81 完全勝利のその後で
「では! 四天王との戦い! アタシらの完全勝利を祝して! かんぱーーーい! って、合わせろっす!」
「「「あばっ!?」」」
祝いの席でも今回の戦いで手に入った戦利品を片手にブツブツ言っていた職人達を、イミナさんのツッコミ(衝撃波付き)が襲った。
もしかしたら俺は今、聖戦士の力を最も無駄に使った瞬間に立ち会ったのかもしれない。
それはそれとして、あの一夜の戦いから丸一日が経った現在。
ドワーフの里では族長を含む一部例外を除いた全ての住人が集まり、盛大に酒が振る舞われて、戦勝ムードのドンチャン騒ぎが開催されていた。
まあ、そうなるのも当然と言えば当然だろう。
何せ、今回の戦いはエルフの里でも最前線近くの街でも成し得なかった、戦死者ゼロでの完全勝利だ。
しかも、四天王二人を討ち取った上に、職人達が歓喜のあまり「フォーーーーー!!」と絶叫を上げ、謎の踊りを披露するくらいに喜んだ、奴らの遺した大量の素材まで手に入ったのだから。
特にアースガルドの遺した謎金属だ。
あれは数多の魔法金属を土の四天王の力で混ぜ合わせた神秘の結晶。
再現はおろか現存するもの以外は二度と手に入らないかもしれない超超超貴重品にして、これまでの魔法金属を圧倒する強靭さを誇る凄まじい代物だ。
職人達は速攻でこの金属に魅了され、宴の席でもこれを持ち寄って加工法をどうするかという話を酒の肴にしている。
ドヴェルクさんなんて、イミナさんの再三に渡る宴に出ろとの勧告を無視して鍛冶場に引きこもった。
恐らく他の職人達も、謎金属のあまりの強靭さのせいで加工法がわからず、他の奴らと顔を突き合わせて議論しなきゃならないという状況じゃなければ全員引きこもっていただろう。
おかげで、ヴァンプニールに操られて討伐された魔物達の素材には誰も目を向けない。
そっちは後日、真面目な女性陣が解体する予定だそうだ。
本当にこの里は女性陣で保ってるようなものだな。
「へーい! アラン何やってんすかー! もっと飲んで騒いで楽しむっすー!」
「いや、俺は酒は苦手で、むぐっ!?」
騒ぐ他の連中を遠巻きに見てたら、寄ってきたイミナさんに酒瓶を直で口に突っ込まれた。
舌に苦味が走り、喉を焼けるようにキツい酒が通過し、少しすればすぐに体が熱くなって、若干頭がホワホワする。
くそっ。
これだから酒は苦手だ。
よく安ワインを飲みまくって即酔い潰れてた母さんに似たのか、俺も酒にはあんまり強くない。
この状態で敵襲が来たらヤバいぞ。
いざとなれば誰かに
レストが逝った時みたいに、誰かを慰める時くらいにしか飲みたくないってのが本音だ。
で、俺が一発でここまで追い詰められてる中、他の仲間達はというと……
「だっしゃーーー! その程度かオラァ!?」
「バ、バカな!? 酒と職人の代名詞とまで言われる俺達ドワーフを相手に三人抜きだと!?」
「やるじゃねぇか、剣聖野郎!」
「おー! なんか楽しそうっすねー! よっしゃ! 次はアタシが相手っす! 修行の時のリベンジしてやるから覚悟するっすよ!」
ブレイドは大酒飲みで有名なドワーフ相手に、まさかの飲み比べをやっていた。
最近陰気だった分の反動みたいに大いに騒いでやがる。
何やってんだ、あのバカ。
そんな潰れるまで終われないような飲み方を、防衛戦力のあまりいないこの里でやるなし。
だが、イミナさんを誘引してくれたことだけは感謝しよう。
よくやった。
「うっぷ! もう無理でしゅ……オロロロロロロ」
「おっと、付き合わせ過ぎてしもうたか」
一方、エル婆に合わせて飲んでいたらしいリンは、乙女の口から出してはいけないナニカをぶちまけながら意識を飛ばしていた。
おい!?
回復の要が真っ先にダウンしてんじゃねぇ!
どうすんだ!?
今敵来たら本気でどうすんだ!?
「アハハ! ありゃん〜!」
「って、ステラお前もか!?」
回復役が真っ先に倒れるという最悪の状況の中、更に主力までもが既に呂律が回っていないという絶望が俺を襲った。
お前、俺に比べれば多少は酒に強かったはずだろ!?
誰だ!?
誰がお前をこんなにした!?
