85 軍議

「まずは現状の確認から参りましょう。

 勇者様方のご活躍により、魔王軍の最高戦力である四体の魔族『四天王』のうち三体の討伐が完了いたしました。

 対して、人類側の被害は軽微とまでは言えないものの、歴代魔王に齎されてきた大災禍に比べれば充分に軽傷。

 総合的に見て、ここまでの戦いは理想的……否、理想以上なまでに我らにとって有利に進んでいると言っていいでしょう」

「おお!」

「素晴らしい! さすがは勇者様だ!」

「これならば、当代も我ら人類の勝利は疑いようもありませんな!」


 教皇の言葉に、何人もの将軍達が喜びの声を上げる。

 確かに、これだけ聞けば喜びたくなる気持ちもわかる。

 旅に出て一年もしないうちに敵最高戦力の過半数を撃破。

 しかも、勇者パーティーの誰一人として欠けることなく。

 おまけに俺達と共に戦ってくれた戦士達の犠牲も少ない。

 レストの一件では結構な死者が出てしまったが、それも人類全体から見れば軽微な被害と言えてしまう程度。

 最前線での攻防や、各地に散ってる魔族どもによる被害を合わせても、まだ軽微と言えるレベルなんだろう。


 教皇の言う通り、理想以上としか言えないほどの大戦果だ。

 正直、できすぎだと自分達でも思う。

 もちろん、一歩間違ってたらこうはならなかった。

 ドラグバーンとの戦いで一手でも応手を間違えていれば。

 アースガルドとの戦いで全員が一丸となれていなければ。

 ヴァンプニールの血にブレイドが呑まれてしまっていれば。

 追い詰められてたのは俺達の方だったかもしれない。

 それくらいギリギリの戦いの果てに今がある。


 だが、それでも……まだ勝ち確定じゃない。

 喜んでる将軍達には悪いが、ここまで来てもまだ足りない。

 理想以上の大健闘をしてもなお、現時点での勝率はせいぜい五分五分くらいだろう。

 そう思ってしまう根拠を、残念ながら俺達は持っている。

 そして、俺達の出した報告の手紙に加えて、ルベルトさん経由なりエルトライトさん経由なりで、教皇や国王にはその情報がちゃんと伝わってるはずだ。


「では、この先の作戦の大筋を伝える」


 だからこそ、教皇に代わってこの先の作戦を語り始めた国王の言葉に、俺達が驚くことはなかった。


「これより我らは全戦力をもって撤退した魔王軍を追い、進軍する。

 奴らの籠もる魔王城の目の前に土魔法で簡易の砦を築き、そこを拠点に一気に魔王城を攻め落とすのだ。

 短期決戦でケリをつける」

「なっ!?」

「そ、それは……」

「いくらなんでも性急すぎるのでは……?」


 国王の言葉に将軍達がざわつき始める。

 「もっと時間をかけて確実に」だの「籠城している相手に、わざわざ真っ向から挑むのは……」だの「さすがに短期決戦は無茶では?」だの、軍略素人の俺でも真っ当だとわかる意見が聞こえてくるあたり、最前線の砦を任されるだけあって全員普通に有能なんだろうな。


 だが、それじゃダメなんだ。

 俺達には時間をかけられない理由がある。


「お静かに。皆さんの懸念はもっともなことでしょう。

 しかし、我ら人類には無茶を承知の上で決着を急がなければならないわけがあるのです」

「きょ、教皇様……」

「わ、わけとは一体!?」


 再び会話の中心に戻った教皇が、混乱する将軍達の顔をゆっくりと見回して落ち着かせる。

 この先の話を聞かせるなら、まさしく神秘の象徴である神を祀る教会のトップである教皇が話した方が受け入れられやすい。


「皆さんもご存知の通り、今の人類にはあまり余裕がありません。

 先代魔王が長きに渡って暴れ続けた時代の傷が癒えていないからです。

 加えて、当代魔王は最前線付近の戦力こそ魔王城に集結させましたが、各地へ放った魔族達はそのまま。

 奴はこの期に及んで……いえ、この状況だからこそと言うべきでしょうか。少しでも多くの戦力を集めるよりも、少しでも多く人類を削ることを優先したのです。

 もし我らが魔王城の攻略に時間をかけてしまえば、その間に守るべき民がボロボロにされてしまいかねません」

「むう……」


 教皇の言葉に将軍達が押し黙った。

 その言葉は正論だ。

 各地に散った魔族ども、つまり老婆魔族やカマキリ魔族、俺が修行の旅の途中で倒した奴らと同じ役割を与えられた連中は魔王城へ招集されず、今でも俺達の故郷やリンの故郷みたいな各地の集落を襲ってるらしい。


