74 離れていても

 ステラ達と共に魔物の群れを蹴散らし、アースガルドの元へ進軍していた時、俺は途轍もなく嫌な予感に襲われていた。

 このまま進めば取り返しのつかない事になるような予感。

 その理由は、かつてドラグバーンが俺達との戦いの前に溢した言葉を思い出したからだ。


『……やはりか。あの卑怯者め。余計な事をしおって』


 それは、ドラグバーンが配下の上位竜の屍の前で言ったセリフ。


『どこぞの性悪のせいで気分が悪い。この状況も不本意だ。

 俺はお前達の全戦力を相手に、堂々と正面から挑んでやろうとしていたというのに。

 まさかこの程度の戦力しか引き連れていない勇者と遭遇してしまうとは思わなかった』


 あの時、俺達はエルフの里の四方から攻撃してきた四体の上位竜に対処するために、戦力を分散せざるを得なかった。

 結果として、俺とステラは味方がエルフの一部隊しかいないタイミングでドラグバーンとぶつかる事になり、序盤でかなりの苦戦を強いられたのだ。


 しかし、セリフからもわかる通り、あの状況はドラグバーンにとっても本当に不本意だったのだろう。

 奴は強者との戦いだけが生き甲斐だと自分で宣言するような、根っからの戦闘狂だった。

 戦いの最中も嬉しそうに笑ってたし、あの言葉が嘘だったとは考えづらい。


 だったら、上位竜にエルフの里を襲撃させて、俺達を分断する戦略を考えたのは別の奴という事になる。

 それこそがドラグバーンの言っていた『卑怯者』なのだろう。

 あの時は直後のドラグバーンとの戦闘が激しすぎて深く考える余裕がなかったが、今考えてみれば色々と思いつく可能性がある。


 まず、そいつの正体はドラグバーン配下の上位竜を勝手に動かせる力を持った存在だ。

 この時点で色々と絞り込める。

 並みの魔族より余程強い上位竜を操る力。

 その上、四天王であるドラグバーンの不興を買う事をまるで恐れない行動。

 まず間違いなく、四天王と同等に近い実力者の仕業だ。

 それも、屈服ではない特殊な方法で魔物を操れる能力持ち。

 あの種族であれば、その条件にも当てはまる。


 そして、他者を操る、俺達を分断して叩くという戦術には、エルフの里の戦い以外でも覚えがあった。

 レストの時だ。

 上位竜達と同じように、レストやあの街の兵士達も操られて魔族の手駒にされていた。

 しかも、俺達を分断させるという戦術まで同じ。

 もちろん、偶然かもしれない。

 敵を分断させるなんてよくある基本戦術の一つだ。


 それでも、俺の直感が言うのだ。

 二つの戦いの裏から同じ匂いがすると。


 色々理屈こねたが、所詮はそれも全部この直感ありきの後づけ理論にすぎない。

 そして、俺の直感は割とよく当たる。

 嫌な予感であれば特に。

 散々死にかけて危ない目に合う経験を積みまくった俺の嫌な予感だ。

 信じる価値は充分にある。


 それで、この直感が正しいとして、敵が二つの戦いの裏にいた奴だったとしたら、次はどう動く?

 決まってる。

 奴の基本戦術は、こっちを分断しての各個撃破。

 狙われるとしたら分断された個、━━イミナさんだ。


 当然、俺達を無視してイミナさんを狙ったりすれば、残されたアースガルドは一人で俺達勇者パーティー全員を相手にする事になる。

 だが、奴は味方であるはずのドラグバーンの逆鱗に触れかねない事も平気でやった。

 アースガルドを囮に使うくらい普通にやるだろう。


 なら、それに対して俺達が打てる最善手はなんだ?

