86 最後の戦いに向けて

「ハァアアアアアア!」

「てぇえええええい!」


 軍議を終え、将軍達が各砦に戻り、全ての砦の足並みを揃えて進軍するまでの最後の準備期間。

 恐らくは一週間程度はかかるだろうと言われたこの期間の六日目。

 俺とステラは昔から恒例の剣術勝負をやっていた。

 ただし、その内容は昔とはかなり異なる。

 ステラが剣だけでなく魔法を解禁してるのもそうだが、それ以上に……


「そい!」

「どりゃぁ!」

「えい!」


 俺達以外の奴らも参加してるってのが一番大きいだろう。

 俺とステラ以外の参加者は、エル婆、ブレイド、リンの勇者パーティー全員。

 そして、勝負の構図は俺以外の四人VS俺一人。

 一騎当万の力を持つ勇者と聖戦士が、四人がかりの高度な連携をもって、ちっぽけな俺を叩き潰そうとしてくる。

 アースガルド戦を経て一つになった勇者パーティーの力は、俺を抜いても普通に四天王より強いだろう。

 むしろ、四天王二人分くらいには匹敵するかもしれない。

 大人気ないとか、弱い者イジメとか、最早そんな次元じゃない。


 だが、これは俺が望んだことだ。

 魔王とやり合う前に少しでも強い奴との戦闘経験を積んで、とある技を完成させておきたかった。

 かつての世界で弱体化を極めたとはいえ、その魔王に致命傷を与えた技を。

 七つの必殺剣、その最後の奥義を。


 そう。

 今の俺はまだ、━━最後の必殺剣を習得できていないのだ。


 というより、俺自身の力がまだ、前の世界の全盛期に届いていない。

 何せ、前の世界の俺が全盛期に至ったのも、最後の必殺剣を習得したのも、魔王との戦いの最中だ。

 最強の敵とのタイマン。

 五体の半分を失うほどの死闘の中で、俺の剣は目の前の憎い仇を殺すべく、更に磨かれ、研ぎ澄まされ、最後は命そのものを燃やし尽くして極北へと至った。


 今の俺はまだ、それほどの境地にいない。

 前の世界から引き継いだ記憶、ステラと共に積み重ねてきた鍛錬、修行の旅で繰り返した強敵達との戦い、ルベルトさんとの信念を賭けた決闘、四天王という化け物どもとの殺し合い。

 これだけの道のりを歩んでもまだ足りない。

 あと一歩、全盛期の領域に届かない。


 あと一歩、本当にあと一歩なんだ。

 感覚でわかる。

 今の俺は、かつて至った到達点の一歩手前まで来ている。

 ただ、その一歩を隔てる壁が、あまりにも分厚く硬いのだ。

 だからこそ、その壁をぶち破るべく、こんな無茶な勝負をしている。


「せい!」


 パーティーの中心になって戦うのは、当然最も基礎能力に優れるステラ。

 雑魚狩り及び訓練用の神樹の木剣を剛力と繊細さを両立させた見事な剣技で操り、猛攻を仕掛けてくる。

 ステラはさすがに俺との戦い方なんて心得たもので、カウンターの打ち込みにくい小振りで剣速を重視した動きをしてくるからやりづらい。


 それに対し、俺は防御に優れる二刀の型で応戦。

 二本の木刀を使った歪曲千手で受け流し続けるも、やはり中々反撃の手が打てない。

 僅かな隙を突いて流刃や反天を使っても、流刃は派生技含めて即座に引き戻した剣で防がれ、反天は元々向こうが込めてる力が少ないがために、剣を砕くどころか僅かに弾くのが精一杯。

 結構な頻度で放たれる、主に足場を崩す目的の魔法も厄介だ。

 下手な攻撃魔法なら禍津返しで跳ね返してやれるんだが、そんなこと、長い付き合いのステラがわからないはずがない。

 

