60 剣を交えて 2
「…………は?」
「お前がレストの感情を原動力に動いてるのはわかる。だが、それだけにしては、お前の行動は繊密すぎるんだよ」
激情に支配されて正気を失った奴が、俺達が密談する隙を伺って兵舎を襲撃し、兵士達を手駒に変え、街全体を巻き込む事で俺達に手分けさせて分断するなんて、大掛かりで手の込んだ作戦を考えつく訳がない。
もっと短絡的な行動に出る筈だ。
そうなっていない理由はただ一つ。
レストを操っている魔族が、レストの感情に首輪を付けて、手綱を握っているからに他ならない。
交えた剣から伝わってきたのは単純な暴力ではなく、狂おしい程の剥き出しの感情の塊だった。
妬み、怒り。
そして、それを遥かに凌駕する、悲しみと苦しみ。
これは魔族に植え付けられたものなんかでは断じてない。
レストという一人の人間が抱えていた心の闇だ。
人間なら多かれ少なかれ、誰しもが心の中に隠し持っている醜い部分だ。
俺にだって当然、そういう部分はある。
前の世界でステラに負け続けてた時なんか、今のレスト程ではないかもしれないが、内心嫉妬にまみれていた。
復讐の旅の中、道行く街で、辛い生活が終わらないのは魔王を倒し損ねたステラのせいだと宣ったクズどもをぶち殺したくなった事だってある。
というか、荒れて
それどころか、人類を守る為に尽力してるルベルトさんや神様の事すら、心のどこかでは「ステラを危ない目に遭わせやがって許さねぇ!」と叫んでいる俺もいるのだ。
それは確かに醜い。
だが、それでもこれは、この感情達は、間違いなく自分の心の一部なのだ。
誰かが勝手に踏み荒らしていいものじゃない。
ましてや無理矢理暴いて、弄んで、利用するなんて、断じて許される事ではない。
だからこそ、そんな胸糞悪い事を平然とやり、レストの心を辱しめた魔族の事が、心の底から腹立たしかった。
「卑劣な魔族が……! レストの体を、レストの技を、レストの心を勝手に使ってんじゃねぇ!
それはレストのものだ! 他の誰でもないレストだけのものだ! お前なんぞに使う資格はない!」
木刀を突き付けながら、俺は吼える。
「レスト!」
そして、今度は魔族にではなく、未来の英雄だと、俺のライバルだと認めた一人の男に向けて話しかけた。
「いつまで魔族にいいように使われてるんだ! お前はそんな程度の奴だったのか!?」
「ぼ、僕は……」
「お前の体は、お前の技は、魔族なんかに使われる為に磨いてきた訳じゃない筈だ! そうだろう!?」
「う、うぅ……!」
レストが頭を抑えて悶え始める。
それはさっきの、俺に勝てない事で起こした癇癪とは違う。
抗ってるのだと直感した。
だが、そんなレストの抵抗は、すぐに激情と魔族の支配に抑えつけられ、瞳には再び俺への殺意が宿る。
しかし、抵抗の意志が垣間見えただけでも充分だ。
「お前が心の闇に絡め取られてどうにもならないなら、ここで暴れて全部吐き出せ。相手になってやる」
そうして、俺は二本の木刀を構えた。
やる事は昨日と同じだ。
同じでいいのだ。
苦しんでる仲間の身内と剣を交え、気分転換に付き合う。
どうせ、さっき戦ってみた感触からして、木刀でレストを戦闘不能にするのは難しい。
俺がどれだけ強烈なカウンターをぶつけようとも、誰よりも魔族の力を多く入れられてるんだろうレストの再生能力なら、即座に全快してしまうからだ。
負けはしないが、勝てもしない。
だったら、レストの心に訴えかけて、自分で支配から脱却してくれる可能性に賭けた方が、まだ勝算がある。
「来い、レスト」
「う、うわぁあああああああ!!!」
悲痛な叫びを上げながら、レストが突撃してくる。
そして、俺に向けて袈裟懸けの一撃を繰り出してきた。
魔族の力を得ている事で、その動きは昨日とは比べ物にならない程に速い。
だが、心が揺れているせいか、それとも魔族がレストの技を使いこなせていないのか、技のキレ自体は昨日より僅かに劣る。
袈裟懸けの斬撃を、一歩後ろに下がりながら左手の木刀で受け止め、その勢いで剣の間合いの一歩外側で右へ回転。
それによって、右手の木刀で流刃を使う。
狙いはレストの右側頭部。
しかし、レストはこれを剣から即座に手離した右腕で防ごうとした。
木刀相手なら有効な手だ。
真剣なら、防いだ腕ごと叩き切ってる。
