68 『武神』

「で、今回は何の用だ? 成長期でまた装備が体に合わなくなったか?」

「いえ、今回はこれです」


 俺はマジックバッグから大小二本の刀を取り出す。

 ドラグバーンとの戦いで破損した、ボロボロの黒天丸と怨霊丸を。

 それを鞘から引き抜き、刀身の状態を確認したドヴェルクさんは、思いっきり顔をしかめた。


「随分と無茶させやがったな。そんな強ぇのと戦ったのか?」

「四天王の一人です。とんでもない強さでした」

「ふん。その調子じゃ他の装備にも負担かけてんだろ。イミナに手入れさせるから置いてけ」

「アタシっすか!?」

「よろしくお願いします」

「アタシがやるのは確定なんすか!?」

「ごちゃごちゃ言ってねぇでとっととやれ。男らしくねぇな」

「誰が男っすか! ハァ、もうわかったっすよ。用を済ませてからちゃっちゃと終わらせるっす」


 そうして、俺から受け取った装備を持って出ていくイミナさん。

 あの人、聖戦士で戦闘職なのに、最低限の職人仕事もできる有能なんだよな。

 自力でできる装備の手入れの仕方とかはあの人に教わった。

 ドヴェルクさんだと、やり方が高度すぎて訳わからなかったから。


 まあ、その有能さのせいで昔のリンの如くこき使われてるんだが……。

 申し訳ないと思いつつも黙ってイミナさんを見送り、俺は唯一手入れの必要なしと判断されたマジックバッグからある物を取り出してドヴェルクさんに差し出した。


「それと、倒した四天王から回収した素材です。武器の強化に使えそうなら使ってください」

「……ほう」


 差し出したドラグバーンの牙、爪、骨、鱗などを見て、ドヴェルクさんの目がキラリと光った。

 こう言うと大変失礼だが、あの変態どもと同じ好奇心に満ちた目だ。

 職人というのは、誰も彼も根っこの部分は変わらないんだろう。

 表に出てくる部分によって変態認定されるだけで。


「こりゃまた凄ぇもん持ってきたじゃねぇか。

 先代やその前の時代の勇者が持ち込んできた魔王軍幹部の素材より上だ。悪くねぇ」


 そう言ってニヤリと笑うドヴェルクさん。

 そうか。

 ドラグバーンの素材は昔の魔王軍幹部より上なのか。

 素材の質がいいという事は、それだけ元となった奴が強いという事。

 改めて、当代魔王軍のヤバさを再確認する。

 神様が直々に歴代最悪と太鼓判を押すだけの事はあるって事だ。

 厄介な。

 だが、それも今に限ってはありがたい。


「いいだろう。その依頼受けてやる。久々に滾る仕事になりそうだ」

「ありがとうございます」


 よし。

 これで武器は大丈夫だ。

 あの変態どもと違って、ドヴェルクさんは正統派の職人。

 奇抜な改造を加えられる事もない筈。

 恐らく。多分。

 それに、これだけやる気なら、何も言わなくても早い仕事をしてくれそうだ。

 そう安堵した瞬間、


「で、そっちの金髪娘がおめぇの女か」


 唐突に話題が変わった。

 どうやら、さっきのイミナさんの発言を流した訳じゃなかったらしい。

 表情こそそんなに変わってないが、目が孫とそっくりな感じで笑ってやがる。

 あんた、そんなキャラじゃなかっただろ!?


「だから、まだ違……」

「はい! よろしくお願いします!」

「おい!?」


 ステラ!?

 お前いよいよ遠慮がなくなってきたな!?


「ほう。中々見所のありそうな小娘じゃねぇか。それにいい目をしてやがる。

 気に入った。小僧の刀を打ち直したら鎧でも作ってやろう」

「ホントですか!」


 おい爺。

 あんた、俺を認めるまでには一年くらいかかったくせに、ステラは一瞬かい。

 いや、良い事ではある。

 良い事ではあるんだが……あのニヤニヤとした目が理由の半分くらいを占めてそうで、なんか納得いかない。


「おい爺さん! だったら俺にも武器を作ってくれ!」

「あ? なんだてめぇは?」


 俺が何とも言えない気持ちで顔を歪めてる間に、今度はブレイドが前に出た。

 変態どもとのふれあいで多少毒気が抜けたとはいえ、依然としてあまり余裕の感じられない顔でドヴェルクさんに詰め寄る。


「俺はもっと強くならなくちゃならねぇんだ! 今のままじゃダメなんだよ! だから、もっと強い武器を俺に……」

「ふざけんな。帰れ腑抜け小僧」


 その瞬間、殺気がこの場を支配した。

 戦闘力なんて殆ど持たない筈の老人が放つ尋常ならざる殺気に、ブレイドは完全に呑まれている。

 マズイ。

 この展開は非常にマズイ。


「俺は俺が認めた奴にしか武器はやらねぇよ。なんでかわかるか?

