64 失ったもの、守れたもの

 戦いが終わってから一週間後。

 英雄二人も無事目を覚まし、兵士達もどうにか通常任務ができるくらいまで回復して自力での街の防衛が可能になった頃。

 あまりモタモタしてもいられない俺達は、次の目的地へと向かう為、兵舎に停めた勇者パーティー用の馬車の前へと集結していた。

 ある荷物を抱えながら。


「「せーの!」」


 俺とステラの二人がかりでその荷物を運び、馬車の中へと放り投げる。

 馬力的にはステラ一人で問題ないんだが、大きさ的にちょっと持ちづらかったからな。

 こいつ、無駄にデカいから。


「あの、お二人とも、もう少し丁寧に扱ってもらえませんか……」

「すまん、これが限界だ。気絶した人間は地味に重い」

「ごめんね、リン。アランは非力だから」

「お前だって、疲れて運び方が雑になってただろうが」


 いつもの言い合いをしながら俺達が運んでいたのは、気絶したブレイドである。

 いくら言っても修行をやめなかったから、その修行で容赦なくボコボコにして意識を奪い、ついでに暴れないように簀巻きにして荷物として馬車に放り込んだ。


 近頃、こいつの修行という名の半自傷行為は悪化するばかりだ。

 リンが色々と頑張って休ませたり息抜きさせようとしたりしてるんだが、その悉くを無視しやがる。

 ブレイドを慕っていたリンですらどうにもできないんじゃ、付き合いの短い俺や、ブレイドに若干苦手意識を持っていたステラにどうにかできる訳もない。

 レストにやった肉体言語式も、ブレイドが聞く耳を持たないので効果なし。

 頼みの綱の年長者エル婆ですら、「今は少し時間をかけてどうにかするしかないじゃろう」とお手上げ状態。


 結果、俺達にできるのは、やり過ぎだと思ったら気絶させて強制的に休ませる事だけだった。

 正直、こんな力の差を見せつけるような真似は、より一層ブレイドの焦燥を煽るだけなんじゃないかと思わないでもないが、こうでもしないと、こいつマジで一睡もせずに剣を振り続けるから仕方ない。


