82 さらば、ドワーフの里
「待たせたな小僧」
「ありがとうございます」
あの宴会から数日後。
無事ステラの記憶も飛び、ドヴェルクさんが怨霊丸の方の修復も終えたとパシらされたイミナさんから聞いたので、早速鍛冶場にまで取りに来た。
そこで怨霊丸を受け取り鞘から抜いて確認してみれば、新しい刀身はかつての面影を残しつつ、何やら見覚えのある特殊な金属の光沢を……
「…………マジか」
それはどう見ても、今回の戦いで俺達が最も苦しめられた謎金属。
『ガルド鋼』と名付けられた、土の四天王アースガルドの遺しし最強金属の輝きだった。
どうやら、この世界最高の職人は怨霊丸を謎金属、じゃなくてガルド鋼を使って修復したらしい。
改めて思うが、とんでもねぇなこの人。
他の職人達が加工法を探して四苦八苦してる中、既にその一歩も二歩も先を行ってやがる。
「で? 見たとこ旅支度が終わってるみてぇだが、もう行くのか?」
「ええ。元々先を急ぐ旅でもあったので」
鍛冶場に来るのにわざわざ完全装備な上に、馬車まで持ってきたからな。
そりゃドヴェルクさんも気づくだろう。
そして、気づいたからこそ少し不満そうな顔になった。
「まだおめぇの女に鎧を作ってやるって約束が果たせてねぇんだが?」
「……だから、まだ俺の女じゃないですよ」
いちいち反論するのも疲れてきた今日この頃だぞ。
この疲弊っぷりからして、そろそろ逃げ切れなくなるのでは……。
そんな恐ろしくも少しだけ嬉しくなってしまう救えない未来予想はさておき、そういえばそんな約束してたな。
この人は頭の固い頑固爺だが、その分一度言ったことには筋を通してくれる。
だからこそ、それが果たせなくなりそうなのが嫌なんだろう。
「仕方なかろう。ワシらは魔王軍に命を狙われておるんじゃ。
いつ最後の四天王が襲ってくるかわからんし、それに懸念事項もあるしのう」
エル婆がひょっこりと俺達の会話に入ってきた。
そう思うのなら宴の席で仲間を酔い潰すんじゃねぇよと激しく突っ込みたいが、どうもあれでいて自分は酔わない程度に飲む量を抑え、いつでも全員に
里の女性陣もいつでもアイアンドワーフを起動できるようにしてたらしいし。
例の口止め案件で弱みを握られたのもあって、文句が喉元まで来てるのに吐けない、このもどかしさよ。
俺の代わりにツッコミを入れてくれそうな仲間達はといえば、ステラとリンは残りの時間をイミナさんとのお喋りに使い、ブレイドはここに来る途中で幼女達に遊び相手として連行された。
どうもブレイドの奴は連日アイアンドワーフを修行相手にしてたせいで、それを操って遊んでた幼女達に懐かれたらしい。
小声で「浮気か?」と言ってみたら「そんなわけあるか!?」と大変いい反応が返ってきて楽しかった。
なるほど、俺をからかってた連中もこんな気持ちだったのかと思えば、不本意ながら納得しそうになったものだ。
「ふん。気に入らねぇが、まあいい。
鎧は後で造ってイミナにでも届けさせる。
代わりと言っちゃなんだが、今日のところはこれでも持ってけ」
「これ?」
そう言ってドヴェルクさんが投げ渡してきたのは、全長二メートル以上はある巨剣だった。
あまりに重すぎるせいで、俺の力だと持ち上げるだけで腕が震える。
間違っても投げていいものじゃない。
俺だと下手したら潰れて死ぬ。
「ほう。見たところ総ガルド鋼製の大剣か。しかも、見るからにブレ坊のための武器ではないか。
あれだけこき下ろしておったのに、どういう風の吹き回しじゃ?」
「……別に深い意味はねぇよ。そいつは小僧の刀を直す前に、ガルド鋼の扱いに慣れるために造ったただの試作品。