最初はつけていた手甲も、さっきの攻防の時、禍津返しで斬り飛ばした腕と一緒に外れてるしな。
それでも、その程度で俺の攻撃は止まらない。
レストの動きを読み、右手の木刀の軌道を防がれる前に調節。
右膝を折る事で、ガードに使われた腕の上を滑るように、その下に潜り込むように、木刀は軌道を変えた。
一の太刀変型『流流』。
ガードをすり抜ける二撃目の流刃。
だが、レストはこれにも対処した。
というか、足を踏ん張って無理矢理耐えた。
木刀の当たった人体急所である脇腹の骨は砕けたが、その程度ならすぐに再生される。
そうして、なんとか耐えきった後に、レストは左手に握る剣でカウンターを繰り出そうとして……
「がっ!?」
吹き飛ばされて地面に転がった。
俺の攻撃は終わっていなかったのだ。
右手の木刀で流流を繰り出すと同時に、左手の木刀による突きで頭を狙っていた。
回転中である以上、当然これも流刃による一撃だ。
名付けて、一の太刀変型『双点流流』。
二刀の型だからこそ放てる、三撃目の流刃。
踏ん張っていたレストの足も、想定とは違う角度から別の攻撃を受ければ踏ん張りきれない。
結果はご覧の通り。
そして、
「う、ぐ……!」
今の突きは脳を揺らす技『震天』と併用して放った。
魔族と加護の力によって強化されてるレスト相手じゃ大した効果はないだろうし、すぐに回復されるだろうが、それでも数秒よろけるくらいには効いている。
殺すのではなく、満足行くまで相手になってやるのが目的のこの戦いおいては、つくづく丁度いい技だ。
「どうした! それで終わりか!」
「あああああああ!!!」
煽れば、レストは再び突っ込んできた。
身体能力と技術に任せた超高速の連続突きを繰り出してくる。
そして、今度は剣と一緒に口が動き始めた。
振るう剣と共に、積もりに積もった心の闇を吐き出していく。
「妬ましい! 悔しい! なんで、あなたはそんなに強いんだ!?
加護も持ってないくせに! 僕より才能ないくせに! ステラさんに告白できないヘタレのくせに!」
「ヘタレ言うな! そんなもん努力と経験と年季の差だ! 悔しかったら、もっと死ぬ気で鍛えて来い!」
「ごはっ!?」
連続突きを右手の木刀による歪曲で受け流すと同時に距離を詰め、間合いの内側に入る事で剣を封じ、互いに剣を振れない至近距離から、左手の小太刀サイズの木刀を一閃。
鳩尾を突き、痛みで息が止まったところに、後ろに下がりながらの引き技。
右手の木刀を使って側頭部へ震天を叩き込む。
その衝撃によって、レストはまたも吹き飛んでいった。
「ッ、ァアアアアアアア!!!」
だが、レストはすぐに立ち上がった。
諦める事なく、雄叫びを上げて向かってくる。
「僕はずっと自分が嫌いだった! 弱い自分が嫌いだった!
そんな自分を変えようとして何が悪い!? 強くなろうとする事の何が悪い!?」
「肉体だけ強くなっても、意志も何も失って、魔族の操り人形にされたら意味ないだろうが!
お前はそんな事の為に剣を磨いてきたのか!?」
「ぐぁ!?」
まるでルベルトさんの天極剣を真似るかのように、上段から真っ直ぐ振り下ろされた剣を流刃で受け流し、またしてもレストの頭へ流刃併用の震天を叩き込んだ。
しかし、何度も食らってる内に慣れたのか、レストは肉体の頑強さに任せて無理矢理震天を耐えきり、俺との斬り合いを続ける。
「僕が剣を磨いてきた理由は嫉妬だ!
お祖父様や兄上と比べられるのが辛かった! 出来損ないって陰口叩かれるのが嫌だった!
だから強くなって見返してやりたかった! ただそれだけなんだよ!」
「なら、今のお前は人を見返せるような存在なのか!
その哀れな姿は人に見せつけられるような代物なのか!
何より……お前は今の自分を、好きな女の前で誇れるのか!?」
「ッ!?」
その瞬間、レストの動きがぎこちなく淀んだ。
その隙を容赦なくぶっ叩きながら、俺は叫ぶ。
「できないか! できないだろう!?
好きな女にすら誇れない! それどころか迷惑をかける事しかできない!
そんな力に何の価値がある!? 捨てちまえ、そんなもん!」
「う、うるさいうるさいうるさいうるさいッ!」
レストの攻撃が苛烈さを増した。
カウンターで傷付く事すら厭わず、攻め続ける。
忠言が耳に痛くて逆ギレしたか!
