66 アイアンドワーフ

「ねぇ、あれは洒落にならないんじゃない!?」

「洒落にならないな」


 ステラの言葉にそう返しつつ、俺達は既にブレイドと変態どもを守れる位置に移動している。

 だが、目の前のマーダーライオに手を出す事はしない。

 俺が視線で止めてるからだ。

 何故かと言えば、ブレイドと変態どもがやる気満々だから。


「おお! 壮年オールド級じゃねぇか! いい素材が取れそうだ!」

「秘密兵器の実験台にも丁度いいぜ!」

「ヒャッハー! 獅子狩りの時間だぁ!」

「待ちやがれ! あいつは俺の獲物だぁ!」


 猛る変態ども。

 そこに自然と交ざるブレイド。

 楽しそうだな、おい。

 さっきまでの危うげな雰囲気はどこへやら。

 今のブレイドに必要なのは、献身的な美少女ではなく、一緒に暴れてくれる変態なおっさんどもだった……?


「行くぜ、オラァ!」


 先陣切って突っ込むブレイド。

 しかし、疲労のせいで、いつもより動きが鈍い。

 上位竜クラスは、万全の状態の聖戦士ですらそれなりに手こずる強敵。

 今のブレイドだと、勝率は五分五分ってところか。

 危なくなったら助けてやるが、そうしたらまた精神があれな事になるんだろうから、できれば自力で勝ってほしい。

 ステラの隣でハラハラしてるリンの為にも。


「野郎に美味しい所を持って行かせるな! 秘密兵器用意!」

「「「おう!」」」


 そんなブレイドに負けるものかと、変態どもの何人かが持っていたマジックバッグと思われる袋の中から何かを取り出していく。

 なんだあれ?

 巨大な金属の塊?

 棒のように細長いやつから、樽のように太いやつまで色々とあるが、本気で使用用途がわからない。


「なんとまあ……」


 しかし、エル婆がそれを見て、感心したような呆れたような声を出していたので、恐らく魔法関連の何かなのだろう。

 それも呆れられるくらい奇抜な。

 まあ、あの変態どもの作品なら奇抜な事だけは確かか。

 まともな作品なんて、客からの依頼でもなければ作らないからな。


「さあ頼むぜ、エマ!」

「はーい!」


 そして、次に変態どもが取り出したのは……幼女だった。

 何の力強さも感じない、もちろん加護持ちでもない、そこら辺に居そうな5~6歳くらいの普通の幼女だった。

 変態どものインパクトに隠れて、今の今まで居た事に気づかなかったくらいには普通の。


 あまりの光景に一瞬思考が停止した。

 脳が再起動した時に思った事は一つ。

 あの変態ども、遂に幼女に手を出しやがった!?


「え!? 女の子!? なんで!?」

「女の子? って、えぇ!? あんなちっちゃい子がなんでこんな所に!? あれダメですよね!? ダメですよね!?」

「落ち着くのじゃ二人とも。とりあえず落ち着いて奴らを処すぞ」


 予想外の事態に、ブレイドにしか目の行っていなかったリンも含めて、女子三人衆が混乱し始めた。

 特にエル婆は殺気すら放っている。

 同じ幼女枠として、幼女を安易に危険に晒す連中が許せないのかもしれない。

 処すとか言ってるが、止める気も湧かない。

 俺だってこれはアウトだと思う。

 存分にやってくれ。


 そうして、エル婆が変態どもを処している間に、なんと幼女が魔法の詠唱を始めた。


「まどうのことわりのいっかくをつかさどるつちのせいれいよ! つちくれにいのちをやどし、かたちをあたえ、わがてきにたちむかうせんしをうみだせ! ━━『土人形作成クリエイトゴーレム』!」


 言葉の意味もわからずに丸暗記したかのような拙い詠唱。

 それによって発動される魔法も、当然拙い。

 子供の頃のステラやリンみたいな大天才とは違う、昔の俺の治癒魔法のような年齢相応の魔法。

 しかし、魔法自体が拙くても、それが齎した効果は絶大だった。


「は?」

「えぇ!?」

「な、なんですかこれ!?」


 俺も含めて、事前に察してたっぽいエル婆と、必死で剣を振ってるブレイド以外の全員が驚いた。

 思わずブレイドに気を配る事も忘れてポカーンとしてしまった。

 幼女の魔法によって、さっき変態どもが取り出したいくつもの金属の塊が、まるで命を宿したかのように動き始める。

 そして、ガキンガキンという音を立てながら全てが一つに合体して、巨大な金属製のゴーレムが出来上がったのだ。

 樽のような胴体に対して、不相応に細い手足がくっついた子供の玩具みたいな不恰好な見た目だったが、見ていると何故かテンションが上がる。

 俺の中の少年の心みたいなものが、理屈抜きであれはカッコ良いと訴えかけてくる。


 ちなみに、ゴーレムとは魔法で土とか岩とかを操って作る人形のことだ。

 魔物としてのゴーレムもいるが、あっちは迷宮で生まれるゾンビの親戚みたいなやつなので今は関係ない。


「見たか! これが俺達の作り上げた秘密兵器! 『超鉄人』アイアンドワーフだ!」


 こんなもんを作り上げた変態の一人が、エル婆の腰の入ったストレートパンチによって顔を腫らしながらも、堂々としたドヤ顔で宣言する。

 アイアンドワーフ。

 安直すぎるダサい名前の筈なのに、やっぱりカッコ良く見えて仕方がない。

 なんだ、この胸の高鳴りは!