使う当てもねぇから、ちょうど四天王との戦いで武器をボロボロにした野郎に恵んでやろうと思っただけだ」
いや、言い訳にしか聞こえないぞ。
確かにブレイドはアースガルドとの戦いで散々大剣を盾にしたり、ガルド鋼にぶつけたり、挙げ句の果てにはエル婆の最強魔法の発射台にしたりしてボロボロにしたが、だからってそれで武器をくれるような優しい人じゃないだろ、あんた。
そもそも試作品をわざわざ大剣にした時点でブレイドにやる気満々じゃねぇか。
大方、戦いの後の吹っ切れて中々悪くない面構えになったブレイドを見て見直したってところだろう。
なのに、出てきたのは先のセリフだ。
ツンデレか。
「ホッホッホ。まあ、そういうことにしておこう。
しかし、試作品でもなんでも、お主が武器をくれてやってもいいと思う程度にはブレ坊のことを認めてくれて嬉しく思うぞ」
「……ふん。あの剣聖の小僧に言っとけ。試作品程度で調子に乗るんじゃねぇってな」
「わかった。しかと伝えておこう」
そうして、ドヴェルクさんは俺達に最高の贈り物を持たせて送り出してくれた。
俺も打ち直してもらったこの二振りの刀に恥じない戦いをしないとな。
決意を新たにドヴェルクさんの鍛冶場を後にし、イミナさんと話していたステラとリンと共にブレイドを回収に向かう。
ついでに、イミナさんもついてきた。
多分、見送ってくれるんだろう。
道中でも喋りながら別れを惜しむ女子組を引き連れてブレイドのところへ到着し、リンがブレイドに呼びかける。
「ブレイド様ー! 出発しますよー!」
「おう! 今行く! ってわけだチビども。じゃあな!」
「うん! またねー!」
「みんなに迷惑かけちゃダメだよー!」
「足手まといにならないように気をつけてねー!」
「ぐはっ!?」
「ブレイド様!?」
純真無垢な幼女達に純真無垢な言葉で心の傷を抉られ、ちょっと肩を落としながら帰還してきたブレイド。
そこへ慌てて駆け寄って介護を始めたリンだが、この場合は追い打ちだろう。
ここ最近で刷り込まれた癖が裏目に出てやがる。
そのせいで、今回は大して気にしてなさそうだったブレイドが、今や若干涙目だ。
傷口に塗り込まれた
優しさとは時に残酷なのだ。
「リンちゃんは健気っすねー」
「でも、あれはちょっと行き過ぎなんじゃ……?」
「まあまあ。ギスギスするよりはよほど良いではないか」
女子組が二人を見てそんな感想をこぼす。
俺としてはエル婆の意見に賛成だ。
好きな奴にまだ介護しなければいけない存在として見られてるのは哀れだが。
そんな哀れなブレイドへのフォローもかねて、俺は担いで持ってきたガルド鋼の大剣を奴に差し出した。
「ん? なんだこれ?」
「ドヴェルクさんからのプレゼントだ。良かったな、ブレイド」
「お、おお!? マジかよ!?」
その瞬間、ブレイドは幼女達に抉られリンに塩を塗り込まれた傷の痛みなど忘れたように満面の笑みを浮かべた。
エル婆が窘めるようにドヴェルクさんの言葉を伝えても、「わかってる、わかってる!」と空返事ばかりで、顔はニヤついたままだ。
まあ、そりゃ嬉しいだろう。
俺だってドヴェルクさんに認められた時は嬉しかったし、ブレイドの場合は一度完膚なきまでに否定されて言葉の暴力でタコ殴りにされてる分、その喜びはより大きいはずだ。
それで調子乗ったら元の木阿弥なんだが、まあ、今のブレイドなら大丈夫か。
それでも念のために、あとで修行に付き合わせてボコボコにしておこう。
今回の戦いで大きく成長したブレイドだが、こいつの戦闘スタイルは俺にとって相性が良い。
まだまだ普通に勝てるはずだ。
いや、だがここは念には念を入れて、ステラと二人がかりで上には上がいるってことを念入りに思い知らせておくべきか?
