72 現る

「とぉおおりゃああああ!!!」


 アラン達をアースガルドの元へ送り出したイミナは、遂に正面から激突した魔物の群れを相手に、獅子奮迅の大立ち回りを見せていた。

 天界山脈迷宮部分での素材集め中に見つけ、祖父である世界最高の職人ドヴェルク・ドワーフロードが手ずから魔改造を施した雷の魔鎚『ミョルニル』を鎚聖の剛力と絶技で振り回して、一撃で数多の魔物を葬り去る。

 その姿は、かつてリンの故郷の街でブレイドが見せた無双劇に酷似した、まさに聖戦士の名に恥じぬ大活躍であった。


「チッ! 厄介っすね!」


 しかし、今回の相手は大英雄にただ屠られるだけの雑兵にあらず。

 一体一体が天界山脈という大迷宮において生存権を獲得した強獣達であり、それが特殊な魔族の力で統率された上に不死性まで付与されているのだ。

 勇者の攻撃にすら耐えた彼らが、そう簡単に倒れてくれる筈もなし。


 だが、それだけならばまだイミナが遅れを取るほどの戦力ではない。

 幸いな事に、魔物の数自体は勇者パーティーが行きがけの駄賃に倒してくれたおかげで当初の半分ほどに減っている。

 ゴーレムやアイアンドワーフ達の支援があれば倒しきれない数でもない。 

 問題なのは、そんな強獣達の群れに交ざった、更なる次元違いの猛者達である。


「ガルゥッ!」

「うおっと!?」


 群れの中から突然現れ、ひときわ強烈な攻撃を繰り出してきたのは、純白の体毛を身に纏った獅子。

 壮年オールド級マーダーライオ。

 恐らく、先日倒した奴とは別の群れを率いていた個体だろう。

 前は弱った所に不意討ちをかましたから一撃で倒せたが、まともに戦えば聖戦士であるイミナをして厄介な相手だ。


「シッ!」

「危なっ!?」


 続いて襲いかかってきたのは、漆黒の体を持つ巨大な老狼。

 壮年オールド級ダークウルフ。

 戦闘力でも先のマーダーライオに劣らぬ上に、歳を重ねる事で知恵と技を身に着け、漆黒の体を活かした闇の中からの不意討ちに磨きをかけた強敵だ。

 先程から決して正面からイミナに挑む事なく一撃離脱に徹し、他の強敵達との戦いで隙ができた所を徹底的に狙ってくる。

 一番嫌味な敵だ。


「ヒヒーン!」

「きゅう」

「ぬおっ!?」


 退いたダークウルフと入れ違いに、今度は雷撃と吹雪の同時攻撃がイミナを襲う。

 咄嗟にミョルニルの一撃で相殺し、攻撃が飛んできた方を見れば、そこには稲妻を全身に纏った巨馬と、やたらと貫禄のある隻眼のウサギの姿が。

 壮年オールド級ボルトホースと、壮年オールド級スノーラビット。

 雷を操る馬と、吹雪を操るウサギ。

 敵の遠距離攻撃担当だ。

 こいつらの的確な援護射撃のせいで、接近戦を仕掛けてくるマーダーライオやダークウルフに深く踏み込めない。


 そして、何より厄介なのが……


「ボォオオオオ!!!」

「くぅ!?」


 咆哮を上げながら突撃してきた岩のような外殻を持つ一匹の竜が、イミナに向かって全力の踏みつけを繰り出した。

