59 お前は誰だ?
俺の木刀を剣で受け止めたレストは、つばぜり合いをする事なく、即座に背後へ跳躍する事で、俺との距離を取った。
確かに、それは好手だ。
相手の動きを読み、その力を利用する剣術を使う俺にとって、密着状態での読み合いになるつばぜり合いは大の得意分野。
それは昨日剣を交えたレストも知るところ。
だから、わざわざ俺の得意分野に付き合わず、冷静に距離を取ったのは褒められる判断だろう。
あれだけブレイド相手に激情を叩きつけていたくせに、そんな冷静な判断ができるというのは少し引っ掛かるが。
しかし、今はそんな事を言ってる場合でもない。
「ブレイド、大丈夫か?」
「う、ぐ……」
大丈夫じゃなさそうだ。
レストにボコボコにされたブレイドは今、両腕を失った痛ましい姿で地面に倒れ伏していた。
どう見ても戦闘不能。
割り込むのがあと少しでも遅れてたら死んでいただろう。
ドッグさんに感謝だな。
とりあえず、視線はレストに向けて警戒したたまま、腰のマジックバックから勇者パーティーへの支給品である最高級の回復薬を取り出し、ブレイドにぶっかけておく。
四肢欠損を治す事はできないが、他の細かいダメージはこれで何とかなる筈だ。
それでも失った血や体力が戻る事はない。
ブレイドはしばらく動けないと思っておいた方がよさそうだ。
つまり、ブレイドを守りながら、レストや残った兵士達と戦わなければならない。
一筋縄ではいかないだろう。
「あぁ、兄上にトドメを刺せなかった……! あれだけの数と質をこんな簡単に突破された……!
あの時と同じだ……! 出立の式典で蹴散らされた時と同じだ……!
あなたはいつも格の違いを見せつける! いつもいつも僕の神経を逆撫でする!
妬ましい妬ましい妬ましいッ! 僕は、あなたが嫌いだァアアアアア!」
激昂し、嫉妬に駆られた悲痛な叫びを上げながら、レストが俺に向かって突撃してくる。
俺はそれを無言で迎え撃った。
別に言葉はいらないって訳じゃない。
ただ言葉を交わすよりも先に、今のレストの想いを、剣を交える事によって確かめたかったのだ。
昨日と同じように。
「アアアアッ!」
レストが初手で繰り出してきたのは、突撃の勢いを乗せた突き。
だが、勢いの割に体重が乗っていない。
対処される事を見越した牽制の一撃だろう。
これに流刃を合わせても効果は薄い。
すぐに切り返されて終わりだ。
「『歪曲』!」
故に、ここでの最善手は受け流し。
左手の木刀によって、欠片も体勢を崩さない完璧な歪曲を繰り出し、レストの攻撃を無力化する。
同時に、右手の木刀による震天をレストの脳天目掛けて振るった。
加護持ちでもあり、明らかに魔族の影響が他の兵士達より強いレストには大して効かないだろうが、全く効果がないという事もない筈だ。
「ハッ!」
その攻撃を、レストは即座に引き戻した剣で完璧に受け止めた。
体重が乗っていないのだから、引き戻すのも簡単なのは道理。
同時に、レストはそこで体を後ろに傾け、地面を強く踏み締め、後ろへ大きく跳躍すると共に、俺の胴を狙った斬撃を繰り出そうとする。
引き技。
しかし、その程度で俺の意表を突く事はできない。
その動きは読めている。
レストの剣が俺の右手の木刀を受け止めた状態から動こうとした時点で左手の木刀を動かし、繰り出した歪曲で出鼻を挫く。
それによって、レストの斬撃はあらぬ方向へと逸れ、引き技は失敗に終わる。
だが、後ろに下がるという行動自体は成立し、レストは再び俺との距離を空ける。
「ダアアアッ!」
そして、レストは再び俺に突撃してきた。
それが防がれたらすぐに下がり、また再度突撃。
徹底した一撃離脱戦法。
その程度で俺が崩れる事はないが、有効な戦法ではある。
あのドラグバーンと一対一で張り合った俺を相手に、こうして打ち合いが成立するくらいには。
そうやって剣を交えている内に、レストの感情が剣を通して伝わってきた。
今のレストは正気を失っている。
それは間違いない。
だが、こうして剣を交えて確信した。
レストは確かに正気を失っているが、他の兵士達と違って完全に意識を奪われて操られている訳ではない。
少なくとも言葉を話し、嫉妬の感情を叩きつけられるくらいには自我が残っている。
その感情に直に触れて……俺は途方もない怒りを覚えた。
レストの動きが止まる。
いくら攻撃しても通じないこの現状を受け入れられなかったのか、頭を抱えて悶え始めた。
「勝てない……!? 勝てない勝てない勝てないッ!
