第四章

65 山登り

 ルベルトさん達と別れて街を出てから一週間後。

 俺達は無事に目的地であるドワーフの里がある秘境、天界山脈へと辿り着き、一晩休んで次の日の早朝から山登りを開始した。

 晴れ渡る空。

 澄んだ空気。

 眼下を見下ろせば絶景が広がる山の中腹。


「ふんぬぅうううう!」


 そんな場所に、うるさい男の声が木霊した。

 その声の主の名は『剣聖』ブレイド・バルキリアス。

 いつもは身の丈以上の巨剣を担いでいるブレイドだが、今日はその大剣を背中に背負い、別の物を担いでこの山を登っている。


 ブレイドが今担いでいる物。

 それは俺達勇者パーティーをここまで連れて来てくれた旅の友。

 俺達全員を乗せても余裕のある、大型の馬車であった。

 ブレイドは既に、この馬車を数時間ぶっ続けで背負い続けている。


「……あの、そろそろ休憩しませんか?」

「まだだ! 俺はまだ行ける!」


 リンが心配しながら言い出した言葉に対して、ブレイドはどう考えても使いどころはここじゃないだろう熱血なセリフで返す。

 ブレイド以外のパーティー全員が微妙な顔をした。


 ……早まったかもな。

 修行の一環という事にしてやらせてみた馬車運びだったが、まさかここまでのめり込むとは思わなかった。

 恵まれた体格と筋肉量によって、他の聖戦士と比べても一際強大な怪力を持つブレイド。

 その力をもってすれば、馬車を担いで山を登るくらいは容易い。

 だからこそ、表向きは体作りの為の筋トレとして。

 真の狙いは、修行中毒と化しているブレイドを少し休ませる為に。

 本人にとっては大した負担にならない馬車運びをやらせてたんだが、こんなに疲弊するまで休まないんじゃ大して意味がない。

 しかも、


「あ、魔物」

「任せろ! ハァアア!」


 山脈に生息する魔物が俺達の前に姿を現し、それをステラが発見したと同時に、ブレイドは器用に馬車を片手持ちに切り替え、もう片方の手で背中の大剣を抜き、一瞬で魔物に接近して切り捨てた。

