最終章

84 集結

 俺達が四天王との戦いを乗り越え、最前線の砦に辿り着いてから一月が経った。

 その間、魔王軍による砦への襲撃は一切ない。

 いや、正確に言えば魔王の指示に反発したっぽいハグレ魔族なら何度か出てるんだが、その程度の戦力で人類を守る大砦が揺らぐはずもなく、俺達勇者パーティーが出るまでもなく処理されている。


 こういうのを見ると、個としての魔族は人類にとって脅威ではあっても、人類全体を脅かすほどの厄災ではないんだなと実感する。

 かつてエル婆は言った。

 魔族を力で無理矢理纏めている魔王さえ倒せれば、烏合の衆となった残党程度、敵ではないと。

 あの言葉は嘘偽りのない真実だったわけだ。

 やはり魔族全体ではなく、それを統率している魔王こそが人類最大の敵。

 だからこそ、その魔王を倒した先には平和な時代があると確信できた。


 そうして魔王軍が一部を除いて沈黙を保っている間に、砦には号令によって人類の総力が続々と集結しつつある。


「ふん! また会ったな小僧!」

「ええ。ご無沙汰してます、ドッグさん」


 最初にやって来たのは、ドッグさんを始めとした各地に散っていた騎士達。

 何人もの英雄級と、各砦の指揮官クラスの将軍達。

 中には聖戦士も含まれている。

 これだけでも四天王の一人くらいは相手にできそうな豪華な戦力だ。

 勝てはしないだろうが、足止めして撤退させるくらいなら不可能じゃないだろう。

 もっとも、ドラグバーンが命と引き換えの切り札を使ったり、アースガルドが俺達と戦った時みたいに圧倒的な地の利を得たりしなければの話だが。

 ヴァンプニール?

 あれ相手なら、運が良ければ討伐までいくんじゃないか?


「お久しぶりです母上、勇者様方。不肖このエルトライト、約束に従い同胞達と共に参上いたしました」

「うむ! よう来た、エルトライト! ほれほれ、頭を撫でてやろう」

「ありがとうございます。…………ママ」


 次に現れたのは、エル婆の頭撫で撫でをポーカーフェイスで受け流そうとするも、若干耐え切れず小声でママとか言ってしまってるマザロリコン。

 じゃなくて、ドラグバーン戦で共闘したエルフの族長『賢者』エルトライトさん率いるエルフ軍。

 多くの英雄に加え、英雄に匹敵する熟練の魔法使い、更には『炎聖』や『水聖』など、各属性の魔法に特化した聖戦士達まで引き連れてきた。

 エルフの里で共闘した時には、そんな人材いなかったんだが……。

 そう思ったが、どうやらエルフの聖戦士達は、故郷の防衛は神樹とエルトライトさんがいれば事足りると判断し、戦力の足りない世界各地へと派遣されてたらしい。

 エルフの底が知れねぇ。

 相変わらず、エルフ強すぎだろ。


「オッス! アランにステラちゃん達! 思ったより早い再会だったっすね! アタシが来たからには万人力っすよ!」

「はい! 頼りにしてます、イミナさん!」


 続いて、ドワーフからは『鎚聖』のイミナさん他、各里に散らばっていた何人かの英雄達。

 ドワーフ自体が職人気質で戦士が少ない種族故に派遣されてきた人員も少ないが、代わりにガルド鋼で強化されたアイアンドワーフが五体と、通常版のアイアンドワーフが二十体くらいオマケで付いてきた。