 武器はそれを使うに値する奴が使って初めて本来の力を発揮するからだ。

 ガキに業物をくれてやっても使いこなせねぇように、資格のない奴が俺の武器を使っても宝の持ち腐れなんだよ。

 持ち腐れになる宝をわざわざ作ってくれてやる酔狂な趣味は持ってねぇ」

「お、俺じゃあんたの武器を使いこなせないって言うのかよ!?」

「そう言ってんだよ。

 充分に立派な大剣もん背負ってるくせに、安易に他の武器に頼ろうとする腑抜けた根性が気に食わねぇ。

 強い武器があれば強くなれるとか勘違いも甚だしいってんだ」


 吐き捨てるようにそう言って、ドヴェルクさんは更に殺気を強める。


「おめぇ、見たとこ剣聖だろ? これまでの人生、才能にかまけて格下ばっかり相手にしてきたんじゃねぇか?」

「ッ!?」


 あああ、やっちまった。

 傷口を言葉のナイフで抉られたブレイドの顔色が真っ青になる。

 それを見守るリンの顔色も真っ青だ。


「で、初めて格上と戦って心折られ、やっとこさ真面目に強さを求め始めたってとこか?

 それで思いついたのが武器に縋る事かよ。

 舐めてんじゃねぇクソガキ。

 おめぇはもう未熟以前の問題だ。一から、いやゼロから鍛え直して出直してこい」

「ッ~~~~!!」

「ああ、ブレイド様!?」


 ブレイドが逃げた。

 世界最高の職人の名に恥じない切れ味を誇る舌剣によってメンタルをズタズタにされ、ガラスの十代のようにこの場から逃走した。

 リンは慌ててそれを追い掛け、ステラは見てられないとばかりに顔を手で覆い、俺は無言で天を仰ぐ。

 せっかく変態どもとのふれあいのおかげで少しは回復の兆しが見えたと思ったらこれか。

 上げて落とされた。

 あいつはもうダメかもしれない。


「ハァ、相変わらずお主は容赦ないのう。ショック療法は相手を選んでやってほしいものじゃ」

「あん? ああ、誰かと思えばエルフの婆か。フードなんか被ってるからわからなかったぜ」


 そして、ブレイドが逃げたところで、今度はエル婆がドヴェルクさんに話し掛ける。

 この感じからして知り合いだったのか。

 まあ、何百年も生きてる二人だしな。

 しかも、エルフとドワーフの族長同士。

 長い人生の中で交流があっても不思議じゃない。


「お主らドワーフの職人どもはワシらエルフを嫌うからのう。必要な変装じゃよ」

「おめぇらは神樹を適当に加工するだけで強ぇ杖を作りやがるからな。

 強ぇ武器を作る為に試行錯誤を繰り返してる俺らからすりゃ気に食わなくて当然だ」

「その割には、しょっちゅう神樹の小枝を使ったドワーフ製の武器を見かけるんじゃが?」

「素材に罪はねぇんだよ。相変わらず口の減らねぇ婆だ」


 一見仲が悪いように見えるが、お互い特に嫌悪感なんかは感じない二人の会話。

 少なくとも、エル婆は獣王を前にした時とは比べ物にならない程いつも通りだ。

 ただ、ドヴェルクさんの方は若干やりづらそうにしてるように見える。


「で、おめぇは何の用だ?」

「別にワシ個人としては用はない。

 今のワシはアー坊と同じ当代勇者パーティーの一人。仲間の付き添いで来ただけじゃ。

 ただ、さっきのはさすがにどうかと思ってのう」

「腑抜けに優しくする趣味はねぇ。それが戦士相手なら尚更だ」

「ブレ坊も今は辛い時期なんじゃよ。何せ力及ばず目の前で弟を喪ったばかりじゃからのう」

「だからなんだ? 戦争やってんだから悲劇は付き物だろ。

 それで奮起もできずに腑抜けるようなら後方に下げちまえばいいんだよ」

「今の時代だとそう簡単にはいかないのじゃよ。

 あんな状態でも戦わねばならん若者にあんな仕打ちをされれば、小言の一つくらいは言いたくなるというものじゃ」

「そうかよ。だが、俺は間違った事を言ったとは思わねぇ。

 あの小僧をこれからも戦わせるつもりなら、どうせ遅かれ早かれ根性叩き直してやる必要があっただろうしな」

「わかっとるよ。だから文句ではなく小言なんじゃ」

「ふん。おい小僧!」


 そこでエル婆との会話を区切らせ、さっき持っていた刀を手にするドヴェルクさん。

 それを近くにあった鞘に入れ、俺に投げ渡してくる。


「これは……」

「今さっき打ち上がった普通の刀駄作だ。相棒が直るまでの繋ぎにでも使え。

 そんで、それ持ってとっとと出てけ。

 俺はこれから早速実験、じゃなくてお前の相棒達の打ち直しに入る」


 今なんか不吉なセリフが聞こえた気がするが、気のせいだという事にしておこう。

 気のせいだという事にしておかなければならない。

 この人が世界最高の職人で、この人に預ける以上の選択肢が存在しない以上、不安に思ってもどうしようもないからだ。


「助かります」


 突っ込みたい気持ちをぐっと堪えて頭を下げ、俺はステラとエル婆と共にドヴェルクさんの鍛冶場を去った。

 扉が閉まった直後、通常の鍛冶とは明らかに違う謎の破壊音が大音量で聞こえてきたが、気にしたら負けだ。

 信じてるからな、ドヴェルクさん。

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