100 最後の戦い 3

「常闇の世界に満ちる力。瘴気の坩堝にはびこる力。地獄の底で呻き続ける怨霊達の力よ」


 魔王が詠唱を口ずさむ度に、魔王の持つ闇の剣が巨大化していく。

 させじと俺達は飛びかかるが、人数も減り、ステラも満身創痍となってしまった今では止められない。


「苦しみ、嘆き、恨み、憎み。苦痛に満ちた絶望の力よ。

 苦しみの声を。嘆きの叫びを。恨みの咆哮を。憎しみの絶叫を。今こそ解き放つがいい」


 血を吐くような、負の感情に満ちた詠唱文。

 その言霊に込められたものを注ぎ込まれるかのように、魔王の剣は巨大化すると同時に、その表面にいくつもの泣き叫ぶ顔のようなものが浮き出てきて、絶叫を上げ始めた。

 聞いてるだけで精神を蝕まれそうな悲痛な絶叫。

 それを止める術は……俺達にはない。


「ステラ、ブレイド、リン、エル婆! 迎撃するぞ! あれ・・をやる!」

「! わかった! 信じるわ!」

「やるっきゃねぇか!」

「ぶっつけ本番ですね……!」

「ぬぅ……! できればこんな賭けはしなくなかったんじゃが、仕方あるまい!」


 そうして、俺達は魔王の魔法の発動を阻止することを諦め、迎撃を選択。

 ステラ、リン、エル婆の三人が魔王と同じく魔法の詠唱に入り、

 ブレイドもアースガルド戦の時のように、エル婆の魔法を剣に纏わせるために下がる。


 俺は四人が足を止めて魔法に専念し始めたのを見て、詠唱しながら突っ込んできた魔王を迎撃するための盾役だ。

 魔王も詠唱に意識を割かれて多少は攻めが緩くなってるが、それでも一人で抑えるのは至難の業。

 下手すれば魔法を撃ち合う前に叩き潰されて終わる。

 ここからして既に賭けだ。


「魔導の理の一角を司る光の精霊よ。神の御力の一端足る聖光の力よ。光と光掛け合わせ、極光と成りて我が剣に宿れ」

「魔導の理を司る精霊達よ。燃え盛る炎、渦巻く水流、鳴動する大地、吹き荒れる風、凍てつく冷気、鳴り響く雷鳴、破壊の闇、魔を打ち払う光の力よ。賢者の名のもとに合わさり、混ざり合い、強大な一つの力となって現出せよ。焼き払い、押し流し、押し潰し、荒れ狂い、凍てつかせ、轟き、壊し、輝け」

「神の御力の一端たる守護の力よ。神の御力の一端たる聖光の力よ。暴虐なる大魔に立ち向かう我らの前に顕現したまえ。その光で我らを照らしたまえ。その光で災いを退けたまえ」


 俺が耐えてる間に、ステラ達の詠唱が進む。

 だが、魔王の詠唱もまた進む。


「救われずに散った無念。救いを求めることすら忘却せし悲劇。醜く喰らい合うことしかできぬ我が悲しき同胞達よ。

 悲劇のままで終わらせてはならぬ。絶望のままで終わらせてはならぬ。

 魔界に満ちる全ての悲劇、絶望、怨嗟、苦痛、悲哀。

 その全てを我が剣に。その全てを我が力に。

 我は『魔王』。

 魔界の全てを背負う者なり」


 そして、━━魔王の詠唱が終わった。

 その瞬間に魔王は俺達から距離を取り、俺達全員を視界に入れて、身の丈を遥かに越える大きさとなった巨剣を、振り下ろした。



「『地獄剣・浄土』!!!」



 放たれたのは、闇の奔流。

 今までとは次元が違うほどに暗く、黒く、恐ろしい、深淵の闇。

 それが俺達を飲み込まんと迫ってくる。


 ああ、無理だこれは。

 あまりにも強すぎる。

 あまりにも濃すぎる魔力。

 刃を入れる隙間がない。

 終の太刀でも返せはしない。

 