 全長20メートルはある巨体と、その大きさに見合った重量を凄まじいパワーで叩きつけられ、さすがのイミナも力負けして地面に縫い付けられる。

 武器によるガードは間に合っているが、一瞬でも気を緩めれば押し潰されてぺしゃんこにされるだろう。


 聖戦士であるイミナをここまで追い詰める強敵の名は、ロックドラゴン上位種。

 上位竜と呼ばれる魔物の一体。

 それがこの場において最も強く、最も厄介な敵であった。


「こなくそぉおおお! 舐めてんじゃないっすよぉおおお!」


 しかし、イミナもまた人類の中でも屈指の強者。

 たった一人の聖戦士として今までドワーフの里を守り抜いてきた女傑は、その矜持を示すかのように全身に力を込め、同時に雷の魔鎚の力を開放させる。

 そして、密着状態から渾身の力を込めた一撃で、自らを潰そうとするロックドラゴンの巨大な足を振り払った。


「『雷鎚』!」

「グギャアアアアアア!!?」


 鎚聖の全力によって振るわれた世界最高峰の武器は、強大な竜の甲殻を砕き、傷口を焼き焦がし、更には傷口から浸透した電撃によって体を麻痺させ、動きを止めてみせた。

 硬直したロックドラゴンに追撃を加えるべく、イミナは跳躍してその頭をミョルニルで叩き割ろうとする。

 だが、


「「「ガァアアアア!!!」」」

「「「ワォオオオン!!!」」」

「「「ヒヒーン!!!」」

「「「きゅきゅぅ!!!」」」

「だぁああああ! 鬱陶しいっす!」


 大量の魔物達による命を捨てた一斉突撃によって、攻撃のタイミングを潰されてしまった。

 その大群はミョルニルの一撃で薙ぎ払ったが、次から次へと雪崩のように押し寄せてくるせいで、ロックドラゴンへ攻撃する隙がない。

 しかも、大群に紛れてダークウルフが暗殺を狙ってくるので、片手間に相手をする訳にもいかない辺りが実に嫌味だ。


 そして、魔物達が命と引き換えに稼いだ時間で、ロックドラゴンは全快してしまった。


(マジでやってられないっす!)


 イミナは内心で叫んだ。

 さっきからこの繰り返しだ。

 いい一撃が入っても、他が邪魔するせいでトドメが刺せず、回復を許してしまう。

 雑兵の数こそ減ってきているが、その雑兵を抑えてくれているゴーレム達も減ってきている以上、戦況に大きな影響はない。

 やはり、主力を倒せなければどうにもならないのだ。


 その主力が嫌になるくらい強い。

 種類にもよるが、元々壮年オールド級や上位竜クラスの魔物は、人類最高峰の戦力である聖戦士とまともに戦えるほど強いのだ。

 あくまでも、まともに戦えるだけであって、最終的には聖戦士が勝つ事が殆どであり、格としては聖戦士の方が上なのだが、それも一対一の真っ向勝負での話。

 こうして多数で取り囲まれれば、当然話は変わってくる。


(アラン達には大見得切っちゃったっすけど、やっぱり一人くらい残ってもらえばよかったっす!)