「勇者様方」

「ルベルトさん、ドッグさん」


 そうして荷物と化したブレイドを運び終わった頃、馬車の近くにルベルトさんとドッグさんが現れた。

 どうやら、見送りに来てくれたようだ。


「ルベルトさん、今回はありがとうございました」

「礼を言われるような事など何一つできなかった老いぼれに、そのような労いは不要です」


 ステラの言葉にそう返すルベルトさんは、見るからに顔色が悪かった。

 ここ数日ずっとそうだ。

 やはり、ルベルトさんも今回の件で相当の精神的ダメージを負ってしまったのだろう。

 何日か前の朝に、突然生娘のようならしくない悲鳴を上げてたし、きっと悪夢に魘されて飛び起きてしまったに違いない。

 俺も前の世界ではしょっちゅう悪夢で飛び起きてたから、その辛さはよくわかる。


 それなのに、ルベルトさんは悲鳴に驚いて何事かと駆けつけた俺達を断固として部屋に入れようとせず、己の弱さを決して俺達に見せようとはしなかった。

 強い人だ。

 その強さで色々我慢し過ぎて壊れてしまわないか少し心配でもあったが、そこはエル婆が一緒に酒を飲んで上手く毒抜きをしたと言っていたから、ある程度は大丈夫だろう。

 さすが年長者。

 俺じゃ気心知れたステラ相手でもなければできない事をさらっとやってのける。

 その割には、最近ルベルトさんがエル婆を避けてる気がするのが不思議だが。


「……こんな私が言えた義理ではないのでしょうが、ブレイドを頼みます」


 俺がルベルトさんの心情を心配するのを余所に、ルベルトさんはステラに、というより俺達全員に向けて頭を下げ、ブレイドの事を頼み込んだ。

 俺達の視線は自然とリンに向かう。 


「任せてください! ブレイド様の事は、全身全霊でお支えします!」


 リンは、しっかりとした強い意志を持った目で、ルベルトさんの言葉に頷いた。

 頼りになると、素直にそう思う。


「まあ、俺もやれるだけやってみますよ」

「私も頑張ります。なんだかんだで、ブレイドは仲間ですから」


 俺とステラも、リンの意気込みには及ばないが、それでも何とか頑張ってみる事を告げる。

 ステラの言う通り、ブレイドは仲間だ。

 それに、同じく力不足で悩んでいたレストを救えなかった分まで、ブレイドの事を助けてやりたいって気持ちもある。

 少なくとも、見捨てる理由は一つもない。


「頼りになる若者達がおるというのは幸せな事じゃな、ルー坊」

「……ええ、全くです」


 目を瞑り、俺達の言葉を噛み締めるように頷くルベルトさん。

 この期待は裏切れないな。


「ま、そういう訳で、ブレ坊の事はこやつらとワシに任せておけ。なんなら、お主と同じように慰めてやってもよいぞ?」

「あれは勘弁してやってください。しばらく呪われるように夢見が悪くなりますので」

「ホッホッホ。冗談じゃ。いくらワシでも、相当信頼してる奴にしかあんな事はせんよ」


 そう言って、なんか俺達の知らないネタで笑い合うエル婆とルベルトさん。

 いや、ルベルトさんは大分苦い顔で苦笑してるんだが。

 エル婆が何かやらかしたのかもしれない。

 それでも、ルベルトさんの顔から険が取れてるって事は、そう悪い事でもなかったんだろう。


 そうして、ルベルトさんとエル婆が話し込んでいる間に、俺達は見送りに来てくれたもう一人の人物と話をした。


「ドッグさんも、今回はお世話になりました」

「ふん。お前に礼を言われる筋合いはない。俺は自らの使命を全うした……いや、しようとしただけだ」


 途中でドッグさんがシュンとなった。

 レストを救えなかった事は、この人の心にも傷としてしっかり刻み込まれている。

 それでも、ドッグさんはしっかりと前を向いていた。


「それよりも、勇者様方にバネッサとヒューバートの二人から伝言があります」


 バネッサとヒューバートとは、あの斧使いの女と中年魔法使いの事だ。

 意識を取り戻した事は聞いたが、俺達との直接の関わりはないから、話をする機会もなかった。

 その二人から伝言?

 なんだろうか?


「あいつらは、レストの事を恨んでいないそうです。むしろ、その健闘に心から尊敬の意を示すと」

「「「ッ!」」」


 その言葉を聞いて、俺達は息を飲んだ。

 何か、胸にくるものがある。


「あいつらは、魔族に操られていた時の事を覚えているそうです。とても抗えないような強大な力に無理矢理体を動かされる感覚と言っていました。それに抗い、人としての道を貫き通したレストを尊敬する。そして、彼の健闘と勇者様方の尽力により助けられた事に感謝を。……との事です」


 「無論」と、ドッグさんは言葉を繋げる。


「感謝しているのは二人だけではありません。これは私も含めた騎士兵士一同共通の想い。レストに伝えられなかった分、他の者達がここに来れなかった分、私が代表して言わせて頂きます。━━勇者様方、我々を助けてくださり、本当にありがとうございました!」