 さっきから、ずっとこれだ。

 どんな魔物が相手でも毎回ブレイドが相手をし、しかも毎回全力で倒しに行くから、馬車運びと合わせて数時間程度でスタミナが切れかけている。


 だったら、ブレイド以外の奴が魔物を倒せばいいと思うだろうが、そうすると今度はブレイドの精神が不安定になるのだ。

 どうやら、奴は修行によって自分の体をイジメる事と、魔物を倒す事によって何とか精神安定を図っているらしい。

 中々に深刻な状態だ。

 どうしたものか。


「ハルルルルル……!」


 そんな悩みを抱えた俺達の前に、また新しい魔物が現れた。

 体長2メートル程の獅子の魔物だ。

 魔物としては小型な方だが、感じる圧力は強い。


 ああ、こいつは油断していい相手じゃないな。

 この天界山脈、何を隠そう山頂の方は迷宮なのだ。

 迷宮に引き寄せられて多くの魔物が集まり、その中には上位竜クラスの、魔族を超える力を持つ魔物もいる。

 さすがにあそこまでの化け物は早々出て来ないが、その1~2ランク下の奴ならゴロゴロしてる。

 目の前のこいつも、そんな魔物の一体。

 やはり、こんな所に里を作るドワーフはおかしい。


「よっしゃ! こいつも俺が……」

「待て。さすがに馬車が壊れる。それに相手は一体だけじゃないぞ」


 この山に来る事は割とよくあったから、生息する魔物の種類と特徴は大体知ってる。

 この魔物の名前はマーダーライオ。

 単体でも強いが、その上で名前の通り群れるのが厄介だ。

 おまけに連携も上手い。

 一体がわざわざ姿を見せて注意を引き、その隙に他の奴らが横や後ろに回り込んで襲いかかるみたいな賢い戦法まで使ってくる。

 群れの規模によっては英雄ですら手を焼くレベルの魔物だ。


 今だって俺達がブレイド以外隙を見せていないから飛び掛かってこないのであって、岩の影からは無数の魔物の気配が虎視眈々とこっちの隙を伺っているのを感じる。

 まあ、余裕のないブレイド以外の全員にバレてる時点で、勇者パーティーにとっては大した脅威じゃないんだがな。


 さて、こういう手合はエル婆の魔法で一掃するのが一番簡単で手っ取り早いが……。

 そう思ってチラリとエル婆の方を見るも、エル婆は肩を竦めて首を横に振った。

 ……仕方ないか。


「やるなら馬車置いてやれよ」

「おうよ!」


 ブレイドが馬車をそっと地面に置き、目の前の一体に向けて突撃していった。

 今は暴れさせて発散させるしかないらしい。

 早いところ根本的な解決を図りたいんだが、正直俺にはどうしたらいいのか本気でわからないから困ってる。


 肉体言語でわかり合えたレストの時より深刻だ。

 レストにしたような事をブレイドにしても、こいつは己の無力を嘆いて、焦って、更に追い詰められていくだけ。

 何の意味もないどころか、完全に逆効果にしかならない。

 そして、ブレイドとの付き合いが短く、こいつの事をそこまでよく知らない俺に、肉体言語以外でブレイドを諭す事は不可能。


 この時点で、俺にできる事はほぼない。

 だからと言って無視を決め込む程薄情なつもりもないので、こうして色々と考えてはいるが、良案は浮かばず。

 無理なものは無理という言葉がある。

 俺はその言葉を徹底的に否定してきた口だが、やはりそんな言葉があるという事は、無理なものを無理じゃなくするのはそう簡単な事ではないという事だ。

 そうなると、俺以外の誰かに何とかしてもらうしかないんだが……。


 そんな事を思いつつ、俺は他のパーティーメンバーに目を向ける。

 一番希望があるのは、やはりルベルトさんに向かって「任せてください!」と啖呵を切ったリンだろう。

 しかし、あいつは現在、ブレイドに献身の悉くを無視され、大分疲れた顔になってきていた。

 今も悲しそうな顔で俯いて、ステラに背中を撫でられている。


 不甲斐ないとは言うまい。

 実際、あいつはよくやっていた。

 老人介護もかくやというレベルでブレイドに尽くしていた。

 悪いのは、あれだけ世話になっておいて、全くリンを省みないブレイドの方だ。

 今のあいつにそんな余裕がない事はわかってるが、それを差し引いてもブレイドを責めたくなる。

 無事立ち直れた暁には、ここ最近の事を何十年にも渡ってネチネチ言い続け、一生リンに頭が上がらないようにしてやろう。

 せいぜい、生涯リンの尻に敷かれるがいい。


 俺が心の中でそんな呪詛を吐いてる内に、ブレイドは目の前のマーダーライオ一体を討伐していた。

 しかし、勝利の直後の油断した瞬間を狙って、隠れていたマーダーライオ達が一斉にブレイドに襲いかかる。

 奴らの厄介な所の一つだ。

 群れ全体の為なら、一体や二体を捨て駒にするような戦法を平然と使ってくる。


 しかし、事前に俺の言葉で隠れてる奴らの存在を知っていたブレイドに隙はない。

 それに、なんだかんだ言ってもブレイドは剣聖。