「『神聖なる剣セイクリッドラッシュ』!!」

「「『極・裁きの魔導剣ジャッジメントブレイド』!!」」

「『神盾結界』!!」


 そんな魔王の最強技を、仲間達もまた最高の技で真っ向から迎え撃つ。

 ステラの放った光の奔流が闇とぶつかり合い、エル婆の魔法を纏ったブレイドの斬撃が闇を切り裂き、リンが全力を込めた結界が闇を押し留める。


 それでも、やはり魔王の方が強い。

 光は押し込まれ、斬撃は飲み込まれ、結界は砕けていく。

 これまでの戦いでビクともしなかったこの部屋が、余波だけでバキバキと音を立てて壊れていった。


「だぁああああああ!!」

「こんのぉおおおお!!」

「うううううううう!!」

「うぉおおおおおお!!」


 それでも、四人は魔王の圧倒的な力に全力で抗った。

 ステラも、エル婆も、リンも、魔力を使い果たすような勢いで魔法に込め、ブレイドも肉体の限界を無視して全身から血を噴きながら大剣に力を込める。


 そんな仲間達と魔王の決死の攻防を、俺はただ見ていた。

 ただ静かに観ていた。

 静かすぎる世界の中で、力の流れをその奥底まで観察し、闇の奔流に綻びが生まれる瞬間を、ただひたすらに待っていた。

 そして━━


「!」


 見つけた。

 否、読み切った。

 綻びが生じる瞬間ではなく、綻びが発生するに至る道を読み切った。


 ぶつかり合う力の中に、俺は怨霊丸を投擲する。

 いくらアースガルドの最強金属によって強化されたとはいえ、この圧倒的すぎる力の奔流の中に放り込まれた怨霊丸は儚く砕け散った。

 この世界において、一番最初のカマキリ魔族との戦いから俺を支えてくれた相棒の消滅。

 それで得られたのは、嵐の中に小枝を放り込んだかのように細やかな変化のみ。


 それで充分だ。

 小枝は力の流れが最も乱れた場所にさざ波を立て、付け入る隙を生み出してくれた。


 俺は怨霊丸の投擲と同時に、片方残った暴風の足鎧を起動させ、その綻びのもとへと跳んで黒天丸を突き立てる。

 闇の奔流ではなく、今にも押し切られそうな仲間達の魔法の一部分に。


 突き立てた黒天丸で魔法をかき混ぜるように動かし、仲間達の魔法に更なる乱れを生む。

 千分の一、万分の一ミリ単位で俺が望んだままの力の乱れを。


 その乱れは伝播し、闇の奔流の形を僅かに変えて、やがてぶつかり合う力の流れ全体を狂わせて形を変えていく。

 さながら、蝶の羽ばたきが風の流れを僅かに変え、そよ風に乱れを生み、その乱れが新たな乱れを生んで連鎖し続けるうちに大きな狂いとなり、遠く離れた地で渦を巻いて竜巻に至るかのように。