「ステラさんに愛されてるあなたに! ステラさんの隣に立てる程強いあなたに! 僕の苦しみはわからない!
嫉妬でおかしくなって、こんな力にでも縋り付きたくなる弱い奴の気持ちなんて……」
「わかるに決まってんだろうが!」
「ッ!」
自分でも苦しい言い分だとわかってたのか、俺の言葉を聞いて、レストは息を詰まらせた。
「さっきお前が言った事だろ。俺には加護がない。お前より遥かに才能がない。
嫉妬で狂うどころか、何かする事すらできなかった弱者の気持ちなんて、俺が一番よくわかってる。
それこそお前なんぞよりずっとな」
忘れた事なんて一度もない。
弱かった頃の、何もできないただの弱者だった頃の自分の事を。
勇者の光で本来のステラを見失う程に愚かで、全てが終わるまで何も知ろうとしなかった程に愚鈍で、挙げ句の果てには、絶望のあまり復讐の狂気に飲まれて鬼と化した、どこまでも救えない奴の事を。
そういう意味では、俺は今のレストの事をどうこう言えた義理はないのかもしれない。
目の前のこいつは、昔の俺に少し似ている。
嫉妬と憎悪の違いこそあれ、どうしようもなく強い負の感情に振り回され、自分の本当の望みも見失って、短絡的な目先の目的に向かって暴れる事しかできない。
そっくりじゃないか。
だがな、そっくりだったからこそ、かつて同類だったからこそ……
「曲がりなりにも、そこから這い上がってきた俺だからこそ言える。
肉体だけ強くなっても、技だけ極めても、そんなものに意味なんてない」
地獄の修行で力を手に入れ、復讐の為だけに生きて、その後に残ったのは虚しさだけだった。
仇は討てても、本当の望みを叶えられずに終わったんだから当然だ。
前の世界の俺は、力の使い道を間違えた。
正確に言えば、力を手に入れた時には全てが遅かった。
「力ってのは、困難をぶち破り、自分の本当に叶えたい望みを叶える為に使って初めて『強さ』と呼ばれるんだ。
自分が何の為に強くなりたいのかを明確に思い描いて、そこに向かって、折れず、曲がらず、諦めずに突き進む事。
それが『強くなる』って事なんだよ」
昨日言ったのと似たような言葉を、もう一度レストに贈る。
その上で、俺は問い掛けた。
「もう一度聞くぞ。お前は何の為に剣を磨いてきた?
魔族の操り人形になってでも、兄貴をボッコボコにして見下す為か?
それがお前の本当の望みだったのか?」
「ぼ、僕は……僕は……!」
レストが再び頭を抑えて苦しみ始める。
その瞳から、ポロポロと涙が溢れてきた。
「…………違う。違う違う違う違う違う! 僕は、こんな事の為に力を求めたんじゃない!
僕は自分で自分を誇れるような強い男になりたかったんだ!
胸を張ってステラさんの隣に立てるような強い男に!」
「……最後のセリフだけは俺的にあんまり嬉しくないが、まあ、いい。
ちゃんと取り戻せたみたいだな。お前の本当の望みを」
ならもう、後は簡単な話だ。
俺は左手の木刀を腰に戻し、その手をレストに差し出した。
「戻って来い、レスト。魔族の操り糸引き千切って帰って来い」
「で、でも、僕は許されない事を……」
「そうだな。いくら魔族に操られてたとはいえ、お前のやらかした事は結構な大罪だ。
けど、今ならギリギリ許してもらえなくもないかもしれないぞ」
一応、その根拠はある。
「だってお前、━━まだ誰も殺してないだろ?」
「えっ!?」
俺の言葉に、他ならぬレスト自身が驚愕の顔をしていた。
その様子じゃ無自覚か。
「この場を見てみろよ。
頭揺さぶられたり、手足切られたりして昏倒してる奴は大量にいるが、死体になってる奴は一人もいない。
英雄や聖戦士との戦いの余波なら、むしろ何人か死んでないとおかしいのにだ」
「そ、そんなの、たまたま……」
「ここだけじゃない。ここに来るまでの道中でもそうだった。
それに、お前はドッグさんをわざわざ蹴り飛ばしただろう?
あれは蹴るより斬る方がよっぽど楽な場面だったぞ」
もしかすると、ブレイドもそうか?
