73 相対する
「……まあ、想定内っすよ。伏兵くらいいると思ってたっすからね」
「ほう。では、これも想定内ですか?」
パチンと、白髪魔族がキザったらしい仕草で指を鳴らす。
すると、途端にイミナの全身に激痛が走った。
「ぐっ!?」
「さっきの攻撃で既に私の血はあなたの中に侵入したのですよ。さすがに、これだけで強力な神の力に守られた聖戦士をどうにかできるとは思っていませんが、その身に走る激痛だけでも中々のディスアドバンテージでしょう?」
ニヤニヤと、ネズミをいたぶる猫のような悪趣味な目でイミナを見る白髪魔族。
悔しいが、奴の言う事自体は正しかった。
全身の血管の内側から針を刺され、内部から肉体をズタズタにされるような激痛。
これで戦闘不能になるほど軟弱なつもりはないが、この不調を引き摺りながら残りの
不意討ちは大成功だ。
「この! イミナに何したのよ!?」
突然苦しみ出したイミナを見て、アイアンドワーフの操縦者の一人が、白髪魔族に向かってガトリングを撃たせた。
感情に任せて突撃する事なく、まずは遠距離攻撃による牽制から入る。
いい判断だ。
ただ、惜しむらくは……
「ふん。こんな劣化アースガルドのような玩具で、至高の種族たるこの私をどうこうできるとでも思っていたのですか?」
━━相対する敵が、駆け引きの通じないレベルの格上だった事だろう。
白髪魔族が腕をひと振り。
その腕の先から青黒い斬撃が飛び出し、ガトリングを迎撃するだけに留まらず、一撃で三体のアイアンドワーフ全てを破壊してしまった。
イミナは何とかミョルニルを盾にして防いだが、衝撃で吹き飛ばされる。
(うげぇ!? 予想はしてたけど、やっぱバカ強ぇっす!)
元々、魔物達の体に青黒い血が流れていた時点で、伏兵としてこいつが現れる可能性は予想していた。
魔物だけけしかけて、自分は安全地帯での引きこもりに徹してくれるパターンが一番よかったが、そう都合良くはいかないらしい。
そして、こいつが現れた場合、イミナは勝利を諦めて時間稼ぎに徹し、アラン達が四天王を倒して戻ってきてくれるまで時間を稼ぐつもりであった。
勝算は低い上に情けない事この上ないが、それでも自分一人で倒せる相手ではないとわかっていたからだ。
それほどまでに、こいつの一族は脅威であると歴史が証明している。
誤算だったのは、時間稼ぎとか考える前に一発貰ってしまった事だ。
全く、強いくせに不意討ちとかセコい奴である。
だが、そのセコい攻撃が、かなりの有効打になってしまった。
この状態では、とてもアラン達が戻ってくるまで持たないだろう。
「まあ、それでもやるしかないんすけどね……!」
体調は最悪。
敵は強くて、頼れる味方が盾にもなれない。
それでもイミナが諦める事はない。
彼女は『鎚聖』。ドワーフの里の守護者。
自分が倒れれば、共に戦ってくれている同胞達にも、自分達のために戦ってくれているアラン達にも危険が及ぶとわかっている。
だから、彼女は諦めない。
そして、彼女には覚悟がある。
どうにもならなくても、最後の最後まで足掻いて足掻いて足掻きまくり、その果てに勝利を手繰り寄せてみせるという覚悟が。
「アタシは『鎚聖』イミナ。ドワーフ1の頑固爺『武神』ドヴェルク・ドワーフロードの孫娘。爺譲りの頑固魂、簡単にへし折れると思ったら大間違いっすよ!」
痛む体を奮い立たせ、かぶくようにミョルニルを構え、不敵な笑みを浮かべて精一杯の虚勢を張った。
そんなイミナを、白髪魔族はやはりニヤニヤとした嫌味な笑みで睥睨する。
「くっくっく。虚勢強がり大いに結構。せいぜい頑張って足掻きなさい。足掻いても足掻いても足掻いても足掻いても、その果てにあるのは絶望だけ。それをきちんと理解できれば、きっとあなたは私の血の支配に屈し、可愛い可愛い我が
そう言って、白髪魔族は腕を振り上げる。
手刀の形に伸ばした掌に青黒い液体を纏わせ、振り下ろすと同時にそれを開放した。
「『
青黒い液体の刃が超高速でイミナに迫る。
先程、アイアンドワーフ三体を纏めて粉砕した技だ。
直撃すれば体が真っ二つ。
ガードしても吹き飛ばされる。
ならば、迎撃あるのみ。
「『轟雷……」
「イミナさん、ちょっと待った」
「ッ!?」
痛む体で無理矢理大技を出そうとした瞬間、イミナは自分と白髪魔族の間に割り込んでくる存在に気がついた。
黒い羽織に、刀を持った後ろ姿。
それが誰かを認識して、イミナは慌てて技の発動を止める。
そんな事をすれば当然、白髪魔族の攻撃に対処できなくなってしまう。
だが、問題はないのだ。
何故なら、戦いに割り込んできたこの人物は、イミナの知る限り最高の、防御と返し技の達人なのだから。
「五の太刀━━『禍津返し』!」
「む……」
遠距離攻撃を跳ね返す必殺剣により、白髪魔族の放った攻撃が白髪魔族自身に向かって飛来する。
しかし、青黒い液体の斬撃は、まるで意思を持っているかのように主に当たる前に霧散した。
それでも、攻撃が不発に終わった事に変わりはない。
白髪魔族は少し不快そうな目で不躾な乱入者を睨んだ。
「嫌な予感がして戻ってくれば案の定か。相変わらず、こっちの嫌がる事を的確にやってくる奴だ」
「アラン!」
イミナが乱入者の少年の名前を呼ぶ。
乱入者、アランは敵意というには激しすぎる、殺意に満ちた視線で白髪魔族を睨みつけていた。
「ちょ!? なんで戻ってきてるんすか!? デカブツの相手は!?」
「ステラ達に任せてきました。俺達は互いに信頼できる最高の相棒なので」
「え、何? まさか惚気聞かせるために戻ってきたんすか?」
「違うわ!」
何故か繰り広げられてしまった茶番。
お互いにふざける気など欠片もなかったのに、何故かそうなってしまった。
しかし、ふざけた雰囲気などものともせずに、白髪魔族はアランに向けて話しかける。
「ああ、どこかで見たと思えば、加護も持たない劣等種のくせに私の手駒を潰してくれた少年じゃないですか。奇遇ですね。と言っても、あなたの方は私が誰かわからないでしょうが」
「……いいや。俺もお前を知っている。あいつを操ってた時に声が聞こえたからな。途轍もなく不快極まりないその声が」
「おや、そうだったんですか。少々命令の出力が強すぎましたかね。ですが、知っているのであれば話が早い」
コホンと咳払いし、白髪魔族はおどけたように右足を引き、右手を体に添え、左手を横方向へ水平に差し出して、優雅に頭を下げた。
まるで人族の貴族の挨拶のように。
そして、告げた。
見た目と違い、敬意など欠片も込もっていない声音で。
「はじめまして。私は魔王軍四天王の一人、『水』の四天王にして
白髪魔族改め、ヴァンプニールは笑う。
皮肉を込めて優雅に。
目の前の人間の行く末を思って残酷に。
アランの目の前で、レストの仇である吸血鬼はニヤニヤと嗤った。
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