 先程の勇姿を全て無に帰す情けない言葉。

 実際に口には出さなかったのがせめてもの救いか。

 しかし、そんな弱音が出るほど悪い状況なのだから、本当に嫌になる。


「ボォオオオオオオオ!!!」

「えぇい! 弱音禁止! どうせやるしかないんすよ! かかって来いやぁあああ!!」


 叫んで気合いを入れ直し、大口を開けてブレスを放とうとするロックドラゴンに向き直る。

 避けてもいいが、できれば迎撃したい。

 何せ、避ければブレスが後ろの里に直撃してしまうのだから。

 聖女の上位結界がブレス一発くらいで破れるとは思わないが、いつ四天王からの流れ弾が飛んでくるかわからない以上、結界への負担は軽いに越した事はないのだ。

 覚悟を決めてミョルニルを強く握り、ブレスを真っ向から迎え撃とうとしたイミナだが……


「ボギャ!!?」

「へ?」


 突如、ロックドラゴンの巨体が揺らいだ。

 犯人は合金の肉体を持った身の丈5メートルの巨大な鉄人、アイアンドワーフだ。

 他のゴーレム達が身を呈して開いた血路を通り、ロックドラゴンには劣るとはいえ、人間とは比べ物にならない質量の乗った拳をロックドラゴンの横っ面に叩き込んだのだ。

 それによってブレスの照準は逸れ、逆に魔物達の一部を消し飛ばした。


 あり得ない事だった。

 術者の手を離れて遠隔起動しているゴーレムは、そこまで複雑な事ができない。

 目の前の敵と戦う事はできても、連携して血路を開き、戦況を見極めてイミナをフォローするなどできる訳がない。

 そんなあり得ない事が起きたのなら、考えられる理由は一つ。


「「「イミナ!」」」

「皆何やってんすか!?」


 聞こえてきた声の方を見れば、そこには結界の内側に集結した里の女衆の姿があった。

 彼女達がアイアンドワーフ達を操り、イミナを助けたのだ。


「危ないっす! 戻るっすよ!」

「何言ってるの! 若い娘一人に全部任せて引きこもってる訳にはいかないでしょ!」

「でも!」

「それに普段ならともかく、この結界が守ってくれる今なら、私達だってここで戦えるわ!」

「あ!」


 そう。

 普段であれば、ゴーレム以外に戦う術を持たない彼女達がこんな乱戦の舞台に立つなど危険すぎる。

 だが、リンの結界によって安全地帯が確保されている今なら話は別だ。

 この状況なら防御も回避も考えず、結界の中からゴーレムの操作だけに集中できる。


「盲点だったっす……。そういう事なら頼っていいっすか!」

「もちのろんよ!」

「いつまでもイミナちゃん一人に負担はかけないわ!」

「それに一回、男どもが私達に苦労かけまくって作った武器を思いっきり使ってみたかったのよね!」


 助けを求めれば、帰ってくるのは頼もしい返事。

 彼女達は戦闘経験こそないが、奇人変人だらけのドワーフの男どもをフォローし続けてきた有能さの化身達だ。

 イミナは百万の味方を得た思いだった。

 そして、この例えはあながち間違いでもない。


「魔導の理の一角を司る土の精霊よ」

「土塊に命を宿し、形を与え」

「我が敵に立ち向かう戦士を生み出せ」

「「「『土人形作成クリエイトゴーレム』!」」」


 それぞれの詠唱が完了し、一斉に土人形作成クリエイトゴーレムの魔法が発動。

 それによって、これまでの戦闘で破壊されたゴーレムの素材や足下の山肌から新たなゴーレムが誕生し、前任のゴーレム達が使っていた武器を拾い上げて敵に向かっていく。

 術者がすぐ近くにいる場合、ゴーレム達の数は魔力の続く限り無限であり、ある意味では不死身と言ってもいい。

 魔物が持っていた物量と不死性のアドバンテージを、こちらも手に入れたようなものだ。 

 更に、遠隔起動ゆえに単純な動きしかできなかったアイアンドワーフにも操縦者がつき、先程までとは比べものにならないキレのある動きで戦い始めた。


 この場にいるアイアンドワーフは、アースガルドに破壊されてしまった一体を除いて残り九体。

 そのうち二体が他のゴーレム達と連携し、ガトリングを乱射して雑兵魔物達を抑え、四体がマーダーライオ、ダークウルフ、ボルトホース、スノーラビットの各壮年オールド級を相手に一対一で足止め。

 そして、残りの三体は一斉にロックドラゴンへと襲いかかった。

 ロックドラゴンの巨体に組み付き、至近距離からガトリングをぶちかまし、回転する槍|(ドリル)で岩盤のような甲殻を抉る。


「ボォオオオオオオオ!!?」


 さすがに、変態とはいえ凄腕職人達の傑作であるアイアンドワーフ三体がかりの攻撃は効いたらしく、ロックドラゴンは痛みで絶叫を上げながら、纏わりつく三体を体をよじって振り払おうとした。

