69 嵐の前の
ドヴェルクさんの所から去り、俺達が向かったのは、言うまでもなく逃げたブレイドのいる所だった。
とはいえ、どこに逃げたのか手がかりがない。
目撃証言を求めて、とりあえず人のいる場所を目指す。
なんか遠目に数体のアイアンドワーフが戦ってる姿と、その周りでやんややんやと騒いでる連中の姿を見つけたので、ダメ元で聞き込みに行ったんだが、なんとそれでいきなりビンゴを引き当てた。
「うぉおおおお!!!」
「そりゃー!」
「とりゃー!」
「うりゃー!」
「やっちまえ!」
「そこだぁ!」
「ぶっ潰せー!」
目に飛び込んできたのは、神樹製の大剣を振るって戦うブレイドの姿。
その相手を勤めるアイアンドワーフ軍団と、それを操作する幼女達。
更に、女性陣が操る多くの普通のゴーレムが、アイアンドワーフを支援するように戦っている。
それを肴に酒を飲んで騒ぐ飲んだくれども。
近くには、ボコボコに顔を腫らした上にミノムシのように簀巻きにされ、そこら辺の木から逆さ吊りにされてる見覚えのある変態どもと、彼らの前でお仕置き完了とばかりにパンパンと手を叩くイミナさんの姿もある。
その近くの木陰でどんよりとした空気を纏いながら、膝を抱えて体育座りしているリン。
カオス。
そうとしか言い様のない光景が広がっていた。
ステラは俺と同じく唖然とし、エル婆は頭痛を堪えるように額に手を当てる。
「お、爺との話は終わったっすか?」
「イミナさん、これは……」
この場のカオス度を著しく上昇させている変態ミノムシどもの前から平然と声をかけてきたイミナさんに、呆然としたまま答えを求めた。
すると、イミナさんは何とも言えない微妙な顔で話し始める。
「あー、なんかよくわかんないんすけど、意気消沈してたあの子に、このバカどもが『辛い事があったなら体動かそうぜ!』とか言って、アイアンドワーフの試運転に付き合わせたんすよ。
もちろん、こいつらはエマ誘拐の罪で直ちに処したんすけど、焚き付けられた本人がその気になっちゃって、相手役の子供達もやる気になっちゃって、いつの間にか保護者達と暇人どもも巻き込んで、こんな騒ぎになったんす。
で、こっちの子はそんな様子を見て突然崩れ落ちちゃったんすけど……もしかしなくても爺が何かやったんすか?」
恐る恐ると言った様子で問い掛けてくるイミナさん。
その裏で、ステラとエル婆が速やかに動いてリンのフォローに向かう。
しかし、二人が優しく肩を叩いても、リンは無言のまま死んだ目でブレイドを見続けるだけだった。
やべぇ。
よくわからんが、こっちも重症だ。
「……いえ、ちょっと心の傷を言葉のナイフでバッサリやられただけですから」
「……爺といい、このバカどもといい、重ね重ね申し訳ないっす。この里の全ドワーフを代表して謝罪するっすよ」
「「「ギャーーー!?」」」
イミナさんが深々と、それはもう深々と頭を下げる。
誠意とばかりに、変態ミノムシどもの一人を勢いつけて他の連中にぶつけ、密集してるミノムシども全員を連鎖的に激突させ合う事によって、更なる罰を与えた。
ボコボコにして逆さ吊りにしたのが幼女誘拐の分。
今のが弱り目のブレイドを焚き付けた分ってところか。
この人は口調こそ軽いが、こういう筋はしっかり通す、根は真面目な人なのだ。
「イミナさん達のせいじゃないですよ。というか、むしろこれは俺達の問題なので」
俺にはそう言う事しかできない。
実際、彼らに謝罪されるような事はされていない。
ドヴェルクさんの言葉は致命傷レベルで厳しかったが正論だし、変態どもの誘いにホイホイついて行ったのはブレイド本人の意思だ。
そんな事より、今気にするべきなのは……
「……リン、大丈夫?」
「アハハ。見てください、ステラさん。ブレイド様があんなに元気です。
私はなんにもしてあげられてないのに元気です。
ブレイド様に必要なのは私じゃなくて超鉄人だったんですね」
「しっかりして!? あれどう見てもいつもの空元気だからね!?」
「私はいらない子だったみたいです」
「勘弁してくれ。お主にまで心を病まれたら本気でパーティー崩壊じゃぞ……」
ステラが真っ青な顔でリンの肩を揺らして正気に戻そうとし、エル婆が本格的に頭を抱えた。
俺も頭が痛い。
ここに来て致命的に拗れた感があるな……。
これ、次の魔王軍との戦いまでに何とかなるのか?
俺の中の冷静な部分が言う。
無理だ、どうにもならないと。
少なくとも、俺にはどうにかできる手段が何一つ思い浮かばない。
ちょっと前の時点ですら、時間をかけて解決するしかないという半ば匙を投げた状態だったんだ。
それがここまで悪化したら手の打ち様がない。
……いや、いっそここは逆に考えるべきか?