 しかも、そいつらの討伐は難航しているとのことだ。

 そいつらが何も考えず、ドラグバーンみたいに死ぬまで戦うタイプの魔族だったら、各地を守護してる英雄や聖戦士達が倒してただろう。


 だが、連中はそういうわかりやすい強者を見たら迷わず逃げに徹し、戦う力のない民衆や、圧倒的格下である一般兵ばかりを標的にしていたぶる最悪の連中。

 加護持ちの英雄と同等の力を持つ魔族に、そんな逃げ優先の戦い方をされたら仕留め切れないのも無理はない。


 俺が戦った奴らは逃げずに普通に向かってきたが、それは多分、俺が加護というわかりやすい力を持たない一般兵に見えたからだ。

 何故か魔族も加護持ちを識別できるっぽいからな。

 実際、俺を見た魔族は大抵、俺のことを侮った。

 カマキリ魔族然り、老婆魔族然り、ヴァンプニール然り。

 そして、圧倒的格下相手に逃げるというのは奴らのちっぽけなプライドが許さないのか、それとも単純に戦ってるうちに逃げるタイミングを逸したのか、最後には普通に倒させてくれた。


 要するに相性の問題だ。

 最強殺しの剣はこういうところでも強者に効く。

 逆に普通に強い英雄達は、逃げ腰の魔族と相性が悪いからこんなことになってるわけだ。

 というか、逃げる魔族への対抗策なんて限られてる。

 俺みたいな例外を除けば、大掛かりな罠にかけるか、逃げることすら許さない大戦力で一気に叩くかくらいしか思いつかないぞ。

 まあ、どっちもそう簡単にできることじゃないからこその、この状況なんだろうが。


「この問題を早急に解決する最善の策は、魔王城を迅速に落とし、魔王軍本隊と睨み合っている最前線の戦力を解放して各地へ向かわせること。

 と、つまりはこういうわけです」

「ううむ……」

「しかし……」

「それは……」


 将軍達の反応は悪い。

 まあ、そりゃそうだろうな。

 これで納得するのは軍略の心得がない俺みたいな素人だけだ。

 その俺ですら、事前にルベルトさん達との話し合いで色々知識を吹き込まれた以上、納得しない将軍達の気持ちが少しはわかってる。


「失礼! 意見をよろしいでしょうか」

「ええ、どうぞ。ドッグ・バイト殿」


 あ、さり気なく軍議に交ざってたドッグさんが手を上げた。

 この場では数いる加護持ちの一人に過ぎないはずなのに、この人は何故か妙に目立つ。


「教皇様の仰ることもわかります。

 しかしながら、性急さを求めすぎて我らが敗れれば、その時点で人類は詰みに近い大打撃を受けることとなる。

 我らは人類の命運を背負っているのです。

 決して民を蔑ろにするわけではありませんが……それでも人類のため、世界のため。

 性急にではなく確実に勝てる作戦を実行するべきだと、私は考えます」

「ええ、あなたの言う通りです。普通はそう考えるでしょう。

 だからこそ、先ほど語ったことは大多数を納得させるための建前に過ぎません。

 無論、あの言葉自体が嘘というわけではありませんが、本当の理由は別にあるのですよ」

「へ?」


 教皇にノータイムで前提を覆され、ドッグさんは目を丸くした。

 多分、確実な勝利のために民衆への被害はある程度許容するべきだという、正論だけど誰も言いたがらないことを自分が泥を被る覚悟で言ってくれたんだと思うが、残念ながらそういう問題じゃないんだ。

 というか、ドッグさんに事情説明してなかったのか?

 例の話をルベルトさんに伝えた時、ドッグさんも同じ街にいたはずなんだが。


 そう思ってルベルトさんを見ると、すっと目を逸らされた。

 まさか忘れてたのか!?

 い、いや、あの時はレストの騒動の後始末とかで結構わちゃわちゃしてたし、その後ルベルトさんは王国に伝えたり教会に伝えたり、砦に戻ってきて色々やったりで忙しかったはず。