そんなことを考えながらステラの方を見れば、向こうも似たようなことを考えてたのか目が合った。
そのまま俺達は無言で頷き合う。
喜べ、ブレイド。
里から出たらスペシャルメニューだ。
「ひっ!? な、なんだ? なんか急に寒気が……」
「大丈夫ですか、ブレイド様? って、あ! ちょっと怪我もしてるじゃないですか!」
「ん? ああ、さっきまでまたアイアンドワーフと遊んでたからな。攻撃がちょっと掠ったんだろ」
「すぐに治します! 『
過保護。
ブレイドの腕についた掠り傷程度の裂傷を急いで治すリンを見て、そんな言葉が頭に浮かんできた。
これもまた、今まで無茶を見せ続けてきたせいで刷り込まれた癖だな。
介護対象から恋愛対象になれる日は遠そうだ。
頑張れ、ブレイド。
そんなことを思いながら、なんとなく視線が格下のアイアンドワーフにやられて流した情けない血の跡の方に向き……
「ッ!?」
「あ!?」
とんでもないものが目に入った。
その瞬間、俺とほぼ同時に気づいたらしいステラが慌てた顔でブレイドの腕を掴む。
「な、なんだ? どうした?」
「エルネスタさん! これ!」
困惑するブレイドを無視して奴の腕、というよりそこから流れた血をこの場で一番博識なエル婆に見せるステラ。
エル婆もまた真剣な眼差しでそれを見る。
ブレイドの腕から流れ出た、僅かに
「……ふむ。間違いない。吸血鬼の血じゃな」
「やっぱり!」
「は、はぁあああああ!?」
ブレイドがわけがわからないとばかりに絶叫した。
リンも絶句してるし、俺だって驚愕してる。
そんな俺達を尻目に、エル婆は冷静にこの現象を分析し始めた。
「今までは体の奥底にでも潜んでおったのか。
恐らく本体が倒されたことで残骸となって表出したんじゃろうが、一体いつの間にブレ坊の中に?
もしや、ワシらが懸念していたことはこれが原因……」
「ハ、『
エル婆の考察が終わる前に、リンが状態異常回復の治癒魔法をぶっ放す。
すると、ブレイドの体から青黒い靄のようなものが滲み出てきて、すぐに体から引き剥がされて霧散した。
その後もリンが念入りにブレイドの体をペタペタ触って問診してるが、奴の顔が赤くなってること以外に問題が見つかる様子はない。
「随分あっさり消えたのう。やはりただの残骸か」
それを見てエル婆がポツリと呟いた。
これまでの旅路で、リンがブレイドに状態異常回復の魔法をかけたことがないわけがない。
にも関わらず、あの血が未だに体の中に潜んでたってことは、相当しぶとく根を張って隠れてたはずだ。
それが無詠唱魔法ごときで吹っ飛ばされたのなら、エル婆の言う通り、あの血は本当に本来の力を無くしたただの残骸だったんだろう。
大元の吸血鬼であるヴァンプニールが死んだから、連鎖的に機能停止したのかもしれない。
「ブレ坊、今までの旅路で何か体に異常を感じたことはないか?」
「そ、そういえば頭の中に変な声がずっと響いてたんだが……」
「「早く言え!!」」
「へぶぅ!?」
俺とステラのダブルツッコミがブレイドの後頭部を引っ叩く。
そんな重要なことを黙ってやがったのか、こいつは!?
