92 信念を懸けて
「おおおおおお!!!」
「アアアアアア!!!」
俺とフェザードは斬り結ぶ。
共に大事な人のために鍛え上げた力で、技で斬り結ぶ。
そう。
フェザードの剣技には、殆ど生まれ持った力とその応用のみで戦う他の魔族と違って、血の滲むような研鑽の跡があった。
「ハッ!」
フェザードが刀を振り下ろす。
そこから繰り出されるのは、加護持ち達が当たり前のように使う飛翔する斬撃。
それに奴自身の風の力を付与した風刃だ。
綺麗な太刀筋だった。
無駄な力なんて一切入っていない、最善のフォームで振るわれる斬撃。
こいつの身体能力はそこまで高くない。
そこらの魔族よりはよっぽど高いが、身体能力の化身のようだったドラグバーンには遠く及ばない。
能力を数値化できるなら、ヴァンプニールより少し上って程度だろう。
攻撃の威力も、それに比例して低い。
だが、速い!
速くて鋭い!
動きの無駄を削って剣速を高め、美しい太刀筋と、磨き上げた風の力で、とてつもなく切れ味の鋭い斬撃を繰り出している。
相手を斬るのに、殺すのに、過剰な力はいらないのだ。
斬れるだけの鋭さがあるのなら重さはいらない。威力はいらない。
真っ二つにすれば大抵の相手は死ぬ。
生命力の強い奴でも、細切れにすれば大体死ぬ。
ヴァンプニールでも心臓に斬撃が一発でも命中すれば殺せる。
フェザードが振るう刃は、切れ味を極限まで磨くことで不要な力を削ぎ、その分の力を速度に割いた斬撃だ。
結果、飛んでくるのは神速で放たれる即死攻撃の嵐。
技によって己の体を効率的に使い、能力値以上の戦闘力をフェザードは得ている。
身体能力ではドラグバーンに及ばない。
特異性ではヴァンプニールに及ばない。
攻撃規模ではアースガルドに及ばない。
だが、実際にあいつらと戦えば、ほぼ確実にフェザードが勝つ。
ドラグバーンは回復を上回る速度でズタズタにされ、ヴァンプニールは全身くまなく斬られて心臓をやられ、アースガルドは山ゴーレムを修復するより速く斬撃で掘り進まれて本体をやられるだろう。
フェザードには、それだけの
能力値の差を覆す、俺とは違う形の強者殺しの剣がある。
「ぐっ!?」
そして、フェザードの剣は俺にとっても相性が悪い。
俺が苦手とするのは、アースガルドみたいな防御力が高すぎる相手と、対応限界を越える速度で攻められること。
蒼炎竜状態のドラグバーンのゴリ押しに苦戦したのも、もっと遡れば老婆魔族の操る『拳の英雄』フィストの拳の弾幕を前に傷だらけになったのもそうだ。
フェザードの神速の太刀は、確実に俺の対応限界を越えている。
今の俺なら蒼炎竜状態のドラグバーン相手でも、奴の命が燃え尽きるまで粘れる自信があるのにだ。
直撃こそ避けてるとはいえ、何度も斬撃が体を掠めてもう傷だらけ。
刀の軌道を目で追えない。
影すらも捉えられない。
何とか防御が成立してるのは、刀を振るう前の体勢からの先読みと、何度も死にかけて磨いた危機察知能力のおかげだ。
だが、本当にどうにかとはいえ、受け流しは成立している。
なら、前に出る!
禍津返しを使う余裕すらない神速の攻撃を相手に遠距離戦で勝ち目はない。
近接戦闘に持ち込んで斬る!
「ッ!?」
そう思って一歩を踏み出した瞬間、フェザードが動いた。
俺が詰めようと思っていた距離を、翼の推進力と鋭い踏み込みによって向こうから詰め、交差する一瞬の間に、飛翔する斬撃よりも速い直接攻撃を仕掛けてきた。
「『隙間風』!」
「ぐっ!?」
なんとか攻撃の予兆を察知して防御態勢を整え、フェザードの一撃を受け流したが、相当シビアなタイミングだった。
コンマ一秒防御が遅ければ、ほんの数十分の一ミリでも受け方を間違えていれば死んでいた。
フェザードには飛翔する神速の斬撃の他にこれがある。
翼を活かした超速移動と、そこから放たれる神速を超える一閃。
近づかなければ勝てないのに、近づいた方がより強い。
だが、何度か食らって少し慣れてきたぞ!
