76 黒い炎で弔いを

「ほれ、抜いてみろ」


 ドヴェルクさんが投げ渡してきた黒い刀、黒天丸を鞘から抜いてみると、そこには元の漆黒の刀身を侵食するように所々が赤く染まった新たな刀身があった。


「依頼通り、四天王の素材を使って強化してやった。どのくらい強くなったかは自分で振って確かめろ」

「…………」


 無言で結界の外に向けて新しい黒天丸をひと振りしてみれば、刀身から噴き出した黒い炎が血の雨を焼き尽くした。

 黒天丸本来の闇と、ドラグバーンの炎が混ざり合ったのか。

 しかも、出力が前とは桁違いに上がっている。

 さすがは武神。

 タイミングも含めて最高の仕事だ。

 これなら、


「ありがとうございます、ドヴェルクさん。これなら戦えそうです」

「そうか。なら俺は帰って寝るとする。もう一本の方は起きてからだ」


 そう言って、ドヴェルクさんは激励の言葉一つかけることなく、仕事の成果だけ置いて、どこまでもマイペースに去っていった。

 里の危機もなんのそのか。

 肝が太いと言うか、本当に仕事のことしか頭にない人だ。


「さて」


 その仕事に報いるためにも、負けていられねぇな。

 俺が負けたら里が終わって、ドヴェルクさんは報酬を受け取れないまま死ぬだろう。

 さすがにここまでの仕事してもらって、支払いを踏み倒すわけにはいかない。


「行くか」


 そうして、俺は戻ってきた相棒を構え、結界の外へと飛び出した。

 青黒い血の雨が一斉に俺に降り注ぐ。

 結界の外にいるゴーレム達(アイアンドワーフを除く)の体が抉られてるところを見るに、この雨は俺の体くらい容易く貫通するだろう。

 そうなれば死ぬか、奴の血液が体内に侵入して操られるかの二択だ。


「四の太刀変型━━『黒月の舞』!」


 それを防ぐために、俺は結界から出る直前に黒天丸を振るう。

 イメージするはこの刀の元の持ち主である剣聖シズカの舞い。

 あのかつての大英雄を模した動きで、走りながら全方位へと斬撃を放つ。

 止まることなく放ち続け、舞い続ける。

 そうすれば黒天丸から噴き出した黒い炎がドーム状に俺を覆い、その炎が消えるまでの間、血の雨から我が身を守る盾になるのだ。

 闇の力で破壊しつつ、炎の熱で焼却するこの黒い炎の防壁。

 こんな小粒の雨じゃ貫けないことは、さっき結界の内側から試し斬りした時に確認済みだ!


「ッ!? その忌々しい炎……あの脳筋蜥蜴の力か!

 だが、そんな残り滓のような弱々しい火で、吸血鬼の血を燃やし尽くせると思うな!」


 ヴァンプニールが俺の方に両手を向ける。

 その掌の先に血液が集まり、奴周辺の血の雨もまたそこへ集束していく。

 膨大な量の血液を使用した大規模な一撃が放たれた。


「消え去れ! 『吸血魔光ヴァンプティロード』!」


 それは、これまで見た中で最大の大技。

 さっき見せた閃光のような水砲を何段階も強化した、竜のブレスを彷彿とさせる極太の血液砲。

 さすがに、これだけの質量を持った血液を黒天丸の黒い炎で蒸発させられるとは思わない。

 生前のドラグバーンならできただろうが、黒天丸に受け継がれているのは、あくまでも奴の力の一部。

 癪だがヴァンプニールの言う通り、僅かな力の残滓に過ぎないのだから。


 だがな!


