88 最終決戦開幕
兵士、騎士、将軍、冒険者、英雄、聖戦士、王、勇者。
総勢百万を超える人類の大軍勢が足並みを揃え、魔王に支配された旧ムルジム王国領を進軍すること二週間。
俺達は遂に魔族達の居城、魔王城の前へと辿り着いた。
到着からすぐに土聖や土の英雄、一般の土魔法使い達が協力して、簡易的ながらも、そこらの街の防壁よりは遥かに頑丈そうな拠点を作る。
それを邪魔しようとする魔物から土魔法使い達を他の戦力で守り、無事拠点は完成して前哨戦は勝利といったところだろう。
とはいえ、向こうの攻撃は戦力を失う危険の少ない遠距離攻撃がメインだったし、突撃してきたのは明らかに使い捨ての弱い魔物ばかり。
こっちの体力を少しでも削れればそれでいいと思っての攻勢だろうと軍師達は言っていた。
その証拠に、魔族は一体も攻撃に参加していない。
前哨戦勝利とは言ったが、負けること前提で戦ってた奴らに勝っても大した意味はない。
気を抜けるわけもなかった。
それから、軍師達が知恵を絞ったあらゆる小技を使って、全面衝突の前に少しでも敵の戦力を削ぐ。
囮作戦で引っかかった魔族を囲んで各個撃破したり、時間をかけて複数人で発動した超遠距離攻撃魔法を魔王城に撃ち込んで揺さぶってみたり、まあ色々だ。
効果は微妙。
討ち取れた魔族は数体程度で、倒せた魔物も百に満たない。
挑発されて動く魔族が予想以上に少なかった。
多分、魔王が首根っこ掴んで抑制してるんだろう。
これ以上は時間を無為に浪費して、体力やら兵站やらが無駄になるだけと判断した人類側総大将であるシリウス王国国王は、布陣から一週間が経った時点で小技による小競り合いの中断を命令。
翌日に全軍による総攻撃をかけると宣言してから一夜が明け、遂にその時がやってきた。
朝。
国王が即席で作られた壇上の上から、眼下に集った百万の兵士達を睥睨する。
教皇や各部隊司令官の将軍達、エルフ部隊隊長のエルトライトさん、ドワーフ部隊隊長のイミナさん、獣人部隊隊長のガルム、そして俺達勇者パーティーも立ち位置は壇上の上、国王の数歩後ろだ。
「戦士達よ。遂にこの時がやってきた」
国王が厳かな声で話し始める。
戦士達は、静かにその声に耳を傾けた。
「当代魔王軍の襲来から15年。先代魔王の時代から数えれば115年。
我ら人類にとって永劫のように長く、地獄の底のような苦しみの日々であった」
国王の言葉は頭に響く。
声が大きいわけじゃない。
ただ、妙な迫力と込められた感情の大きさが、心を震わせてくるのだ。
すなわち、国王はそれだけの苦渋を舐めてきたということ。
「何千の英雄達が散っていったか。
何百万の戦士達が死んでいったか。
何千万の罪無き人々が奴らに踏みにじられてきたかッ!!」
うちに秘めていた激情を遂に表に出し始めた国王に釣られてか、戦士達の多くが怒りを滲ませた気迫を放ち始める。
彼らは奴らに仲間を、友を、家族を、恋人を、大切な誰かを奪われてきたんだろう。
かつての俺のように。
かつて復讐の鬼と化した俺のように。
「だが! そんな苦渋の日々は今日終わる! 我々がこの手で終わらせる!
私の! 壇上の英雄達の! そして諸君ら一人一人の手によって! 我らから大切なものを奪い続けた怨敵を討ち果たすのだ!!