 これもまた決まってる。

 あと足りないのは、俺の覚悟だけだ。


 俺は前に進む仲間達の中で一人立ち止まった。


「アラン?」

「ステラ。少しの間、アースガルドの相手を任せていいか?」

「「「「!?」」」」


 俺のその言葉に、仲間達全員が絶句した。

 まあ、そうなるだろうな。

 今の言葉は、下手すりゃ俺の信念を捻じ曲げかねない言葉だ。

 ステラを守るために戦うという信念を。

 これまで、俺が自発的にステラの傍から離れて戦うなんて言い出した事はなかった。

 離れた先で戦って勝っても、その間にステラがやられて死んでたら何の意味もないからだ。

 だが、それは俺の弱さだったと今ならわかる。


「イミナさんの方で何か起こる気がする。この中で救援に駆けつけるとしたら俺だろ」


 多分、パーティーの中で一番あのデカブツに対する有効打を持ってないのは俺だ。

 ゴーレムは首を飛ばそうが四肢をもごうが止まらない。

 体が大きく崩れるほどのダメージを与えなければ倒せないのだ。

 しかも、あの巨大な山ゴーレムは、恐らくアースガルドが中なり近場なりから操っている。

 だったら、ちょっとやそっとのダメージは即座に修復されると見ていい。


 俺の手持ちの技では仕留められない。

 禍津返しで魔法金属の射出を跳ね返し続ければあるいはとも思うが、そんな明確な負け筋を何度も繰り返してくれるほどアースガルドもバカじゃないだろう。

 加えて、あの超ド級サイズが相手じゃ、ドラグバーンの時みたく近接戦闘で動きを封じるのも不可能。

 盾くらいにはなれるだろうが、逆に言えばそれくらいしかできない。

 単純に相性が悪い。

 かつてのドラゴンゾンビの時と同じだ。


 故に、アースガルドとの戦いで一番抜けて困らないのは俺なのだ。


「必ず、すぐに戻ってくる。それまで耐えられるか?」


 ああ、こりゃ不安と心配が顔に出てるな。

 そう自覚する情けない俺に対してステラは、


「ふん! 誰に言ってるのよ」


 いつも通りの勝ち気な笑みを浮かべた。

 まるで不安などないと言わんばかりの、どこまでも頼りになる勇者の笑みを。


「そんなのこっちのセリフよ。私達の方が先に終わらせて駆けつけてやるわ。私はあんたを信じて任せる。だから、あんたも私を信じて任せなさい!」

「……ふっ、そうか」


 微塵の迷いもなくそう宣言するステラを見て、俺も思わず笑っていた。

 どうやら、こいつはとっくに覚悟が決まってたらしい。

 俺を信頼して任せる覚悟が。

 思えばレストの時もこいつは迷わず俺にレストを任せ、自分にできる最善の行動をとっていた。

 信じる事もまた強さ。

 互いに信頼し合ってこそ、真の相棒なのだろう。


 それを見て、俺も覚悟が決まった。


「そっちは任せる。だから、こっちは任せろ」

「了解!」


 俺達は互いに腕を突き出して拳を合わせる。

 拳を通して、ステラと心が繋がったような気がした。

 離れていても心は一つだ。


「じゃあ、行ってくる。お前らもステラを頼んだぞ!」

「はい!」

「当たり前だ!」

「いやぁ、成長したのう、アー坊。ステラのためにしか戦わんみたいな事を言うておった子がこんな立派に……」


 エル婆の年寄り特有の長い話を無視して走り出し、俺は里の方へと逆走を開始した。

 全ては俺達にとってのハッピーエンドを掴むために。

 そのために最善と思った行動をとる。

 例え離れて戦うとしても、心はいつも隣に。


 そうして、俺は今ここにいる。

 この対峙するだけで腸が煮えくり返ってくるクソ野郎の前に。


「はじめまして。私は魔王軍四天王の一人、『水』の四天王にして真祖吸血鬼トゥルーヴァンパイア、ヴァンプニールと申します。どうぞよろしく。

 あなたとは同胞てごまとして長い付き合いができそうだ」


 そう言って嫌味に嗤うクソ魔族、ヴァンプニール。

 その姿を見るだけで、その声を聞くだけでイライラする。

 こいつはレストの仇。

 あいつの全てを踏みにじった男。

 だが、怒りに任せて迂闊に仕掛けていい相手ではない。


 何せ、真祖の吸血鬼と言えば、竜にも勝る伝説の魔族だ。

 過去、幾度も人類に壊滅的な被害を齎した生ける厄災。

 一世代前の時代において猛威を振るい、九十年に渡ってこの世界で暴れ回った先代魔王もまた吸血鬼だったと言えば、それがどれほどの脅威かわかるだろう。

 嫌な予感は見事大当たりという訳だ。


「イミナさん、まだやれますか?」

「当然! ……と言いたいところっすけど、不意討ち食らっちゃって結構キツイっす。

 死ぬ気で頑張るけど、そこまで大きな戦力にはなれないっすよ」

「わかりました。なら、イミナさんは魔物の方を先にお願いします」


 俺は刀の切っ先をヴァンプニールに向けながら、言う。


「そっちが片づくまで、━━こいつは俺が相手をします」


 そうして、俺はヴァンプニール目掛けて突撃した。

 暴風の足鎧の力で加速し、一気に間合いを詰める。

 目的はイミナさんが他の魔物を倒すまでの足止め。

 だが当然、隙あらば俺一人でこいつを倒すつもりでいる。

 守勢に入るつもりはない!


「いいでしょう。まずは上下関係を叩き込んで絶望を教えてあげます。『鮮血の雨ブラッディレイン』!」


 ヴァンプニールの袖口から青黒い液体、吸血鬼の血液が溢れ出し、それが空中で細かく分裂して無数の小さな水弾になった。

 それが一斉に俺を目掛けて飛来し、まるで横殴りの雨のような攻撃が俺を襲う。


 俺の苦手なタイプの攻撃だ。

 一つ一つの独立した小さな水弾は斬払いで一気に霧散させる事もできず、これだけ小さいと歪曲連鎖で水弾同士をぶつけて相殺する事もできない。

 奴は恐らく、レストを通して俺の戦い方を見ている。

 こんな風に、的確に俺がやられて嫌な事をしてくると見ていいだろう。


 だが、そんな浅知恵で簡単にやられる俺じゃないぞ!


