58 嫉妬の剣士
「オォオオオオオオオオ!」
「う……あ……」
「「「ガァアアアアア!」」」
斧使いの女、中年魔法使い、大量の兵士達。
敵の全軍が、一斉に俺達に向かって押し寄せる。
さっきまでと同じ、数の暴力で圧殺しようという戦略とも言えない戦略。
だが、そこに魔族の力で強化された英雄が二人も加わっていれば、同じ攻撃でもさっきとは別物だ。
先陣を切るのは当然、最も身体能力に優れた斧使いの女。
まるで猪のように一直線に突進し、巨大な斧を両腕でフルスイング。
縦に振り下ろす。
単調な攻撃だ。
パワーとスピードこそ凄まじいが、これだけならまだ対処は難しくない。
俺は斜め前に踏み込みながら、振り下ろしを左手の短い方の木刀で受ける。
いつものように力負けし、斧の勢いによって左手が沈み込む。
その沈み込む勢いを流刃によって回転力に変え、相手の力を乗せた右の木刀を、斧使いの女の頭に向けて突き出した。
ドラグバーン戦の経験と道中の修行によって、二刀の型の完成度は上がり、守りや軽い攻撃だけでなく、こうして反撃もできるようになったのだ。
とはいえ、まだまだ力の伝導率も低く、片手での攻撃では威力に欠けるという欠点を解消できた訳でもない。
四天王クラスに通じるレベルではないだろう。
それでも、目の前の斧の英雄くらいになら通用しない事もない筈。
「グッ!?」
流刃によって繰り出された突きを頭に食らい、斧使いの女がよろける。
しかし、倒れはしない。
やはり、流刃と併用すると震天の精度が落ちるな。
だからと言って、流刃と併用しなければ、英雄の意識を奪うには至らない。
何せ、武術系の加護持ちの頑丈さは魔族にも匹敵するのだから。
だが、一度でダメなら、二度でも三度でも打ち込むまで!
よろめいている斧使いの女に追撃をかける。
今の一撃で脳が揺れている状態なら、従来の震天でも多少は効果がある筈。
ぶっ倒れるまで叩き続けてやる。
「……チッ」
しかし、そう簡単にはいかない。
俺の追撃を妨害するように、中年魔法使いがいくつもの水の弾丸を飛ばしてきた。
器用にもカーブを描き、目の前の斧使いの女や、迫り来る兵士達を避けて飛来する水弾の連打。
味方を巻き込まないだけの理性が残ってるのか、それとも単純に障害物を避けてるだけか。
どっちにしろ、厄介な攻撃である事に変わりはない。
水弾の弾速が思ったより速いのだ。
防ぐだけなら簡単。
歪曲連鎖で軌道を歪めた水弾を他の水弾にぶつけて相殺すればいい。
なんなら何発かは禍津返しで跳ね返したり、斧使いの女にぶつけたりしてやったが、それでも大量の水弾の圧力によって前に出られず、数秒の時間を稼がれ、斧使いの女に追撃をかける事ができなかった。
跳ね返した水弾は他の兵士が壁になって中年魔法使いまで届かず、それを何発か食らわせた斧使いの女も、この程度の軽い攻撃では軽傷止まり。
そうこうしている内に脳震盪の余韻も消えてしまったらしく、しっかりとした足取りを取り戻して、再び襲いかかってきた。
今度は追いついてきた他の兵士達と一緒に。
「くそっ……!」
斧を筆頭に、数々の武器が俺を目掛けて振るわれる。
流刃……いや、ここは、
「『歪曲千手』!」
同時に俺に向かってきた攻撃は三つ。
正面からの斧、前方と後ろからの剣だ。
いくら敵の数が多くとも、すし詰めになって動く訳にはいかない以上、完全同時に繰り出される近接攻撃の数はそう多くない。
とりあえず最大脅威である目の前の斧を左手の木刀で受け流し、後ろの兵士達の足を切り裂く軌道へと誘導。
同時に、右手の木刀で横から来た剣の軌道を斧使いの女の腕へと誘導。
更に、後ろから振るわれた剣を、剣聖シズカの羽織とミスリルの胸鎧の肩部分で守られた場所で受け流し、その軌道も斧使いの女の腹へ誘導。
それによって斧使いの女は左腕と腹に斬撃を食らい、他の兵士達も誘導した斧使いの女の攻撃で足をぶった切られて何人かが脱落した。
しかし、これでも斧使いの女に与えたダメージはまだ軽傷。
ふざけた事に、食らった攻撃を筋肉の鎧で止めやがったのだ。
腕にめり込んだ剣は切断に至らず、腹を突いた剣は貫通に至らない。
それどころか、剣が抜けた途端に再生能力で全快される始末。
そこに斧使いの女の次の攻撃が振るわれ、同時に倒れた味方を踏み越えて新しい兵士達が群がり、更に中年魔法使いを始めとした後衛職による攻撃まで加わる。
対処はできる。
このまま戦っても負けはしない。
だが、こうしている間にも……
「ぐ、ぉ……!?」
「アハハハハハハハッ! 無様! 不恰好! みっともない!