 恐らく、これがステラの能力で俺と戦う場合のほぼ最適解だ。

 手の内を知り尽くされた結果、俺は防戦一方に追い込まれている。

 無論、俺も負けてはいない。

 簡単に勝てはしないが、ステラもまた俺の受け流しを中々突破できていない以上、簡単に負けることもない。

 手の内を知り尽くしてるのはお互い様だ。

 最近ではこのまま千日手にもつれ込んで引き分けなんてことも多くなった。


 しかし、それはあくまでも一対一ならばの話。


「オラァアアア!!」


 ステラの猛攻の後ろから、ブレイドが雄叫びを上げながら突っ込んでくる。

 狙いは俺がかなり危なかった瞬間。

 ステラに対して対応リソースの殆どを使ってしまった瞬間を狙い澄まして、神樹の大剣を振り下ろしてきた。


「くっ!?」


 普段なら相性の良さもあって、受け流すなり跳ね返すなり逆襲するなりいくらでも対処できるブレイドの攻撃も、余裕の一切ないところに叩き込まれたら脅威だ。

 しかもこいつは、さっきから俺とステラが打ち合ってる時からチラチラと俺の視界に映って、自分を警戒させることでステラへ割ける集中力を奪っていた。

 こんな隙を晒してしまった要因の一つは間違いなくこいつだ。

 最近のブレイドはこういう戦い方も上手くなってきた。


 それでもなんとか木刀……は二本ともステラに使ってしまい、籠手すらも引き戻すのが間に合わなかったので、ミスリルの胸鎧を使ってブレイドの攻撃を受ける。

 そのまま攻撃の勢いを受け流して回転。

 ステラのせいで崩れ切った体勢からでは満足に使えず、力の変換効率もキレも悪いが、不完全ながらもどうにか技として成立させた一撃を放つ。

 回転しながらブレイドの振り抜いた大剣を足場にし、間合いを詰めて繰り出す回し蹴り!


「『流刃・無刀』!」

「『聖盾結界』!」


 しかし、受け流し切れなかったせいで大分食らってしまったダメージを堪えながら放った攻撃も、こういう時のフォローのために準備万端だったリンの結界魔法によって難なく防がれてしまう。

 そこへ追撃の構えを見せる前衛二人。

 俺は蹴りを叩き込んだ結界を足場にして即座に体勢を整え、迎撃しようとしたが、


「『光線レイ』!」

「ぐっ!?」


 二人の動きを目眩ましに、エル婆から光の魔法が飛んできた。

 威力が低い代わりに使うのが簡単で発動の早い初級の魔法だ。

 直前に察知したものの、このタイミングと回し蹴りのために体を浮かせた不安定な体勢では、受け流すこと自体はできても、それを禍津返しで誰かにぶつけることもできず、その先が続かない。

 仕方なく木刀で受けて衝撃を移動速度に変換。激流加速で距離を取ったが、あまりいい選択とは言えないだろう。

 あのままエル婆の魔法を受け流してその場に留まっていれば、更に崩れた体勢で前衛二人の追撃を受けることになって詰んでいたから仕方ないんだが、距離ができたことでパーティーメンバー全員が俺を狙い撃てる絶好の状況が整ってしまった。