 貴重なガルド鋼をアイアンドワーフに使っちまったのか……。

 というか、明らかにアイアンドワーフの数が、俺達の立ち寄った天界山脈の里にあった数より多いぞ。

 この短期間で増産できるわけがないし、ということはつまり、他の里にもアイアンドワーフの文化が広まってるってことに……。

 こっちも相変わらずだな。


「あ、それと爺からお土産を預かってるっす。約束の品だそうっすよ」


 加えて、ドワーフの族長にして世界最高の職人ドヴェルクさんからの支援物資。

 それは、別れ際にイミナさんにでも持たせると言っていたステラの鎧だった。

 ブレイドの大剣と同じく、総ガルド鋼製。

 しかも大剣の時より明らかに技術が進歩してて、ドヴェルクさんの気合いの入りようがわかる。

 都合のいい解釈かもしれないが、これがドヴェルクさんなりの「絶対に死ぬんじゃねぇぞ」ってメッセージに思えて嬉しかった。


「ますます負けられないな」

「ええ!」


 俺の言葉に力強く頷きながら、その日ステラは装備を新調した。


 さて、これでこの砦には人族、エルフ、ドワーフと、人類四大種族のうち三種族の精鋭が集結したことになる。

 そして、そこまで来れば残る一種族も当然現れる。

 他と足並み揃えるのが苦手な種族だって聞いてたし、その族長へのイメージが最悪だったから個人的には来ないかと思ってたんだが、さすがにこの局面での協力要請を無視することはしなかったらしい。


 獣耳や尻尾を生やし、野性的な格好に身を包んで現れたのは、最後の種族こと獣人族。

 人数は五十人程度と少ないが、驚いたことに全員が加護持ちだ。

 族長だったクソ痴漢野郎こと獣王が「強い女は皆俺様の嫁!」みたいなこと言ってたし、もしかしたら政略結婚的なハーレム制度で英雄の血筋を広げてるのかもしれない。


 しかし、本来ならそれを率いてるはずの肝心の痴漢野郎が何故かいない。

 代わりに獣人族の戦士達を率いていたのは、獣王と同じ灰色の髪と、これまた獣王と同じ狼っぽい耳と尻尾を生やした若い男。

 見たところ、今回現れた獣人族の中で唯一の聖戦士だ。


 そいつは俺達、というかステラを発見するとズンズンと足音を響かせながら近づいてきた。

 似たような状況で、いきなりステラの胸を揉もうとしてきた痴漢王の姿がフラッシュバックし、反射的に俺は戦闘態勢に入る。

 ステラの方も獣王にレストを殺されてる以上、穏やかに出迎えられるわけもなく、強張った顔でそいつを見た。

 そんな俺達を見てその獣人族の男は……


「勇者殿! そして、そのお仲間殿! この度は我が兄が大変なことを仕出かしてしまい! 誠に! 誠に申し訳ありませんでしたッッ!!」


 謝罪の言葉を大声で叫びながら、豪快な土下座を決めた。

 叩きつけた頭が砦の一角にヒビを入れるほどの凄まじい土下座だった。

 その轟音で近くの人達は何事かと視線を向け、少し遠くで各々自由に過ごしていたブレイド達も集まってくる。

 一方、目の前でダイナミック土下座を見せつけられた俺達はといえば、いきなりの展開と獣王なら絶対にやらないだろうまさかの行動に思いっきり面食らって混乱していた。


「え、えっと……あなたは?」

「失礼! 名乗り遅れました! 私は『狼聖』ガルム・ウルフルス! 族長である『獣王』ヴォルフ・ウルフルスの弟です!」


 あのセクハラ王の弟……似てない。

 いや、見た目は確かに似てるんだが、中身の共通点が全くと言っていいほどない。

 片や、初手上から目線で嫁にしてやる宣言からの痴漢に走った兄。

 片や、初手土下座からの平謝りに徹する弟。

 まさに天地の差。

 あれか?

 上が駄目だと下がしっかりするってやつか?

