56 混乱の中を走る

 ドッグさんと共に、建物の上を走りながらレストとブレイドを追いかける。

 もう二人の姿は見えないが、行った場所はわかる。

 何故なら、前方で思いっきり派手な戦闘音が聞こえてきてるからだ。


「あの場所……兵舎か!」


 ドッグさんがその場所を見ながら叫ぶ。

 どうやら二人が激突してる場所は兵舎らしい。

 だとしたら、兵士を巻き込む形になってるのか?

 いや待て。

 そもそも、ルベルトさんの予想だと、真っ先に狙われたのは兵士なんじゃなかったか?


「マズイ! あそこには洗脳された兵達が!」


 ああ、やっぱりか。

 ドッグさんの嘆きで嫌な予感が的中した。

 本来なら、一般の兵士が聖戦士と強化された英雄のタイマンに割って入れる道理はない。

 しかし、人質や肉盾としてなら、いくらでも使える。

 ブレイドが不利になる要素が、より一層増えた。


「マズイ、本当にマズイぞ! いくらブレイド様とはいえ、今のレストと今のあいつらを同時に相手取ったら……!」

「……どういう意味ですか?」


 今の言い方、とてつもなく引っ掛かったぞ。

 それだと、まるでレストだけでなく、兵士達の方も何かしら厄介な状態に変わってるみたいじゃないか。

 それこそ人質でも肉盾でもなく、戦力的な意味で聖戦士であるブレイドの脅威になるみたいな言い方に聞こえた。


「それは……ッ!?」


 俺の疑問にドッグさんが答えようとした瞬間、それを遮るように俺達に向けて魔法が飛んできた。

 炎の矢のような魔法。

 しかも、それなりに強い魔法だ。

 エル婆には到底及ばないが、カマキリ魔族が使ってた風の斬撃一発分くらいの威力はある。

 俺は反射的に前へ飛び出し、炎の矢を術者に向けて跳ね返した。


「五の太刀━━『禍津返し』!」

「オォオオオオオオ!?」


 絡め取られ、軌道を180度歪められた炎の矢が、術者の足を貫く形で炸裂する。

 片足を炎で焼き焦がされて獣のような絶叫を上げた術者は、操られた人達と同じく狂気に染まった顔をした兵士だった。

 しかし、他の人達とは明らかに気配の質が違う。

 少しだが、レストと同じく禍々しい魔族の気配を放っている。

 ついでに、強者を嗅ぎ分ける俺の感覚にも反応ありだ。


 俺の予想を裏付けるように、操られた兵士が残った片足で跳躍する。

 俺達と魔法を撃ってきた兵士の距離は、約50メートル。

 その距離を、片足による踏み込み一つで埋めてみせた。

 どう見ても一兵卒のレベルを逸脱した身体能力。

 普通に俺の何倍も強い。

 下手すれば、英雄の領域に指先がかかってそうな程だ。


「ハッ!」

「ぐがっ!?」


 だが、今更その程度の力に負ける俺じゃない。

 突撃して振り下ろしてきた剣の一撃を木刀で受け流し、その威力を利用した流刃で残った片足を砕く。

 これで行動不能に……


「ガァアアアアア!」

「何っ!?」


 両足を砕いても、兵士は倒れなかった。

 壊れた足で地面を踏み締め、次の一撃を繰り出してくる。

 砕けた足が回復してる!?

 ドラグバーンみたいな再生能力を持たされてるのか!?


「六の太刀変型━━『震天』!」

「カッ!?」


 驚きながらも、俺は冷静に剣を避け、反天の応用技を兵士の頭に叩き込んだ。

 本来の反天は相手の攻撃と自分の攻撃をぶつけ、発生した衝撃を敵の最も脆い部分に浸透させて破壊する技だが、さすがに、洗脳解除の見込みがある味方にそれを叩き込む訳にはいかない。

 今回の技は、単純に俺の腕力だけで頭蓋骨をぶっ叩き、その衝撃で脳を揺らしただけだ。

 それだけで人は気絶する。

 体がやたら頑丈な魔族や魔物相手だとほぼ通用しないから滅多に使わない技だが、この状況なら大活躍しそうだな。

 それはいいとして。


「ドッグさん、これどうなってるんですか?」

「見た通りだ。兵達はレストに何かをされ、こんな状態にされてしまった。多くの兵達がこいつと同じく、最下の魔族に迫る程の力を持たされたんだ。それを前に、俺は撤退してルベルト様の所へ駆ける事しかできなかった……!」