今なら、ギリギリカウンターを放つ余裕がある。
俺はフェザードの一閃を受けて弾き飛ばされそうになる怨霊丸を強く握り締めて体に引きつけ、その勢いによって回転。
反対の手に持った黒天丸を振り抜く!
「『流刃・黒月』!」
流刃の勢いを得て飛翔する黒い炎の斬撃。
禍津返しには及ばないまでも、打ち直された黒天丸のおかけで、それなりの威力を叩き出せる遠距離攻撃だ。
当然、こんな単発の攻撃が通じるはずもなく、フェザードにあっさりと斬り払われるが、俺は黒天丸を振るうと同時に、足捌きで回転力を推進力に変える。
一の太刀変型━━
「『激流加速』!」
二つの技の同時発動。
それによって、黒炎の迎撃に多少なりとも意識を割かれたフェザードに迫る。
むろん、すぐに迎撃の風刃が飛んできた。
それでも前に進む足を止めず、歪曲連鎖で防いで、防いで、防いで。
防ぎ切れずに傷を増やしながらも、フェザードの懐まで到達した。
「『風月』!」
飛翔する斬撃でも、すれ違い様の一閃でもなく、刀身が直接届く間合いにて振るわれる純粋な剣技。
上段から正中線を通ってまっすぐ振り下ろされる、素振りでよくやる基本の型。
フェザードのそれは、やはり速い。
何万回、何十万回、何百万回の素振りの果てに辿り着く洗練されたフォームに加え、近くに寄ってみれば更なる工夫の数々が見えてきた。
刀の通る軌道上の風を操って空気抵抗を無くしている。
刀身に纏わせた風の魔法を峰の部分から噴射させて更に剣速を上げている。
そんないくつもの工夫を、とてつもない速度で放たれる斬撃の一つ一つに付与している。
一太刀に自分のできうる限りの工夫を乗せて限界を超えるさまは強烈なシンパシーを感じさせた。
だが、俺だって負けはしない。
振り下ろされてからでは対応が間に合わないのは嫌というほどわかってる。
だからこそ、先を読む。
俺はいつもそうしてきた。
観ろ。
体勢を観ろ。力の流れを観ろ。予備動作の全てを見抜け。
フェザードの動きはドラグバーンとかより複雑だ。
ただただ全力で打ち込んできていたドラグバーンの攻撃と違い、技巧があって、フェントを挟み、こっちが受けづらいタイミングや場所に攻撃を合わせてくる。
それでも見抜ける。見破れる。
そして、観て得た情報を磨き上げた直感と結びつけて、研ぎ澄ました危機察知能力と繋げて、体に叩き込んだ最善の動きを反射よりも速く繰り出せ!
「一の太刀━━『流刃』!」
フェザードが刀を振り下ろす前に、されど攻撃の軌道を変えられない絶妙なタイミングで、怨霊丸を最適の位置へと翳す。
その怨霊丸でフェザードの一撃を受け、さっきと同じように怨霊丸を支点にして体を回転。
反対の黒天丸でフェザードに斬りかかる。
ドラグバーンと戦った頃は、二刀の型でまともな火力を出すことは難しかった。
片手で握った刀じゃ、流刃を使っても大した斬撃は繰り出せなかった。
だが、今は違う。
一刀流の方が攻撃力が上なのは変わらないが、防御重視の二刀の型でも充分な攻撃力を叩き出せるほどに俺は成長した。
「ふっ!」
そんな積み重ねの果てにある俺の剣撃を、フェザードは振り切ったはずの刀を引き戻して、あっさりと防いだ。
流刃は相手の攻撃の直後、ほぼ同時といえるタイミングでカウンターを叩き込む技だ。
それに迎撃を間に合わせるのは簡単ではない。
だが、フェザードの剣速であれば簡単に間に合ってしまう。
それでも、まだだ。
防がれるとわかった瞬間に腰を落とし、勢いを継続させたまま、防御に使われた刀を潜り抜けるように二撃目の流刃をつ。
一の太刀変型『流流』!