全軍攻撃開始!! 魔族どもを一匹残らず狩り尽くせ!!」
「「「うぉおおおおおおおお!!!」」」
国王の演説によって士気を最高潮にまで高めた大軍勢が、簡易砦から飛び出して魔王城へ向けて突撃を開始する。
俺達もそれに続くが、その配置は後ろの方だ。
今回の作戦の肝は、魔族がひしめいていると思われる魔王城内に精鋭である加護持ちの英雄達が消耗をできる限り抑えた状態で突入。
英雄達に魔族の相手を任せ、聖戦士の一部に最後の四天王を任せ、勇者パーティーと残りの聖戦士全てで魔王の首を取ること。
そのために魔王城前、簡易砦と魔王城の間にある平地での戦いは、殆どを加護のない者達が請け負う。
英雄達の消耗を少しでも減らすべく、引くことを考えぬ死兵となって奮闘する。
どのみち、この攻勢で決着をつけられなければ負けだ。
こっちは短期決戦を狙うために、動員できるだけの戦力を動員してる。
しかも、その精鋭の全てを敵の懐に飛び込ませようというのだ。
小競り合いで戦力を削れない以上、こうするしかない。
そして、城内の奥深くにまで突入した精鋭達は、勝って出てくるか、負けて飲み込まれるかの二択だろう。
負けて飲み込まれ、精鋭をごっそりと失えば次はない。
故に、次のことを考える必要はない。
ここで勝って生き残るか、負けて死ぬかだ!
「行くぞ、ステラ!」
「ええ! やったるわ!」
戦士達と同じく気迫をみなぎらせる俺達の前、全軍の先頭を走るのはアイアンドワーフの大軍だ。
どう見ても乗り心地最悪のあれに我慢して乗り込んでくれてる結界魔法使い達と、後ろからから援護射撃をしまくる魔法使い達の攻撃によって、敵から飛んでくる遠距離攻撃をレジストしながら、ひたすらに前進する。
やがて、アイアンドワーフ達と、魔王城前の平原に布陣する大量の魔物達がぶつかった。
「ガトリング起動!」
「薙ぎ払えーーー!!!」
アイアンドワーフを操作してる土魔法使い達の命令によって、体の各所についた鉄の弾丸を連続で飛ばす魔道具、ガトリングが起動。
魔法使い達の攻撃と合わせて、魔物の群れを殲滅していく。
だが、そんなアイアンドワーフ達にひときわ巨大な魔物が襲いかかった。
「ギィガァアアアアアア!!!」
土の体を持った巨人だ。
山と一体化したアースガルドよりは遥かに小さいが、それでもアイアンドワーフの三倍は大きい。
その他にも明らかに魔王城に入り切らない巨体をもった魔物が何体も何体も、合計してアイアンドワーフと似たような数だけ前に出てきた。
「ぶん殴れ、アイアンドワーフ!」
「やっちまえ!」
「お前の力はそんなもんじゃねぇはずだ!」
操縦者達からやたらと信頼されてるアイアンドワーフが拳を振り抜き、体格差を覆して土の巨人と真っ向から殴り合う。
その拳は巨人の体に穴を空け、明らかに効いてはいるが、攻撃した分アイアンドワーフも反撃を受けて装甲がヘコむ。
結界魔法使い達が頑張ってこれだ。
あの土の巨人、間違いなく上位竜や
「援護するぞ!」
「「「魔導の理の一角を司る水の精霊よ! 我らが呼び声を束ね、その身の激流の一撃へと変え、敵を撃ち抜け! ━━『
アイアンドワーフに守られて後方にいた魔法使い達が集まり、数十人がかりで一つの魔法を作って土の巨人に叩き込む。
それは英雄が無詠唱で放った魔法と同等程度の威力を叩き出し、土の巨人にかなりのダメージを与えた。
「かかれぇ!」
「「「おおおおおおおお!!」」」
更に近接戦闘タイプが武器を構えて土の巨人に取り付いた。
一人一人が与えられる傷は小さくとも、それが何十何百と積み重なれば痛打だ。
それが土の巨人の体を削り、最後にアイアンドワーフによる渾身のアッパーカットで土の巨人は砕け散った。