 遠心力で一体が飛ばされ、高速で振るわれた尻尾に一体が吹き飛ばされる。

 だが、両腕にドリルを搭載した個体だけは、突き刺さったドリルを支えにしぶとくしがみついて攻撃を続け、ロックドラゴンにダメージを与え続けていた。

 そうしてアイアンドワーフ達に翻弄されるロックドラゴンはあまりに……


「隙だらけっすよぉ!」


 歓喜の声を上げながら、ドワーフの里の最高戦力が動き出す。

 アイアンドワーフ達の奮闘により、雑兵魔物も壮年オールド級も足止めされ、ロックドラゴンはドリルの個体を引き剥がそうと必死。

 ここまでお膳立てされれば、もう怖いものなどなかった。


「『轟雷鎚』!」

「ボォオオオオオオオオオオオ!!!?」


 イミナの渾身の一撃が、ロクに回避行動も取れなかったロックドラゴンの頭部に炸裂する。

 しかし、相手は上位竜。

 一撃で倒せる相手ではない。

 今の一撃もクリティカルヒットしたにも関わらず、頭部の甲殻が大きくヒビ割れる程度のダメージしか与えられなかった。

 致命傷には至っていない。


「オラオラオラオラオラオラオラオラ!!」


 だが、一撃で倒せないのなら、倒せるまで滅多打ちにすればいいだけの事。

 これまでは他の魔物の妨害のせいで追撃ができなかったが、今なら打ち放題だ。

 溜まった鬱憤を晴らすかのように、イミナは雷鎚を振るって振るって振るいまくる。


 そうして、遂にロックドラゴンの頭部が粉砕された。


「もう一丁!」


 それでも、イミナは油断しない。

 なんだかんだで彼女は五十年以上の時を生きる、人族の基準で見れば壮年以上の戦士だ。

 長く生きているという事は、それだけ様々な経験を重ね、知識を蓄えているという事。

 当然、目の前の魔物達の不死性の正体も、アラン達に聞くまでもなく把握していた。

 その倒し方までも。


 頭を失ってなお動こうとするロックドラゴンの胸に向かって、イミナの更なる攻撃が炸裂する。

 狙いは心臓。

 青黒い血を扱う魔族によって変異させられた者は、その魔族と同じ特性を持つようになり、オリジナルと同じく心臓が再生能力の源になる。

 つまり、心臓を潰さない限りは、延々と再生しかねないのだ。


 それを知っているイミナは油断なく、容赦なく、ロックドラゴンの胸の甲殻を叩き割って、内部の心臓を破壊した。


「うっしゃぁ!」


 頭が潰れたせいで考える事ができず、単調な動きしかできなくなっていたおかげで楽にトドメが刺せた。

 これで一番厄介な敵は撃破だ。

 しかし、まだまだ油断はできない。

 今の戦闘でアイアンドワーフ三体は結構なダメージを受けてしまったし、壮年オールド級を足止めしている方も格上を相手にしている以上、そう長くは持たない筈だからだ。

 アイアンドワーフ達が耐えてくれている内に、早急に敵主力の数を減らす必要がある。


「とはいえ、大分勝機が見えてきたっす。やっぱり持つべきものは仲間っすね。よっしゃ! この調子で一気に……ッ!?」


 勢いに乗って次の敵へ突撃しようとしたイミナだが、突如感じた背筋が凍えるような危機感に突き動かされて、咄嗟にその場から飛び退いた。

 一瞬前までイミナがいた場所を、青黒い光線のような攻撃が通過していく。

 避けきれなかったイミナの脇腹を抉りながら。


「うぐっ!?」

「イミナ!?」

「え!? 今何が!?」


 突然のイミナの負傷に混乱する女衆。

 だが、持ち前の有能さで冷静さを保ち、即座にロックドラゴンに挑んでいたアイアンドワーフ三体をイミナの盾になる位置へと移動させる。

 そんな頼もしい仲間達を見て、イミナも負けていられないと、痛みを堪えて攻撃が飛んできた方向を睨みつけた。


「避けましたか。勝利の直後、最も油断する瞬間を狙ってみたのですが、さすがは聖戦士。そう簡単にはいかないという事ですね」


 そこにいたのは、貴族風の装いをした、冷たい美貌の白髪の男。

 一見すれば人族にも見えるが、よく見れば肌の色は死人のように青白く、犬歯も牙のように鋭く尖っている。

 そして、そんな外見的特徴など些事だと言わんばかりに男の体から放たれる悍ましい気配。

 本能がこいつは敵だと訴えかけてくる感覚。

 間違いなくこいつは人類の敵、魔族だった。

 それも、その特徴が伝説に残るような、━━最悪の。

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