 その隙を見逃してくれるわけがない。

 即座にステラ、ブレイド、エル婆の攻撃担当三人が大技の構えを取る。

 そうして、互いの攻撃を邪魔しないように、三人は遠距離攻撃の必殺技を放った。


「『聖なる剣ホーリースラッシュ』!」

「『大飛翔剣』!」

「『聖光線ブラスターレイ』!」


 ステラの光の魔法剣、ブレイドの飛翔する巨大斬撃、エル婆の極太光線の三つが俺に迫る。

 歪曲で受け流せる規模じゃない。

 禍津返しで跳ね返せる大きさじゃない。

 だが、斬払いで霧散させることならできなくはない。

 斬払いは広範囲攻撃の綻びを斬って全体を霧散させる技。

 目の前に迫るのは三つの別々の攻撃であり、二本の刀を使った斬払いでどれか二つを霧散させても、残る一つの攻撃を防げずに食らってしまうが、それは斬り方の問題だ。

 斬って霧散させる時に、他の攻撃を巻き込んで弾けるようにして斬れば、この場を凌ぐことはできる。


 しかし、それだとジリ貧だ。

 距離を取った時に俺も多少は体勢を立て直せたが、完璧には程遠い。

 そして、これだけの攻撃を霧散させる斬払いは普通に難易度が高い。

 成功しても、せっかく立て直せた体勢をまた崩される様が容易に想像できる。


 対して、向こうは全員が余裕のある状態で、この攻撃を防がれたとしても直後に一斉攻撃ができてしまう。

 ただ防ぐだけでは僅かな延命にしかならない。

 ならば、ここで必要になるのはあの技だ。


 ━━最後の必殺剣。


 それを使えなければ負ける。

 この追い詰められた状況こそが、強く必要に駆られ、本能と経験の中から見つけ出した答えで、自らの力を研ぎ澄ます最大のチャンス。

 俺は左手の刀を捨て、魔王と戦った時のように一本の刀を両手で握りしめる。

 そして、あの時と同じ動きを……


「ッ!?」


 ……しようとして、次の瞬間、気づく。

 ダメだ。

 この技は成功しない。

 攻撃に対して刃を入れた瞬間にわかってしまった。


 咄嗟に使う技を変更し、斬払いで攻撃の霧散を試みる。

 しかし、ただでさえあまり良くない体勢の上に、失敗からの急変更なんて真似をして、技を完璧に使えるはずもない。


「あがっ!?」


 斬払いは攻撃の大部分を霧散させたものの、完全には散らし切れず、結構洒落にならないダメージを食らって俺は吹っ飛んだ。

 受け身は取ったし、こういう事態にも備えていたリンの結界に守られる感覚もあったが、それでも衝撃を殺し切れずにゴロゴロと転がり、砦の壁に激突する。

 痛い。


「アラン!?」


 そんな俺を見てステラが真っ先に駆け寄り、治癒魔法をかけ始める。

 ありがたいが、情けない。

 必要なこととはいえ、こういう醜態を好きな女に見られたいと思う男は少ないだろう。

 いや、子供時代からお互いの醜態なんて見慣れてるんだが、それでもだ。


「大丈夫!?」

「ああ。両腕はポッキリ逝ってるが問題ない。リンの結界に助けられたな」

「それ大丈夫って言わないからね!? 全くもう!」


 ぷりぷりと怒りながらも、治癒魔法の発動は決してやめないステラ。

 しかし、その顔が不意に怒りから憂うような表情に変わった。


「ねぇ、最近のこれはいくらなんでもやり過ぎじゃない? 一時期のブレイドより酷いわよ」

「このくらいやらないと足りないからな。いや、これでも全然足りてないんだが」


 やっぱり、お互いに殺意のない訓練だと、どうしても心のどこかで必死になり切れていないのかもしれない。

 今までの修行と同じように、本物の命のやり取りこそが最後の壁を突破する鍵なんだろうが、決戦前にそんな強敵を探しに行くわけにもいかない。

 ならば例え殺意が無くとも、俺より明らかに強い仲間達全員を相手にしたこの修行が一番効率がいいはずだ。

 実際、ほんの少しずつだが最後の壁が削れてきてるような感触はある。

 決して無駄にはなっていない。


「だからって、こんなやり方じゃ一歩間違えたら仲間の攻撃で死ぬじゃない! そんな死に方されたら泣くわよ! いや、どんな死に方されても泣くけど!」

「うっ……気をつける」


 確かに、集中し切れなかったせいで仲間との修行中に死にましたでは洒落にも笑い話にもならない。

 マジで気をつけよう。


「本当に、気をつけてよね……。ねぇ、アラン」

「なんだ?」

「知ってる? 実は今の勝負で、私とあんたの勝率って逆転したのよ」

「は?」


 なんだそれ、聞き捨てならないんだが。

 いや、言われてみれば確かに、この修行を始めてから凄い勢いで黒星が増えたけれども……。


「25444戦、12234勝、12233敗、977引き分け」

「お前……全部数えてやがったのか」

「そりゃそうよ。それくらい悔しかったんだから」


 なんという執念……。

 そのうちの百戦くらいはさっきみたいな仲間全員での戦いだからノーカンと言いたいが、その勝負形式を自ら選んだのは俺だ。

 よって言い訳ができない。

 ぐぬぬ……!


「というわけで、今日の夜、あんたの部屋に行くから」

「ん? ちょっと待て。話が繋がってなくないか?」

「私の中では繋がってるからいいのよ。とにかく! 今日の夜は部屋で大人しく私を待ってること! いいわね!」

「お、おう」


 謎の気迫に押されて思わず頷く。

 そんな俺に満足したようにステラは「よし!」と頷いて、エル婆とリンのところへ駆けていった。

 治療はとっくに終わってる。

 そして、そのままステラは女子二人と共に帰っていった。

 今日はもう結構遅い時間だし、決戦がいつ始まってもいいように翌日に疲労を残しておくわけにはいかない以上、今日の修行はここまでってことだろう。

 怪我と違って、疲労は治癒魔術でも治りづらいからな。

 

 去っていくステラは、何故かまるで今から魔王に挑むかのような気合いの入った顔をしており、エル婆は更なる気合い注入とばかりにそんなステラの背中を叩き、リンは謎に興奮しながら何事か話している。

 残ったブレイドも、なんか俺に向かって無言のサムズアップをしてから帰っていった。


 なんだ?

 何かが変だ。

 俺の知らないところで何かの計画が動いているのを感じる。

 さっきのステラの言葉から察するに、もしかしたら今日の夜がその計画の総決算なのかもしれない。

 いったい、何が起こるというのか。

 なんとなく予想できないこともないが……。


 その後、一度口にしたことを破るわけにもいかず、俺は落ち着かない気持ちで、現在滞在させてもらってる砦の部屋で素直にステラを待った。

 そして、夜の九時を回った頃に、ようやくステラが俺の部屋に現れる。

 赤い顔で、何故かその手に明らかに度数の高そうな酒を持って。

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