他の巨大魔物に対しても、同様の戦法で既に何体か討ち取っていた。
「進めぇ!! 立ち止まってはならんぞ!!」
「「「うぉおおおおおおお!!!」」」
馬上に乗った指揮官から指示が飛び、その指揮官もまた全力で魔物の群れとの戦いを継続する。
巨大魔物だけでなく、彼らは雑兵魔物どもも大量に倒していた。
こっちにも多少の被害は出てるが、アイアンドワーフの奮闘によって、かなり被害は抑えられてる。
英雄達の体力温存も成功している。
ここまでは順調。できすぎなくらいだ。
そして、遂に戦士達の先頭が魔物の群れをかき分けて、魔王城の城門へと辿り着いた。
「今だ!」
「魔導の理の一角を司る炎の精霊よ」
「魔導の理の一角を司る水の精霊よ」
「魔導の理の一角を司る大地の精霊よ」
指揮官の合図によって、後方に控えていた魔法系の聖戦士達が一斉に詠唱を始めた。
聖戦士の消耗はできる限り抑えるって作戦なんだが、これだけは必要経費だ。
彼らが全力を出してくれないと、魔王城の門はこじ開けられない。
小競り合いをしてた時、遠距離から時間をかけた大魔法を魔王城に撃ち込んだこともあった。
だが、魔王城は小揺るぎもしなかった。
あの城は魔族が作ったものではなく、魔族に攻め滅ぼされたムルジム王国の城をそのまま使ってるらしいんだが、その城の外壁全てをコーティングしてる黒い魔力を突破できなかったのだ。
あれはまず間違いなく魔王の力で強化されている。
それを打ち破るためには、近距離から特大の一撃をぶつけるしかない。
多くの味方に守られ、魔法系聖戦士達が詠唱に集中できる今なら、その条件は満たせるのだ。
「燃え盛る炎」
「流れる水流」
「鳴動する大地」
「吹き荒れる風」
「凍てつく冷気」
「鳴り響く雷鳴」
「破壊の闇」
「魔を打ち払う聖なる光よ」
「「「我ら聖戦士の名のもとに合わさり、混ざり合い、強大な一つの力となって現出せよ」」」
『炎聖』『水聖』『土聖』『風聖』『氷聖』『雷聖』『闇聖』『光聖』。
聖戦士達がそれぞれ自分の加護が司る属性の詠唱を唱え、更に声を合わせて全ての魔法を一つに凝縮していく。
この魔法は俺も何度も見てきた大魔法だ。
俺達の戦いを何度も支えてくれた魔法。
本来であれば全ての魔法属性に適性を持つ最強の魔法系加護『賢者の加護』を持つ者のみが発動できる最強魔法。
それを全属性の魔法系聖戦士達を集めることにより、全員分の力を合わせ、本家すら遥かに超える極大魔法へと昇華させていく。
「「「焼き払い、押し流し、押し潰し、荒れ狂い、凍てつかせ、轟き、壊し、輝け。━━『真・
かつて、エル婆が千を越える竜の群れの半分を消し飛ばした一撃。
それを遥かに超える超極大魔法は、ブレイドの剣撃に乗せてアースガルドの山ゴーレムを粉砕した時以上の尋常ならざる威力を叩き出し、魔王城の正面に巨大な大穴を空けた。
……これで大穴止まりなんだから、魔王城の防御力には戦慄する。
だが、これで道は開けた。
「突入ーーー!!!」
その号令に合わせて、これまで体力を温存してきた英雄達が一斉に魔王城内へと雪崩れ込む。
外に魔族がいなかった以上、城内にうじゃうじゃと配置されてるんだろう。
ここからが本番だ。
そうして気を引き締めた刹那……
「は?」
魔王城入口の床が発光し、光輝く魔法陣が浮かび始めた。
罠だ。それはわかる。
敵地に突入してるんだから、むしろ無い方がおかしい。
ちゃんと想定してたし、そのために、どんな凶悪な罠でもレジストできるような人達が先行してるのだ。
だが、この罠は想定外だった。
「て、転移トラップじゃと!?」
エル婆の驚愕の声が聞こえる。
転移トラップ!?
