71 四天王と仇
アースガルドが再び地面の下に潜る。
こうなると本格的に気配が消えて、どこにいるのかわからない。
俺を狙えば危機感で、他の誰かを攻撃しようとすれば敵意を察知して居場所を把握できるだろうが、それじゃ遅すぎて後手後手だ。
「くそっ! どこ行きやがったあの野郎!」
「落ち着けと言うとるじゃろうに、ブレ坊! 今探す! リンはもっと強力な結界を里に張り直してくれ! 地面の下から里に侵入されるのが一番マズいからのう!」
「わ、わかりました!」
「じゃあ、私は魔物の方を何とかするわ!」
「頼んだ!」
有能な仲間達(ブレイドを除く)が、的確な判断の下に迷いなく動く。
アースガルドも魔物の群れも射程圏外な俺とイミナさんは、若干置いてけぼりだ。あとブレイドも。
だが、それならそれで自分にできる事をするまで。
俺はステラの近くに、イミナさんはエル婆とリンの近くに寄って、突然のアースガルドの奇襲に備えた。
「魔導の理の一角を司る土の精霊よ。大地を揺らし、掻き混ぜ、地に捕らわれし哀れなる敵を握り潰せ」
「神の御力の一端たる守護の力よ。強大なる敵に立ち向かう我らを、その大いなる慈悲と博愛の掌で包み込み、守りたまえ」
「魔導の理の一角を司る光の精霊よ。神の御力の一端たる聖光の力よ。光と光掛け合わせ、極光となりて魔を払い、夜を染め上げ、世界を照らす眩き輝きとなりて我が剣に宿れ」
三人の詠唱が完了する。
アースガルドの登場によって邪魔されたさっきと違い、今度こそ人類最高峰の術者達による大魔法が発動した。
「『
「『神王結界』!」
「『
エル婆の魔法が山全体を揺らし、リンの結界がそれから里を守り、ステラの光魔法が魔物の群れに突き刺さる。
最初に目に見える明確な戦果を叩き出したのはステラの魔法。
夜を塗り潰す程の膨大な光の奔流が放たれ、魔物の群れに直撃した。
しかし……
「嘘ぉ!?」
なんと、ステラの本気の一撃を食らったにも関わらず、魔物どもは八割以上が健在。
攻撃が放たれる前にチラリと見えたが、どうやら奴らボルトホースの雷撃やスノーラビットの吹雪でできる限りステラの魔法の威力を相殺し、更に頑強な巨体を持つロックドラゴンなどが味方の盾になる事で、被害を最小限に抑えたようだ。
なんだ、そのやたらと連携が取れてる上に、我が身を顧みない戦略は!?
普通の魔物の群れじゃこうはならないぞ!?
魔物と一口に言っても、その種類は千差万別だ。
狼っぽい奴、獅子っぽい奴、馬っぽい奴、ウサギっぽい奴、その他にも色々いる。
そして、奴らが連携するのは同種同士か、あるいは共存関係にある種族とだけだ。
それ以外なら基本共食いする。それが魔物。
魔族が無理矢理屈服させて纏めて運用する事はあるが、そういう時は連携のれの字もない烏合の衆に成り果てる筈。
故に、今の魔物どもの動きは異常としか言い様がない。
そう思ったが、そのカラクリはすぐに判明した。
ステラの光魔法の残滓に照らされ、満月が出ているとはいえそれでも暗い夜の中では見えなかった事実が見えてくる。
傷付いた奴らの体からは……青黒い血が流れ出していた。
それが蠢いて出血を止め、魔物どもの体を無理矢理修復していく。
被害が少なかったのは、この再生能力のせいでもあるだろうな。
だが、そんな事よりも、
「!? ねぇ、あれって……!?」
「ああ、わかってる……!」
俺達はこの血の色に見覚えがあった。
魔族と魔物、魔界から現れた生物の血は、通常青い。
その青に黒が混ざった特殊な血。
これは紛れもなく……
「レストの仇……!」
そう。
あの青黒い血は、操られたレストが流していたのと同じ色。
あいつを苦しめていたのと同じ血だ。
この血を使った支配で、魔物どもを完全に意のままに操っているんだろう。
これで異常レベルの連携には合点がいった。
そして、この能力を使う種族は、魔族の中でも相当の希少種として伝えられている。
エル婆曰く、歴史上でも複数体が同時期に現れた事は殆どないそうだ。
ならば、かなり高い確率で、あの魔物どもを操ってる奴とレストを操ってた奴は同一人物。
そいつがここに来ているかはわからない。
レストの時みたく操ってる奴だけをけしかけて、自分は安全な場所から高みの見物を決め込んでいるかもしれない。
だが、もしもノコノコと現れるようなら……必ず殺してやる。
「む!? こ、これは!?」
俺が心の中で殺意を研ぎ澄ましていた時、アースガルドの行方を探していた筈のエル婆が、何かに気づいたように驚愕の声を上げた。
ああ、そうだ。
決して忘れてた訳ではないが、今現在の最大の脅威は、レストの仇ではなく四天王のアースガルド。
優先順位を間違えるな。
憎しみで判断を間違えるな。
今の俺は前の世界の俺と違って仲間がいるのだ。
