80 『土』の四天王
「驚いた。まさか本当に壊されちゃうなんてね」
絶対防御の謎金属を砕かれ、山ゴーレムという鎧まで壊され、地面とも離れた空中に投げ出されて尚、アースガルドは全く表情を変えず、抑揚のない声でそう言うだけだった。
口では驚いたと言ってるが、本当かどうかすら疑わしい。
そう思ってしまうほど、奴からは驚愕どころか焦りの一つすら感じない。
山ゴーレムを失ってもどうとでもなると思ってるのか……あるいは、本当にこいつには感情というものがないのか。
だが、そんなことはどうでもいい。
今重要なのは、この状況が俺達にとって最大のチャンスだということだ。
奴に余裕を保てるだけの奥の手があろうがなかろうが、大地を操る土の四天王が空中にいるなんて願ってもない大チャンスを逃すわけにはいかない。
━━ここで仕留める。
地面の中を移動することもできるアースガルドだ。
空中にいるうちに倒し切らなければ、例え追い詰めたとしても逃げられる可能性も高い。
故に、ここが最終局面。
ここを最終局面にしなければならない。
凌がれたら俺達の負けってくらいの気持ちで攻める!
「『
「『黒月』!」
俺と似たようなことを考えたのか、ひときわ気合いの入ったステラと共に、アースガルドへの攻撃を開始する。
光の斬撃と、黒炎の斬撃。
距離と剣速の差によって、まずは光の斬撃が先行した。
「『
それに対して、アースガルドは宙を舞っていた謎金属の残骸を操作して引き寄せ、それを盾の形にして光の斬撃を防ぐ。
だが、いくら今までステラの攻撃を防ぎ続けてきた謎金属とはいえ、今回奴が咄嗟に引き寄せられたのは僅かな断片のみ。
分厚い壁を形成していたさっきまでならともかく、その程度の薄い盾で勇者の攻撃に耐えられるわけがない。
謎金属の盾は、ステラの攻撃をたった一回防いだだけで砕け散った。
そうして守りを失ったアースガルドのもとに、遅れて放たれた黒炎の斬撃が飛来する。
それをアースガルドは岩のような右腕で防いだ。
「…………」
奴の表情に変化はない。
しかし、俺の攻撃は確かに奴の体にダメージを刻んだ。
ガードに使った岩のような右腕が僅かに壊れて歪んでいる。
闇による破壊と炎の熱による変形を食らった証拠だ。
山ゴーレムの中に引きこもられて以来、初めて与えたダメージ。
とはいえ、奴は最初の攻防の時に、斬り飛ばされた腕を簡単に再生させている。
回復阻害の力を持つ聖剣でダメージを与えなければ、大した有効打にはならないだろう。
それでも、こうしてダメージを与えられたという事実は大きい。
何故なら、これは紛れもなく、俺達の攻撃が奴の命を脅かし始めている証なのだから!
「らぁあああああ!! 『飛翔剣』!」
「『
「『神聖結界』!」
続いて、さっきの攻撃の反動で一歩出遅れていたブレイドが復帰して飛翔する斬撃をアースガルドに放ち、エル婆が遠距離から凝縮させた水の刃で狙撃し、リンがドーム状の結界で周辺空域を包んで簡単には地面に降りられないようにする。
アースガルドはそれらの全てを一切防がなかった。
ブレイドの斬撃が右腕を木っ端微塵に砕き、エル婆の水刃が横腹を抉り、リンの結界は何事もなく完成する。
だが、当然なんの考えもなしに、ただで攻撃を受けてくれたわけではない。
防御を行わなかったということは、その分のリソースを攻撃に回せるということだ。
「『
アースガルドは近くを漂う謎金属を引き寄せることなく槍の形に変え、そのまま俺達全員に向けて一本ずつ射出した。
「ハッ!」
「うおっ!?」
「ぬ……!」
「ほえぇぇ!?」
射出速度が速い。
全員それなりに距離があったとはいえ、それは裏を返せば俺が守れないほど遠くにいたということ。
ステラはともかく、攻撃や魔法の発動直後で隙ができていた他の三人は少し危なかった。
それでもブレイドは上手く槍を受け流し、エル婆とリンはさっきの無詠唱結界が僅かに時間を稼いだのと、単純に一番距離が離れていたおかげで、普通に避けることに成功。
リンは槍が地面を吹き飛ばした時の衝撃波で生き埋めになったが、すぐに這い出してきて穴の空いた結界を補修していたから心配いらないだろう。
そして俺は、
「五の太刀━━『禍津返し』!」
「わ」
唯一、ノータイムでアースガルドに反撃することに成功していた。
空中で体を右に傾けながら迫りくる謎金属の槍の側面を刀で撫で、刀を槍に引っ掛けつつ、槍の軌道を俺の体の後ろで内側へ曲がるように誘導。
引っ掛けたことで槍に釣られて刀が動き、刀に釣られて体が回り、そして回転中の刹那の間にほんの僅かに刀を動かして、槍の軌道を更に改変。
最終的に槍の軌道は俺の後ろを通って俺が望む方向へと歪められ、術者であるアースガルド自身へ返って奴の体を抉る。
これまでの戦いでは奴が大規模攻撃ばかり使ってきたせいで禍津返しを使えなかったんだが、災い転じてなんとやらというやつか、おかげでこのタイミングで禍津返しを初見の技として放つことができた。
完全に虚を突かれたのか、アースガルドはロクな反応ができていない。
咄嗟に左腕を盾に軌道を逸されたせいで致命傷にはなっていないが、その左腕は肩から先が完全にぶっ壊れた。
チャンスだ!