あれだけ必死になっても追いつけなかった兄上が、今はまるでゴミのようだ!」
「くそ、が……!」
兵士達の壁の向こうでは、ブレイドがレストに切り刻まれ、刻一刻と敗北へのカウントダウンが進行していた。
狂気に満ちた笑みを浮かべながら剣を振り回すレストと、そんな弟の姿を見て完全に集中を欠いているブレイド。
勝敗の行方は火を見るよりも明らかだ。
なんとか、ブレイドが踏ん張ってる間にこっちを終わらせて駆けつけなければならない。
くそっ!
せめて、殺していい敵なら、もう少し話は簡単なのに!
「ドッグさん! 協力して下さい!」
「む! 了解した!」
この軍勢を俺一人で短時間で全員殺さず無力化するのは中々にキツいと判断し、後ろの方で確実に兵士達を戦闘不能にしていたドッグさんに救援を要請した。
ドッグさんが目の前の敵を振り払ってこっちに来る。
だが、僅かな間にも事態はどんどん推移していく。
「ずっと、あなたが嫌いだった! ずっと、あなたが目障りだった!
聖戦士の加護を持って生まれたってだけで皆から期待されて! 認められて!
僕はそんなあなたと比較ばっかりされて!」
レストの様子が、狂喜から怒気へと変わる。
彼は吐き出し続ける。
心の闇を。
ブレイドの心を抉る言葉を。
「僕の方が努力してた! 才能の差を覆す為に、必死で頑張ってきた!
なのに、そんな僕の努力を嘲笑うみたいに、あなたは剣聖の力で僕との差を見せつける!
よく稽古サボってたくせに! 必死の努力なんてしてこなかったくせに! 生まれ持った力だけで!」
「おごっ!?」
言葉と共に、剣の一撃を囮にして放たれた、抉るような拳がブレイドの腹にめり込んだ。
その一撃に耐えられず、ブレイドが膝をつく。
マズイ!
そう思ったが、レストはすぐにはブレイドに追撃を掛けず、膝をついたブレイドをニヤニヤとした嫌みな顔で見下しながら嘲笑った。
「ずっとずっと、兄上が妬ましくて妬ましくて堪らなかった。
でも、そんな気持ちからもやっと解放されます。
だって、今はもう僕の方が強いんだから!
身体能力が逆転してしまえばこんなものですよ。
兄上の剣には深みがない。なまじ聖戦士としての身体能力と剣のセンスによるゴリ押しで勝ててしまうから、駆け引きも拙く、相手の行動を読むのも苦手。
格下相手には無双できても格上相手には通じない。
つまり、格上になった今の僕には通じないんですよぉ!」
愉快で愉快で仕方ないとばかりに、レストは大声を上げて嗤う。
……ぶっちゃけ、それに関しては俺も少し感じてた事だが、よりにもよって実の弟に、こんな形で指摘されて嘲笑われるなんて、ブレイドのメンタルに大ダメージが入ってそうだ。
傍目にも絶望のオーラが見える。
心折れたかもしれない。
そんなブレイドの顔面を、レストは容赦なく蹴り飛ばして足蹴にした。
もうやめてやれよ!
「ぐふっ!?」
「格付けは終わりました。さあ、決着をつけましょう! あなたの死をもって、僕は弱い自分に別れを告げる!」
「あ、あがぁあああああ!?」
今度こそ仕留めに行ったレストの攻撃を防ぎ切れず、ブレイドの片腕が切断されて宙を舞う。
それでもブレイドは残った腕で大剣を盾のように使い、必死に生にしがみつくが、もう一刻の猶予もない!