「行っけー! やっつけちゃえー!」


 これを魔法で操作してると思われる幼女の命令に従い、アイアンドワーフが動き出す。

 こいつの全長は約5メートル。

 対峙するマーダーライオよりもデカい。

 ただ、デカい上に金属製で重いのが災いしてるらしく、動きは滅茶苦茶遅い。

 今もマーダーライオに殴りかかったが、あっさりと避けられてしまった。

 おまけに、カウンターの爪で胴体を引き裂かれる。


「ふん! そんな攻撃で、俺達のアイアンドワーフを倒せると思うな!」


 しかし、変態どもの言う通り、驚いた事に損傷は軽微だった。

 いくら軽めの攻撃だったとはいえ、上位竜クラスの魔物に一撃食らってあの程度のダメージというのは驚異的だ。

 本当にとんでもないもん作りやがったな。

 製作にどれだけの技術と時間と貴重な素材を費やしてるのかわかったもんじゃない。

 そこにロマンがあるような気もするが、エル婆が呆れるのもわかる。


「えい! えい! あれ?」


 しかし、アイアンドワーフがどれだけ優れていようとも、操ってるのは幼女だ。

 戦いの経験なんてまるでないのだろう。

 デタラメに振り回される拳は一発も当たらず、逆に共に戦っているブレイドの動きを邪魔してしまう始末。

 尚、ブレイドは戦いを邪魔された苛立ちよりも、ようやくアイアンドワーフが視界に入った事による驚愕が勝ってるみたいだから問題ない。


「むー!」

「落ち着けエマ! 左腕を使うんだ!」

「あ、そっか! これでどうだー!」


 変態の指示により、幼女の操るアイアンドワーフの動きが変わる。

 足を止めて左腕を前に突き出し……なんと左腕が変形して、中心に穴の空いた妙な形の杖の束みたいな不思議な形に変わった。

 その杖の先はマーダーライオに向いている。


「特製土魔法ガトリングでい!」

「蓄えられた魔力の限り生成される鉛弾の雨を食らえい!」

「はっしゃー!」


 ガトリングと言うらしい杖の束が回転し、そこから土魔法の鉄弾スティールショットに似た弾丸が超高速で、しかもかなりの数が連続で吐き出される。

 ああ、なるほど。

 一本の杖が組み込まれた魔法を発動して弾丸を飛ばしてる間に、他の杖は時間差で発動準備を進めて、それを順番に撃つ事であれだけの連射を可能にしてるのか。

 よくもまあ、こんなアイディアを思いつくもんだ。

 これがあれば、大抵の魔物は群れで来てもひき肉にできるだろう。


「凄いな」

「いや、でも、なんでわざわざ変形させてまであのゴーレムに装着する必要があるのよ?」

「普通に誰かが手で持てばいいような気はしますよね」

「大方あの鈍重さを補う為の武装なのじゃろうが、それなら飾りにしか見えぬ頭の代わりに頭部にでも付けて、両腕を自由にした方がいいじゃろうな。少なくとも変形は絶対にいらぬ」

「……確かに」


 女子三人の冷静な指摘で我に返ってしまった。

 しかも、残念な事に、ガトリングは目の前の魔物に全く通用していない。

 マーダーライオはガトリングの射線を完全に見切って躱している。

 これは純粋に相手が悪いな。

 上位竜クラスは伊達じゃないという事だ。


「いや、よくやった!」


 しかし、マーダーライオがアイアンドワーフに意識を割いた事で、ブレイドのみを注視していられなくなり、結果、同格の敵を前に隙を晒す事となった。

 ブレイドが嬉々として攻勢に移る。

 ……あいつ、俺達が手を貸すと不機嫌になるくせに、今は純粋に援護射撃に感謝してやがる。

 なんなんだ。

 何が違うんだ。

 巨大兵器だからか?

 巨大兵器だからなのか?