 

「聞き覚えのある騒がしい声じゃと思えば、やはりお主じゃったか、ガル坊。久しぶりじゃのう」

「エルネスタ様! あなた様にも、この度はとんだご迷惑を!!」

「あー、よいよい。ワシに言うても仕方あるまい。謝るのであれば、まずは一番の被害者に謝るのが筋じゃろう」


 そう言って、エル婆は近くまで来ていたブレイドの背中を押して前に出した。

 ルベルトさんが大事な準備でいない今、この場で最もガルムと名乗った獣王の弟に向き合うのに相応しいのはブレイドだ。

 そのブレイドは、弟を殺した直接の仇の身内を前にして、怒りと困惑の混ざったかなり複雑な顔をしていた。

 そりゃそうだろう。

 元凶であるヴァンプニールは討ち取ったとはいえ、獣王への恨みだって無視できないほどに大きいはずだ。

 レストと付き合いの浅かった俺ですら殺してやりたいと思ってるくらいなのだから。


 だが、目の前にいる相手は獣王の弟であって、獣王本人ではない。

 こいつに怒りをぶつけてもどうにもならないし、そんなことしても決戦を前にして獣人族との仲が拗れるだけだ。

 ブレイドも恐らくはそれをわかってるからこそ、怒りのままに叫び散らすことをしないんだろう。


 そんなブレイドの強く握りしめた拳に、リンが心配そうにそっと触れた。

 それでブレイドはハッとした顔になり、一度リンと視線を合わせてから大きく深呼吸。

 無理矢理心を落ち着かせた様子で、改めてガルムに向き合った。


「あー……とりあえず、頭上げてくれよ」

「できません! 兄のしたことは筋の通らぬ理由で人の命を奪うという大罪! ならば、私には頭を下げるという最低限の謝罪の形を崩すことすら許されません! 許されるわけがないのですッ!!」


 ガルムの頭がますます地面に埋まっていく。

 文字通りの意味でに頭をめり込ませるり方。

 これぞ真の土下座。

 思わずそんなバカな感想が浮かんできたが、すぐに頭を振ってアホな思考を振り払う。

 一方、覚悟を決めて話しかけたものの、いきなり出鼻を挫かれる形になったブレイドは困った顔をしていた。


「えぇ……」

「ブレ坊、諦めるがよい。こやつは超がつくほどの真面目人間じゃ。誰がなんと言おうとも、筋の通らぬことは死んでもせんじゃろう」

「めっちゃ誠実でいい奴じゃねぇか!?」

「もうこの人が族長になればいいんじゃ……」


 リンが小声で漏らした感想に全面同意だ。

 思わずステラと一緒にうんうんと頷いてしまった。

 

「ぶっちゃけワシもそう思っておるが、獣人族は個人の武勇を何よりも尊ぶから無理じゃろう。……と、話が脱線してしもうたな。ブレ坊、続きを頼む」

「あ、ああ」


 ブレイドは気を取り直すように「ゴホン!」と一度咳払いを挟んで話を再開した。


「とりあえず、魔王との戦争中にあんたらとまで揉めてる余裕はねぇ。だから、そっちの大将がやらかした一件の始末は、この戦いが終わるまで棚上げしたい。それでいいか?」

「願ってもないことです! 寛大なご配慮に心からの感謝を!」


 ブレイドの言葉をガルムは噛みしめるように受け入れ、更に頭をめり込ませた。

 この決断はルベルトさんとも話し合って決められたことだ。

 俺としては未だに納得いかないが、魔王を前に人類同士でいがみ合ってる余裕なんてないというのは、全くもってその通りすぎる正論。

 何より、家族を殺されて、俺なんかよりよっぽど辛いはずのブレイドやルベルトさんが受け入れたのだから、俺に何かを言う権利はない。

 それに、


「だけど、勘違いしないでくれ。俺達はあいつを許したわけじゃねぇ。戦いが終わったら落とし前はキッチリつける。それを忘れないでくれ」


 ブレイド達は、泣き寝入りするつもりなんて微塵もないのだ。

 棚上げは所詮棚上げ。

 問題を先送りにしただけで、魔王を討った後には当然、この問題にも然るべき決着をつけるつもりでいる。

 それがどんな形になるのかはわからないが、ブレイド達にとって納得のいく形で終わってほしいと心から願う。


「無論です! 元々、ここまでのことをしておきながら、慈悲に縋って許しを乞うような厚顔無恥な真似をしようとは思っておりません! 兄には必ずそれ相応の償いをさせると約束いたします!!」

