70 一夜の決戦、開幕
「ほい、終わったっすよ」
「ありがとうございます」
ドワーフの里に来てから何日目かの夜。
イミナさんに任せていた装備の手入れが終わったらしく、俺とブレイドの男二人が泊まってる空き家に届けに来てくれた。
まあ、俺も手入れ技術向上の名目でいくらか手伝わされたし、なんかステラも一緒について来て、色々教わりながら簡単な作業をやってもらったから、任せてたって意識は薄いけどな。
尚、現在この家には俺一人で、ブレイドはいない。
勝手に夜の自主トレに出掛けたからだ。
ちなみに、パーティーの女子組はイミナさんの家に泊めてもらっている。
夜な夜な俺のこの里でのエピソードが暴露されてるらしく、心休まらない日々だ。
目の前のこの人がステラ達に何を吹き込んでるのか、想像する事すら恐ろしい。
そんな恐ろしい思考を頭の隅に追いやり、俺はイミナさんが持ってきてくれた装備一式を着けてみて調子を確かめる。
「いい感じです」
「そりゃよかったっす。ま、教えた通りこまめに手入れしてたみたいだし、そんなに弄る必要もなかったっすけどね」
いや、それでも大分動きやすさが違う。
ミスリルの鎧はともかくとして、羽織と足鎧はマジックアイテムであり、多少学んだだけの俺じゃ大した手入れはできなかった。
そのせいで蓄積していた綻びが修正された感じだ。
試しに暴風の足鎧を起動させてみれば、かなりスムーズに風が発生する。
羽織は、まるで何も着けていないかのように動きやすい。
やはり、このタイミングでこの里に来れて良かった。
「じゃ、アタシはさっさと退散するっすよ。こんな夜中にアランと二人きりとか、ステラちゃんがむくれる予感しかしないっすからねー」
……ニヤニヤすんな。
訂正。
やっぱり、この里には来るべきじゃなかったかもしれん。
全く、いつもいつも、どいつもこいつも。
俺達をからかうのがそんなに楽しいか!?
「楽しいに決まってるっす! からかいたくなるような初心で甘酸っぱくて焦れったい恋愛してるアラン達が悪いんすよ!」
「ぐっ!?」
どうやら俺の心の叫びは声に出ていたらしく、イミナさんは的確な言葉のボディブローで、俺の精神を抉ってくる。
最悪な事に、的確すぎて反論の言葉が出てこなかった。
思わず黙り込んだ俺に、イミナさんは勝機とばかりに「ほれほれ、何とか言ったらどうっすか~?」とニヤニヤした顔で言いながら、肘でガスガスとつついてきた。
ウザイ!
「悔しかったら、さっさと告白する事っすね! さーて、いい感じにアランで遊べたし、次は帰ってステラちゃんで遊……」
『き、緊急事態発生! 緊急事態発生です!』
イミナさんが不穏な事を言いながら立ち去ろうとした瞬間、里中にそんな女性の声が響き渡った。
拡声の魔道具を使った伝令。
そんな物が設置されてるのは、この里で数ヶ所だけ。
魔物の襲撃を警戒する為の見張り台だけだ。
『山頂から大量の魔物の群れが襲来! 総数不明! 少なくとも数百体! 多数の上位種の姿も確認できます! 住民は速やかに避難・迎撃マニュアルに従って行動してください!』
焦りを感じるが、それでも冷静さを失ってはいない的確な指示と情報発信。
さすがは、こんな魔境に居を構えてるだけの事はある。
だが、感心してる場合じゃない。
数百体単位の魔物の群れの襲撃なんて、いくらこの魔境でも滅多にない異常事態の筈だ。
少なくとも、修行時代この里に来てた時には一度もなかった。
幸いな事に、今は俺達勇者パーティーがいるおかげで数百体の魔物くらいなら軽く退けられる戦力は揃ってるが……どうにも嫌な予感がする。
いくら何でもタイミングが良するからだ。
そして、嫌な予感というものは往々にして当たるもの。
場合によっては、俺達がいても最悪の事態が起こり得るかもしれない。
そこまで考えた瞬間、俺の頭は瞬時にイミナさんへの「ぐぬぬ!」という気持ちをどこかへ投げ捨て、戦闘モードへと切り替わった。
「イミナさん!」
「わかってるっすよ! まずは山頂側の門に行くっす! 誰かがマニュアルを伝えてれば、ステラちゃん達もそっちに向かう筈っすから!」
イミナさんのその言葉に従い、俺は手入れされたばかりの暴風の足鎧をフル稼働させて、駆け出したイミナさんの後を追う。
ステラ達が情報を受け取って門に向かうだろうという予測に異論はない。
自分の仕事の事しか頭にない職人達はともかく、そんな一癖も二癖もある男どもをずっと支え続けてる、イミナさんを始めとしたこの里の女性陣の有能さを疑っていないからだ。
