103 エピローグ

 魔王が倒れた後、魔族達はそれを敏感に察知し、更に神様の魔法に恐れをなして魔王城から逃げ出した。

 魔族には傲慢な輩が多いが、さすがに魔王が負けるような相手に本気で勝てると思ってる奴はいない。

 まして、追い打ちに神の大魔法(攻撃力はないんだからコケ威しだが)を見せつけられれば、そりゃ逃げる。


 しかし、逃げた魔族達は外にいた部隊が数の暴力とアイアンドワーフを柱にして足止めし、そこに魔王城への突入部隊が背後から追撃して挟み撃ちにしたことで多くが討ち取られた。

 その中に魔王やフェザードの賛同者がいたかもしれないと思えば複雑な気分だが、それでも人々を脅かす脅威が減ったのは良いことだ。

 割り切って考えるしかない。


 その後、総大将であるシリウス王国国王は、魔王の討伐完了と作戦の成功を宣言。

 それを大々的に国民に発表し、王都で魔王討伐のパレードと、散っていった戦士達の鎮魂の儀式を執り行った。

 俺達は勇者パーティーとして、その両方に神妙な気持ちで出席し……その二つの式典が終わったところで、正式に勇者パーティーは解散した。


 ブレイドは元々所属していたシリウス王国最精鋭騎士団に復帰した。

 これからはルベルトさんの後継の次期団長として精進するらしい。

 各地にいる魔王軍の残党を狩り、ドッグさんなどの先輩から色々と教わって脳筋からの脱却を試みるのがブレイドの新しい仕事だ。

 俺としては、黒歴史の意趣返しとして、奴の恋路にも色々と口を出してやろうと画策している。


 リンも元から所属していた聖神教会に戻った。

 ただし、あいつの故郷の片田舎に戻ったわけではなく、王都の聖神教会本部に就職した形だ。

 都会の便利な生活に慣れると田舎には戻りたくないとか言っていた。

 基本的に負傷の多い騎士団の治療があいつの新しい仕事らしく、接点が無くならなかったブレイドがホッとしてるのを見るのは実に愉快だった。

 いずれリンの方にも意識させて、もっと面白くしたい。

 なお、この意見はステラとも一致している。

 王都に遊びに行く機会は多そうだ。


 エル婆は長年に渡る最強の聖戦士としての役目から引退し、しばらくは自由気ままに旅をするつもりだと聞いた。

 とあるマザコンが泣いたそうだが、いい加減親離れさせるべく、息子に行き先を告げぬまま旅を断行。

 俺達に向けてはちょくちょく手紙を書くし、気が向いた時や、そろそろ子供が生まれそうだと思った時には遊びにいくと言っていたので、普通にまた会えるだろう。


 そして、俺達はというと。


「ああ、やっと帰れるわ。皆元気かしら?」

「多分、大丈夫だろ。前の世界の話になるが、数年は何事もなかったからな」


 そんな話をしながら、ある場所へと歩を進めていた。

 俺達が向かっている場所、それは故郷の田舎村だ。

 ステラは聖剣を国と教会に返還し、勇者としての立場を捨てて俺と共に故郷に戻る道を選んだ。

 まあ、勇者の立場を捨てたといっても、魔王討伐の功績が無くなるわけじゃないから、そこそこの権威は持ったままだけどな。

 それでも表舞台からは完全に退場だろう。


 ステラにそれを惜しむ様子は欠片もない。

 むしろ、清々してる感じだ。

 こいつは勇者の資質はあったが柄じゃなかったからな。

 城で修行してた頃の話を聞けば、二言目には「肩が凝る生活だったわ」とか言い出すような奴だ。

 故郷には娘の帰還を待ちわびてる父親だっているのだから、帰らない理由はなかった。


「それで、道場はいつから始めるんだっけ?」

「一応、半年後からってことになった。しばらくは、ゆっくり過ごせる」

「そっか」


 仲間達が新しい仕事や生活を始めるように、俺達にも新しい暮らしの展望はある。

 それが道場を開いて、俺の最強殺しの剣を加護という才能を得られなかった人達に教えること。

 ステラはその手伝いや家の仕事をしてくれる予定だ。

 「任せなさい!」と胸を叩いて言っていた。


 ちなみに、これは聖神教会の教皇から依頼された仕事である。

 教会の仕事は人類を支えることであり、そのために優秀な人材の育成に余念がない。

 そんな教会からすれば、加護が無くても単独で魔族と渡り合える俺の剣術は相当魅力的に見えたようだ。


 今まで魔王を倒してステラを助けるという目標を達成するのに必死で、

 その先のことは故郷で親の手伝いでもして暮らすか、もしくはステラに何かやりたいことがあるなら付き合おうくらいにしか考えてなかった俺に、

 教皇はやることが具体的に決まっていないのであればと、この仕事を依頼してきた。


 そして、俺はその話を受けた。

 ルベルトさんのように、次の世代に繋げる何かを残したいとは思ってたんだ。

 教皇の話は渡りに船だった。


 ただし、しばらくは二人でゆっくり過ごさせてほしいという要求は通させてもらったが。

 その話をした時の教皇の目は忘れられない。