「やぁあああああ! 『
そのチャンスを逃さず、ステラがきっちりと追撃を食らわせる。
光の奔流が奴に迫り、それをアースガルドは即座に盾のような形で再生させた両腕で受けた。
だが、いくら即時発動を優先させた弱めの魔法剣とはいえ、そんな即席の盾じゃ充分に防げはしない。
アースガルドの両腕がボロボロになって崩壊し、体表にも多少のダメージが刻まれる。
回復阻害効果のある聖剣で直接与えた傷だ。
そう簡単には再生できないはず。
まずは両腕貰った!
「『
しかし、これでもアースガルドは表情を変えなかった。
冷静に、冷徹に……否、無機質に次なる一手を放つ。
その一手は、宙を舞う山ゴーレムの残骸の大部分を自ら粉砕し、それを雑に乱回転させて超大規模な砂嵐を起こす魔法。
山一つを丸ごと砕いて使った砂嵐だ。
これはもはや天災という言葉ですら当てはまらないほどに凄まじい。
だが、今更それで怯む俺達じゃない!
「『激流加速・舞』!」
俺は剣聖シズカの羽織を盾に、身を捻って風に舞う木の葉のように砂嵐の波に乗りながら、アースガルドのもとへと迫る。
砂嵐に視界を塞がれる前に、他の奴らもそれぞれ冷静に対抗策を打っているのが見えた。
ステラは光の魔法で砂嵐の一部を吹き飛ばし、ブレイドも剣撃で砂嵐を切り裂きながら山ゴーレムの残骸を足場に跳躍し、エル婆はこの視界でも遠距離から精密な魔法狙撃を放ち、リンは砂嵐のせいで破られた結界を即座に張り直す。
特に、ステラとエル婆の魔法は、砂嵐の中を突き進みながらでもわかるほどに凄まじい。
凄まじく正確に狙いをつけて撃っている。
多分、ステラは砂嵐を常時吹っ飛ばずことで視界を確保し、エル婆はそんなステラの魔法が向かう先を目印に狙撃してるんだろう。
俺が言えた義理じゃないかもしれないが人間業じゃないな。
だが、二人の魔法が目立つおかげで、俺も目印に困らなくていい。
そうして二人の魔法を目印に砂嵐の中を進んでいると、不意に砂嵐が止んだ。
不気味なほどに、ピタリと。
そして、明瞭になった視界の中に
それは、謎金属でできた鎧だった。
身長は約2メートル半。
どことなく女性的な流線型で、手には刀のように歪曲した一本の剣を持っている。
更に、背中からいくつもの球体関節を持つ、まるで昆虫の足のような異形の腕を六本生やしており、その先端には手の代わりに刃が直接くっついていた。
恐らく、集められるだけの謎金属を集めて作ったんだろう。
砂嵐はあれを作るまでの時間稼ぎと目眩ましか。
「『
アースガルドの声がする。
謎金属の鎧の兜の中から。
「僕がこれまで生きてきた中で一番興味を惹かれたものの模造品。僕の最後の切り札。これで君達を殺そう」
謎金属の鎧を纏ったアースガルドが動き出す。
瞬時に作り出した作った岩塊を足場にして、近くまで来ていたブレイドに猛スピードで突っ込んだ。
「やっぱ最初に狙うのは俺か……! 舐めんなッ!!」
対して、ブレイドも足場にしていた岩を踏み締めて飛び出し、アースガルドが振るった剣に全力で大剣を合わせる。
「『破壊剣』!」