 小さな干渉が大きな変化を生む。

 その変化の全てを読み切り、操る。

 俺の望む形へと至るように。


 これが俺の剣技の極北。

 相手の生み出す大きな力の流れに共に乗る『流刃』。

 力の流れを歪めて逸らす『歪曲』。

 力の流れの綻びを突いて霧散させる『斬払い』。

 力の流れを絡め取ってそのまま返す『禍津返し』。

 ぶつかり合う力の流れを敵の最も脆い部分へと浸透させて壊す『反天』。


 例外である急所狙いの牽制技『黒月』以外の全ての技に共通する、力の流れのコントロール。

 その黒月とて、急所を正確に狙うには相手の力の流れを読んで動きを予測する必要がある以上、全くの無関係とは言えない。


 それを極めに極めたのが、この技だ。

 加護を持たぬ無才の貧弱な身で、あり得ないほどの力の差がある者達に挑み続け、小さな力で大きな力に触れることを繰り返した果てに到達した奥義。

 全ての基礎にして最終到達点でもある、最後の必殺剣。

 その名は━━



「終の太刀━━『流神』!!!」



 力の流れを完全に支配する、最強殺しの剣、究極の奥義。

 それによって、ぶつかり合う魔王と仲間達の魔法の形を変える。

 全ての魔法がぐちゃぐちゃに混ざり、一つの極大斬撃となって俺の刀の延長のように振るわれ、まるで黒天丸から放たれたかのように魔王に向かう。

 魔王、勇者、大賢者、剣聖、聖女。

 間違いなくこの世界最強の戦士達が放った最高の奥義が、全部纏めて魔王に炸裂する。


「な、なんだと!? ぐぁあああああああああ!?」


 さすがにこれが効かないわけがなく、極大斬撃に飲み込まれた魔王は悲鳴を上げた。

 だが、終の太刀が炸裂すると同時に、ブレイド、リン、エル婆の三人も倒れてしまった。

 リンとエル婆は多分魔力切れ、ブレイドは体に無理をさせ過ぎたんだろう。


 残ったステラも息が乱れ、膝は震え、顔色も悪く、身に纏う聖剣のオーラまで弱々しく衰えて、見るからに限界が近い。

 かくいう俺だって、流神で制御し切れなかったほんの僅かな反動、全体の0.000何%って程度の衝撃を食らっただけで全身がガタガタだ。

 ここまでの疲労やダメージと合わせて、正直立ってるだけでも辛い。


 だが、━━まだ終わっていない。


「ぐっ……がはっ……!」


 魔王は、まだ立っていた。

 あれだけの攻撃を巻き込んだ流神を食らってなお、倒れなかった。


 無論、体はボロボロだ。

 左腕は無くなり、左脚も壊れ、右腕と右脚も酷く抉れている。

 胴体もぐちゃぐちゃ、片眼も潰れ、顔の左半分には焼け爛れたような傷があった。

 しかも、あれは聖剣の力も巻き込んだ攻撃でできた傷だ。

 当然、治らない。


 前の世界で相手をした時に匹敵する重体。

 しかし、逆に言えばその時と同じくらいの力が残っているということだ。

 かつての全盛期、しかも万全の状態の俺と相討った時と同じだけの力が。


「魔王、決着をつけるわよ」


 ステラが限界ギリギリの体に鞭打って聖剣を構えながら、そう言った。

 俺もまた黒天丸を構えてステラの隣に立つ。


「終わらせるぞ、魔王。俺達とお前達の長い戦いを」


 前の世界のステラが戦い、前の世界の俺が戦い、今の俺達へと続いた長い長い戦いを、ここで終わらせる。

 魔王も残った右手で闇の剣を強く握りしめ、俺達に応じるように構えた。


「いいだろう。かかって来い、勇者とその仲間よ。これが最後の攻防だ」


 そうして、俺達と魔王は同時に地を蹴った。

 先手を取ったのは、あれだけボロボロになってなお、最も身体能力に優れる魔王。

 ステラにもう少し余力があれば今の魔王を上回るくらいはできただろうが、死力を振り絞ってやっと動いてるような現状じゃ無理だ。

 むしろ、こんな状態でも聖剣未開放時と同じくらいには動けてる根性を絶賛すべきだろう。


 魔王が右腕一本で振るった闇の剣が迫る。

 対処するのはステラの前を走る俺だ。

 どれだけ弱ろうが戦法は変えない。

 俺が守り、ステラが攻める。

 どこまで行っても、それが俺達にとっての最高の戦い方なのだ。


「『地獄剣・斬牙』!」

「二の太刀━━『歪曲』!」


 袈裟懸けに振り下ろされた、飛翔する闇の斬撃を歪めて逸らす。

 だが、


「ぐっ……!」


 それで今度こそ限界を迎えた右腕が完全に壊れた。

 回復薬も無く、リンも倒れ、ステラも殆どの魔力を使い果たしたであろう今、もう応急措置すらできない。

 俺自身の治癒魔法?

 そんなもん、フェザード戦の負傷を少しでも癒やすために使い切った。


「やぁあああ!!」


 俺の右腕と引き換えに攻撃が逸れ、剣を振り切って生じた隙にステラが斬り込む。

 聖剣自身の光を纏ったのみの通常攻撃だ。

 恐らく、これが今のステラの精一杯。

 それでも、今の魔王が食らえば充分にトドメの一撃足りうる!