なんで!? なんでなんでなんで!?
僕は強くなったのに! 兄上なんて目じゃないくらい強くなったのにッ!」
「いいや、違う。お前は強くなんてなっていない」
「ッッ!」
遂に剣ではなく、言葉を交わした俺を、レストは壮絶な目で睨み付けた。
怒りを表すかのように食い縛った歯が砕け、充血した目からは血涙が流れ出す。
魔界生物特有の青い血、いや青黒い血がレストの顔を汚していく。
それを見てより一層腹が立ち、同時に酷く悲しくなる。
「魔族に操られ、感情任せに振るう剣になんの価値がある? それは強さとは言わない。ただの害悪だ」
「……死ねッ!」
ただ一言。
今のレストの心境を端的に表したシンプル極まりないセリフを合図に、ドッグさんに群がっていた兵士達がこっちに向かって来た。
どうやら一対一で俺に勝つのを諦め、袋叩き戦法に切り替えたらしい。
普段ならむしろ勝率が上がるんだが、さすがにブレイドを庇いながらだとそうはいかない。
唯一幸いなのは、一番厄介な中年魔法使いをドッグさんが抑えてくれてる事くらいか。
苦戦はするだろうな。
だが、負ける気は一切しない。
こんなもん、詠唱中のステラを後ろに庇いながらドラグバーンと戦った時に比べれば屁でもないんだよ!
「「「ガァアアアアアアア!」」」
「ハァッ!」
先頭の兵士達が放った魔法を禍津返しで跳ね返し、何人かの兵士達の足に当てて転倒させる。
当然、この程度じゃ焼石に水だ。
倒れた仲間を踏み越えて兵士達は突き進み、新しく前に出た連中が武器を振るう。
それを避け、受け流して軌道を変え、さっきと同じく同士討ちを狙って数を減らしていく。
だが、さっきと今の最大の違いは、この集団にレストが加わっているという事。
「死ね!」
兵士達の攻撃を目眩ましに、レストが本命の攻撃を仕掛けてきた。
俺に向けて剣を振るっていた兵士を踏み台にして飛び、頭上から強襲。
俺はそれを歪曲で受け流し、レストの剣で兵士達の足を斬る。
しかし、レストはこの期に至っても一撃離脱戦法を貫くつもりらしく、俺が反撃をする前に、兵士達を壁にして距離を取った。
「死ね!」
何人かの兵士達の凶刃が、俺の足下のブレイドに向く。
それと同時に突っ込んでくるレスト。
俺がブレイドを庇った隙を突くつもりか。
姑息な。
突撃して振り下ろしてきたレストの剣を、右手の木刀による歪曲で受け流し、左手の木刀による歪曲で、兵士の一人が振るった剣の軌道をレストの背中へ誘導。
剣の空振りに加え、後ろからの斬撃で体が前に押し出されたところに、暴風の足鎧の力で加速した蹴りを使って足払い。
それによって、レストの体は突進の勢いのまま、ブレイドを攻撃しようとしていた兵士達に激突した。
ブレイドへの攻撃は中断され、その内のいくつかはレストに突き刺さる。
その傷はすぐに再生能力によって治ったが、レストは激突した兵士達と共に地面を舐める事となった。
「ぐぅ……! 死ね!」
それでもレストの殺意は衰える事なく、再度俺に向かってくる。
「死ね!」
遠距離からの飛翔する斬撃。
禍津返しで絡め取り、その勢いで体を回転。
回転するついでに周りの兵士達の足を切り裂き、そのままレストに跳ね返す。
「うぐっ!?」
跳ね返された斬撃でレストの腕が千切れ飛ぶ。
しかし、レストは魔族の力を一際多く与えられてるらしく、即座に腕が再生した。
再生した腕で剣を握り締め、レストは再び特攻する。
「死ね死ね死ね! 死んじゃえぇええええ!」
「いい加減にしろッ!」
「かはっ!?」
暴れるレストに怒りの一撃を叩き込んだのは、俺ではなく駆けつけたドッグさんだった。
見れば、中年魔法使いは倒れてぐったりしている。
俺を射出した時点で大分距離を詰められてたのが幸いしたのか、どうやら無事無力化できたらしい。
その代わり、ドッグさんも相応の傷を負ってはいるが。
しかし、ドッグさんは己の負傷など気にならぬとばかりに、声を張り上げた。
「レスト! お前はそれでも加護持ちか!? それでも偉大なバルキリアスの系譜か!?