「二の太刀変型━━『歪曲・ころも』!」


 俺は突撃しながらクルリと回転し、剣聖シズカの羽織で守られた背中で水弾を受けた。

 剣よりも面積の拾い背中で水弾の雨を受け止め、回転に巻き込んで受け流す。

 こんな簡単な攻略法に対する対策を考えてない訳がないだろうが!


「ほう」

「『黒月』!」


 そして、眼球を狙った突きで脳の破壊を狙う。

 吸血鬼化したレストが頭部を再生させていた事から考えて、こいつも脳を貫いた程度じゃ殺せないだろう。

 だが、頭部を失ったレストは少しの間動けなくなっていた。

 殺せぬまでも、牽制くらいにはなるはず。


 その予想は、あっさりと外れる。

 俺の刀がヴァンプニールの顔を貫いた。

 なのに手応えが一切ない。

 俺が貫いたヴァンプニールの左目は、その部分が青黒い霧となって、完全に攻撃を受け流していた。

 霧化か!

 エル婆情報によると、これを使う吸血鬼は珍しいって話だったんだが、どうやらこいつは使ってくるタイプらしい。

 厄介な……!


「残念」


 ニヤリと笑って、ヴァンプニールが反撃を開始する。

 刃物のように鋭く尖った爪で俺を串刺しにしようとした。

 しかし、その動きは読めている。

 そして、手応えがないと気づいた時点で、刀の軌道は修正していたのだ。

 ガードは充分に間に合う。


 俺は突きの勢いのまま刀を横に構え直し、刀の側面でヴァンプニールの爪を受けた。

 そのまま爪撃の勢いを受け流して右に回転し、相手の攻撃の威力を自分の攻撃力に変換したカウンターを繰り出す。


「一の太刀━━『流刃』!」


 最も慣れ親しんだ基本の必殺剣がヴァンプニールの右脇腹を切り裂きながら胴体に侵入し、吸血鬼の急所である心臓へと斬撃が進んでいった。

 今度は体が霧にはならない。

 自分が攻撃してる時は霧になれないのか、それとも俺のカウンターが速かったせいで霧になるのが間に合わなかったのか。

 なんにせよ、今度は霧になって攻撃を受け流されることもなく、俺の手には刀で肉体を切り裂いているという確かな感触がある。


 そうして、俺の刀はヴァンプニールの心臓があるはずの左胸を斬った。

 脇腹から左胸にかけてを大きく斬り裂かれ、鮮血が舞う。

 しかし……


「くくっ、危ない危ない」


 ヴァンプニールは平然と生きていた。

 危ないと口では言いながら、その表情は余裕綽々。

 心臓を斬ったはずなのに殺せなかった。

 だが、心臓を破壊されて死なない吸血鬼はいないはず。

 心臓だけ霧にして受け流したのか?

 いや、それはない。それなら手応えでわかる。

 そうじゃなかったってことは、今のは霧化が間に合うタイミングじゃなかったってことだ。

 なのに、こいつは死んでいない。

 どんなカラクリだ!?


「さあ、お返しです。『爆血衝波ショックブラッド』!」


 その瞬間、奴の体を斬ったことで飛び散った大量の血液が爆発する。


「チッ!」


 刀を振り抜いている以上、斬払いは間に合わない。

 なら!


「一の太刀変型━━『激流加速・まい』!」


 歪曲・衣と同じように血液の爆発を背中で受け、しかし歪曲のように攻撃を歪めるのではなく、後ろに跳んで足を地面から離しながら攻撃を受ける事で、風に舞う木の葉のように攻撃の勢いに乗ってダメージを受け流しつつ、わざと吹き飛ばされて距離を取る。

 これぞ、流刃の応用で敵の攻撃エネルギーをカウンターではなく移動速度に変換する技『激流加速』の更なる派生。

 それによって距離を稼ぎ、俺は仕切り直すように、もう一度真っ直ぐ刀を構えてヴァンプニールを見据えた。


「今のも防ぎますか。やはり、あなたと接近戦をするのはスマートじゃないですね」


 そう言って肩をすくめるヴァンプニールの体には、さっきの斬撃によるダメージなど微塵も残っていない。

 吸血鬼の力で再生したのだろう。

 服まで直ってるところを見ると、あの服も血を染み込ませるなりして、体の一部のように使ってるのかもしれない。

 なんにせよ、心臓を斬っても殺せなかったカラクリを見抜かない限り、俺には勝ち目どころか勝ち筋すらなさそうだ。

 やはり、腐っても四天王。

 強い。


「さて、では第二ラウンドといきますか」


 ヴァンプニールの背中が蠢き、そこから蝙蝠のような翼が生える。

 攻略の糸口も見えないまま、戦いは更に俺にとって不利な状況へ移ろおうとしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る