67 ドワーフの里

「いやー、アラン達がいてくれてホント助かったっす!

 あのバカども、今回は自信作が出来たからって、恒例の試し撃ちの日を待てずに先走ったみたいなんすよねー。

 そんな自業自得な連中はともかく、唆されて連れてかれたエマに何かあったら取り返しがつかないっすから」


 泣き疲れて眠った幼女を片手で抱き上げながら前を歩くイミナさん。

 その後ろに俺とステラ。

 更に後ろに、幼女が寝てしまった事で解体できなくなったアイアンドワーフを全員がかりで押す変態達が続く。


 ブレイドは戦いが不完全燃焼で終わったせいで動き足りないのか、馬車を片手で持ち上げながら、もう片方の手でアイアンドワーフを押して変態達の手伝いをしていた。

 気が合うのか何なのか、アイアンドワーフと共に戦った感想を求められて絡まれ、お気に召さない返事をして楽しそうに罵り合う声がこっちまで聞こえてくる。


 リンはそんなブレイドの付き添いだ。

 エル婆はフードを深く被って存在感を消している。

 どうも、ドワーフの職人とエルフはそりが合わないみたいだからな。

 ドワーフ側が一方的に嫌ってるだけらしいが。


「いえ、たまたま近くに居ただけですから」


 イミナさんの言葉に無難に返す。

 だが、こんな無難な会話を選んでるというのに、隣の勇者はさっきからジトッとした目で俺とイミナさんを見続けていた。


「アハハ! そんな目しなくても大丈夫っすよ。

 アタシこう見えて50越えてるし、ガキンチョに興味はないっす。

 だから安心するといいっすよ、アランの彼女ちゃん!」

「……なら、いいです」


 まだ若干納得してなさそうな顔しながらも、ちょっとホッとした様子でイミナさんの言葉を受け入れるステラ。

 おいバカ!?

 そんな態度取ったら……!?


「おお! 彼女である事を否定しない! アラン、遂にやったんすね!

 いやー、初めて会った時はあんなちっちゃかったチビッ子が遂に男に……感慨深いっすわー」

「違うわ! まだ何もしてないからな!?」


 思わず敬語が取れる勢いで否定した。

 すると、イミナさんは理解できない生物でも見るような目をしながら「は?」と呟き、次の瞬間には、さっきのステラを遥かに越えるジト目で俺を睨んだ。


「まさか、ヘタレて告白できてないんすか?

 爺に何度叩き出されても全くめげず、最終的にはあの頑固一徹偏屈爺に「ガキに武器は作らねぇ」とかいう流儀をねじ曲げさせてみせたアランともあろう者が、まさかの恋愛面ヘタレっすか?

 昔から彼女ちゃんの事、あんなに大好き大好き言ってたくせに」

「イミナさん、それ詳しくお願いします」

「いいっすよー」

「勝手に記憶を捏造すんな!」


 そうして、捏造というか独自解釈された俺の過去エピソードをダシにあっという間に二人は仲良くなり、俺が必死にツッコミで訂正を入れてる内に目的地へと辿り着いた。

 不遜にも大自然の脅威溢れる広大な山脈の中に堂々と居を構え、山肌を削って作られた半天然の防壁に囲まれた、少ない人口の割にデカい面積を持つ隠れ里。

 山肌に直接めり込んだ正門を抜ければ、そこは……


「到着っと。ようこそ『ドワーフの里天界山脈集落』へ!」


 イミナさんがおどけたようにそう言って、大仰に頭を下げた。

 青空の下、そこら中からカンカンという金槌を振るう音が鳴り響き、家屋の内の半数くらいを占める鍛冶場から煙が上がり、幼女達が鉄製の巨人の群れと戯れる。

 そこそこ久しぶりに来たが、変わってないな。

 相変わらずの職人の里って感じの空気が里中に充満して……いや、ちょっと待て。

 なんか見慣れた風景に、見慣れない異物が混ざってたような気が。


「アイアンドワーフが量産されているだと……!?」


 しかも、一つ一つデザインが違う。

 ガラクタを組み合わせたような奴、金属ではなく岩のボディを持つ奴、製作途中で放棄されたみたいに中途半端な奴。

 そんなのが占めて十体以上。

 おまけに、ここでも幼女と一緒だ。

 なんなんだ。

 幼女と鉄人はセットにしなきゃいけない決まりでも出来たのか。


「ああ、あれはアイアンドワーフの失敗作の山っすね。

 捨てるのも勿体ないから、再利用して里の防衛戦力兼子供達のオモチャにしてるんすよ」

「防衛戦力とオモチャって兼任できるものなんですね……」


 ステラが唖然とした様子で呟いた。

 全面的に同意だ。


「あれでも元は真面目な計画として始まったんすよ?