激突の轟音と衝撃が響き渡る。
力と速さではアースガルドが上。
だが、奴には技術がまるで伴っていない。
剣士を半端に真似ただけの、出来損ないの人形劇だ。
しかも、アドヴァンテージである力と速さも、ドラグバーンには及ばない。
結果、ブレイドの大剣はアースガルドの剣を払いながら振るわれ、奴の体にぶち当たる。
「くっそ、硬ぇ……!」
ブレイドがそんな声を漏らす。
完全に打ち合いを制したブレイドの攻撃は、まるで効いていなかった。
傷一つとして付いていない。
これだ。
この鎧、謎金属による圧倒的な防御力だけはドラグバーンを遥かに超えている。
苦し紛れにかき集めた、あの程度の厚さでも尚。
「ぐっ!?」
アースガルドが密着状態から強引に剣を振り、ブレイドを弾き飛ばす。
そのまま追撃をかけようとしているが、そう思い通りにはさせん。
奴が動き出す前に、俺とステラが背後から奴を狙う。
「『
「『黒月』!」
再びの、光と闇による同時攻撃。
それに対し、奴は背中から生えた六本の腕を振るい、六つの斬撃を飛ばすことで迎撃した。
こいつ、剣士でもないくせに当たり前のように斬撃を飛ばしやがった……!
俺の攻撃は完全にかき消され、ステラの攻撃は威力を削られて謎金属の硬さに阻まれる。
「『
しかし、俺達に迎撃の手を割いてしまったせいで、ほぼ同時に飛来したエル婆の魔法狙撃を奴は防げなかった。
炸裂したのは、さっき地面から伸びる大量の岩槍を凍りつかせた氷の魔法。
ダメージを与えることではなく、動きを封じることを目的とした魔法だ。
氷くらい奴の力なら簡単に砕けるだろうが、一瞬でも動きが止まれば充分。
「『地盤結界』!」
その一瞬の隙に、砂嵐を耐え切ってようやく余裕のできたリンが、既に張られているドーム状の結界内部に、板のような新たな結界を無数に作り出す。
これはさっきブレイドを護衛しながら山ゴーレムの胸部に向かう時にも使った足場用の結界だ。
そして、誰よりもこの結界の恩恵を強く受けるのは、暴風の足鎧のおかげで多少は空中でも動ける俺や、自分で足場を作れるステラやアースガルドではない。
「うぉおおおおおお!!!」
宙を漂う大きめの山ゴーレムの残骸しか足場がなかったブレイドだ。
ブレイドは弾き飛ばされた状態から空中で身を捻り、後ろに出現した結界を踏み締めて、もう一度アースガルドへと突撃する。
同時に、俺とステラもリンの結界を活用することで自力で空中移動するための一手間を短縮し、今までよりも一手早く加速。
三方向からアースガルドを挟み撃ちにした。
「『七星剣』」
それをアースガルドは七刀流で迎え撃つ。
体を回転させて、最も脅威と感じたんだろうステラの攻撃を正面の剣で受け止め、ブレイドの攻撃は右側三本の腕による斬撃で相殺。
俺のことは左側三本の斬撃で弾き飛ばした。
だが、俺はいつものように弾かれた勢いを利用して回転。
一の太刀『流刃』のお決まりのパターン。
今回は更にそれを刀身から噴き出す炎で加速させ、別種の技に変えて兜に守られたアースガルドの頭に叩き込む!