事ここまでに至れば、さすがにこれ以上は悪化のしようがない筈。
だったら今は、効果があるかもわからない思いつきを、リスクを恐れずに片っ端から試すチャンスなのでは?
「という訳で、イミナさん。ちょっとあそこに交ざって、ブレイドと戦ってきてくれませんか?」
「脈絡がないにも程があるっす。そもそも、アタシあの子がどういう状態なのかも知らないんすけど……」
「四天王に手も足も出なかった挙げ句、次の戦いでは魔族に操られた実の弟にボコボコにされ、何もできずにその弟を喪って無力感に苛まれ、取り憑かれたように強さを求めてる最中です」
「うわぁ、想像以上に重いっす。そんな要点纏めた説明で済ませちゃいけないくらいにヘビー級の話じゃないっすか」
イミナさんのブレイドを見る目が一気に同情一色に染まる。
かと思えば、今度は使命感に満ちたような目で、腰のマジックバッグから稽古用と思われる特に業物でも魔鎚でもない普通の戦鎚を取り出した。
「わかったっすよ。つまり、アタシはあの子の修行に付き合えばいいんすね。
確かに、同格の聖戦士との戦いは糧になる筈。
ウチの連中がやらかした事の償いも兼ねて行ってくるっす!」
そうして、イミナさんは飛び出した。
飛び入り参加でアイアンドワーフ達とチームを組み、ブレイドの前に敵として立ち塞がる。
それを見たステラが、ぎょっとした顔で俺に近づいてきた。
「ちょっと、アラン!? なんでイミナさんまで参戦してんのよ!?」
「俺がお願いした。ブレイド更生計画その1『叩けば直るんじゃないか作戦』だ」
「今まさにドヴェルクさんに叩かれまくってああなってるんだけど!?」
「いっそ一回立ち直れないくらいに叩き壊せば何か変わるんじゃないかと思ってな。
ドヴェルクさんも壊れた装備を直す時は、下手に元に戻そうとするんじゃなく、一回ぶっ壊して打ち直した方が早いって前に言ってたし」
「人間と装備を一緒にするんじゃないわよ!?
わかった、あんた静かにテンパってるでしょ!
変な感じに追い詰められた時の悪い癖よ!」
「正気に戻りなさーい!」とか言って、ステラがさっきリンにしてたように、思いっきり肩を揺さぶってくる。
や、やめろぉ!
加護持ちのリンはともかく、俺相手にそんな超高速シェイクしたら、最悪首がもげるわ!
「『破壊剣』!」
「『轟鎚』!」
俺が人知れず生死を賭けた戦いをしている中、ブレイドとイミナさんは正面から必殺技をぶつけ合っていた。
恵まれた体格によって聖戦士の中でも屈指の怪力を持つブレイドと、重量級の武器を扱う分、他の聖戦士より膂力に優れる『鎚聖』であるイミナさん。
パワータイプ同士の激突は、なんと加護の特性差を覆してブレイドに軍配が上がった。
「マジっすか!?」
「でりゃああああああ!!!」
「ほげっ!?」
戦鎚を弾かれて無防備になったイミナさんの土手っ腹に、返す刀の二太刀目が炸裂。
木剣だから死んではいないが、吹っ飛ばされてイミナさんはダウンする。
しかし、ブレイドもその攻防で力を使い果たしたらしく、続くアイアンドワーフの拳を対処できずに諸に食らってこっちもダウン。
聖戦士両者ダウンで、まさかのアイアンドワーフ単独優勝だ。
幼女達がハイタッチして喜び合い、治癒魔法が使えるっぽい女性陣が二人に駆け寄っていき、膝を抱えていたリンも弾かれるようにブレイドに向かって駆け出した。
まさかまさかの結果に、酒の勢いで賭けまでしてたらしい酔っ払いどもから悲鳴が上がり、大穴に賭けていたっぽい奴だけが歓声を上げる。
「アイアンドワーフが勝っちゃったわ……。
それはそれとして、ブレイドってイミナさんより強かったのね。凄い意外なんだけど」
「まあ、あの人の真骨頂は魔鎚使っての対魔物戦だからな。
しかし、それを差し引いてもブレイドが勝つとは思わなかった。俺も正直驚いてる」
こっちもまさかの結果に驚いて俺への攻撃が止まった事で、冷静にステラと感想を言い合えた。
イミナさんは対人戦でも弱くはない。
修行時代にしょっちゅう相手してもらったからよく知ってる。
そのイミナさんを、あんな心ガタガタ状態で倒せるのか。
正直、ぶっ飛ばされて終わりだと思ってたのに。
ブレイドは思ったより強くなっている。
だからこそ……
「惜しいな」
「……そうね」
ステラと共にため息を吐く。
これで精神面さえ何とかなればと思わずにはいられない。
そうなれば、真の意味でルベルトさんの後継者に相応しい、当代の大英雄が誕生するだろうに。
「まあまあ、そう悲観したものでもないぞ二人共。ほれ、あれを見てみるがよい」
そんな事を言い出したのはエル婆だ。
言われて視線の先を見てみれば、そこには心配そうな顔をしながらも、テキパキとブレイドを治療するリンの姿がある。
「少なくとも、リンにはまだ反射的にブレ坊の為に動けるだけの活力が残っておる。
ブレ坊にもまだ戦おうとする気概が残っておる。
絶望するにはちと早いのではないか?」
「まあ、そうですけど……」
「……そうだな」
エル婆の言う事も間違ってはいない。
間違ってはいないんだが……
「ま、最悪には至っておらぬというだけで、依然として危機的状況である事には変わりないがの!」
「自分で言うんかい!?」
「アハハ……」
せっかく俺達が曖昧な返事でお茶を濁していた本当の事を、エル婆は躊躇なく口にした。
俺は思わず突っ込み、ステラは乾いた笑いを溢す。
だが、本音が出た事で、無理矢理誤魔化すよりは空気がよくなったんじゃないかと思う。
ああもう知らん!
