78 彼女のための剣(ブレイド)
「本当にいい加減にしてください、ブレイド様!!
無茶なことばっかりして、こんなにボロボロになって!!
なんなんですか!? 心配してる私を殺したいんですか!?」
「お、おう……」
ビンタの後、胸ぐらを掴まんばかりの勢いで顔を近づけ、大声で怒鳴りつけてくるリン。
そのあまりの剣幕に、ブレイドの意識が頭の中の声から引き離され、目の前のリンに移る。
「ブレイド様が無力さに苦しんでるのは知ってます! 強くなろうとして必死なのも知ってます! それで自分を追い詰めちゃってるのも知ってます!
でも、苦しいならちゃんと周りを頼ってください!
それが無理なら、せめて私にだけでも頼ってください!
そうじゃないとブレイド様が壊れちゃいます!
それは嫌です! 嫌なんですよ!!」
リンは叫ぶ。
涙を流しながら叫ぶ。
弱っているブレイドを慮って、今までは優しい言葉に包んでしか伝えられなかった言葉。
それを剥き出しの感情に乗せて叩きつける。
「お願いします……! もうこれ以上、傷付かないでください……! もうこれ以上、苦しまないでください……!
私の大切な恩人が、私にとっての最高の英雄が、一人で苦しんでるのを見るのは耐えられないんですよ……!」
ついにリンは、ブレイドの胸にすがりついて、幼子のようにわんわんと泣き始めてしまった。
彼女ももう限界だったのだ。
辛い思いをして苦しむのは本人だけではない。
大切な人が死ぬほど苦しんでるのを見て、ボロボロになっていくのを見て、なのに自分では何もしてあげられないなんて辛いに決まっている。
苦しんでいるブレイドを見て、リンもまた心を痛めていたのだ。
むしろ、一番辛いのは自分ではないという思いが心の逃げ場を奪ってしまう分、下手をすれば現実逃避のように剣を振り続けていたブレイドより辛かったかもしれない。
そんなことにすら、ブレイドは気づいていなかった。
周りを見る余裕がなかったし、見ようともしなかった。
ずっと、心を苛む苦しみを紛らわすことに必死で。
けれど今、彼の胸で泣き続ける少女を見て、その嘆きを聞いて、その体温を感じて、その涙に打たれて。
自分の殻に閉じこもっていたブレイドは、無理矢理リンという一人の少女を見ることを強いられた。
自分にしか向いていなかった意識が、リンによって引き摺り出されて、強引に外の世界へと連れ出される。
そして外の世界には、自分のために泣いてくれる人がいた。
出来損ないだと、価値のない男だと、自分で自分を諦めてしまったブレイドのために泣いてくれる人がいた。
彼女はずっと傍にいてくれたというのに、ブレイドは今になってようやくそのことに気づいて……
(ああ、何やってんだ俺は。俺が情けないせいで、リンを泣かせちまったじゃねぇか)
そんなことを思った。
聖女の涙が剣聖の心を打つ。
自分ではなくリンのことを見てブレイドは考える。
彼女はこんなブレイドのことを恩人だと、自分にとっての最高の英雄だと言ってくれた。
では英雄とはなんだ?
そう考えれば、ブレイドの脳裏には多くの人の姿が浮かぶ。
伝説の剣聖と呼ばれた祖父、ルベルト。
命を懸けて魔王を退け、未来を守った両親、シーベルトとアスカ。
僅か15歳で人類の命運を背負って戦う勇者、ステラ。
そんなステラのためだけに、加護を持たない身でありながら彼女の隣で戦い続ける無才の英雄、アラン。
数百年の時を生き、数多の魔王と戦い続け、今も勇者パーティーを支えてくれている大賢者、エルネスタ。
頼れる兄貴分、ドッグ。
そして……魔族の支配に命懸けで抗い、好きな女のために死の間際でも笑ってみせた弟、レスト。
突然聖女なんて立場に据えられ、本来なら自分のことで精一杯だろうに、こうしてブレイドをずっと支え続けてくれたリン。
身近なだけでもこれだけいる。
どいつもこいつも凄い奴らばっかりだ。
肩書と加護だけしか脳がない、こんな情けない自分とは大違いだ。
だが、それでも、ブレイドもまた英雄なのだ。
リンが彼のことをそう呼んでくれた。
こんな自分のために泣いてくれた、こんな自分をずっと支えてくれた、こんな自分を英雄だと言ってくれた、そんなリンにとっての英雄になりたいと……いや、ならねばならぬと心が叫ぶ。
それが、折れて曲がって挫けて壊れて、一度完全に諦めてしまったブレイドの胸に残った最後の意地だ。
英雄が信じてくれている子のことを泣かせてどうする。
英雄が自分を想ってくれている子に心配をかけてどうする。
(そんなの、カッコ悪いにもほどがあるだろうが……!!)