「三の太刀━━『斬払い』!」


 黒天丸で防げないなら、自前の技で防げばいい。

 今までもやってきた当たり前のことだ。

 極太の閃光に対し、俺は舞いの勢いを維持したまま、すくい上げるような下からの斬撃でこの攻撃の綻びを切り裂く。

 閃光のごとき血液の塊は、綻びから全体の形を崩され、自らの進行エネルギーに耐えられなくなって、俺の斬撃に裂かれる形で弾けた。


 しかし、それで終わらないのが竜のブレスとの相違点。

 弾け飛んだ閃光を構成していた血液が蠢き、染み込んだ地面の下で形を変えて、瞬時に巨大な剣山へと変わる。

 二段構え。

 中々に考えられた技だ。


 それでも、これは読めていた。

 この技が普通の魔法や竜のブレスと違うことも、血液が奴の思いのままに動くことも百も承知。

 斬り裂いたくらいで気を抜くわけがない。


 俺は足下で凝固し剣山へと変わっていく血液を、上に跳躍しつつ頑丈な暴風の足鎧の底で受ける。

 地面の下から固体となって迫り上がってくる勢いを利用して激流加速を発動。

 黒天丸を上に構えて傘にしながら、一気に奴の陣取る上空へと跳んだ。


「な、なんだと!?」


 よほど今の二段構えの攻撃に自信があったのか、それを逆に利用されてヴァンプニールが動揺の声を上げた。

 その隙を見逃すわけもなく、俺は傘代わりに使っていた黒天丸を上空に向けて一閃。

 飛翔する黒い炎の斬撃、四の太刀『黒月』。

 ドラグバーンの力が加わったことにより、従来とは比べものにならないほどの巨大な斬撃が発生し、それが軌道上の血の雨を蒸発させながらヴァンプニール本人をも飲み込んだ。


 直撃だ。

 しかも、この技であれば霧化で受け流すこともできない。

 もしそんなことをすれば、霧と化した部分が全て燃え尽きる。

 これが霧化の弱点だ。

 純粋な物理攻撃に対しては無敵でも、炸裂球やこの黒い炎のような魔法攻撃相手には逆に防御力の低下を招く。

 だからこそ、霧化を使ってくる吸血鬼は少ないんじゃないかとエル婆は言っていた。


 しかし、


「舐めるなぁ!」


 黒い炎に焼かれたはずのヴァンプニールはピンピンしている。

 霧化の弱点を突いたくらいで倒せれば苦労はないってことだ。

 単純な話、霧になって受け流せないなら、霧にならず素の肉体の頑強さで耐えてしまえばいい。

 俺程度の攻撃が相手なら、そんなことは容易だ。

 黒い炎に焼かれたヴァンプニールの体は、表皮が炭化する程度のダメージしか負っていない。

 その傷も、体の中心から・・・・・・即座に治っていく。


「言ったはずだ! そんな弱々しい火で……ッ!?」


 そうして黒い炎を耐え切ったヴァンプニールの目前に、一つの物体が飛来する。

 俺がマジックバッグから投擲した球だ。

 三度目の小技。

 性懲りもない同じ技。

 だが、それもタイミングを見極めて使えば充分に有効打になる。

 故に、ヴァンプニールは焦った顔で対処しようとし……


「ッッ!?」


 失敗した。

 何故か?