こうなったら、なるようになれだ!
考えるのは疲れた。
だから、下手に考えるのはやめる。
俺は前みたいに普通に二人に接して、この困難を乗り越えられるか否かは二人の底力に託す。
もう、それしかない。
願わくば、せめて二人が立ち直る前に、次の魔王軍との戦いが勃発しませんように。
そう祈る事くらいしか俺にはできない。
もっとも、祈る先として最有力の神様は、天敵である魔族の動向を祈られても困るだけだろうし、そうなると、どこを宛先にしていいのかもわからない空虚な祈りでしかないんだが。
全く、神頼みすら碌にできないとは、なんとも厳しい世の中だ。
まあ、そんなのはいつもの事だがな。
◆◆◆
勇者パーティーがドワーフの里に入って数日後の夜。
雲一つない満月の晩。
里の上部にある迷宮、天界山脈山頂付近に、彼らは居た。
「ああ、いい夜です。勇者の命日、そして私の躍進の始まりとなる日に相応しい」
そう言って笑うのは、豪奢な貴族風の装いをした男。
天界山脈の頂に立ち、夜空に浮かぶ満月を見上げている。
彼が降り注ぐ月光の中に見ているのは、勇者の無惨な死と、己の栄光の未来。
そんな彼の足下には、まるで王に忠実な家臣のように、不自然な程静かに立ち並ぶ多くの魔物達の姿があった。
マーダーライオ、ダークウルフ、ボルトホース、スノーラビット、ロックドラゴン。
いずれも、この天界山脈に住まう強者達だ。
更には、そんな強獣達の後ろに、数百匹は下らないだろう魔物の群れ。
男の能力によって支配され、統率された彼らは、もはや有象無象の魔物ではなく、立派な魔王軍の『軍勢』であった。
「ああ、いい。この山本当に凄くいい。大地の力が満ち溢れてる。もうここに住みたい」
そんな軍勢の中に、場違いな存在が紛れていた。
岩壁に抱き着いてバカな事を言い出したのは、薄汚れた格好をした子供だ。
ここに来てからというもの、ずっとこうして岩壁に抱き着きながらダラダラしている。
その様子を見て、栄光の未来に想いを馳せていた男は不快そうに眉をひそめ、子供に向けて号令をかける。
「アースガルド、準備は終わりましたよ。これより勇者抹殺計画を開始します」
「やだ、めんどくさい。やりたければ一人でやれば?」
(こいつ……!?)
男の額に青筋が浮かび、思わずこの場で殺してやろうかという思考が脳裏を過る。
それを何とか飲み込み、男はアースガルドと呼ばれた子供をこの場に連れてくる為に使った餌をもう一度眼前にぶら下げた。
「勇者の聖剣が欲しいのでしょう? 殺さなければ手に入りませんよ」
「あー、そうだった。じゃあ、さっさと行こうか」
そうして何とか彼のやる気を取り戻させる事に成功し、全く手間のかかるバカだと内心で毒づいた。
自分が四天王筆頭になった暁にはどうしてやろうかと思う。
しかし、何はともあれ、当初予定していた布陣はこれで整った。
勇者の行く先を予測して先回りし、軍勢を引き連れてくるのではなく現地調達する事で隠密に徹し、碌な戦力のいない場所にまんまとやって来た勇者に、不意討ちでこの軍勢をぶつけて仕留める。
完璧だ。
事前準備のおかげで大きな戦力差のある状態で戦いを始められる上に、以前仕込んだ隠し球まであるのだから。
これで負ける訳がない。
「さあ、行きますよ勇者。私の栄達の礎となれる事を光栄に思いなさい。━━進軍開始!」
男の号令によって、魔物の群れが一斉に山を下ってドワーフの里へと殺到する。
アランの祈りも虚しく、ここに魔王軍と勇者パーティーの次なる戦い、一夜の決戦の幕が上がった。
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