 そう言って、深々と頭を下げるドッグさん。

 その姿を見て、その感謝の言葉を聞いて、なんだか報われたような気がした。

 俺達だけじゃなく、何よりもレストの頑張りが、報われてくれたような気がした。


 今回の戦いは俺達の負けだ。

 レストを喪い、多くの人命を喪い、この街からは人が離れて衰退するだろう。

 得るものはなく、苦い後味ばかりが残った敗戦。

 それでも、レストの頑張りは無駄じゃなかった。

 失ったものはあったが、同時に守れたものも確かにあった。


 その事を実感して、鼻の奥がツンとする。

 ステラとリンは涙ぐみ、すぐ近くではルベルトさんも同じ顔をしていた。

 そんな俺達を慈愛の目で見るエル婆。

 ブレイドが気絶してるのが悔やまれる。

 あいつこそが今の話を一番聞かなければならない奴だろうに。

 起きたら必ず伝えよう。


「さて、いつまでもしんみりしている訳にもいかん。出発するぞ!」


 エル婆の鶴の一声により、俺達はしんみりとした空気を振り払い、前に向かって歩みを進めた。

 リンとエル婆が馬車に乗り込み、俺とステラが御者台に座る。

 手綱を操り、勇者パーティーが誇る二頭の駿馬を発進させた。


「ルベルトさん、ドッグさん、お元気で!」

「勇者様方も、ご武運を」

「小僧! 貴様もせいぜい勇者様の足を引っ張らないようにしろよ!」

「言われるまでもありませんよ」


 二人と最後の挨拶を済ませ、俺達はこのジャムールの街を出発するべく馬車を進める。

 街の中を進み、まずは門に向かって馬車は進む。

 その途中で、結構な荷物を背負った人達が、乗合馬車のある門の方へと向かうのが見えた。

 多分、今回の一件でこの街に居るのが怖くなって、もっと後方の街へ移住しようとしてる人達だろう。


 その判断は正しい。

 いくら英雄達に守られてるとはいえ、今回みたいな事がまた起こらないとは限らない。

 それだけ魔王軍は強い。


 だが、人が居なくなれば街は衰退する。

 最前線を支えるこの街が衰退すれば、少なからず戦争の行く末に影響を及ぼすだろう。

 逃げるのが正しいというのは、あくまでも個人レベルでの話だ。

 人類全体レベルで見ると、また話が変わってくる。


 ただ、そんな話を戦う力も覚悟もない一般人に求めるのはお門違いだ。

 人類全体よりもステラを優先してる俺に彼らを責める資格はないし、責めるつもりもない。

 しかし、わかってはいても歯痒くはなる。

 これが俺達の敗戦の結果だと思えば尚更に。


 だが、そんな暗い雰囲気に包まれる街に、突如、場違いに明るい声が響き渡った。


「らっしゃい、らっしゃい! 安いよ、安いよ!」


 それは、露店の呼び込みの声だった。

 ふと声の方を見れば、そこには見た事のある顔が。

 思わず隣のステラと顔を合わせ、馬車を止めてしまった。


「どうした?」

「すまん、ちょっとだけ寄り道してもいいか?」

「む? 別に構わんが」


 エル婆の許しを得て、俺とステラは御者台から降りて露店の方に向かう。

 そこでは、一人のおっさんが元気に野菜を売っていた。

 買い出しデートの時に立ち寄った、あの八百屋のおっさんだった。


「おっさん!」

「おじさん!」

「お! この前のカップルじゃねぇか! 今日も野菜買ってくかい?」


 おっさんは、びっくりするくらい前と変わらなかった。

 あんな事があった後なのに。

 なんなら、この人も操られて正気を無くしてるのをガッツリ目撃した覚えがあるのに。

 前と変わらず元気な声で野菜を売っている。


「……いいんですか? おじさんは逃げなくて」


 ステラが思わずといった感じで問い掛けた。

 その質問に、おっさんは毅然と笑いながら答える。


「おう! 俺はこの街が好きだからな!」


 なんて事ないように言うおっさん。

 それから、おっさんは少し真剣な目になって、


「それによ、皆が皆この街から出ていく訳じゃねぇんだ。逃げる当ても金もねぇ奴らだって多い。俺みたいな奴まで出て行ったら、残った奴らが困っちまうだろ?」


 おっさん、あんたは聖人か。


「あと、この街があんまり寂れちまったら、たまに休みに来る砦の人達が気持ちよく休めねぇ。確かに魔族は怖ぇ。でも、英雄様達も兵士の連中も精一杯俺達を守ってくれたんだ。あれだけの戦いがあった割に死んだ奴は少ねぇしな。なら、少しでもこの街の為に働いて、少しでもあの人達を支えて恩返しするのが人の道ってもんだろうよ! ……って、なんでちょっと泣いてんだ嬢ちゃん?」

「いえ、ちょっと感動して……」

「なんだなんだ! 照れるじゃねぇか!」


 ステラが思わず涙ぐんでいたが、俺も気持ちはわかる。

 ここにもあったのだ。

 レストが命懸けで守ったものが。

 やっぱり、あいつの頑張りは無駄なんかじゃなかった。

 そう思えば、涙くらい出る。


「おっさん、あんた教会の回し者じゃないよな?」

「俺が聖人だって言いてぇのか? よせよせ! 俺みてぇな奴は他にもいるんだ。誉めたって野菜を安くしてやる事くれぇしかできねぇぞ!」


 そうして気を良くしたおっさんに、今回は気持ちばかりの応援という事で少し多めに金を払って、結構な量のリンゴを買った。

 それを持って馬車に戻り、リンとエル婆に今の話をしながら皆でリンゴを齧る。

 ついでに、こいつらも仲間って事で馬達にも食わせた。

 ますますブレイドが気絶してるのが残念でならない。


 リンゴを食べ終え、かなりの元気を充填した後、俺は手綱を操って馬車を再発進させる。

 旅はまだまだ終わらない。

 敗北しようとも、心に消えない傷を負おうとも、戦う意志が折れない限り、俺達は立ち上がって前に進み続ける。

 いつか魔王を倒し、平和な時代を勝ち取るまで。


 さあ、行こう。

 倒れた奴の想いも、支えてくれる人達の想いも連れて、未来へ。

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