90 畜生に堕ちた男

「ああ、くそっ! 数が多すぎるぜ!」

「他の人達は大丈夫でしょうか……」

「気にしてもどうにもならん。とにかく今は魔王のもとを目指して、ステラ達と合流するしかあるまい」


 ブレイド、リン、エルネスタの三人は、運良く転移させられた位置が近かったことと、リン以外の二人がそこらの魔族が束になっても敵わない聖戦士の中でも上位の戦闘力を持っていたことで、並みいる魔族達を蹴散らしながら前進することで割とすぐに合流することができた。


 そして、三人はそのまま魔王のもとを目指して突き進む。

 既にステラと魔王が戦闘を開始したであろうことは、上階から鳴り響くとてつもない轟音によって察していた。

 だからこそ、急がなければならない。

 真なる聖剣の力を振るう勇者がそう簡単にやられるとは思えないが、たった一人で魔王に勝てる可能性もまた低い。

 魔王に勝つためには、早急に自分達がステラに加勢する必要があると全員がわかっていた。


 と、その時、前方で見覚えのある集団が戦っているのが見えた。


「お、ガルム達じゃねぇか!」

「獣人族の方達ですね」

「ちょうどいい。回収してゆくぞ。ステラに加勢する聖戦士は一人でも多い方が良いからのう」


 彼らの視線の先にいたのは、獣人部隊隊長のガルムと、こちらも運が良いのか、彼と合流することに成功した十名ほどの獣人族の英雄達だった。

 共に魔王のもとを目指すために彼らのもとへ急ぐが、すぐに様子がおかしいことに気づく。


「ぐはぁ!?」

「ぎぃ!?」

「あがっ!?」


 彼らは戦っていた。

 そして、蹂躪されていた。

 聖戦士であるガルムと十人もの英雄達がだ。


 相手はたった一体。

 たった一体の魔族の爪が英雄達の胸を貫き、拳が頭蓋を砕き、蹴りが胴を両断する。

 ブレイド達が参戦できる距離まで近づく前に、ものの数秒で英雄達は皆殺しにされ、魔族は高笑いを上げた。


「アハハハハハハハッ!! 弱ぇ! 弱すぎる! かつての俺様の同族が情けねぇなぁ!」

「くっ……!?」


 笑いながら、否、嗤いながら、その魔族は最後に残ったガルムを追い詰めていく。

 ガルムは防戦一方だった。

 技量こそ相手と大して変わらないが、身体能力が違い過ぎる。

 拳を防げばガードの上から吹き飛ばされ、逆に殴りかかっても片手であっさりと止められる。

 ガルムの拳を魔族が掴み、力の限り握り潰した。


「ぐぁああああ!?」

「ハッ! 脆い! 脆いぜ、ガルムゥ!」


 魔族が貫手を構える。

 砕けた拳を掴まれ、逃げられないガルムの心臓に向かって、鋭い爪によって貫通力を増した魔族の貫手が放たれた。

 当たれば間違いなく、ガルムは心臓を貫かれて絶命するだろう。

 その攻撃には一切の躊躇も、容赦も、迷いもなかった。

 あまりにも自然な動きだった。

 あまりにも自然な光景だった。

 それは魔族が天敵である人類を殺すという、あまりにもありふれた、当たり前の出来事にしか見えなかった。


「何やってやがんだ、テメェはぁあああああ!!!」

「あ?」


 そんな魔族に向かって、激昂しながらブレイドが飛びかかる。

 大上段に大剣を構え、魔族目掛けて真っ直ぐに振り下ろす。

 それに対し、魔族は左手で掴んだガルムを振り回してブレイドにぶつけることで弾き飛ばそうとし……


「『電撃エレクトロ』!」

「ぎっ!?」


 エルネスタの放った雷の魔法によって痺れ、一瞬動きを止めた。

 すぐにその影響を振り払うも、ガルムを振り回すのは間に合わずに手を離して後ろへ飛んだ。

 しかし、避け切れずにブレイドの斬撃が魔族の左腕を両断する。


「おーおー、痛ぇじゃねぇか! 今のはいつもとは違う意味で痺れたぜ! やってくれたな、エルネスタ!」


 魔族は腕を斬られたことになど頓着せず、それどころか腕を斬り飛ばしたブレイドすらも無視して、雷魔法を放ったエルネスタだけを注視していた。

 その隙に、リンがガルムの傍に寄って治療を始める。

 ……見た目以上にダメージが蓄積していた。

 握り潰された拳はもちろん、片腕は砕け、片脚は腫れ上がり、その他の場所もボロボロで、内臓もいくつか潰れている。

