91 最後の四天王

 立ち塞がる魔族どもを斬り捨てながら上を目指す。

 城の一番上のあたりで、凄まじい力がぶつかり合ってるのが、この距離からでも感じられた。

 恐らく、ステラと魔王の戦いがもう始まってしまったということだろう。

 最悪だ。

 最悪の中の最悪だ。

 ステラや仲間達に比べて、あまりにも遅いこの足が憎くて仕方がない……!


 焦燥に駆られる心に冷静になれと必死に言い聞かせ、スピードと魔王と戦えるだけの体力の温存を両立しながら走る。

 暴風の足鎧を装備に選んでよかった。

 これがあるのと無いのとでは、移動速度が雲泥の差だ。


 そうして先へ先へ、上へ上へと移動を続けていると、突如目の前の通路に亀裂が走った。

 外壁同様に真っ黒な魔力でコーティングされ、とてつもない頑丈さを誇るはずの魔王城の内壁にだ。


「ぐはぁああああ!?」


 亀裂はすぐに大穴となり、そこから誰かが吹き飛んでくる。

 見覚えのある人だった。

 二十代半ばほどの、筋骨隆々の剣士。

 それは……


「ドッグさん!?」

「はうっ!?」


 魔王城の壁を突き破ってきたドッグさんは、持っている剣は折られ、肩から脇腹にかけて大きく深い切り傷を負っていた。

 しかも、哀れなことに吹っ飛んだ先にあった瓦礫に股間をぶつけ、泡を吹いて気絶してしまった。

 あの勢いじゃ多分潰れてる。


 なんてこった!?

 何度目かの正直ってやつか!?

 慌ててマジックバッグの中から回復薬を取り出してぶち撒けたが、回復薬で欠損が治ることはない。

 切り傷の出血だけは止まったが、焼け石に水だ。


「何が……!」


 ドッグさんに回復薬をかけながら、彼が吹っ飛んできた大穴の中を見る。

 そこには多くの戦士達がいた。

 剣士、槍使い、斧使い、棍棒使い、盾使い、弓兵、魔法使い、治癒術師など。

 いずれも加護持ちの英雄。

 人数は二十人を超える。

 中には聖戦士と思われる人が五人はいた。


 それだけの戦力が、俺が目を向けた瞬間に全滅した。


 一瞬にして多くの戦士達の首が飛んだ。

 辛うじてその一撃を避けたり防いだりした人は、次なる一撃で縦や横に真っ二つになった。

 それを凌いでも次の攻撃が。

 更にそれをどうにかしても次の攻撃が尋常じゃない速度で飛んできて、誰一人として最後まで受け切れなかったのだ。


 それを成した敵はたった一人。

 とてつもない力を感じるたった一人の魔族。

 見た目は人に近い。

 外見年齢17〜18歳くらいの、ステラと同じ金髪碧眼の女だ。

 和風の鎧に身を包み、右眼には大きな眼帯、手には刀を装備している。

 そして、その背中には人外の魔族である証のように、管が絡まったような黒く歪な翼があった。


「ッ!?」


 そいつを見て、ドラグバーンやアースガルドの時を遥かに超える危機感を覚えた。

 それどころか、前の世界で戦った時の魔王をも超える強さを感じた。

 体が反射で動いて、回復薬を持っていた左手が腰の怨霊丸を引き抜く。

 こいつを前にしては、元々構えていた黒天丸一本じゃ瞬殺されると、本能が全力で警鐘を鳴らしていたのだ。


 魔族が動く。

 その場の全員を殺戮し、新たな敵である俺に気づいて、手にした刀を一閃。

 速い。

 俺が見てきたどんな攻撃よりも速い!

 ルベルトさんの刹那斬りですら比較にもならない!