「それ行け、アー坊! 今なら簡単に押し倒せるぞ!」
「あんたかエル婆ぁああああ!!」
何ウインクしながらサムズアップしてんだ!?
余裕そうじゃねぇか!
今すぐ全員に
「うふふ〜! あらん、しゅきー!」
「うおっ!?」
酔った勢いのままステラが抱き着いてきた!
馬鹿力のせいで俺の体がミシミシと悲鳴を上げる。
抱き潰されてないだけ力のコントロールが上手くなってるんだろうが、正直、潰されるかもしれない恐怖以上にこの状態はヤバい!
お前、その発言、結構取り返しつかないぞ!?
しかも、今は鎧もなしに抱き着いてきてるせいで、その、む、胸が……!?
「ねぇ、あらんはわたしのことしゅき?」
「そ、それは……」
「しゅきっていって! しゅきっていってー!!」
「う、ぐ、ぐぐぐ……!」
ここで勢い任せに肯定したら、なんか色々台無しになる気がして必死に耐える。
何より、ちょっと遠くからニヤニヤと見てくるエル婆の視線が鬱陶し過ぎて素直になれない。
「あらん、わたしのこと、きらい……?」
だが、そんなことをしてたらステラが泣きそうな顔になった。
ぐっ!?
その顔はズルいだろ!?
「お、俺も、す、好き、だ……!」
「わーい! りょーおもいだー!」
くそっ!!
言ってしまった!
言ってしまった!!
だが、落ち着け俺!
今のステラは呂律が回ってないほどの酔っぱらいだ!
ここから更にダメ押しで酒を飲ませれば、今の会話が記憶に残る可能性は著しく低い!
あとはエル婆の口さえ塞いでしまえば隠蔽できる!
俺は羞恥に耐えながら、さっきイミナさんに口に突っ込まれた酒瓶を手に取る。
「じゃあ、ちゅーして! ちかいのちゅー!」
「バッ……!? お前何言ってんだ!?」
「えー! なんでー! してよー! ちゅーしてー!」
「うぐっ!?」
この期に及んで、今度はちゅーだと!?
ステラの柔らかそうな唇に自然と目が吸い寄せられる。
ここでその唇を奪ってしまえばどれだけ幸せだろうと俺の中の悪魔が囁く。
そして、馬鹿力で俺を締め付けたまま、ステラは自分からドンドン顔を近づけてきて……その口に俺は手にした酒瓶を突っ込んだ。
「うぷ!?」
「飲め! 飲んで全部忘れろ!!」
「むー!」
抵抗するステラの動きを読んで的確に処理しながら、ガンガン酒を喉の奥に流し込んでいく。
そうして少し経てば、ステラは「きゅう」と呻いて意識を飛ばした。
あ、危なかった……。
俺だって多少は酒が回って理性の枷が緩んでるんだからな!
四天王との戦いより焦ったぞ、この野郎!
「なんじゃ、つまらんのう」
「てんめぇええ! エル婆ぁあああ!!」
「おっと、思ったよりおこじゃのう! ここは戦略的撤退じゃー!」
俺が感情のままに怒鳴ったら、エル婆は気絶したリンを背負ったまま逃走していった。
あのクソ婆、ただじゃおかねぇ!
覚えてろ!
「おう! 随分楽しそうじゃねぇか!」
「お前にはこれがそう見えるのか? だったら目か頭を治癒術師に見てもらえ」
「ハッハッハ!」
荒ぶる俺に話しかけてきた挙げ句、勝手に一人で陽気に笑い出したのは、さっきまでドワーフ達と騒いでたはずのブレイドだった。
飲み比べ勝負はどうした?
と思ったら、少し遠くにあられもない姿で酔い潰れたイミナさん他、多数のドワーフ達の姿が。
こ、こいつ、まさかドワーフを飲み比べで倒したのか……!?