 リンの腕をもってしても、回復まで数分は要するだろう。


「お。その女、聖戦士か。随分高度な治癒魔法ってことは、多分聖女だな。俺様の好みじゃねぇが、エルネスタと一緒に後で一応抱いてやるか」

「テメェ!!」

「何をやっておるのじゃ、獣王の小僧」


 ブレイドは恩人の少女へ下卑た欲望をぶつける魔族に対する怒りに燃え、逆にエルネスタはどこまでも冷たい殺気の宿った目で魔族を見た。


 その魔族は、灰色の髪をボサボサに伸ばした、身長二メートルほどの大男だった。

 引き締まった無駄のない筋肉。

 頭部から伸びる狼のような灰色の耳。

 腰から生える同色の尻尾。

 肘から先と膝から先を覆う獣毛に、鋭く尖った爪。

 そのどれもが、エルネスタ達の知る男の特徴と一致する。


 行方不明だったはずの獣人族の族長、『獣王』ヴォルフ・ウルフルスと。


 だが、前に会った時と違い、今の獣王の目は血のような赤に染まり、肌は血の気が引いたような青白い色となっていた。

 そして何よりの違いは、全身から迸る悍ましい気配。

 禍々しい、人類の敵である魔族の気配。

 神聖なる加護のオーラと、邪悪なる魔族のオーラ。

 相反するその二つが歪に混ざり合い、今の獣王からは吐き気を催すような滅茶苦茶なオーラが噴き出していた。


「何をやっているねぇ。見た通りだぜ? 俺様は更なる力を手に入れて高みに登ったんだよ!」


 ブレイドに斬られた獣王の左腕が再生していく。

 治癒魔法が発動した様子はない。

 魔法による治療ではなく、人類ではあり得ない、の生態としての超回復。

 人の道を外れ、人外へと堕ちた証。


「『水』の遺産とかいう真祖吸血鬼トゥルーヴァンパイアの血のおかげでなぁ!

 吸血鬼本人がおっ死んでるから本来の力はないって話だが、俺様にとっちゃ、むしろ都合がいい!

 おかげで変に吸血鬼に操られずに、俺様が俺様のまま強くなれたんだからよぉ!」

「……つまり、お主は別に操られておるわけでもなく、自らの意思で魔族となり、自らの意思で魔族に与しておると、そういうことか?」

「そう言ってんだろ? 俺様が操られてるように見えるか? 前までの俺様と違うように見えるか?」

「見えぬな。本当に、憎たらしいほどに、いつも通りのお主じゃよ」


 そうして、エルネスタは敵意をもって杖を構えた。

 目の前の相手を同じ人類としてではなく、倒すべき魔族として認識した。


「こうなってしまっては致し方なし。

 元々、今は最終決戦の最中という特大の緊急事態じゃ。

 仮にお主がただ操られておるだけであったとしても、レス坊の時と違って助けておる余裕などない。

 じゃから、━━殺すぞ、獣王の小僧」

「アハハハハハハハッ! 最強を超えた俺様を! 人類最強の一人でしかねぇお前がどうやって殺すってんだぁ!

 今の俺様ならあのクソ女にも負けねぇ!

 やれるもんならやってみろよ、エルネスタァ!」


 かつては同じ最強の聖戦士と呼ばれた二人が、敵と味方に別れて殺気をぶつけ合う。

 そして、彼らだけの戦いではないと宣言するように。

 目の前の魔族に弟を奪われた男もまた、戦意に満ちた顔で大剣を構えた。


「悪いな、ガルム。不謹慎だけどよ。俺、正直ちょっと嬉しいんだわ。

 弟の仇。片方はアランに譲っちまったが、もう片方をこの手で討てるってことが……!!」

「ごほっ! ……謝られる必要はありません。エルネスタ様も言っていた通り、こうなってしまっては致し方なし。

 ブレイド殿、エルネスタ様、リン殿。兄上を、止めてください!!」

「おうよ!!」

「任せよ!」

「全力を尽くします!」


 魔王城最終決戦。

 勇者と魔王の直接対決に次ぐ、戦況を大きく左右する戦いが、ここに始まろうとしていた。


「かかって来いよ雑魚どもがぁ!

 俺様は魔王軍新最高戦力! 『魔獣王』ヴォルフだ!

 そこの筋肉ダルマどもをぶっ殺して、ぐっちゃぐちゃにしたお前ら二人を俺様のものにしてやるぜ!」


 勇者パーティーの三名VS『魔獣王』ヴォルフ。

 ここに開戦。

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