「六の太刀変型━━『震天・焔』!」
バキリと、何かが壊れる音がした。
謎金属の鎧にダメージはない。
かといって、こっちの武器が壊れたわけでもない。
破壊音は、鎧の中から聞こえてきた。
震天は元々、相手の脳に衝撃を浸透させることで失神させる非殺傷技だ。
しかし、それはあくまでも震天が技として弱すぎたからこそ、そんな運用しかできなかっただけ。
この技をより正確に説明するのなら、相手の力を利用せず自分の力だけで放てる代わりに大幅に劣化した反天というのが正しい。
そう。本質自体はあの内部破壊の必殺剣と変わらないのだ。
ならば、強敵達との濃厚な戦いと、勇者パーティーという極上の修行相手との修行を経て技量が上がり、流刃との充分な併用が可能となって、更に新しい黒天丸による加速の力まで加わった今、震天が反天に近い破壊力を発揮する技へと進化するのは当然の帰結。
進化した震天は、兜の下にあるアースガルドの頭を直接破壊したのである。
「いてて」
それでも奴の声に一切の苦痛も焦りもないが、与えたダメージが決して浅くないことは手応えでわかる。
聖剣によって刻まれたダメージに上乗せするこの形ならば、そう簡単に再生もできないはず。
だが、これでもアースガルドの動きは鈍らなかった。
頭部がやられても大丈夫なタイプの種族なのか、それとも異様にタフなのか。
ダメージなどないと言わんばかりに、ともすれば不死身の化け物と錯覚してしまいそうなほどに、アースガルドは一切揺らがず、止まり方を忘れた
世界最高峰の剣士三人を相手に剣で張り合い、大賢者と聖女による最高のサポートまであるというのに倒し切れない。
地の利を封じられ、最も苦手であろう空中というフィールドに放り込まれ、そこで人類最強クラスを相手に5対1の絶望的な戦いを続けているというのに倒れない。
まさに怪物。
ああ、認めよう、アースガルド。
お前はどこぞの吸血鬼と違って、紛れもなく四天王の名に相応しい圧倒的強者だ。
だけどな!
「悪いが、全然負ける気がしねぇ!」
そんな叫びと共に、再び俺の震天がアースガルドを打つ。
六の太刀は斬れない敵をどうにかするために作った技。
斬撃は効かなくとも、衝撃が本体に通るくらいに縮んだ今のアースガルドに対してはこの上なく有効だ。
そうして攻撃を終えた俺を、アースガルドは腕を振るって振り払う。
更なるカウンターを食らわないように、他の腕で本体のいる場所を守りながら。
俺も無理に攻めず、激流加速の応用で素直に距離を取った。
「てぇええええい!!」
「オラァアアアア!!」
だが、俺が離れた瞬間には、ステラとブレイドが前に出て攻撃を加える。
それをなんとか防いでも今度はエル婆の魔法が、その次はリンの結界や
そうやって入れ代わり立ち代わり俺達は攻め続けた。
誰かが止められても他の誰かが攻撃を続け、その隙に止められた奴は態勢を立て直す。
だから攻撃が止まらない。
主導権を渡さない。
これだけの怪物を相手に優位が覆らない。
勇者『パーティー』としてようやく歯車が噛み合った俺達は、この圧倒的強者を逆に圧倒していた。
そして遂に、━━奴を守る謎金属の鎧に大きなヒビが入る。
今までなら即座に修復していた外部の損傷。
しかし、今回はそれがない。
あるいは勇み足による自滅を狙った罠かもしれないが、普通に考えるなら、修復すらできないほどに弱って晒した明確な隙だ。
当然、その隙を突かないという選択肢はない。
「『
「『黒月』!」
「『大飛翔剣』!」
「『
俺達攻撃組の一斉攻撃がアースガルドに炸裂する。
万一の時のフォローのためにリンが身構えているから、例えこれが罠でも立て直しは普通にできるだろう。
そして、アースガルドは全ての腕を盾にして、この一斉攻撃を全力で防いだ。
腕がひしゃげ、胴体が砕け、兜が割れ、アースガルドは吹き飛んでいく。
砕けた鎧の隙間から垣間見えたのは……何故、これでまだ動けるのだと戦慄させられるほどボロボロになったアースガルドの体だった。
頭部は砕けて半分なくなり、他の見える部分にも壊れていない場所がない。
それでも、アースガルドはまだ動いた。
吹き飛ばされてできた距離を利用し、剣を高く掲げる。
その剣に全ての謎金属が集まっていった。
砕けて使えなくなった鎧を捨てて、その分の力を攻撃に使うつもりか!