「いやー、今回はマジで面倒かけて悪かったな。俺がウジウジしてたせいで、お前らずっとそんな良い顔できてなかったもんなぁ」
俺が絶句してるのをよそに、ブレイドが俺とステラの顔を見比べてそう言う。
……ちなみに、ステラは気絶しても俺に抱き着いたままであり、その顔は大変幸せそうに緩んでいる。
もちろん、胸も絶賛当てられたままだ。
俺の中の悪魔がまた出てきそうでヤバい。
「気にするな、とまでは言わないが、気に病むな。身内が殺されて平気でいられる奴なんていないからな」
ステラの胸の感触から意識を逸らすためにも、ブレイドとの会話を優先する。
そして、会話しつつステラの引き剥がし作業を開始した。
……馬鹿力のせいでビクともしねぇ。
こいつ寝てるくせに、ガッチリロックしてやがる。
「というか、お前は俺よりもまずリンに平謝りして礼言っとけよ。
お前のことで一番気を揉んでたのは間違いなくあいつだ」
「ああ、わかってる。俺が立ち直れたのもリンのおかげだからな」
「ほう。そういえば、お前がどうやって立ち直ったのかは聞いてなかったな」
「別にそんな大した話じゃねぇぞ? ただ、リンに引っ叩かれて目が覚めたってだけだ」
叩いて直るとか、お前は使い古された魔道具かよ。
という冗談はさておき、ブレイドをあれだけ心配してたリンがそのブレイドを叩いたのか。
多分だが、リン以外が同じことをしても無駄だったんじゃないかと思う。
実際、ドヴェルクさんに言葉の暴力で殴りつけられた時は逃げてやがったしな。
本気で心配して、本気で心を痛めてくれた奴からの愛の鞭。
それがブレイドの心を救う唯一の手段だったのかもしれない。
多分な。
「お前、マジでリンに一生もんの恩ができたな。この恩は何がなんでもちゃんと返せよ」
「当たり前だろ! それこそ一生かけて返してやるぜ!」
「ならいい」
じゃあ、改めて。
「完全復活おめでとう、ブレイド。頼りにしてるぞ」
「おいおい本当か〜? お前、修行の時とか結構ボロカスに言ってたじゃねぇか」
「適切な指導と言え」
そんな軽口叩けるあたり、本当に本来のこいつが戻ってきたって感じだな。
「それに頼りにしてるってのは普通に本心だよ。
リンのいた街でお前のことを聞いて、俺が逃した死霊術師の片割れを迷いなく任せられたくらいには最初から頼りにしてたから安心しろ」
「そうかそうか! そんな前から頼りにされてたんじゃ仕方ない、な…………え? 今なんつった?」
「ん?」
ブレイドの様子が変わった。
何か変なことでも言ったか?
「は? え? 聞き間違いか? 今、あの死霊術師との戦いにお前も参加してたみたいに聞こえたんだが……」
「別に聞き間違いじゃないぞ。
修行で迷宮行った時に魔族二人と遭遇してな。
片方は俺を無視して街に向かったんだが、もう片方とは普通に交戦して仕留めた。それだけの話だ」
「…………マジかよ」
ブレイドが何故か青い顔で天を仰いだ。
さっきまでは酒の影響で顔が赤らんでたのに、一瞬で反転しやがった。
なんだ?
今の話のどこに青くなる要素があったんだ?
「あー、その、だな。アラン、その話、リンには内緒にしといてくれねぇか?」
「別に構わないが、なんでだ?」
「なんつうかよ……。あいつはあの一件で俺のこと尊敬してくれてるわけじゃん?
その尊敬を裏切りたくないっつうか、失望されたくないっつうか、なんつうか……」
泳ぎまくった目と、しどろもどろな言葉で、そんなことを宣うブレイド。
大男がそんなことやってると実に情けなく見えるな。
しかし、それはそれとしてこれは……めっちゃ興味深い。
「ほー。なるほど、そうなったか。ほー」
「…………なんだよ」
どことなく苦い顔で俺を見るブレイド。
逆に、俺の方は酒の勢いもあって、どんどん口角が上がっていくのを感じた。
「これは上手くすれば、毎度毎度からかってくるあの女に報復できるかもな」
「違ぇからな!? そういうんじゃねぇからな!?」
いや、どう考えてもそういうことだろう。
ブレイドの顔色はさっきの青からまたしても一転、火を噴きそうなほどに赤くなっている。
どう見てもリンを恋愛的な意味で意識してるか、最低でも恋心の火種くらいは今回の一件でできたはずだ。
そして、リンの方もあれだけ献身的に尽くした以上、全くの脈なしってことはないだろう。
くっくっく。
面白くなってきやがった。
これであの恋愛脳に一方的にオモチャにされる屈辱の日々は終わりだ!
そう遠くないうちに、こっちが逆にマウント取ってやるぜ!
「安心しろ、ブレイド。俺はお前の味方だ」
「だから違ぇっての!!」
そうして、思わぬ収穫を手に入れたりしながら、宴の時間は過ぎていった。
ちなみに、その後。
俺はエル婆の口を塞ぎに行ったんだが、ステラのロックが最後まで外せなかったせいで奴を捕らえてシバくこともできず、最終的に屈辱を飲んで拝み倒して口止めの言質を取るまでに散々オモチャにされた。
リン相手にはなんとか反撃の手段が手に入りそうでも、こっちには対抗手段がないという現実を突きつけられて、俺は絶望した。
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