 マーダーライオ達とは地力が違う。

 疲れきっていようが、メンタルが不安定になっていようが、そう簡単に負けはしない。


 そう判断して傍観に徹していたら、突如、ブレイドのものではない遠距離からの攻撃で、マーダーライオ一体の頭が爆ぜた。


「は!?」

「突撃じゃオラァ!」

「「「うぉおおおおお!!!」」」


 ブレイドが驚きの声を上げると同時に、山の上の方から現れたずんぐりとした体格のおっさん集団が、奇抜な形状をした様々な武器を手にマーダーライオの群れに襲いかかる。

 ああ、今日はそういう日だったか。

 俺は咄嗟に助太刀しようとしたステラの肩に手を置いてそっと止めた。

 あれは邪魔すると後がめんどくさい。


「スマッシャー!」


 ある者は、金属で出来た巨大な義手みたいな物で殴りかかり、マーダーライオがそれを迎撃すれば、接触した瞬間に義手自体が大爆発を起こした。

 その一撃でマーダーライオは動かなくなったが、義手の方も爆発に耐えられずにぶっ壊れる。


赤熱剣ヒートブレード!」


 またある者は、赤熱する刀身を持った刀でマーダーライオに斬りかかった。

 炎、いや熱の魔剣か。

 しかも、恐らくは普通の魔剣ではなく人工物。

 残念ながら使い手の技量のせいでマーダーライオには避けられたが、魔剣は空振った一撃でその辺にあった大岩を容易く溶断してみせた。

 凄い威力。

 だが、この魔剣も自らの熱に耐えきれず、一度振るっただけで溶けて壊れる。


聖光線ライトレーザーァアア!」


 次の奴は、やたらゴツい杖(?)を抱えるように持ち、その杖から光線をぶっ放つ。

 さっき、遠距離からマーダーライオを撃ち抜いた攻撃だ。

 あの光線、威力は遥かに劣るが、ステラやエル婆がたまに使う単発の光魔法に似てる。

 という事は、あの杖(?)は光の魔法を内蔵した魔道具か。


 魔力を込めれば特定の魔法を放つ魔道具はそこら中で売ってるし、なんなら俺の実家の風呂とかも火と水の魔道具を使って沸かしてたが、マーダーライオクラスの魔物を一撃で倒せる程の魔法を放てる魔道具なんて見た事がない。

 同じ戦果を出した金属の義手といい、大岩を両断した熱の魔剣といい、あの変態職人ども、またとんでもない物を作りやがったな。

 もっとも、この光の魔道具も使えるのは二回までなのか、撃った瞬間にボンッ! ってなって壊れたが。


「「「うおらぁあああああ!!!」」」


 他の奴らも、何度か使えば壊れるユニークな武器や、魔改造マジックアイテムなどで、次々とマーダーライオの群れを討伐していく。

 完全に獲物を奪われたブレイドは呆然としていた。

 突然の展開にステラとリンも目を丸くしている。

 エル婆はこの変態どもの事をそこそこ知っているのか、苦笑するだけ。

 俺は久しぶりに見た天界山脈の風物詩のような光景に、若干の懐かしさを覚えていた。


「お、おい……」

「ちっ! やっぱり、まだ関節部の作り込みが甘ぇか!」

「刀身の強度が足りぬ。もっと熱に強い合金を作らねば……」

「うっしゃあ! 二回撃てたのは進歩だぜ! やっぱ、この方針で間違ってなかったんだ!」


 何か言おうとしたブレイドを完全無視して、おっさん集団は揃いも揃って自らの武器を弄るのに夢中になり、自分の世界にトリップする。

 中には武器に頬擦りしたりキスしたりして恍惚の笑みを浮かべる変態もいた。

 この危険地帯で、周囲への警戒とかをまるで考えていない。

 ある意味凄いが、絶対に真似してはいけない、この人達の悪癖だ。


「……ねぇ、あれ大丈夫なの?」

「大丈夫じゃないな」


 あまりの無警戒っぷりを心配したらしいステラの言葉にそう返す。

 実際、俺達がいなければ、あの人達は冗談抜きで命の危機だった筈だ。

 いつもなら護衛役の人が一緒にいるんだが、今回は何故か姿が見えない。

 それでも、あの人達は武器弄りをやめない。

 やめられない。

 それが魂に染み付いた本能なのだと言わんばかりに。


 そんな無防備な餌を狙う狩人は当然現れる。


「うぉおお!?」


 その攻撃に反応したのはブレイドだった。

 無防備な変態どもに向けて振るわれた魔物の爪を大剣で受け流し、その魔物と対峙する。

 そいつは、マーダーライオの最後の一体だった。

 ただし、他の奴らとはまるで違う。

 傷だらけの体を覆う体毛は、普通のマーダーライオの黄色っぽい色とは違って純白。

 体格も二回りは大きく、感じる威圧感は二回りどころではなく強い。

 

 間違いなく、群れのボス個体。

 それも歴戦の風格を持った強敵。

 恐らく、強さの格としては上位竜に匹敵するだろう。

 ここまでの化け物は早々出てこないと言ったが前言撤回。

 普通に出てきた。

 やっぱり、この山は魔境だ。

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