いたぶるよりもトドメを刺す事を優先してれば殺せたかもしれないのに、レストは俺達の前で悠長にブレイドを少しずつ刻んでいった。
その結果、ブレイドの救出は成功している。
「多分、お前は無意識で魔族の支配に抗ってたんだ。誰も殺さないようにな。
だったら、まだ引き返せる。
いや、例え引き返せないんだとしても戻って来い。
それが最低限のケジメだ」
「あ、あ……」
レストは涙を流しながら震え、何かを堪えるように頭を抑える。
その時、
「レストくん!」
「ッ!? ステラ、さん……」
担当してた暴れる人達の制圧が終わったのか、この場に駆けつけてくるステラの姿が見えた。
まだ遠いが、凄いスピードでこっちに近づいてくる。
「そら、来たぞ俺達の好きな奴が。惚れた女の前でくらいカッコつけて見せろ」
「!!」
その言葉が最後のひと押しになったのか、レストは握り締めていた剣を取り落とし、震える手を懸命に伸ばして、俺の差し出した手を掴もうとした。
レストの精神力が、魔族の支配を捩じ伏せようとしている。
ステラが来た以上、そうなれば、すぐにでも治癒魔法による治療が行えるだろう。
しかし、事態はそれで収束しなかった。
「あぐっ!?」
突如、レストがまたも頭を抱えて悶え始める。
だが、端から見ても今回は、今までよりも明らかに苦しみの度合いが違う。
誇張抜きで頭が割れるんじゃないかという程、苦しみもがくレスト。
この時、俺は確かに聞いた。
レストを苦しめていた、卑劣な魔族の声を。
『ハァ、まったく嫌になりますね。役立たず、能無し、半端者。
砂粒程度には期待する気持ちもあったというのに、まさか下げに下げた期待の最低ラインすら下回るとは、いったい、どれだけ無能なのやら。
これだから使い捨ての混血は嫌いなんですよ。
せめて死ぬまで戦って、少しでも勇者達の手を煩わせるくらいはしてください』
「ああああああぁぁぁぁぁあああ!!!」
「!?」
あまりにも傲慢で、聞いてるだけで腹が立ってくる言葉。
その言葉に塗り潰されるように、レストの目から原動力だった筈の激情すら消え、他の兵士達と同じ、理性を失った獣のような形相へと変わる。
その状態でレストは、爪による攻撃で俺の顔面を狙って来た。
「『反天』!」
「ギッ!?」
咄嗟に放った反天で腕を砕き、その衝撃でレストは後ろへ吹っ飛んで後退。
しかし、吹っ飛ばされた直後には砕いた腕は元通りになり、獣のような咆哮を上げながら、即座に次の攻撃を繰り出そうとしてきた。
再生速度がさっきより上がってる!?
より魔族の力に侵食されてるのか!?
これじゃ説得はもう通じそうにない。
それでも大丈夫だ。
ステラが来たんだから、さっきまでとは戦況が大きく変わっている。
二人がかりなら、レストを殺さずに制圧する事も、戦いながら治療する事だって、そう難しくない。
それこそ、ステラが参戦するまでの僅かな時間で俺が倒されでもしない限り問題は起こらない筈。
その考えが、この時、俺に距離を詰めての攻撃ではなく、レストの攻撃を防御するという選択を取らせた。
決して間違った選択ではなかっただろう。
状況から見ても、俺の戦闘スタイルから見ても、決して悪手ではない手堅い一手だった筈だ。
だが、悪くなかった筈のその判断が、━━悲劇を生んだ。
「お、魔族じゃねぇか」
突然、この戦いの場に似つかわしくない呑気な声が上から聞こえてきた。
緊張もなく、警戒もなく、なのに微かな戦意を孕んだ声。
まるで散歩中の魔族が偶然、人間の子供でも見つけた時のような。
カマキリ魔族が俺を見つけた時のような。
警戒に値しないが倒しておいた方がいい雑魚敵を前にした捕食者のような声。
聞き覚えのある声だった。
つい先日に出会って、のっけから最悪の印象を植え付けてきた奴の声だった。
それがこの距離に来るまで気づけなかった。
集中力の大半を目の前のレストに向けていたせいか、奴に俺への攻撃意思がなかったせいか、それとも奴の隠密能力が優れてるのか、あるいはその全てか。
とにかく、俺は近づいてくる奴の存在を見逃してしまった。
現れたのは、引き締まった無駄のない筋肉を持ち、灰色の髪をボサボサに伸ばした、身長二メートル程の大男。
頭部と腰から生える、狼のような耳と尻尾。
肘から先と膝から先を覆う獣毛。
手足の先から鋭く尖った爪という特徴を持った、獣人族。
『獣王』
突如として現れた、俺達の戦いとは縁もゆかりもない部外者。
建物の上からジャンプでもしたのか、高速で上から降ってきたその男がレストの頭を掴み……
「あ……」
着地の衝撃と腕力によって、レストの頭蓋を地面に叩きつけ、砕いた。
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