現に今も、鍛冶場にしがみつこうとする男どもを引き摺って避難し、避難しながら
この人達の全力サポートがあったからこそ、ドワーフの職人達は思う存分仕事だけに没頭できたのだ。
そんな人達が、ステラ達への対応を間違えるとは思えない。
そして、俺の信頼はやはり正しかったらしく、俺達が門に到着した時には既にステラもリンもエル婆も、それどころか行方不明だったブレイドに、大量のゴーレム達と十体のアイアンドワーフまで集結が完了していた。
有能すぎる。
「アラン! イミナさん!」
「遅れてごめんっす!」
「ステラ! 今どうなってる!?」
「どうもこうもないわ! あれ見て!」
言われてステラの指差す山頂側を見れば、遠目に凄まじい数の魔物達が猛スピードで山を駆け降りてくるのが見えた。
エルフの里を襲撃してた竜の群れを思い出す物量だ。
伝令の通りだな。
「エル婆の魔法で吹き飛ばせないのか?」
「今からやるところじゃよ。……じゃが、それで終わるとは思わん方がよいじゃろうな」
エル婆も俺の勘と同じか、あるいは長年の経験に裏打ちされた確信でも持ってるらしく、楽観視するなと警告を飛ばしてきた。
「へっ! 上等だぜ! どんな奴だろうとぶっ飛ばして、あの偏屈な爺さんに俺の事を認めさせてやる!」
「落ち着かんかい、ブレ坊。まあ、何にしても一発撃ち込んでみてからじゃ。ステラも合わせよ。リンは里に結界魔法じゃ」
「了解!」
「……わかりました」
そうして、エル婆は杖を構え、ステラは神樹の木剣に光を纏わせていき、リンもブレイドの様子を気にしながらそれに続く。
詠唱が開始され、勇者と聖戦士の使う人類最高峰の魔法が形作られて……
「へー、これが勇者の聖剣か」
その瞬間、声が聞こえた。
これから戦いが始まろうとしている場に似つかわしくない呑気な声。
いや、それを呑気と言っていいのかは少し疑問だ。
何故なら、その声からは感情というものをまるで感じなかったのだから。
「「「ッ!?」」」
突然現れた気配に慌てて声の方を振り向けば、そこには一人の子供がいた。
土のような茶色の髪を持ち、浮浪児のようにボロ切れ一枚だけを身に着けた姿の、薄汚れた格好の子供。
だが、その顔の右半分は仮面のような岩で覆われており、両手両足も同様の岩で出来ている。
人ならざる異形の姿。
そして、その身から感じる禍々しい気配。
魔族だ。
そんな子供魔族が手に持ってマジマジと見詰めている物。
それは、紛れもなくステラの腰にあった筈の人類の希望、聖剣だった。
「え!?」
「うん。悪くないね。不快な神の力に汚染されてるのが残念だけど、それを差し引いても欲しくなるような見た事ない金属で出来てる。でも部屋に置いておくのは嫌だし、これ専用の鑑賞部屋でも新しく造ろうかな」
聖剣を見ながら、能面のような無表情と平坦な声で訳のわからない事をブツブツと呟く子供魔族。
一体いつの間にステラから掠め取ったというのか。
こいつ、この禍々しい気配に反して、酷く存在感が薄い。
こいつを見ても何も感じないのだ。
敵意も、悪意も、威圧感も、攻撃意思も、危機感すらも。
人や獣どころか、そこらの虫よりも薄い存在感。
まるで魔族の姿と気配を無理矢理模しただけの人形と向き合っているような感覚。
セリフだけなら聖剣にかなりの興味を示してるように聞こえるが、その実、奴の顔からも声からも気配からも、興味どころか一切の感情と呼べるものを感じない。
不気味に過ぎる。
そして、そんな奴に聖剣を奪われてしまっている。
だが、それに関しては問題ない。
聖剣とは、破損も紛失もしない最高の剣だ。
敵に奪われようが、遥か遠くの地にあろうが……
「戻って来なさい!」
「あれ?」
持ち主である勇者の呼び声があれば戻ってくる。
聖剣が子供魔族の手の中から光の粒子となって消え、僅かな時間をかけてステラの手元で再構成された。
それによって子供魔族がようやくこっちを向く。
「あー、そうだった。聖剣は勇者から離れないんだった。じゃあ、━━勇者を生きたまま箱詰めにして、聖剣の台座にでも使おうか」
「「「ッ!」」」
子供魔族が見せた初めての感情。
俺達へ向けられた、ほんの僅かな戦意。
それを受けて、やっと俺の感覚が明確にこいつを捉えた。
無機質な人形ではなく、ふざけた事抜かしやがった倒すべき敵として。
「『
「『
「『飛翔剣』!」
「『雷鎚』!」
