで飛んできた。


「ぐっ!? ちくしょう! ここで終われるかよ!」

 

 武器を失った男は、再びヴァイスに向かって突っ込んでいく。

 だが、もう勝負は決まったも同然だ。


「うおおっ!」

「ははっ! 威勢だけはいいねぇ! その気概は認めてやるよ! なら、アタシも本気でいかせてもらうぜぇ!」


 ヴァイスは殴りかかってくる男をひらりとかわしたあと、急所に蹴りを叩きこんだ。


「が……はぁ……!」

 

 男は股間を押さえながら、泡を吹いてその場に倒れ込んだ。

 同じ男として共感してしまった俺は、思わず自分の股間を守るような体勢をとってしまっていた。







 男たちを警察に引き渡した後、俺たちは拠点としているホテルで次の指令を待っていた。


「いてて……。おい、シュヴァルツ! もう少しお手柔らかに頼むぜ」

「精一杯優しくしてるつもりだ。すぐ終わるから我慢してくれ」

「……跡が残らないようにしてくれよ」

「善処するよ」

「善処じゃなくて――!」

「あ、すまん。ボスからの電話だ。治療はいったん中止するぞ」

「ボ、ボスからか……? なら、しょうがねぇな。早く出ろよ」


 俺はヴァイスの治療を止め、電話に出る。

 ボスからの電話は一週間ぶりだ。


『シュヴァルツ、ヴァイス、この度はご苦労。お前たちのおかげで「SEEDsシーズ」の構成員を逮捕でき、フルフトの流出を未然に阻止できた』


 電話越しから、変声機で変えられたボスの声が聞こえてくる。

 

『それで、次の指令だが……。お前たちには、吉報であり、凶報かもしれないな』

「それは、どういう意味でしょうか?」

『まずは、良い知らせから伝えるとしよう』

「はい、お願いします」

『良い知らせというのはな、お前たちの両親を殺害した犯人を見つけ出したということだ』

「そ、それは、本当ですか!?」

『落ち着け、シュヴァルツ』

「す、すみません……」

『では、悪い知らせを伝えよう』

「……はい」

『次の任務の内容は、その犯人の身辺警備をすることなのだ』

「……え?」


 




 

 ボスからの電話を終えたあと、ヴァイスに次の任務の内容を伝えた。

 しかし、任務の対象が、「俺とヴァイスの両親の仇」ということはあえて伝えなかったのである。


「なあ、シュヴァルツ。さっきはどうしてあんなに動揺してたんだよ?」

「次の任地が俺たちの故郷と聞いて驚いただけだ」

「……そりゃ、そうか。なんてったって、あの国に帰るのは五年ぶりだからなぁ」

「そうだな。それじゃあ、行こうか」

「ああ、行こうぜ。アタシらの故郷……日本に!」

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