「妙な剣技を……!」
お前だって妙な工夫してるだろうが!
だが、これもまた防がれる。
まだだ。
今度は軽く飛び跳ね、ぶつかり合った刀を支点に、空中で縦に一回転。
ガードを飛び越えて三撃目の流刃。
一の太刀変型『流車』!
「チッ……!」
ほんの僅かに体勢を崩せたが、これも防がれた。
まだだ!
腰を落とす、飛び跳ねる、這うように潜る、そこから斬り上げる。
回転力の続く限り攻撃を繰り出し続ける。
フェザードの攻撃が速すぎた分、それを回転力に変換した俺の動きもまた速く、回転はより長時間持続する。
少しでも力の入れ方を間違えたら、俺の方が回転のせいで体がバラバラになりそうだ。
そうじゃなくても、この剣技に慣れ親しんだ今ですら目が回りそうになる。
それでも攻め続けた。
防ぐだけじゃなく、当然反撃も繰り出してくるフェザードと斬り合い続けた。
「あああああああ!!!」
「ハァアアアアア!!!」
その攻防の結果は……五分。
互いの攻撃が互いを掠め、削り合って傷が増えていく。
俺の頬が斬られ、フェザードの眼帯に切り込みが入り、俺の腕から血が噴き出せば、フェザードの足に血が滲んだ。
「らぁあああああ!!!」
「ガァアアアアア!!!」
互いに咆哮を上げながら斬り合う、せめぎ合う、殺し合う。
斬撃が受け流された。
そうなると直感した瞬間に攻撃の向きを変更して足を薙ぐ。
攻撃が突き刺さる。
そうなった瞬間に反撃を食らい、同等の傷を負わされた。
魔王戦に向けて体力を温存なんて考えてる余裕はない。
それはこいつを倒した後で回復のチャンスがあると信じて、全身全霊をもって攻める。
回転しながら攻めて、攻めて、攻めて。
回転力が落ちかけたら、またフェザードの攻撃を受け流して回転力に変えて、攻める、攻める、攻める!
距離を取られたら一方的に俺が不利だ。
だからこそ、逃さない。
この距離にいるうちに仕留める。
フェザードも無理に離れれば、むしろ、その動きが隙になると理解して、真っ向勝負を選択している。
互いに引かない。
だが、それでも限界はやってくる。
疲労で俺の動きが僅かに鈍った。
「!」
それを見て、フェザードがその隙に斬り込んできた。
チャンスと見て反射的に繰り出したんだろう、より一層の速度が乗った攻撃。
狙い通りだ!
六の太刀━━
「『反天』!」
「ッ!?」
相手の攻撃と自分の攻撃がぶつかった衝撃を、相手の一番脆い部分に浸透させて破壊する技。
だが、フェザードの攻撃は速度こそ凄まじいが威力は低い。
俺に比べれば怪力なのは間違いないが、反天で武器を壊せるほどの衝撃は発生しない。
それでも、衝撃を食らわせれば武器を弾ける。
反天の副次効果。
ドラグバーンの拳や、アースガルドの山ゴーレムの一撃を弾いた時と同じ使い方。
そして、気合いを込めた一撃を弾かれれば、その分大きな隙を晒すことになる。
隙を晒したのはわざとじゃない。
疲労していたのは嘘じゃないからだ。
ただ、自分がそのタイミングで隙を晒すだろうと予測して、反撃の一手を考えていただけ。
それがフェザードに無視できない隙を作った。
「『流刃』!」
「ぐっ!?」
反天に使ったのは怨霊丸。
そして、まだ回転力は残っていた。
その残った力を黒天丸に込めて振り下ろす。
フェザードの体に袈裟懸けの深い傷が刻まれた。
有効打だ。
フェザードに他の四天王のような再生能力があったとしても、黒炎に焼かれた傷の回復には時間がかかる。
治る前に決める!