「『闇盾ダークシールド』!」


 それに対して、魔王は魔法で闇の盾を作り出す。

 闇は本来、破壊の属性だ。

 攻撃力は高いが、防御力はそうでもない。


 魔王の持つ剣のように体から常に直接高出力の魔力を注いでる場合や、

 何かしらの特殊な方法と多大な時間、何より膨大な魔力に任せて変質させられているらしい魔王城の壁なんかは例外だが、

 咄嗟に作られた無詠唱魔法の盾に大した耐久力はない。

 ステラどころかブレイドの攻撃でも砕け散るだろう。


 だからこそ、魔王は盾を斜めに展開してステラの攻撃を受け流した。

 リンもたまに使う手だ。

 あいつが盾型の結界を作るのは基本的に他人の前だから、咄嗟にそこまで考えると発動が数瞬遅れるってことで滅多に使わないが。


「ッ……!」


 しかし、魔王のこれは半ば苦し紛れだったのか、受け流したとはいっても完全に軌道を変えることはできず、ステラの剣は魔王の体に更なる傷を付けた。

 それでも脳天から真っ二つにするコースを外れて、既に使いものにならない左腕を根元から斬る軌道に変えられたのだから、こっちからすれば充分に辛い。


「『地獄剣・羅刹』!」


 下段からの強烈な斬り上げがステラを襲う。

 俺はステラに斜め後ろから体当たりして、あいつの真横、魔王の攻撃の正面に割って入り、左腕一本で握った黒天丸を魔王の剣に合わせる。

 当然力負けして黒天丸は何の抵抗もなく押され、俺はいつものように押される勢いを利用して回転。

 回転力でステラを弾いて逃がす。

 俺はそのまま回転に任せて体勢を変え、流刃で反撃の胴打ちを魔王に叩き込もうとして……


「ふんッ!!」


 魔王が壊れた左半身を使ったタックルで俺を粉砕しようとする動きを直前で予測して、慌てて激流加速での横っ飛びに切り替えた。

 くそっ!

 こんなギリギリまで気づかないなんて、先読みの精度まで落ちてやがる!


 疲労で感覚が鈍る。

 このままじゃ、予測を間違えて致命打を食らうのも時間の問題だ。

 その前に仕留めなければ!


「せぇぇぇい!」

「ハッ!」


 俺が横に飛んだ直後、戻ってきたステラと魔王の剣がまた激突した。

 足捌きで激流加速の向きを調節し、俺もすぐに参戦。

 ステラの聖剣が魔王を削り、防ぎ切れなかった魔王の攻撃が俺達を削り。

 どんどん自分の動きが精細を欠いていく感覚に焦りながらも、必死に冷静さを保って斬り合いを続けた。


 これは我慢比べだ。

 傷を負えばもちろんのこと、ただ戦っているだけでも、体力気力精神力が凄まじい勢いで削られていく消耗戦。

 先にそれに耐え切れなくなり、明確な隙を晒してしまった方が負ける。


「『地獄剣・覇道』!」

「三の太刀━━『斬払い』!」


 闇の奔流を斬払いで裂く。

 これだけでも割とギリギリだ。

 目の前がチカチカする。


「てやぁあああ!!」


 俺が裂いた闇の奔流の隙間からステラが突進。

 対して魔王は、無数の闇の球を周囲に浮かべた。


「『闇球ダークボール』!」


 まるでアイアンドワーフのガトリングのように連射される闇の弾丸。

 だが、割と隙間は空いてる。

 避けられなくは…………いや、待て、これは!?


「アラン!」

「わかってる! 二の太刀変型━━『歪曲連鎖』!」


 歪曲で闇の弾丸の軌道を変え、それを他の闇の弾丸にぶつけ、それを更に他の弾丸にぶつけ。

 ステラと共に全ての闇の弾丸を迎撃した。

 そうしないと、後ろの動けない仲間達に当たるからだ。


 勝利だけを考えるなら見捨てるべきなのかもしれない。

 だが、仲間を見捨てた先にステラの幸せはない。

 俺はステラの命だけを守るために戦ってるんじゃない。

 それなら一緒に逃げれば良かった。

 だけど、それじゃダメだったから今戦ってるんだ!


 死なせはしない!

 こうなったら全員守ってやる!

 それに、俺だって仲間が死んで平然としてられるほど達観してない。

 仲間を見捨てて心が揺らぐよりは、守るって決めて無茶した方がまだマシだ!