その存在は知ってる。
魔族は限定的に空間を操ることができる。
かつて老婆魔族もそれで手駒のゾンビを召喚していた。
ただ、この魔法は人類には扱えなかったものの、とっくの昔に研究されて仕組みが解明されている。
聞いた話だし詳しい理論とかは知らないが、とにかく空間魔法は燃費も効率も悪いっていうのが割と有名な話だ。
エル婆にもう少し細かく聞いたが、なんでも短い距離の空間を繋げるだけで莫大な魔力を消費し、その空間を渡るものが多ければ多いほど加速度的に魔力の消費量が上がるそうだ。
だからこそ、魔族が使ってくるとしても、老婆魔族のように大容量のマジックバッグと繋げるような感覚で使い、そこからものを取り出したりするのがせいぜいだろうと言っていた。
だが、この床に広がる魔法陣なとんでもない大きさだ。
突入した全員を飲み込めるほどにデカい。
そして最悪なことに、空間魔法は人類には使えないがために、
「なんという効率の悪い罠を!? いかん! 近くの誰かに掴まれ!」
エル婆が叫ぶ。
しかし、魔法陣が浮かんでから転移発動までの時間は短かかった。
せいぜい数秒。
その短い猶予時間も、この罠がなんであるかすぐにはわからずに、攻撃系だと思って身構えてるうちに過ぎた。
マズい!?
「アラン!」
「ステラ!」
俺とステラは互いに手を伸ばすも、無情にも手と手が触れ合う寸前に周りの景色が変わった。
新たに目に映ったのは、地下道のような薄暗い空間だ。
「くそっ!? 『
焦燥に駆られながらも、即座にマジックバッグから久しぶりに光源を生み出す魔道具のスクロールを取り出し、簡易詠唱で自由に操れる光の球を生み出す。
すると、視線の先に奴らはいた。
うじゃうじゃと、結構な数で。
「おお、来た来た。待ちわびたぜ」
「やっと暴れられる! 今まで散々我慢させやがって魔王の野郎!」
「あん? こいつ加護も持ってない雑魚じゃねぇか。チッ、張り合いがねぇな」
目の前にひしめくのは喋る異形、魔族の大軍。
こいつらがいるってことは、ここは魔王城内のどこかだろう。
百人を越える突入組全員を転移させたのなら、消費魔力的にそう遠くへは飛ばせないはずだ。
それでも……やられた!
まさか、あんな大量の魔力を非殺傷系の罠に使ってくるとは思わなかった!
俺だけじゃなく、頭の良い軍師の人達でもだ。
効率の悪い魔法を、更に効率の悪い方法で使ってきた。
あれだけの魔力を攻撃に使えば、こっちに無視できないだけの被害を与えられただろうに、それをしなかった。
だからこそ意表を突かれた。
おかげで俺はステラと離れ離れだ。
魔王……本当にやってくれたなッ!
「まあ、張り合いのねぇ雑魚だけど」
「とりあえず」
「「「死ねぇーーーーー!!」」
魔族どもが残虐性を全開にして襲いかかってくる。
俺はそいつらの攻撃を受け流し、その勢いで回転した。
一の太刀『流刃』。
だが、すぐには放たない。
何度も何度も攻撃を受け流し、その度に回転力を上げて、上げて、上げて。
それが極限に達したところで、解き放った。
「邪魔だ! どけ! 『流刃・大禍』!」
「「「ぐぎゃあああああああ!?」」」
極限の回転に、黒天丸の黒い炎を乗せた一撃。
準備に手間がかかり過ぎるが、非力な俺が聖戦士にも匹敵する攻撃を放てる技。
それによって魔族どもを全員纏めて一撃で斬り捨てた。
先を急ぐ。
目指すは魔王のところだ。
城に入った瞬間に上から感じた、とてつもなく強く懐かしい気配。
目的が魔王の首である以上、ステラも他の仲間達も必ずそこを目指す。
だったら、その道中で合流すればいい。
待ってろよ、ステラ!
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