そう思って、更なる攻勢に出ようとした時。
「ッッ!?」
凄まじい悪寒が全身を走り抜けた。
極大の危機感。
このままでは死ぬと本能が叫んでいる。
その感覚に身を任せ、今まで培ってきた経験から何が起こるのかを予測し、体は最善の動きを取った。
距離を空けるのを承知で飛び下がりながら、両手の刀で歪曲連鎖を繰り出して……
「ぎっ!?」
━━俺の右腕が両断されて宙を舞った。
握りしめた黒天丸ごとクルクルと回転し、俺の背後の床に黒天丸の刃が突き刺さる音がする。
血は出ない。
何故なら、傷口が
「今のを腕一本の犠牲だけで凌ぐか。さすがだな」
フェザードの称賛の言葉を聞きつつ、俺は苦い気持ちで残った左手の怨霊丸を構える。
「出し惜しみしてたのかよ」
「ああ、そうだ。初見というアドバンテージを最大限に活かすためにな」
そう言うフェザードの背中では、翼の代わりに六本の触手が蠢いていた。
黒く長い六本の触手。
その先端には、それぞれ火、水、土、氷、雷、光の六属性の力を纏う魔剣が握られている。
収納してやがったのだ。
あの極大の危機感を感じた、次の瞬間。
フェザードの背中にあった翼が、一瞬にして解けてああなった。
そして、六本の触手がそれぞれ斬撃を放ってきた。
俺の右腕を斬り飛ばしたのは氷の魔剣だ。
剣技と同じく神速の早業だった。
くそっ、完全に騙された。
今まで翼としての自然な動きしかしてなかっただろうが!
まさか擬態の技術まで極めてるなんてわかるか!
いや、だが六本の触手を開放したフェザードの姿。
俺はこれと似た姿の奴を見たことがある。
アースガルドが最後に使った『
あの人形みたいだったアースガルドが、最も興味を惹かれたものの模造品と言っていたあれと同じ姿。
多分、こいつこそがアースガルドが模倣したオリジナルだったんだろう。
しくじった。
もう少し深く考えてれば予想できたのかもしれない。
いや、無理だったような気もするが。
「初見殺しで仕留め、できずとも動揺につけ込んでもっとダメージを与えるつもりだったんだがな……。腕一本失っても、まだ隙が見えない。本当に大したものだ」
「褒められたところで嬉しくもない。勝てなきゃ無意味だ」
「それには大いに同感だ」
さて、どうする。
傷口が凍ってるのが良いとも悪いとも言えない。
出血死の心配はないが、即座に腕をくっつけることもできない。
最高級の回復薬の効果を稚拙とはいえ治癒魔法で補強すれば、新しく四肢を生やすことはできなくても、千切れた部分を繋ぎ直すことくらいはできるんだが、これだと絶望的だな。
そもそも、凍ってなくともフェザード相手に治療の時間なんて稼げるわけもない。
……左腕一本で戦うしかないか。
「片腕だろうと油断はしない。確実に仕留めさせてもらうぞ、『剣鬼』アラン」
「油断してくれた方が嬉しいんだが、まあ無理か」
とはいえ、諦めるつもりも毛頭ない。
勝ち目がないとも思わない。
七刀流は初見だが、フェザード自身の速度には大分慣れた。
片腕でも1%くらいは勝ち目があるだろう。
……低いな。
だが、低い勝利の可能性を引き寄せるしかない。
こんなところで死んで堪るか……!
「行くぞ」
「……来い」
フェザードが七刀流を構え、俺への本気の攻撃が開始される。
その、直前……
「『刹那斬り』!」
「む!?」
俺達の戦いの場に乱入者が現れた。
攻撃に意識を割いていたフェザードは、その乱入者の攻撃を完全には防ぎ切れず、ガードはしたものの吹っ飛ばされて、さっきドッグさんを吹き飛ばして自分で崩した壁のあたりに激突した。
そうして目の前の脅威を一時的に取り除いて、乱入者は俺を守るようにして最強の四天王の前に立つ。
「苦戦しているようだな、少年」
「ルベルトさん!」
その乱入者の正体は、齢を重ねた歴戦の老騎士。
先代魔王との戦いを経験している古強者の『剣聖』。
俺がステラの隣に立つための、最初の壁として立ち塞がった人物。
ルベルトさんだった。
「こんな老いぼれだが、前途ある君の盾くらいにはなれるだろう。━━『剣聖』ルベルト・バルキリアス、この戦いに助太刀いたす!」
「……バルキリアス?」
その瞬間、小さな声でそう呟いたフェザードの顔から、右眼を覆っていた眼帯が外れて、音もなく地面に落ちた。
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