「うっ!?」

「しまっ……!?」


 しかし、どれだけ意気込んでも、俺達は既に満身創痍。

 全弾完璧に防ぐことなんてできず、何発か通してしまった。

 数発の凶弾が戦闘不能の仲間達に迫る。


「うぉおおおおおお!!」


 だが、立ち上がった一人の戦士が凶弾の群れを叩き落とした。

 そいつは今にも倒れそうな姿で、されど凄まじい気迫を纏って仁王立ちする。


「「ブレイド!?」」

「俺達に構うな! お前らの足手まといになるなんざ誰も望んでねぇんだ!

 こいつらは俺が守る! お前らは魔王を!」


 魔王との戦いには付いて来られないほどボロボロの体で、ブレイドは吠えた。

 漢だ。

 とてつもなく頼りになる漢だ。

 今のこいつになら、一片の迷いもなく任せられる。


「ステラ!」

「わかってるわ!」


 ブレイドに後ろを任せ、俺達は自分達にぶつかる闇の弾丸だけを防ぎ、その分の余力を前に進む力に変えて、再び魔王に接近した。

 そして、また削り合う。

 少しでも効率的に、少しでも相手の消耗が自分達を上回るように立ち回る。

 斬って、突いて、避けて、受け流して。

 戦って、戦って、戦って、戦って。

 そして……


「ッ!?」


 遂に決壊する。

 最初に崩れたのは、情けないことに俺だった。

 フェザードにやられたもう一つの深手。

 エルトライトさんの治療があったとはいえ、他の場所よりダメージの蓄積していた左足が折れた。

 

 体勢が崩れる。

 致命的なまでに。

 当然、魔王はその隙を見逃さない。

 魔王の右手一本突きが俺に迫る。


「うぐっ!?」

「ステラ!?」


 そんな俺を正面に飛び出してきたステラが庇って、聖剣の腹で突きを防いでくれた。

 だが、疲れ切った体で踏ん張りまでは効かなかったらしく、ステラは背中に庇った俺共々吹っ飛ばされる。

 二人揃って完全に体勢が崩れた!

 こうなってしまったら、当然……!


「これで、終わりだぁああああ!!!」


 魔王が闇の剣を天高く掲げる。

 そこに残る力の全てを注ぎ込んだように、闇の剣が膨れ上がる。


「『地獄剣・浄土』!!」


 それは紛れもなく、さっき終の太刀と勇者パーティーの総力を結集しなければどうにもならなかった、あの攻撃だった。

 ポンポン放ってくるのとは次元の異なる、極大の闇の奔流。


 さすがに、さっきに比べれば随分弱い。

 無詠唱の上に、あの体で無理矢理放ったんだから当然だろう。

 それでも、俺達を地獄送りにするには充分すぎる大火力!


「「ああああああああああ!!」」


 俺達は最後の力を振り絞って破滅に抗う。

 まず、ステラが渾身の力で聖剣を闇の奔流に叩きつけ、食い止める。

 ただ力任せにぶつかり合ってるわけじゃない。

 ステラが今振るったのは、俺の三の太刀『斬払い』だ。


 俺が修行の旅で技を鍛え上げたように、絶体絶命の状況に追い詰められ、逆境を切り開くために、死にものぐるいの集中力で技を昇華させたのだろう。

 見事な斬払いだった。


 だが、それだけじゃ足りない。

 ステラの斬払いだけじゃ、僅かな時間抵抗するのが精一杯。

 最終的には押し潰されてしまう。

 一人じゃダメなんだ。

 ここで勝つには、俺もまた死力を振り絞り、二人分の力で抗わなければならない!


 俺は観た。

 限界まで眼を、感覚を、神経を、精神を、研ぎ澄ましに研ぎ澄まして、魔王の攻撃とステラのぶつかり合いを観た。


 ここから逆転できるとすれば、終の太刀しかない。

 もう、俺もステラも限界の限界の限界。

 大きな隙を晒して、向こうに最大のチャンスを与えてしまったのが致命的だ。

 例えこの攻撃を耐えられても、それを最後に間違いなく力尽きる。


 だったら、この攻撃を返して魔王を仕留めるしかない!

 後に続く力が残ってないなら、この瞬間に決着をつける!