 この複雑な話をドッグさんに説明してる暇はなかったのかもしれない。

 そう思えば仕方なかったのかもしれないが、ドッグさんだけ蚊帳の外か……。


「決着を急がねばならない本当の理由。それは言うなれば奇跡の対価。

 勝ち目の殆ど見えなかった当代の戦いに、ここまでの希望を抱かせてくださった大いなる神へと支払わなければならない対価。

 対価の支払いが滞ることは許されません。

 そうでなければ奇跡も、希望も、全てがご破算になりかねないのですから」

「それは、どういう……」


 教皇が厳かに告げる不穏な言葉に、ドッグさんや将軍達の顔が緊張に染まっていく。

 ついでに雰囲気に飲まれたのか、イミナさんも息を飲んでいた。

 いや、あんたは事情知ってるはずだろ。

 ドワーフの里で、女子組と一緒に寝泊まりまでしてたんだから。


「ここから先は、実際に神より正確な神託を授かった勇者様にしていただくのが一番でしょう。

 勇者様、お願いできますかな?」

「はい。わかりました」


 そうして、教皇が整えてくれた場の空気を引き継いで、ステラが話し出す。


「皆さん、聞いてください。これは私達が四天王の一角を倒しにエルフの里へ赴いた時。

 そこにある神の力を強く受けた生体神器『神樹』を通して神様本人に直接告げられた話です」


 かつて、エルフの里において神に告げられたこの世界の真実を。


「神様曰く、私達は魔王軍との戦いに一度敗れたそうです。

 勇者わたしを含め名だたる英雄達は皆戦死し、その結果人類の七割が魔王によって殺戮され、世界は奴らに支配される寸前まで行きました。

 今私達が生きているこの世界は、私達との戦いで弱った魔王を、無才ゆえに決戦に参加できなかった『剣鬼』アランが仇討ちを目的とした数十年の修行の果てに打ち倒し、

 世界の病巣である魔王を消滅させてくれたことによって使用可能になった神の奇跡を用いて、破滅の歴史をやり直すことを許された『改変された過去の世界』なのです」

「…………は?」


 将軍達がさっきのドッグさんのように目を丸くする。

 荒唐無稽すぎて理解できないと、それはもうハッキリと顔に書いてあるのが見えるようだ。

 そうして処理落ちしてる間に話すべきことを話し切ってしまうつもりなのか、ステラは言葉を続けた。


「ですが、世界を本当の意味で改変するには、神の奇跡に縋るだけでは足りません。

 この世界が真に救われる条件は、かつて魔王に敗れた時とは比べものにならないほどの軽微な被害で魔王に圧勝すること。

 そうでなくては、この世界は本来の歴史である破滅の未来を覆すことができず、元の歴史に塗り潰されて消滅してしまう。

 それが神様に告げられたこの世界の真実です」

「この話が真であるということは、我ら聖神教会の名において保証いたしましょう。

 勇者様から報告を受けてすぐに『神託の神器』による神降ろしの儀式を執り行い、神本人より裏付けを取りました。

 その情報はシリウス王国とも共有しております」

「然り。シリウス王国国王として私も神降ろしの現場に立ち会った。今の話に間違いはないと言っておく」

「神樹を有するエルフの族長として、私も同様の意見を述べさせていただきます。

 神樹を通した神との対話に私は立ち会えませんでしたが、対話を終えた勇者様は神によって折れた神樹の残存エネルギーを使った聖剣の強化という祝福を授けられていました。

 聖剣と神樹という二つの最上位神器に干渉できる存在など、全ての神器の創造主たる神以外には考えられない。

 これだけでも多少の信憑性の補強にはなるかと思いますが」


 ステラの話が真実であると、教皇、国王、エルトライトさんという、この場でも最上位の権力者である三人が保証した。

 ちなみに、今話に出てきた神降ろしの儀式というのは、教会が保有する神託の神器に結構な時間をかけて膨大な魔力を注ぎ込み、ごく短時間だけぼんやりとした神の幻影をこの世界に顕現させる儀式のことらしい。

 この前、エル婆に聞いた。

 ただし、呼び出された神の幻影は口がないので喋ることもできず、身振り手振りで簡単な質問に答えることしかできないんだとか。

 ステラの勇者としての覚醒とその居場所を報せたのもこの方法であり、神の幻影がぼんやりとした腕を必死に動かして、地図にある俺達の村を指差したって話だ。

 なんというか、神様も苦労してるなと感じた。


「さて、皆さん混乱していますね。無理もありません。私もはじめに報告を受けた時はすぐには話を飲み込めませんでした。

 だからこそ、伝令による書面のみで伝えても納得していただけないと思い、そちらには必要事項のみを記し、理由についてはこうして大規模な説明の場を設けたのですから」

「だが、これで皆も納得とまではいかずとも、我らが本気であるということは理解したであろう。

 その上で結論を言おう。━━人類の総力を用いての短期決戦だ。

 時間が経つほどに人類の被害は大きくなり、世界救済の可能性も下がっていく。短期決戦以外に道はない」


 そうして、シリウス王国国王の強い一言により、この軍議の行く末は決した。

 その後、魔王城までの進軍方法や、万が一魔王が城と配下を捨てて逃げようとした場合の対処方などについて話し合われ、できうる限りの議論を重ねた末に、最後の作戦の始動が正式に可決された。

 決戦が始まる。

 全ての決着をつけるのに相応しい、人類と魔族、互いの全てを出し尽くして戦う最終決戦が。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る