それは仲間達も同じだったらしく、一見無防備に佇む子供魔族に、先制の遠距離攻撃が降り注ぐ。
ステラの光の魔法剣が。
エル婆の広範囲を焼き払う火炎魔法が。
ブレイドの飛翔する斬撃が。
イミナさんの持つ魔鎚から飛び出した雷の衝撃派が。
一斉に子供魔族へと向かう。
「『神聖結界』!」
同時に、リンの結界魔法が里を覆った。
無詠唱の不完全な魔法でも、ひとまず完全詠唱の魔法を発動するまでの繋ぎにしようと思ったんだろう。
結果として、最初から完全詠唱の魔法を使わず、発動の早い無詠唱から入ったリンの慎重さが功を奏した。
「あ痛っ」
子供魔族のそんな声が聞こえてくる。
バッと振り向けば、そこには俺達の後ろを取ろうとしたのか、結界に弾かれて仰反る無傷の子供魔族の姿があった。
奇しくも味方の攻撃が壁になったせいで、どんな手段を使ったのかは見えなかったが、こいつはステラ達の攻撃を完璧に避けたのだ。
そこに今度は俺が斬りかかる。
黒天丸がないから遠距離攻撃には参加できないが、その代わりとして、渡された無銘の刀を子供魔族へ叩き込んだ。
「四の太刀━━『黒月』!」
闇を纏っていないから正確には黒月ではないが、それでも両手で握った刀で眼球を狙った致命の一撃。
まともに当たれば、ただでは済まない。
「遅いね」
しかし、やはり魔族である子供魔族の身体能力は俺の比ではなく、突きがその身へ到達する前に俺に向かって手を翳し、そこから迎撃の魔法を放ってきた。
「『
使われたのは土の魔法。
かなりの速度で射出された岩石の砲弾が俺を襲う。
……強いな。
この魔法、通常状態のドラグバーンの拳一歩手前くらいの威力がある。
そこらの一般魔族が出せる威力じゃない。
だが、あの頃より更に成長した今の俺を、この程度の攻撃で倒せると思うな!
魔法の射出速度、威力、形状、タイミングを先読みし、突きの軌道を修正。
岩石の左下に刃をぶつけ、岩石を斜め上に受け流しつつ、押し負ける勢いを使って体を右回転。
いつものように、その回転力を斬撃の力に変化し、敵の力を自分の力に加えたカウンターを子供魔族に叩き込む!
「一の太刀━━『流刃』!」
「……へぇ」
俺の斬撃が咄嗟にガードに使われた子供魔族の右腕を切り飛ばした。
まだだ!
向こうの攻撃が強かったおかげで、まだ回転の勢いが残っている。
歩法でその向きと流れを調節し、更なる攻撃を加えようとしたが……それが炸裂する前に、子供魔族の姿が目の前から消えた。
地面の下へ潜る事によって。
「そういう感じか……!」
これがこいつの能力。
恐らく、さっきのステラ達の攻撃も、こうして地面に潜る事で躱したんだろう。
最初に俺達に気づかれずに接近した技も、多分これだ。
残りの回転力をふわりと優しく殺し、俺は次に奴が地面から出てきた場所に目を向ける。
そこは迫りくる魔物の群れに背を向ける位置。
高位魔族の嗜みとばかりに当たり前のように斬られた腕を再生させ、子供魔族は変わらぬ無表情で俺達を見据えていた。
「オラァアアアアアア!!!」
そんな子供魔族に、丁度近くにいたブレイドとゴーレム達、そしてアイアンドワーフの一体が襲いかかる。
だが、子供魔族が虫を払うように腕を一閃。
そこから放たれた岩の散弾が、あっさりとアイアンドワーフ達をただの残骸へと変えてしまった。
ついでに、ブレイドも吹っ飛ばされる。
「ブレイド様!?」
「落ち着け! あいつは軽傷だ!」
慌てるリンにそう言って静止する。
実際、ブレイドは咄嗟に大剣を盾にして岩の散弾を防いだ。
威力に負けて吹っ飛ばされはしたが傷は浅い。
……精神的ダメージは浅くないかもしれんが。
それより、この子供魔族、当たり前のように聖戦士であるブレイドを退けやがった。
しかも、あんな適当な攻撃で。
さっきの土魔法といい、どう考えても普通の魔族じゃねぇ。
「やっぱり、勇者パーティーって強いんだね。めんどくさいなぁ」
「そう言うあんたも相当強いでしょ。何者よ?」
「僕? ああ、僕は……」
ステラの問い掛けに、意外にも子供魔族は律儀に答えた。
予想通りの最悪の肩書を。
「魔王軍四天王の一人、『土』の四天王アースガルド。覚えなくていいよ。どうせすぐに殺すから」
そうして子供魔族改め、土の四天王アースガルドは、相変わらず感情の殆ど見えない人形のような無機質な瞳にほんの僅かな敵意を滲ませて、俺達を殺す為の次なる行動を開始した。
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