 後先を考えず、残る力の全てを振り絞って、その全てを集中力に変えた。

 疲労によって鈍っていた感覚が研ぎ澄まされ、今一度静かすぎる世界に、ゆっくりに感じる時間の中に、全盛期の感覚の中に入る。


 しかし、すぐにその世界が赤黒く染まっていった。

 眼から、耳から、鼻から、酷使し過ぎた感覚器から血が溢れ出すのを感じる。

 多分、それだけじゃない。

 頭のどこかもやられてる。


 酷い頭痛と共に、感覚がどんどん狂っていく。

 静かすぎる世界が壊れていく。

 予感がした。

 いや、確信があった。

 これ以上の無茶をすれば、例え全てのダメージを癒やしても、もう二度とこの世界には、この領域には戻ってこれないという確信が。


「それでも、構わない……!」


 元々、この力は今この瞬間のためにあったのだから!

 魔王を、ステラの幸せを奪う最大の敵を倒すために使い切るのなら本望!!


「終の太刀━━『流神』!!!」


 そうして、俺は使った。使えた。

 生涯最後の、真の意味での『終の太刀』を。


 それによって、闇の奔流が形を変える。

 元より闇属性の魔剣である黒天丸が、究極の闇を纏う。

 これだけの力を操る基点にされて、それでも壊れないのは、同質の力を常に纏ってきた同属性故にだろう。

 俺がこの刀を手に入れたのもまた、この時のためだったのかもしれない。


 それを証明するかのように、黒天丸に大きな亀裂が入った。

 恐らく、黒天丸もこの一撃を最後に砕け散る。

 ドラグバーンの時と違って、打ち直すこともできないほど完全に破壊される。

 怨霊丸と同じく、黒天丸も役割を終えようとしているように感じた。


「今まで、ありがとう……!」


 黒天丸、怨霊丸。

 今まで、俺を支えてくれて!


「おおおおおおおおお!!!」


 俺は流神で操った力の一部を右脚に伝え、暴風の足鎧による推進力と共に地面を蹴った。

 その暴風の足鎧もまた砕け散り、破裂の衝撃の分、普段よりも強く俺を押し出してくれる。

 まだ感覚が生きてる今なら、それを問題なく予測して力にできる!


「やぁあああああああ!!!」


 そんな俺の後ろからステラも駆けてきて攻撃を合わせた。

 蝋燭の最後の輝きのような、儚くも強い光を聖剣に纏わせて。

 光と闇。

 二つの斬撃が交差して魔王に迫る。

 あれだけの技を出した直後、しかも片足も潰れている魔王に、結構な範囲攻撃でもあるこれを避けるだけの力はもうない!


「我は……!」


 そして、魔王は、


「負けるわけには、いかぬのだぁあああああああああ!!!」


 覚悟を決めたように。

 否、既に決まり切っていた覚悟で心を奮い立たせるように。

 俺達の攻撃を真っ向から迎え撃った。


 明らかに無理をして、闇の剣に莫大な魔力を込める魔王。

 闇の剣が歪に、グチャグチャに、剣という形すら保てずに、ただただ肥大化する。

 なりふり構わぬ魔王のあり方を具現化するように。

 それでも、グチャグチャで、剣とも呼べぬ姿に成り果ててなお、闇の剣はどこか美しかった。


「「「あああああああああああ!!!」」」


 三つの攻撃がぶつかる。

 二つと一つがぶつかる。

 己の意志を貫くために、相手の意志をねじ伏せようと真っ向から激突する。


 想いの強さに違いなどない。

 魔王も、俺達も、大切なもののためにと賭ける想いは同じだ。

 だから、勝敗を分けたのは、やはりそれ以外の部分。

 俺達と魔王の、これ以上ないほどシンプルな違い。


 それは、━━人数。


 魔王は一人で、俺達は二人だった。

 そして、俺の攻撃は魔王の力をそのまま返してるだけだ。

 渾身の力を込めた自分の攻撃と、同じく渾身の力を込めた自分の攻撃がぶつかったなら、結果は互角に決まってる。

 なら、そこにステラの力が上乗せされてる分、俺達が勝る。


 1+1=2で、2の力は1の力よりも強い。

 学のない子供にでもわかるような簡単な計算。

 そんな簡単な計算が勝敗を分けた。


 光と闇の斬撃が、魔王の闇の剣を断ち切る。

 そして、そのまま……魔王の体を☓字に斬り裂いた。


「あ……」


 魔王は、口からこぼれ落ちるような音を漏らした後、


「フェ、ザード……」


 絶命寸前の体で、そう呟いた。

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