 それは今回炸裂したのが爆発ではなく、目を開けていられないほどのだったからだ。

 俺が今回投げつけたのは、炸裂球ではなくそれによく似た(というか似たようなものに違う効果が宿っただけの)マジックアイテム、閃光球だったのだ。

 三流の手品師にも劣るセコい技だが、通用するならなんでもいい。

 むしろ、こういう小手先の技術は、適当に戦ってるだけで大抵の奴に勝てる強者だと中々研鑽の機会に恵まれない、弱者だからこその利点の一つとまで思ってる。


 そんな弱者の知恵を使って作った千載一遇の好機。

 奴は咄嗟に眩んだ目を両手で押さえてしまい、大技を使った直後にして不意討ちを食らった直後ということもあって、この瞬間だけはほぼ完全な無防備となっている。

 それでも、奴の雰囲気には焦りながらも確かな余裕があった。

 その根拠は、俺がまだ心臓を斬っても奴を殺せなかったカラクリを見抜いていないと思ってるからだろう。


 そんな驕りを、俺は黒い炎を纏った一閃で刺し貫く。


「『黒月』ッ!」


 激流加速によって、ジャンプで上空へ届くほどの速度にまで加速した勢い。

 その全てを乗せた黒天丸による刺突が、焼けた肌を裂き、骨の隙間を縫い、筋肉の鎧を貫いて、ヴァンプニールの胸に突き刺さった。

 刃が貫いたのは右胸。

 本来心臓があるべき部分から、拳一つ分横にズレた場所。

 そこを刺突と黒い炎で完膚なきまでに破壊されたヴァンプニールは、━━これまでにない尋常ならざる様子で苦しみ始めた。


「がはっ!? ゴホォッ!?」


 ヴァンプニールが大きく咳き込み、口から大量の血液を吐き出す。

 だが、その血が自由自在に操られることはない。

 それどころか、空を覆って血の雨を降らせていた膨大な血液の塊すらもその制御を失って霧散し、地上へ落下を始めようとしていた。


 それを見て、俺はヴァンプニールの胸から黒天丸を引き抜き、暴風の足鎧の力で地上へ向けて加速。

 そのままリンの結界の中へと着地し、空から降り注ぐ血液の滝をやり過ごした。

 近くで「ほぎゃ!?」とかいうイミナさんの声が聞こえてきたが、まあ大丈夫だろう。


 そうして、全ての血液が落ち切り、空に満月の明かりが戻った時。

 未だに戦い続ける魔物とゴーレムとイミナさんから少し離れた場所に、天から落ち、地面に倒れ伏したヴァンプニールが転がっていた。


「バカな……!? 何故……!? 何故、こんな……!?」


 うわ言のように小さい声で何やら口にし続けるヴァンプニール。

 俺は油断することなく、慎重に奴の方へと近づいた。

 確実にトドメを刺すために。


「貴様……貴様貴様貴様ッ!! 何故だ!? 何故、心臓の位置がわかった!?」


 かと思えば、急に大声で俺に問いかけるヴァンプニール。

 しかし、動かそうとした体は動かず、震える腕は体を持ち上げることができずに、べちゃりと自分の血で汚れた地面にまた倒れた。

 その体は吸血鬼化させられたレストの最期のように、徐々に灰となって崩れていっている。

 どう見ても、ヴァンプニールはもう何もできないんじゃないかと思えるほどに弱っていた。

 それはそうだろう。

 こいつは吸血鬼の弱点である心臓を完全に破壊されたのだから。


「何故、心臓の位置がわかったのか、か」


 答える義理はない。

 だから、その正解は心の中で思い浮かべよう。

 まず初めに、最初に奴の心臓を斬ったのに殺せなかったカラクリ。

 それは、こいつが

 何度かこいつの体に傷を付けた時、その傷が治り始める場所が毎度変わっていたことでそれに気づいた。


 俺に真祖の吸血鬼との戦闘経験はないが、吸血鬼のような再生能力を持った魔物との戦闘経験はある。

 その手の魔物は大抵、体内に吸血鬼でいう心臓のような破壊されたら終わりの核があり、受けたダメージはその核を中心に治ることが殆どだった。

 そこまでヒントがあれば、さすがにわかる。


 それでも、体内を移動し続ける心臓を探し出すのは面倒だったが、そのために放ったのが、ヴァンプニールを飲み込んだ黒い炎の斬撃だ。

 表皮を焼く程度のダメージしか与えられなかったが、全身に及んだ火傷が治っていく様子で、心臓の位置は丸わかりだったんだよ。

 炸裂球に見せかけた閃光球から守るために、心臓を体の中心から胸に移動させたのも含めてな。


「あり得ない……! あり得ない……!

 この私が死ぬ? 至高の真祖吸血鬼トゥルーヴァンパイアたるこの私が、加護も持たない劣等種に狩られて死ぬだと?

 そんなことはあり得ない! あってはならないはずなのだ!!」


 まだ自分の敗北を認めず、現実逃避のように喚き続けるヴァンプニール。

 それを見て、


「お前、弱いな」


 ふと口が滑った。

 無言でトドメを刺すつもりだったのに、つい思ったことが口から溢れてしまった。


「なん、だと……!?」


 灰になって砕けていく牙を食い縛りながら、怒りの形相で俺を睨みつけるヴァンプニール。

 だが、全然怖くない。

 死の淵にあっても、最後の瞬間まで強者のオーラを撒き散らしていたドラグバーンと比べれば、今のこいつのなんと矮小なことか。


 確かに、こいつの力は強大だった。

 相性が最悪だったことを差し引いても、そこらの魔族とは比べものにならないくらいには強かった。

 血液操作に霧化。再生能力に飛行能力。人や魔物の眷属化。更には体内で心臓を移動させるという聞いたことのない技法。

 吸血鬼としての強みを最大限に活かした、紛うことなき強敵だったと言えるだろう。


 しかし、結果はこうして俺一人によって討伐寸前にまで追いやられている。

 肝心の吸血鬼としての能力だって、上手く使えてはいたがそれだけだ。

 心臓の位置をあっさり特定されたことといい、顔面を蹴った時に咄嗟に霧化を使えなかったことといい、まるで付け焼き刃のような練度で、お世辞にも使いこなせていたとは言えない。