ブレイドは、絶望に打ちひしがれる心の中で燃ゆる、小さな小さな男の意地という名の希望の火を必死に燃やし、泣き続けるリンの頭を優しく撫でて……そして立ち上がった。
この子の前でカッコ悪いところは見せられない。見せたくない。
そんなちっぽけな想いを最後の支えに、━━『剣聖』ブレイド・バルキリアスは立ち上がった。
「ブレイド様……?」
「リン、心配かけたな。もう大丈夫だ」
自然と穏やかな笑みを浮かべることができた。
ここ最近はまるで浮かべられなかった笑みを。
実際は言うほど大丈夫ではないのだが、そこは強がる。
こういう時こそリンの言った通り素直に頼るべきなのかもしれないが、今はどうしてもカッコつけたかった。
それに、そんなことをしなくても、リンのおかげでブレイドはちゃんと救われたのだ。
彼女は折れた心に火を灯してくれたのだから。
ブレイドは心を奮い立たせて前を向く。
見据えるのは山の巨人、それを操る四天王アースガルド。
さっきまで散々自分をいたぶってくれた相手に対し、決意を込めた一歩を踏み出そうとして……
『待て! 待て待て待て待て! 何を勝手に立ち直っている!? 最強の力が欲しくはないのか!?』
ブレイドの頭の中に、再び声が響いた。
しかし、不思議とさっきよりは心に響かない。
『貴様の力では何もできない! アースガルドに無力に踏み潰されて終わるだけだ! 貴様には私の力が必要なのだ!
私にすがりつけ! 私を頼れ! さすれば貴様は至高の……』
(ああ、そういうのはもういいわ)
ブレイドはあっけらかんとそう思った。
声の主が絶句しているような気配がする。
(お前は俺の心の闇かなんかなんだろうが、悪いな。
俺はリンが「キャー! カッコ良いー!」って素直に思える英雄でありたいと思っちまったんだわ。
だから、そんな黒い感情に呑まれるわけにはいかなくなった)
『……ふ、ふざけるな! こんなことがあって堪るか!!』
声の主がブレイドに手を伸ばすようなイメージが頭に浮かんだ。
しかし、その手はブレイドに届くことなく、何かに阻まれて弾かれる。
『くっ!? 心の隙を突かねば神の加護を突破できない!
なんなのだ!? 何故こうも上手くいかない!? おのれおのれおのれおのれ………』
声がどんどん遠くなっていく。
それと反比例するように、ブレイドの心は不思議なほどに晴れ渡っていった。
まるで、今まで背負っていた見えない重りが、どんどん消えて無くなっていくかのように。
『くそっ!? 消えてゆく! 私が完全に消えてゆく!
ふざけるな! まだ何も残せていないではないか!?
最後の望みすらも理不尽に挫きおって!