同じ『剣の加護』の持ち主として、俺は今のお前を軽蔑する!」
そう叫ぶドッグさんを、レストは殺意に満ちた目で睨み付ける。
だが、自分より遥か格上の力を得たレストを前にしても、ドッグさんは揺らがない。
「俺達は神に力を授けられて生まれた!
その力は魔族から人類を守る為に与えられた力だ! 力なき者達を守る為の力だ!
その力を私怨で振り回し、魔族に与して人類に牙を剥くなど! 恥を知れ!」
ドッグさんの言葉は、加護持ちが教えられるという心構えの話だ。
加護の力は人類を守る為の力。
その為に神より与えられた力。
故に、決して私利私欲の為に使う事なく、誰かを守る為に振るうべし。
強い力を持つ者ほど、強く言い聞かされる心得。
「自分より優れた者に嫉妬する気持ちはわかる!
俺とて同僚に何人も聖戦士がいた! 妬ましいと思った事もある!
だが、彼らはその力に伴う責務をしっかりと果たしているのだ!
俺達より遥かに多くの魔族や魔物を狩り、俺達より遥かに多くの人々を救い、人類の希望として、俺達より遥かに重い重圧の中で戦っている!
そんな彼らへの嫉妬は、己の責務を放棄して魔族に与していい理由にはならぬと知れ!」
この堂々とした宣言を聞けばわかる。
ドッグさんは、加護持ちとしての心構えを忠実に守っているのだ。
獣王のように、加護という才能に溺れる輩もいる中、愚直なまでにその信念を貫いている。
そう思えば、最初会った時俺に突っ掛かったのも、加護持ちの英雄としての誇りと責任感の裏返しだったのかもしれない。
俺はまた一つ、ドッグさんを見直した。
「同じ『剣の加護』を持つ者として、これ以上の蛮行は見逃せん!
『剣の英雄』ドッグ・バイト、参る!」
「うるさい!」
「はうっ!?」
ああ、ドッグさんがやられた!?
全力で斬りつけた剣をあっさり弾き飛ばされて生じた隙に、股間を蹴り飛ばされて!
蹴りの勢いでドッグさんが俺の方に飛んでくる。
俺は歪曲でドッグさんの吹っ飛ばされる方向を変え、できるだけ衝撃を殺して地面に軟着陸させた。
地面に降ろされたドッグさんは、股間を抑えてピクピクと痙攣している。
過去二回くらい見た光景だ。
「ただの加護持ちでしかないあなたに何がわかる!?
僕はバルキリアスの系譜だ! 『剣聖』ルベルトの孫で、『剣聖』ブレイドの弟だ!
普通の加護持ちなんかより遥かに聖戦士と比べられるんだよ!
そして勝手に失望されて、勝手に蔑まれるんだ!
僕の苦しみもわからない奴が、勝手な事言うな!」
そう言って、レストは吐き捨てた。
怒りの大きさを物語るように、フーッ、フーッ、と荒い息を吐き出している。
だが、例え瞬殺されようとも、ドッグさんは立派だったし、その活躍は無駄ではない。
心理的にも、そして戦局的にもだ。
「ドッグさん、ブレイドを頼みます」
蹴りで吹き飛ばされたドッグさんは、俺の側に着地させた。
つまり、俺が庇っていたブレイドの側に。
股間を強打して踞ってるとはいえ、もう三回目なんだから気合いで立ち上がれるだろう。
兵士達もさっきまでの攻防で随分と倒れた。
負傷したドッグさんでも、自分とブレイドを守りきれる筈だ。
これでようやく、俺が前に出れる。
「レスト」
呼び掛ければ、殺意に満ちた目が返ってくる。
なのに、すぐには飛び掛かって来ない。
さっきまで兵士達と共に戦っても勝てなかったんだから、一人で突撃するのに躊躇するのは普通だ。
……ただし、それは普通に考える頭が残っていればの話。
今のレストは正気を失い、剥き出しの感情のままに戦っている。
なのに、所々でこいつは妙に冷静な動きをした。
最初につばぜり合わずに後ろに下がった事と言い、兵士達にブレイドを狙わせた事と言い。
そして今、レストはまるで激情を堪えるかのように動きを止めている。
感情に振り回されてる筈なのに、おかしな話だ。
だからこそ、俺は確信を持って問い掛ける。
「━━お前、誰だ?」
その問いを受けたレストの体の上で、流れ出した青黒い血が蠢いたような気がした。
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