「い、いや、てっきり自分の心の闇的なやつの声かと思って……」
「バカーーー!!」
「ぐえっ!?」
今度はリンの全力ビンタがブレイドを襲った。
更にリンは「バカバカ! ブレイド様のバカーーー!!」と連呼しながら往復ビンタを繰り出している。
当然の報いだ。
大人しく処されろ。
「しかし、これで謎が解けたかもしれん。
レス坊の時といい今回といい、魔王軍はワシらの居場所をわかっておるかのように攻めてきおったが……恐らくはこの血が目印か何かになっておったのじゃろうな」
エル婆のその推論は既に聞いてたが、なるほど、そう言われれば納得できる。
ということは、ブレイド、貴様が戦犯か!?
いや、今のところ勝ってるから戦犯は言い過ぎかもしれないが、それでも洒落にならないくらいヤバい状況だったのは間違いない。
ヴァンプニールがこの情報を上に流して、最後の四天王や魔王と一緒に攻めてきてたらと思うと肝が冷える。
なんでそうしなかったのかと一瞬思ったが、まあ、奴のあの身勝手極まりない性格じゃ、誰かと協力しようなんて思わないか。
アースガルドに関しては、協力してるというより利用してるような感覚だったのかもしれない。
そこは奴の無能さに感謝だな。
「それにしても、気づかれぬうちに聖戦士の体に隠れ潜む吸血鬼の血とはのう……。
聖戦士どころか通常の加護持ちであっても、この程度の血の量であれば普通に弾けるはずなんじゃが。
最強の吸血鬼であった先代魔王ですら、どんなに大量の血を使っても、聖戦士以上を操ることはおろか、大きな影響を与えることすらできんかったというのに」
「え? でも、あのヴァンプニールとかいう奴、アタシを絶望させて手駒にするとかなんとか言ってたような気がするんすけど」
「早く言わんかい!!」
「あいたっ!?」
今度はイミナさんが重要な情報をポロッとこぼして、エル婆のツッコミを食らった。
というか、今の話が本当だとしたら、最悪ブレイドがレストみたいに操られてた可能性もあるってことか?
なんだ、その悪夢。
もしかしなくても、奴の言ってた奥の手ってこれのことか!?
だとしたら不発に終わってざまぁ見ろだが、もし成功してたらと思うと……。
ブレイドの心を土壇場で立て直したリンはファインプレーなんてもんじゃなかったんだな。
「大方、心の隙を突くことで、本来であれば通じぬはずの攻撃を通じさせておったのじゃろう。
全く頭が痛い。ワシですら吸血鬼にそんな芸当ができるとは知らんかったぞ。
歴代の
つまり、これは弱者だったヴァンプニールなりの努力の結果ってことか。
嫌な努力もあったもんだ。
「あたた……。でも、そいつはもう死んだわけっすし、居場所がバレてる原因も無くなったんすから、もう少しゆっくりしていったらどうっすか?」
「戯け。この情報は一刻も早く持ち帰って各国と共有するべきじゃ。
それにワシらを捕捉しておった手段がこれだけとも限らん」
「そうですね。できるだけ早く最前線の砦に合流するって、ルベルトさんとも約束しちゃってますし」
「むう。残念っす」
というわけで、最後の最後に色々と驚愕の事実が発覚したが、予定に変更はなし。
俺達はすぐに里を出て天界山脈を下り、最前線の砦へ向かう。
この予定を立てた当初とは随分状況が変わってるんだが、それでも奴らが優先的に狙ってくるだろう
そうして、俺達は「またいつでも遊びに来るっすよー!」と言いながら手を振るイミナさんに見送られて、ドワーフの里を出発した。
次の目的地は最前線の砦の一つ。
そこへ行くために、まずは天界山脈を下山する。
行きと同じく、ブレイドに馬車を担がせながら。
「いや、なんでまた俺!?」
「うるさい。黙って働け」
「今回の罪は重いわよ」
「正当なお仕置きです!」
「ホッホッホ。頑張れ、ブレ坊」
「ぐぬぬ……!」
晴れ空の下、ブレイドの抗議が黙殺される。
だが、行きと違って俺達の間には、━━傍から見れば笑えそうなほどに明るい空気が漂っていた。
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