許さん! 絶対に許さんッッ! 呪いあれ! 貴様らに呪いあれ! 呪い、あれ……! 呪い……………』
もはや聞き取れないほどに小さくなっていた声が完全に消えた。
それを気に留めることもなく、ブレイドは走り出す。
そうして、大きく大剣を振りかぶった。
やることは大して変わらない。
全力で剣を振るい、全力で敵に叩きつけるだけだ。
しかし、今のブレイドはさっきまでとは明確に違う。
「オラァアアアアア!!!」
今度は仲間達が刻んだ傷に合わせるように、ブレイドは斬撃を繰り出した。
綻んでいるところを狙ったのだから当然、与えたダメージは今までよりも遥かに大きい。
だが、その程度の差異で巨人を倒せはしない。
巨人はまた鬱陶しい虫が寄ってきたとばかりに、今度は粉砕された岩の破片一つ一つを弾丸として、一斉にブレイドに放つ。
それに対してブレイドは……
「リン! 頼む!」
「! 『神聖結界』!」
言われて咄嗟に発動したリンのドーム状の結界がブレイドの周囲を包み込む。
とはいえ、無詠唱魔法では出力が足りない。
盾のように魔力を一点に集中させる聖盾結界ではなく、全方位から迫る岩弾を防ぐためにドーム状に広げた神聖結界では尚更。
岩の散弾は結界によって勢いを削がれるも止まることはなく、結界を突き破ってブレイドへと迫った。
しかし、彼は結界が稼いだ僅かな時間を使って後ろへ跳び、その状態で勢いの削がれた岩弾を大剣の腹でガード。
防ぎ切れない威力は、後方への跳躍で衝撃を逃しつつ受け流す。
アランとステラに師事してずっと磨いてきた強者の受け。
その応用だ。
「『
「『
そして、ブレイドは大丈夫だと見て放たれた仲間二人の攻撃。
少しでも山の巨人を脆くするための水の魔法と、それを邪魔しない一点集中の光の刃。
その二つがブレイドが押し広げた綻びを更に広げる。
「おおおおお!! 『大破壊剣』!」
更に、一度引いてからブレイドは再度前へ出た。
今までの猪突猛進の攻めとは違う、攻め時と引き際を見極めた緩急のある攻め。
それが巨人の体に連撃を叩き込むことに成功し、迷宮の壁を斬り裂いて、魔法金属を大きく露出させる。
だが、アースガルドの対応は冷静だ。
欠片の焦りすら見せず、即座に反撃の一手を打ってくる。
巨人の顔の前に巨大な岩塊が作り出され、それが高速で射出された。
狙いはブレイド。
ここまでの戦いで、一番狙いやすい相手だとわかっているのだろう。
攻撃直後で剣を振り切っているブレイドでは、この攻撃を捌くことは難しい。
「『反天』!」
しかし、アランによるフォローが間に合った。
岩塊は、アランが叩き込んだ衝撃と自らの推進力が内部の一番脆い部分で炸裂し、無数の破片となって四散する。
運が良かった、というわけではないことを全員が理解する。
フォローが間に合ったのは、アランが急いでどうにかしたからではない。
アランが余裕を持って助けられる位置にブレイドがいたからだ。
つまり、━━ブレイドは、周りを見て戦うことができていた。
リンに言われた通り、周りを頼って戦うことができていたのだ。
それ即ち、
「ようやく復活したか」
「全く! 呆れるくらい遅いんだから!」
「悪い! 迷惑かけた!」
「「ホントにな(ね)!!」」
アランとステラが息ぴったりの文句をブレイドに叩きつける。
だが、二人の顔は笑っていた。
「ブレイド様……」
「だから言ったろ、リン! 俺はもう大丈夫だってな!」
「……はい!」
かつてのような軽薄でニカッとした笑みをブレイドは浮かべ、それを見たリンも、涙を流しながらも心から嬉しそうに笑った。
「……やれやれ。時間はかかったが、これにてようやく当代勇者パーティーの完成と言ったところかのう」
しみじみといった様子でエルネスタは頷く。
若く経験の足りない身なれど、剣の鬼との研鑽の日々によって、歴代勇者達と遜色ない実力を手にしたステラ。
無才の身でありながら、勇者の唯一無二の相棒として縦横無尽の活躍を見せ、ステラの力を実力以上に引き出すアラン。
心の闇に打ち勝ち、それを踏み台にして成長した当代の剣聖ブレイド。
そんなブレイドに寄り添い、仲間達との架け橋となったリン。
それにエルネスタ自身を含め、ようやくパーティー全員が一つに纏まった。
この戦力枯渇時代のせいで、人数的には歴代でも相当少ない、一人でも欠ければ終わってしまいそうな脆い勇者パーティーだろう。
しかし、不思議とエルネスタは今のパーティーに、かつて自分が所属していた勇者パーティーと同じだけの安心感を抱いていた。
このパーティーは強いと、断言することができた。
「さて、それでは当代勇者パーティー真の初陣といくとしよう。全員耳を貸せい! ワシに秘策がある。鍵はブレ坊じゃ!」
「へ? 俺?」
ニヤリと笑うエルネスタによって、作戦の概要が全員に伝えられる。
ようやく『パーティー』として機能し始めた彼らによる、初めての共同作戦が。
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