素材を剣に吸われ、アースガルド本体の子供サイズにまで縮んだ謎金属の腕。
ステラの攻撃で破損した両腕の代わりに、剣に集束させず唯一残したその二本の腕を振るい、アースガルドの渾身の一撃が放たれた。
「『土魔の太刀』」
奴の攻撃の中で最も恐れていた謎金属の射出に、剣撃と奴の得意技である土魔法まで併用した一撃だ。
斬撃の形をした巨大な岩の塊、その前面部分を謎金属でコーティングすることで硬度と質量を兼ね備えた攻撃が、俺達を押し潰さんと高速で迫る。
この形にしたのは俺対策だろう。
これだけのサイズだと歪曲で受け流せないし、反天で脆い岩部分を砕いても、コーティングされた謎金属部分は止まらない。
事前に発動を読んで激流加速で逃げ切れる位置に移動することはできたが、それだと仲間を守ることができない。
ステラとブレイドの機動力なら自力で躱せると思うが、嫌味なことにこの攻撃は直進すればエル婆とリンを直撃するコースだ。
避けることは許されない。
「いいだろう。真っ向勝負だ」
避けられないのなら真っ向から迎え撃つのみ。
これだけのリスクを背負った捨て身の攻撃、間違いなくこれがアースガルドの最強最後の技になる。
これをどうにかできれば俺達の勝ち、どうにもならなければアースガルドの勝ち。
わかりやすくていいじゃねぇか。
「「『聖盾結界』!」」
まず始めにリンとエル婆の結界魔法が奴の攻撃の前に立ち塞がる。
無論、即時発動を優先した無詠唱の結界魔法で防げる攻撃じゃないが、勢いは確実に削れた。
「『
続いて、ステラの放った光魔法が即座に追撃。
光の奔流が岩塊を押し返そうとする。
だが、これもまた無詠唱魔法であり出力不足。
押し返すまではいかない。
それでも更に勢いは削れ、岩塊自体にもダメージが入った。
「『反天・焔』!」
次は俺の番だ。
暴風の足鎧と黒天丸の炎で限界まで加速し、内部破壊の必殺剣を岩塊に叩き込む。
俺の叩き込んだ衝撃が岩塊の進行エネルギーとぶつかり、岩塊の一番脆い箇所へと浸透して砕く。
しかし、さっき言ったように、これじゃ肝心の謎金属部分を砕けない。
せいぜい岩の部分を砕いて、その衝撃で多少勢いを削る程度だ。
これだけ勢いを削って岩塊自体も脆くすれば、最後の一人の攻撃が充分に通る。
「おぉおおおおおお!!!」
そうして、勇者パーティー最後の一人が、迫り来る攻撃の前に躍り出る。
『剣聖』ブレイド・バルキリアス。
伝説の剣聖の後継者と呼ばれた男は、四天王の渾身の一撃を迎え撃つべく、見覚えのある構えを取った。
かつて俺が美しいとまで感じた至高の剣技の構えを。
「ふっ」
それを見て、思わず笑ってしまった。
そうだ。
お前はもうその技を使える。
才能は元からあった。
足りない努力は敗北と苦しみの中で積み上げ、研ぎ澄ました。
そして、致命的だった心の乱れを乗り越えた今、ようやくその技に見合うだけの心技体があいつに備わったのだ。
行け、ブレイド。
今のお前は最高の剣士だ。
「『天極剣』ッッ!!」
ブレイドの放った最強剣技。
かつてルベルトさんが俺との決闘で見せた、剣閃に一切の無駄も乱れもない至高の一閃が、アースガルド最後の一撃を真っ二つに両断する。
そのまま剣撃は衝撃波となって直進し、アースガルド自身をも打ち据えた。
既に死に体であり、謎金属の鎧すら攻撃に使ってしまった奴にこれを防ぐ手段はなく、アースガルドは体をバラバラに粉砕されて空から落ちていく。
「ああ、僕の負けか」
そんな状態で、アースガルドは口を開いた。
辛うじて形を残しているのは頭部と胴体の僅かな部分のみ。
それにもドンドン亀裂が入り、俺達が何もしなくとも数秒後には砕け散るだろう。
自分の死を悟って……それでも尚、アースガルドの声には欠片の抑揚もない。
感情が、感じられない。
「敗因は生きようとする力の差かな? 僕の生には意義も意味も執着もない。だから負けたのかな? ああ、でも……」
だが、最期の瞬間。
最後の一言にだけは。
「魔王の言ってた新しい世界には、ちょっとだけ興味あったんだけどなぁ」
最後まで理解できなかった不気味な強敵の僅かな、それでも確かな心を垣間見たような気がした。
その一言を最後に、『土』の四天王アースガルドは跡形もなく砕け散る。
そうして、この短くも濃密だった一夜の戦いに決着がつき、俺達の勝利でその幕を降ろしたのだった。
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