「ドッグさん!」
「わかっている! おぉおおおおおおお!」
ブレイドの救援に向かうべく、俺達は目の前の敵へと最後の攻勢を仕掛けた。
俺達だって、ただボーッとレストの家庭内暴力を見ていた訳じゃない。
俺が防ぎ、ドッグさんが攻める連携をもって、目の前の障害を確実に薙ぎ払っていたのだ。
その甲斐あって、兵士達の半数以上を無力化。
最大の障害である斧使い女の片腕も奪い、制圧まであと少しというところまで漕ぎ着けた。
大丈夫だ!
間に合う!
「オォオオオオオオオオ!」
斧使いの女が、残った片腕で斧を振り上げる。
追い詰められて生存本能が強まったのか、ただでさえ薄れてる理性が完全に消失したような大振りの一撃。
チャンスだ!
「『流刃』!」
「ガッ!?」
斧の一撃を完璧に受け流し、その勢いを乗せた流刃を、斧使いの女の腕に叩きつける。
真剣ならいざ知らず、木刀の攻撃では英雄の体に大きなダメージを与える事はできない。
しかも、今の相手は魔族の力を持たされた英雄。
この程度のダメージ、瞬く間に回復されてしまうだろう。
だが、今の一撃は打撃によるダメージを狙ったものではなく、肩関節を強打する事によって脱臼を狙った攻撃だ。
いくら再生能力が高かろうと、関節を外してしまえば少しは動きが止まって隙が出来る。
そして、隙さえ作れば、英雄相手でも普通に大ダメージを叩き込める戦力がこっちには居る。
「すまん、バネッサ! ハァアア!」
名前を呼んで詫びながら、ドッグさんが動きの止まった斧使いの女に斬りかかる。
腰を落として前に出ながら、まずは左足に向かって剣を一閃。
背後を取り、今度は右足と右腕に向かって二連斬。
それによって斧使いの女の四肢全てを奪い、戦闘不能にする事に成功した。
そのまま、ドッグさんは斧使いの女を投げ飛ばし、戦闘領域から無理矢理に離脱させる。
これで最大の障害は倒した。
残る大きな壁は、もう一人の英雄である中年魔法使い。
こっちは斧使いの女に比べれば楽だ。
魔法使いは近づかれると弱い。
魔法系の加護持ちも常人に比べれば優れた身体能力を持つし、魔族の力も与えられてる以上、近接戦でも他の兵士達よりは強いかもしれないが、それでも武術系の加護持ちに比べればどうとでもなる。
ただ、
「さようなら、兄上!」
俺が中年魔法使いを倒して駆けつけるより、レストがブレイドにトドメを刺す方が早そうだ。
どうする!?
「小僧! 跳べぇ!」
「は!?」
そんな事を叫びながら、いきなり隣のドッグさんが俺に斬りかかってきた。
何を、と一瞬思ったが、すぐにその意図を理解する。
ドッグさんが横に振り回そうとしている剣は、腹の部分が俺に向いていたのだ。
俺は反射的に、最適と思われる行動を取っていた。
振り回される剣の腹を足の裏で受け止め、その状態の俺をドッグさんが力一杯のフルスイングで吹っ飛ばし、レストの方に向けて射出する。
「どぉりゃぁあああ!」
「ドッグさん!」
「ここは俺に任せて先に行け!」
まだ半数近い兵士達と中年魔法使いが居る戦場に一人で取り残されるというのに、ドッグさんは二度に渡って急所を蹴り上げられた人とは思えない、中々に漢らしいセリフで俺を送り出してくれた。
俺の中でドッグさんの株が急上昇する。
最初は加護の力に傲ってるだけの奴かと思い、再会した時も思ったよりはまともな人だったな程度にしか考えてなかったが、とんでもない。
あんた、ちゃんと立派な英雄だったよ。
そんなドッグさんの献身は無駄にしない。
射出された勢いのままに、俺はブレイドにトドメを刺そうとしているレストに飛び掛かった。
「レストォオオオ!」
「邪魔しないで下さいッ!」
俺の木刀とレストの剣がぶつかり合う。
一日ぶりに直接交えた俺達の剣は、酷く悲しい音を響かせた。
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