「ぐっ!?」


 神速で振るわれた刀から飛び出してきた斬撃を、歪曲で何とか受け流した。

 軌道を捻じ曲げられた斬撃が砕けた壁を更に壊し、余波でドッグさんがどこかに飛んでいく。

 悪いが気にしてる余裕はない。

 巻き込まれて死ぬか、他の敵に見つかる前に、自力で意識を取り戻してくれることを願うばかりだ。


「『風魔の太刀』」


 俺を仕留め損ねたと気づいて、魔族が更に刀を振るう。

 秒間に百を軽く超える斬撃の嵐が発生し、その全てが神速で俺に襲いかかる。

 俺は全神経を集中し、斬撃を観察し、目で見切れなかった分は経験による直感で補って。


「『歪曲連鎖』!」


 全ての斬撃を受け流した。

 二本の刀を最高効率で動かし、受け流した斬撃を他の斬撃にぶつけて相殺。

 僅か一秒にも満たない攻防に多大な体力と集中力を持っていかれ、俺の体からは汗が噴き出し、息が乱れた。


 そして魔族は、今ので仕留められなかった俺を少しは厄介な敵だと認識したのか、雑な追撃を選択せず、油断も隙もない構えを取って俺を睨みつけた。


「……驚いたな。お前、加護を持っていないのか。まさか加護持ち以外でもこんな奴がいるとは。これだから人類は侮れない」


 魔族は大抵、俺が加護を持っていないとわかると油断する。

 俺に自分を滅ぼす手段などないとタカを括って嘲笑う。

 だが、こいつはそんなことはなかった。

 加護が無くとも俺を強敵だと認識して笑ったドラグバーンともまた違う。

 笑顔なんてどこにもない。

 どこまでも真剣に、どこまでも純粋に、ただただ倒すべき強敵として俺のことを見据えている。


 俺が魔族を相手にする時に向けるのと同種の視線だ。

 一番厄介なタイプかもしれない。


「名乗ろう。私は魔王軍四天王筆頭、『風』の四天王フェザードだ」


 こいつが最後の四天王。

 そして、四天王筆頭。

 驚きは無かった。

 こいつは、それくらい強大な存在だろうと思っていた。


「お前は強い。だからこそ、お前を魔王様のところへは行かせない。

 私は魔王様をお守りする最後の砦。あの方が勇者のみに集中できるよう、邪魔する者は全て叩き斬る」


 目の前の魔族、フェザードの目に宿る感情は、信念だ。

 悪辣さに満ちた他の魔族とはまるで違う。

 闘争本能に燃えていたドラグバーンとも違う。

 無機質なアースガルドとも違う。

 下衆の極みのようだったヴァンプニールとは比べることすらおこがましい。


 フェザードの目に宿るのは信念。

 何がなんでも魔王を守るという、強い信念。

 思わず強く共感を抱いてしまうような信念。


 だからだろうか。

 自分でも意識しないうちに、俺の口は開いていた。


「俺は勇者パーティーの一人、『剣鬼』アランだ。お前を倒して先に行く」


 魔族相手に名乗ったことは殆どない。

 名乗る価値がある奴らとは思えなかった。

 老婆魔族には名乗ったことがあったが、あれは自分に対する宣誓みたいなものだ。

 奴に名乗る価値があったわけじゃない。


 だが、こいつには、名乗っておかなければならない気がした。

 信念を言葉にして、俺の信念でお前の信念を踏み越えていくと、しっかり宣言しておかなければいけない気がした。


「勇者パーティーの一人だったか。ならば、なおさら魔王様のところへは行かせん。ここで斬る」

「意地でも通らせてもらう。お前が魔王を守りたいように、俺もあいつを守りたいからな」


 俺は足に力を込め、暴風の足鎧を起動し。

 フェザードは歪な翼をはためかせて発生させた爆風を推進力にして。

 俺達は距離を詰めて互いの刀を、刃を、信念を直接ぶつけ合った。

 譲れないものがある者同士、一歩も引けない状況で真正面からぶつかり合ったなら。

 相手の信念を砕き、己の信念を貫けるのは、━━どちらか片方のみ。

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