「そっか。ならいい。それと、あいつのことは許してねぇけど、別に獣人族全体を敵視してるわけでもねぇし、あんたのことも嫌いじゃねぇ。だから仲良く……とまではいかねぇだろうが、まあ、なんだ。程々に上手くやろうぜ」

「! はい! 本当に感謝いたします!」


 こうして、獣人族側からの予想外の謝罪とブレイドの対応によって、決戦前に彼らとの仲が拗れることもなく、そこそこ協力できそうなくらいの関係を築くことに成功した。

 それにしても、相手が地面に頭をめり込ませるレベルで下手に出てたとはいえ、こうやって色々と問題のある場を収められるようになるとは、ブレイドも成長したもんである。

 やはり、ドワーフの里での覚醒を経て一皮も二皮も剥けたような気がするな。

 この調子なら近いうちに脳筋を脱して、文武兼ね備えたルベルトさんみたいな立派な騎士になれるかもしれない。

 是非とも頑張ってほしい。


「しかし、肝心の獣王の小僧がおらんのはどういうわけじゃ?」

「申し訳ない! 兄は行方不明なのです! 我らにすら行き先を告げず、というより行き先すら決めずに放浪することの多い人でして!」

「そして、行く先々で問題を起こすわけじゃな」

「返す言葉もございません!」

「うわぁ……」

「傍迷惑な」

「あんたも苦労してんだな……」

「もうガルムさんが族長になった方が絶対いいですよ」


 ステラがなんとも言えない声を出し、俺は同族にすら迷惑をかける奴を不快に思い、ブレイドはガルムに同情の視線を向け、リンは再びド正論を呟いた。

 既に地に落ちていた獣王の評価が俺達の中で更に下がった瞬間である。

 なんというか、どこまでもダメな奴であった。


「勇者様方、それから獣人族の皆様」


 と、全員がそんな思いを共有していたその時、俺達に話しかけてくる人が現れた。

 その人の格好は、リンと同じ聖神教高位神官の証である白の修道服。

 つまりは聖神教の遣いだ。


「大変お待たせいたしました。軍議の準備が整いましてございます。こちらへお越しください」

「わかりました」


 ステラが頷き、俺達はようやくかと思いながら神官の案内に従って、砦の中にある軍議の間へと案内された。

 そこにはデカい円卓が用意され、主要な人物達が既に席についている。

 この軍議の準備に奔走していたルベルトさんに加え、加護持ちや側近の軍師を従えた各砦の指揮官クラスの将軍達。

 エルフの代表であるエルトライトさん達。

 ドワーフの代表であるイミナさん達。

 俺達と共に案内された、獣人族の代表であるガルム達。


 そして最後に、最大の大物二人。


「さて、まずは皆様。よくぞ集まってくださいました」


 一人は、純白の法衣を身に纏う、穏やかな笑みを浮かべた老人。

 人類の守り手、聖神教会の最高指導者、聖神教教皇。


「人類の命運を賭けたこの場に、全ての種族が集結してくれたことを嬉しく思う。我らが一丸となれば、どんな困難も必ずや乗り越えられるであろう」


 もう一人は、豪奢な鎧とマントという戦装束を身に纏い、厳かなオーラを放つ壮年の男。

 人類最大にして最強の国を率いる長、シリウス王国国王。

 この人類の二大巨頭を加え、まさしくこの場には人類の頂点に立つ者達が集結していると言えた。

 顔ぶれの豪華さが、そのままこの会議の重要度の高さを物語っている。


「あまり時間もありません。早速で申し訳ありませんが、当代における魔王軍との最終決戦。それに向けた作戦会議を始めたいと思います」


 教皇の言葉によって、軍議が始まりを告げる。

 集結した多くの戦士達を巻き込んで、俺達の、いや全世界の命運を左右するであろう軍議が。

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