 里のまともな防衛戦力がアタシ一人じゃ大変だろうって気を回してくれた女衆が、少しでも助けになればって頭を捻って、

 客の誰かが報酬代わりに置いていった『土人形作成クリエイトゴーレム』の魔導書に目をつけたのが始まりだったっす。

 ほら、ウチの里って戦士はアタシしかいないけど、強い武器は余ってるから、それをゴーレムに持たせればそこそこ使える戦力になるんじゃないかって」


 まあ、理屈はわかるな。

 ドワーフの男は大抵が親の跡を継いで職人になり、女はそれを支えるという文化が根づいてる。

 例外は加護持ちと、伝統を嫌う跳ね返りくらいのもの。

 つまり、ドワーフには戦士になろうとする人材がいないのだ。


 そこでゴーレムというのは悪くない選択肢だと思う。

 イミナさんの言う通り、この里には強い武器がゴロゴロ転がってるからな。

 たまにシリウス王国の使者が買いに来る分や、この山を登ってまで強い武器を求める俺みたいな輩に売る分を差し引いても、なくなるより新しく作られる武器の方が多いだろう。

 職人達が客に売りたくないと判断して死蔵してる失敗作まで含めれば、とんでもない数になる筈だ。

 それをゴーレムに使わせて戦力にしようというのは、至極まともな案に思える。


「それが何をどう間違ったのか、あんな事になったんすけどね……。

 この話を聞きつけた一部の奇抜派職人どもが妙な事考え出したんすよ。

 ゴーレム作るんだったら、発動解除すれば崩れる土人形より、俺達で作ったボディを操った方がいいだろうとか言い出して、

 そのボディに思いついた機能を片っ端から搭載する悪乗りと暴走を続けた結果がアイアンドワーフっす。

 奇抜すぎて、今じゃ完全に土人形作成クリエイトゴーレムを覚えた女児達のオモチャっすよ。

 どうしてこうなったんだか」


 あえて言うなら、変態どもの目に留まった時点で手遅れだったんだろうな。

 まあ、今の話を聞く限り、当初の目的だった土人形作成クリエイトゴーレムの習得自体を邪魔されてる訳でもないみたいだし、もう気にしたら負けの精神で放置するしかないんじゃないか?

 いや、そうすると今回の幼女誘拐みたいな実害が発生するのか。

 うわ、めんどくせぇ。


「まあ、変態どもの所業を一々気にしてたら神経が持たないっす。

 あいつらは後で縛り上げて逆さ吊りの刑にでも処しとくとして、今はアラン達の歓迎を優先するっすよー。

 ここに来たって事は、爺に用があるんすよね?」

「ええ。ちょっと頼みたい事があって」

「よっしゃ! 口添えは任せるっす! ま、あの爺はアランの事気に入ってるし、アタシの口添えなんかいらないとは思うんすけどね」


 そんな頼もしいイミナさんに連れられ、名残惜しそうにするブレイドを変態どもから引き離して、目的の人物に会いに行く。

 ブレイドが本格的におっさん趣味に走りかけてるように見えるが、ひとまずその問題は棚上げしておこう。

 それに自虐に走られるよりは、そっちの道に走ってでも明るくなってくれた方がまだマシだ。

 ブレイドに憧れてたリンには悪いがな。



 そうして、久しぶりにブレイドがちょっと明るくなったものの、代わりに複雑な心境になった俺達は、イミナさんの案内で一軒の鍛冶場の前へとやって来た。

 見た目は他の鍛冶場と大して変わらない、強いて言えば他より少しデカい事くらいが個性な正統派の鍛冶場。

 だが、中に居る人物の影響なのか、外からでも少しプレッシャーを感じる。

 まるで聖神教会の本部や王城のような、この場所で無礼は許されないような荘厳な雰囲気。

 その感覚が間違いではないと証明するかのように、割とガサツな性格のイミナさんが、わざわざノックをしてから扉を開けた。


「爺ー! アランが彼女連れて来たっすよー!」

「だから、まだ彼女じゃねぇ!」


 しかし、イミナさんの一言と俺のツッコミにより、緊張感が一気に台無しになる。

 それでも、鍛冶場の奥に座るこの場所の主は、俺達の茶番に一切動じる事なく、手に持った出来立てと思われる刀を眺めたまま口を開いた。


「久しぶりじゃねぇか、小僧。ぞろぞろと仲間引き連れてきたって事は、念願叶ったみてぇだな」

「……いえ、まだ半分ですよ。もう半分の念願を叶える為の力を求めて、俺はまたここに来ました」

「ハッ! 違ぇねぇ。どうやら、最初の目的を遂げた程度で緩んじゃいねぇみてぇだな。安心したぜ」


 齢と経験を重ねた者にしか出せない、若干ルベルトさんを彷彿とさせる重厚な声で笑う老人。

 その顔には深い皺が刻まれ、頭髪や髭は真っ白に染まり、しかし未だ現役である事を示すように、戦闘とは違う分野の鍛え抜かれた筋肉を持つ老ドワーフ。

 この人こそが今回の目的の人物。

 修行時代に、俺の装備一式を調整してくれた恩人。

 その名は━━


「アラン以外は始めてだから紹介しとくっす。

 この爺はウチの集落の族長で、ドワーフ全体の族長でもある頑固一徹頭ガチガチ職人、『武神』ドヴェルク・ドワーフロードっすよ。

 頑固すぎて友達いないから、仲良くしてやってほしいっす」

「毎度毎度ふざけた紹介してんじゃねぇよ、バカ孫が」

「あいたっ!?」


 世界最高の職人と謳われる『武神』ドヴェルクさんは、いらん事言った孫娘の顔面に向けて、容赦なく金槌を投げつけた。

 ドヴェルクさんは加護持ちではない為、この程度の攻撃じゃ聖戦士であるイミナさんに大したダメージは通らない。

 それをわかっててやってる祖父と孫のじゃれ合いに俺は懐かしい気持ちになったが、仮にも女であるイミナさんの顔面を躊躇なく狙ったドヴェルクさんに、俺以外のパーティーメンバーはドン引きしたのだった。

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