 もうあいつ、この山に置いて行ってやろうか。


「『飛翔剣』!」


 ブレイドの大剣から放たれる飛翔する斬撃。

 ガトリングと斬撃に挟まれ、回避に手一杯となったマーダーライオに向かって、ブレイドは大きく踏み込んで距離を詰める。

 飛ぶ斬撃を牽制に使って体勢を崩した事で、今のマーダーライオはかなり不安定な姿勢だ。


「ガァアア!」


 強者の意地か、マーダーライオはその状態からでも無理矢理体を捻って爪を振るい、そこからブレイドの飛ぶ斬撃と同じ飛ぶ爪撃を放って迎撃しようとするも、ブレイドはここ最近学んできた受け流しの剣を上手く使い、突撃の速度を全く落とさずに対処してみせた。

 おい、それいくら教えても上手く使えなくて、散々苦労してきたやつじゃねぇか。

 このタイミングで使えるようになるんかい。

 ……マジでこの山に置いて行った方があいつの為なんじゃないかと思えてきた。


「オルァアアア! 『破壊剣』!」

「ガァッ!?」


 ブレイドの渾身の一撃がヒットし、マーダーライオの左前足が切断されて宙を舞う。

 だが、マーダーライオは残った右前足を地面に叩きつけて土煙を起こし、それを目眩ましにして距離を取った。

 そうして態勢を立て直し、遠くから殺意に染まった目でこっちを睨み付ける。


 ああ、あれは逃げられないと察してる目だな。

 足一本失ったマーダーライオでは、ブレイドとアイアンドワーフのコンビから逃げ切る事はできない。

 万が一ブレイド達をどうにかできたとしても、この場にはブレイド以上の戦力である俺やステラ達が、いつでも参戦できるように万全の状態で控えている。

 

 逃げる事は不可能。

 なら、突撃して無理矢理にでも活路を開くしかない。

 今のマーダーライオは退路を断たれた手負いの獣だ。

 死に物狂いで向かってくる奴が一番怖い。

 それはブレイドもわかってるので、睨み合う両者の間にこれまでとは比較にならない緊迫感が漂った。

 その雰囲気に飲まれて幼女が怖がり、アイアンドワーフが動きを止める。


 両者動かず、一瞬の静寂が発生。


「ガァアアアアアア!!!」


 それを破ったのはマーダーライオ。

 残る三足に力を込め、捨て身の攻撃態勢に入った。

 迎え撃つブレイドも大剣を握る手に力が入り、幼女はぐずり出し、今、最後の攻防が始ま……



「何やってんすか、この大バカ野郎ども!」



 ……ろうとした瞬間、遠距離から駆けつけてきた10代後半くらいに見える一人の女が、手に持った巨大な戦鎚で、有無を言わさずマーダーライオの頭を叩き潰した。

 部外者によって齎された突然の決着。

 それに納得できなかったのか、変態どもが大ブーイングを飛ばす。


「てめぇ、イミナ! これからって所で乱入してんじゃねぇよ!」

「まだアイアンドワーフの活躍見てねぇんだぞ! 剣士の小僧に美味しい所全部持ってかれたまま終わっちまったじゃねぇか!」

「しかも、せっかくの壮年オールド級の頭潰しやがって! あれ牙とか全部折れてるだろ! 素材が台無しだ!」

「やかましいっすよバカども! 試し撃ちの日すら待てずに先走った考えなしの分際で文句垂れるなっす!」


 口喧嘩を始める変態と乱入者。

 呆然とするブレイド。

 そんなブレイドの傷を治す為に駆け寄るリンと、静観する俺達。

 泣き出す幼女。

 放置されたアイアンドワーフ。

 場はますます混沌としてきた。


「うわーん! イミナお姉ちゃん、怖かったよー!」

「ああ!? 大丈夫っすか、エマ!? 可哀想に! バカどもの口車に乗せられちゃったんすね! もう大丈夫っすよ!」


 乱入者の胸に飛び込んで大泣きする幼女。

 さすがに、それを見たら如何に変態と言えども良心の呵責を覚えたのか、気まずそうな顔して文句を垂れ流していた口を閉ざし、アイアンドワーフの回収と、マーダーライオの解体に向かった。

 こんな状況でも解体に向かう辺り、筋金入りだな。

 知ってたが。


 そうして、なんとか場が落ち着いてきた頃に、俺は乱入者の女性に話し掛けた。


「イミナさん、お久しぶりです」

「ん? おお、アランじゃないっすか! ちょっと見ない間にまたデカくなったっす!」

「わぷ」


 乱入者の女性こと、イミナさんは肩を組んできたと思ったら、そのままヘッドロックに移行し、俺の頭を脇に挟んでワシャワシャと撫で始めた。

 胸が当たるし、暑苦しいからやめてほしい。

 すぐに抜けようとしたが、その前にステラが神速でやって来て、イミナさんの手を解いてくれた。

 ただし、額に青筋が浮かんでいる。

 ああ、面倒な事になりそうな予感。


「およよ?」

「アラン、この人知り合い?」

「あ、ああ。この人は『鎚聖』イミナさん。ドワーフの里族長のお孫さんだ」


 紹介されたイミナさんは目をパチクリとさせた後、俺とステラを交互に見て、何かを察したかのようにニヤァという嫌な笑みを浮かべた。

 平時のリンやエル婆にそっくりな笑みを。

 ああ、面倒な事になった。

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