 神様のような慈愛の目と、仲間達のようなニマニマとした目を足して二で割ったような目だった。

 これが聖神教会のトップ、神様に一番近いところにいる人間かと、妙な納得をしてしまった。


「でも、大丈夫なの? 感覚、戻ってないんでしょ?」

「安心しろ。お前と打ち合えるくらいには回復した」


 心配そうに尋ねてきたステラにそう答える。

 魔王との最後の戦いで無理をしたせいでどこかが壊れ、狂ってしまった俺の感覚。

 予想通りというべきか、治癒魔法で体が全快しても元に戻ることはなかった。


 直後は全ての必殺剣が使えなくなるほどだったが、リハビリによって流刃から反天までの六つの必殺剣は再び使えるようにはなっている。

 しかし、使えるというだけだ。

 精度はかなり下がったし、終の太刀に至ってはどうにもならなかった。


 技が衰え、黒天丸も怨霊丸も暴風の足鎧も失った今、俺の戦闘力は相当下がってしまったと言わざるを得ない。

 ステラと打ち合えるというのは強がりではないが、もしも命の取り合いレベルの本気でぶつかった場合は勝ち目がないだろう。

 一本取った時点で終了の勝負ならギリギリってところだ。


 まあ、逆に言えば勝負ならギリギリ大丈夫なのだから問題ない。

 人に教えるという意味でも、ステラとじゃれ合えるという意味でも。


 失った力に未練もない。

 あの力はステラを助けるために、ステラの前に立ち塞がる尋常ならざる強敵を倒すために必要だった力だ。

 それを打倒したのだから、役目はもう終わっている。


 神様がヘマをして、次の魔王が俺の生きてるうちに襲来したりしない限り、残った力で充分だ。

 信じてるぞ神様。

 ドラグバーンの時みたいなやらかしはもうしないってな。


 ……一応、道場で教えると同時に、自分のことも真剣に鍛え直しておくか。

 秘伝書的なもので残しておくつもりではあるが、終の太刀を実際にやって見せて教えられないっていうのも問題だしな。

 決して神様のことを信じていないわけではない。

 本当だぞ。


「だけど、今は」


 俺は繋いだ手にギュッと力を込めた。

 ステラと繋いでいる左手に。

 まだこの感覚に慣れていないのか、それだけでステラはビクッとして顔を赤くする。

 今なら素直に、そんなステラを可愛いと思うことができる。


 かつてデートした時は、この幸福感に溺れないように必死だった。

 繋いだ手にも籠手を付けていた。

 今はそんな枷は両方ともない。

 籠手もまた魔王城での激しい戦いでボロボロになってしまったし、何より魔王も四天王もいなくなった今、もう俺達が戦う必要はないからだ。


 もちろん、不測の事態に備えて鍛えるのはやめないし、道場を開く以上、しばらくは剣を置くこともないだろう。

 それでも、今までのようにずっと張り詰める必要はない。

 全速力で走り続ける必要はない。

 この幸福を噛みしめることくらいは許されるはずだ。


「ふっ」


 思わず笑みが溢れる。

 ああ、幸せだ。

 俺は今、確かな幸せを感じている。


 魔王軍との戦いは辛かった。

 ルベルトさんやレストを始めとした多くの人達が散ってしまった。

 敵だった魔王とフェザードの死だって、決して後味の良いものではない。

 この結末は、完全無欠のハッピーエンドとまでは言えないかもしれない。


 戦争なんだから犠牲が出るのは当たり前と言ってしまえばそれまでだ。

 それほどまでに世の中には艱難辛苦がありふれていて、逆に当たり前の日常を守ることは大変で、平凡な幸せを取り戻すのも大変で、━━だからこそ尊いのだろう。


 そんな尊いこれからの日々を大事にしたい。

 確かに守れたこの手の温もりを大切にしたい。

 散っていった命の分まで。


「幸せになるぞ、ステラ」

「……何突然くっさいセリフ吐いてるのよ。そんなの当たり前じゃない」

「そうだな。当たり前だな」


 何よりも尊い当たり前だ。

 俺達はそのことを知っている。

 十歳のあの時、突然当たり前が崩れて、離れ離れになって、滅茶苦茶苦労して再会してからも更に滅茶苦茶苦労して。

 その全てを覚えている。

 だからこそ、きっと当たり前の日常を、平凡な幸せを、何気ない毎日を、何よりも大切にできるはずだ。



 数日後。

 俺達は故郷に辿り着いた。

 おじさんが真っ先に気づいて涙と鼻水で酷いことになってる顔でステラに駆け寄り、

 親父は手を繋ぐ俺達を見て優しい顔で、母さんは仲間達のごときニマニマした目で帰還を喜んでくれた。


 母さんの態度に関しては一言物申したいが、そんなことすれば火に油を注ぐのが目に見えてるからぐっと堪える。

 代わりに、俺達は今最も必要な言葉を口にした。


「「ただいま!」」


 そうして、俺達の長い旅は終わった。

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