自分のミスは仲間達の、そしてステラの危機へと直結する。
前の世界のように、感情任せで突っ走る訳にはいかない。
俺は気を引き締めた。
「どうした、エル婆!?」
「
ブレイドの問い掛けに、エル婆は少し焦った様子で手短に情報を説明する。
経験豊富なエル婆が焦る事態。
嫌な予感しかしない。
「問題はその場所と範囲じゃ。あやつ、ここから上の山全体に魔力を張り巡らせておるぞ!?」
叫ぶようにエル婆がそう口にした瞬間、━━山が揺れた。
さっきのエル婆の魔法とは比べ物にならないレベルで。
これはもはや鳴動などという次元ではなく、まるで山自体が身じろぎしたかのような……
「……マジかよ」
その時、ふと上を見上げ、俺は自分で思った例えがあながち間違いではなかったと知った。
比喩でも何でもなく、本当に山が動いていたのだ。
ただし、地震とか噴火とかの自然現象とはまるで違う動き方で。
見上げる天界山脈の山頂部から、二本の巨大な腕が生えてきた。
それを皮切りに山はどんどん姿を変える。
胴体が作られ、頭が作られ、山は山でなくなり、山を丸ごと素材にしたゴーレムとでも言うべき異形の姿へと変わってしまった。
「うっそでしょ……」
「お、大きすぎです!?」
「なんとまあ、規格外な……」
「ふ、ふん! ぶった斬り甲斐がありそうだぜ!」
「あれ確実に坑道潰れてるっすよね。あそこ迷宮だから魔法金属の採掘場だったのに。うわぁ、職人どもが喚き散らしそうで今から頭が痛いっす……」
イミナさんだけ若干ズレた感想漏らしてるが、それだけ混乱してるんだろう。
だが、混乱してる暇などない。
山ゴーレムが、その巨大な腕をこっちへと向ける。
その掌の先に、さっきアースガルドが使った魔法と同じように、岩石の塊が生成された。
山ゴーレムの巨体に合わせた、超ド級サイズの岩の弾丸が。
「やばっ……!?」
「任せろ!」
迎撃は俺の仕事だ。
脚力と手入れによって出力を上げた暴風の足鎧の力を使い、強く地面を蹴って宙を舞う。
同時に、岩の大砲が放たれた。
斬払い……いや、反天でいく。
斬払いでは防ぎ切れずに死ぬと、俺の直感と危機察知本能が全力で叫んでいるからだ。
前の世界と修行時代に数多の死線を越え、幾多の地獄で鍛え上げてきたこの感覚は信用できる。
自分で言うのもなんだが、経験則による先読みと並んで未来予知の領域に片足を突っ込んでいると自負している。
俺の行動は決まった。
「六の太刀━━『反天』!」
対象の最も脆い部分に衝撃を浸透させ、相手の攻撃エネルギーと挟んで内部から破壊する必殺剣を大岩に叩き込む。
それによって大岩は内側から粉砕され、砕けた時の衝撃で推進力の殆どを殺す事に成功した。
「うっし! やったっす!」
いや、まだだ。
イミナさんの歓声に心の中で反論する。
まだ危機感の警鐘が鳴り止んでいない。
その感覚が正しい事を証明するかのように、砕けた大岩の中から新たな脅威が現れた。
人の頭程のサイズの、大岩に比べれば小さな弾丸。
しかし、その部分だけは全く勢いが落ちていない上に、大岩の炸裂に巻き込まれても傷一つ付いていない。
そして、あの弾丸の材質には見覚えがあった。
かなり希少ではあるが、この里に来ればかなりの頻度で見る事になる特殊な鉱石。
だが、正体がわかってひと安心とはならない。
むしろ、正体がわかるからこそ戦慄する。
あれをそう簡単に砕く事は不可能だからだ。
「ニの太刀━━『歪曲』!」
即座に受け流し技である歪曲を使い、鉱石弾の軌道を捻じ曲げて、仲間達からも里からもズレた何もない場所へと落とす。
結果、落下地点は隕石が落ちたかのような悲惨な有り様となって巨大なクレーターが出来上がった。
途轍もない威力。
今リンが使ってる完全詠唱の上位結界なら防げはするだろうが、それでも何十発も叩き込まれたら割られる。
割られてあれが里に直撃すればどうなるかは言うまでもない。
「は? 今何が起きた? 大岩の中に別の岩弾?」
「……オリハルコンっす」
「え?」
「だから、オリハルコンっす! 超高位の武器の素材とかに使う魔法金属! この世で最も強靭な金属とか言われてるあれっすよ! あの魔族、それを弾丸にして撃ち出したんす!」
「「「!?」」」
俺が地面に降りる前に、イミナさんが困惑する仲間達に説明をしてくれていた。
さすが、鉱石や金属とは切っても切れない関係のドワーフ。
あの距離からあの弾丸の正体に気づいたか。
「えっと、つまりそれって……」
「あの野郎は魔法金属を生成できる。もしくは、合体した天界山脈に眠ってる魔法金属を自在に操れるって事になるな」
「アラン!」
やっと地面に帰還した俺は、ステラの引き攣った声に容赦のない現実を突きつけた。