 おまけに、調子に乗って隙を作ったり、激高して血気に逸ったりと、脇の甘すぎる精神面。

 最期の時に現実を見られず喚き散らすだけの脆弱な心。

 勇者パーティー全員とエルフの里のほぼ全戦力で袋叩きにしてようやく仕留めたドラグバーンに比べれば、どうしたって見劣りする。

 その弱さをなんとかしようと努力した跡も見えなくはないが、それが付け焼き刃で終わっているのでは意味がない。


 生まれついての強さにあぐらをかき、自分よりも強い奴と出会って努力はしたものの、付け焼き刃の使い切れていない力を得た程度で満足して努力をやめ、自分より下の者を見下してふんぞり返ることしかできない傲慢で怠惰な愚か者。

 それがヴァンプニールを見て抱いた俺の印象だ。

 こんな小物がレストの仇かと思うと、いっそ悲しくなる。


「貴様、今なんと言った!? 取り消せぇ! 私は至高の真祖吸血鬼トゥルーヴァンパイアだぞ!? 先代魔王の血族だぞ!?」

「ああ、それもだ、ヴァンプニール」


 割と最初の方から思ってたんだが。


「お前が自分を称賛する時に使う言葉は、やれ至高の種族だの、先代魔王の血族だの、血筋を誇る言葉ばかりだ。

 は一つもなかった」

「ッ!?」


 ヴァンプニールが息を呑んだ。

 図星か、それとも今自覚したのか。

 ……近づいて最後の足掻きで道連れにされても敵わないし、この距離で警戒したまま、少し言葉で揺さぶるか。


「お前は弱い。四天王の地位に相応しくないほどに弱い。本当は誰よりもお前自身がそれを自覚してたんじゃないか?」

「ッッッ!!!」


 ヴァンプニールの顔が悪鬼のような形相に変わる。

 怒りのままに俺を攻撃しようとして、振り上げた腕は灰となって崩れた。

 奴の全身にヒビが入っていく。

 終わりの時が近い。


 だが、


「………………ハハッ」


 ヴァンプニールは、死にゆく刹那。


「アーッハッハッハッハッハッハッハッハッ!!」


 壊れたように嗤った。

 ドラグバーンのような、自分を倒した者への称賛の笑みじゃない。

 開き直ったような、全てがどうでもよくなったかのような、破滅的な嗤い声だ。


「ああ、認めてやろう! 認めてやるよ劣等種! この戦い、私の負けだ!

 だが、貴様の勝ちでもない! 貴様らでは私の策略で地の利を得たアースガルドには勝てないのだからな!

 それに私にはまだ奥の手が残っている! 最後の力でこれを使い奴を暴れさせてやろう!

 確かに私は終わりだ! だが、貴様らもまた終わりなのだ!

 アハハハハハ!! アハハハハハハハハ!!!」


 朽ちゆく体で嗤い続けるヴァンプニール。

 それを見て、俺は思った。


「最後の最後は他人任せか」


 俺の呟きを聞いた瞬間、ヴァンプニールの笑みがピタリと止まった。

 基本的に魔族は群れない。

 魔王という絶対強者によって従えられることはあっても、自発的に同族と組もうとはしない。

 当然、他人任せなんてもってのほかだ。

 それが魔族だというのなら、こいつは魔族としての最後の矜持すらも投げ捨てたことになる。


「魔族大嫌いな俺が言うのもなんだが、━━お前は魔族の風上にすら置けないのかもしれないな」

「ッーーーーー!!!」


 俺の率直な感想が、こいつにとっては何よりの侮辱の言葉にでも聞こえたらしい。

 ヴァンプニールは、これまでで最も必死な憤怒の形相で残った腕を俺に伸ばし……そのまま何かを口にする前に、全身が灰となって崩れて死んだ。

 ドラグバーンと違って潔さも誇り高さも何もない、実にみっともない最期だった。


「仇は取ったぞ、レスト」


 夜の天界山脈に、弔いの言葉が溶けてゆく。

 一つの戦いに決着がつき、四天王の一角がまた一つ、落ちた。

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