目を逸してもいい事なんて一つもない。
戦力分析は正確にだ。
「……アー坊の言う通りじゃろうな。可能性としては後者の方が少しばかり高いか。いくらでも創り出せるのであれば、それこそ魔法金属100%の大弾を撃ってきとるじゃろうし」
「魔力とかの都合で温存してるって可能性は……」
「無論、大いにあり得る。油断は禁物じゃ」
不安そうなリンの言葉に、エル婆もまた容赦なく現実を突きつけた。
リンが顔を青くする中、今度はステラがイミナさんに質問を投げかける。
「イミナさん、魔法金属の採掘ってどこまで進んでるんですか? もし創り出せるんじゃなくて操れるだけなら、採掘状況次第で限界が……」
「全ッ然進んでないっす。天界山脈は高位の魔物溢れる大迷宮っすよ? それにこの山に里作って移住してきてからまだ10年くらいしか経ってないし、掘り尽くすには時間が足りな過ぎるっす」
「あ、そうなんですか……」
僅かな希望すら粉砕されたようだ。
しかし、本格的にヤバいぞこれは。
大迷宮を操るなんて規格外な事をしてきた四天王に、不死性と完璧な連携を得た魔物の大軍勢。
アースガルドが地層並みに分厚い魔法金属の鎧の中に引き籠もりでもすれば、その防御力は蒼炎竜状態のドラグバーンすら超えるだろう。
ドラグバーンの時と違って、こっちには数の利もない。
アイアンドワーフを筆頭にしたゴーレム軍団はいるが、それも敵勢の10分の1程度の数。
見えてる戦力だけでもこれだけヤバい上に、伏兵がいないという保証すらない。
冗談抜きでドラグバーンの時より厳しい戦いになりそうだ。
おまけに、こうして先手を取られて後手に回ってる以上、対策を練る時間すらない。
喋ってる間にも山ゴーレムは次の岩弾を作り出し、魔物の群れはどんどんこっちに近づいてくる。
……とりあえず、あの岩弾を防がない事には何も始まらないか。
対策を練るのは頭の良いエル婆とかに任せて、俺は自分の役割を全うしようと迎撃態勢に入った時、
「とう!」
俺よりも先にイミナさんが飛び上がっていた。
そのまま魔鎚を大きく振りかぶり、豪快でありながら洗練された重量級の一撃を大岩に叩きつける。
「『轟縋』!」
大岩の芯を捉えたその一撃は俺の反天と同じく大岩を粉砕し、更に中の魔法金属までも衝撃でどこか遠くへと弾き飛ばしてしまった。
それを成したイミナさんが地上へ舞い戻り、堂々とした姿で口を開く。
「里の守りはアタシに任せるっす! 他は皆であのデカブツ退治に行くっすよ!」
「え!? で、でも……」
「大丈夫っすよ、ステラちゃん。元々、里を守るのはアタシの仕事っす。それにデカブツに比べれば魔物の群れくらい余裕っすからね!」
強がりだ。
あの群れの中には、間違いなく聖戦士とまともに戦える上位竜クラスの魔物が複数体いる。
いくらアイアンドワーフ達がいるとはいえ、イミナさん一人ではかなりキツい。
しかも、山ゴーレムの攻撃だっていつ飛んでくるかわからないのだ。
ここに一人残るというのは、死地に立つという事。
「イミナさん……」
「あのデカブツ倒す為には、一人でも多くの戦力で袋叩きにするしかないと思うんすよ。という訳で、とっとと行くっす。向こうは任せたっすよ」
それでもイミナさんは行けと言う。
……やっぱり、この人も聖戦士。大英雄の一人だな。
普段はウザイが、尊敬すべき偉大な人だ。
俺は何か言おうとするステラの肩に手を置きながら、イミナさんに激励を送った。
「すぐに片付けて戻ってきます。それまで死なないでくださいよ」
「こっちのセリフっす! アランこそ、ステラちゃんの前でカッコ悪い所見せるんじゃないっすよ! 愛想尽かされないように頑張るっす!」
「大きなお世話です!」
ったく、こんな時まで!
「行くぞ、ステラ!」
「……うん。イミナさん、死なないでくださいね! 聞きたい話がまだ沢山あるんですから!」
それ俺の捏造ストーリーじゃないだろうな?
そんな事言ってる場合じゃないんだが、どうしても気になる。
イミナさんの無言のサムズアップがかなり不吉だ。
「致し方ないか……。行きがけの駄賃にできるだけ数は減らしてやるから安心せい!」
「が、頑張ってください!」
「危なくなったらアイアンドワーフを頼れ! そいつらは強い!」
そうして、俺達はイミナさんを一人残して山ゴーレムの元へ、アースガルドを倒す為に進軍した。
……しかし、この戦力を分断される感覚、嫌に覚えがあるな。
レストの時然り、ドラグバーンの時然り。
そう思った瞬間、ふと既視感と共に俺の頭にある光景が蘇ってきた。
それはドラグバーンとの戦いの時。
そうだ。
あの時、確かあいつは……
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