「……何があったのか詳しく教えてください。走りながらになりますけど」

「いいだろう。だが、走りながらではなく戦いながらになりそうだぞ」

「みたいですね」

「「「ガァアアアアア!」」」 


 会話の隙も与えぬとばかりに、今倒した兵士と同じ状態の兵士達が次から次へと現れ、襲いかかってくる。

 それをドッグさんと共に迎撃。

 追加で出てきた兵士は全部で十人。

 五人ずつに別れる事もなく、かといって連携してくる事もなく、それぞれが本能に任せて目についた方へ突撃してきてる感じだ。


 俺の方へ向かってきたのは六人。

 複数人相手で、殺してはいけないという条件なら、二刀の型を使った方がいいだろう。

 攻撃力に乏しい二刀の型だが、今回の主力である震天に力は必要ない。

 殺す程の威力の攻撃を行うつもりもないのだから、攻撃力に乏しい事は、むしろ利点だ。

 刀が二本になれば手数も増えるし、それにドラグバーン戦の時より二刀の型の完成度も上がっている。


 俺は腰から短い方の木刀も引き抜き、迫り来る兵士達を迎え撃った。


「ガァアアアアア!」

「フッ!」


 真正面から剣を振り下ろしてきた一人目の攻撃を、左手の木刀を使った歪曲でねじ曲げる。

 そのまま木刀を直進させ、突きによる震天で一人目の脳を揺らした。

 連続技だ。

 まずは一人。


「ハァ!」


 続いて、左右から同時に襲いかかってきた二人目と三人目に対処。

 元がコンビネーションに長けた二人だったのか、理性を失ってるにも関わらず、鏡合わせのように斜め上段からの斬撃を叩き込んでくる二人。

 それに対し、俺は攻撃を先読みして一歩前に出る事で回避し、左右の木刀を同時に二人の側頭部に叩き込んで意識を奪う。

 これで三人。


「「「ガァアアアアア!」」」


 残った三人は、これまた同時に俺を攻撃しようとしていた。

 正面の兵士が大盾を構えての突撃。

 残りの二人が、その盾持ち兵士の斜め後ろから、長物の槍で俺を刺し貫こうとする。

 ……理性吹っ飛んでる割に、連携として成立してる動きだ。

 盾持ちがこっちの攻撃に対する壁になる事で、それに守られた槍持ち二人は反撃を気にせずに攻撃できる。

 攻防一体の陣形。

 多分、体に染み付いてるんだろうな。

 恐らく、戦闘が少しでも長引いて戦況が複雑化すれば、理性消失によるボロがどんどん出てきて連携はズタズタになるんだろうが。

 さっきの二人目と三人目といい、少なくとも最初の一手は、訓練によって体に染み付いた定石通りの動きができるのかもしれない。


 そんな努力の結晶を、魔族に利用されるというのは腹の立つ話だ。

 老婆魔族に操られたフィストを思い出す。

 今回は知り合いのレストまで毒牙にかかってる分、怒りはあの時の比ではない。

 こんな事を仕出かしてくれた野郎は、後でキッチリ落とし前つけてぶっ殺してやる。


 俺は右手の木刀で歪曲を使い、右側から迫る槍を受け流しつつ、左手の木刀で左側から迫る槍の一撃を受け止めた。

 槍の切っ先を木刀の鍔と刀身の根元でガッチリと防ぎ、その勢いを利用して右へ回転。

 暴風の足鎧の力も発動させ、風によって加速した蹴りを、歪曲の技法を用いて盾持ちの盾へ向けて繰り出す。


「二の太刀変型━━『歪曲・無刀』!」


 突進の勢いをねじ曲げるべく放った蹴りによって、盾持ち軌道は横へと逸れ、槍持ちの一人とぶつかって両者の体勢が崩れる。

 あのまま盾持ちを突進させてたら、直線上にいた最初に昏倒させた兵士を踏み潰しかねなかったからな。

 それを避ける為にも、盾持ちは横にどけなければならなかった。


 そして、右に回転する体はまだ止まらない。

 今度は回転のままに左手の木刀を、突きを受け流されて隙を晒してるもう一人の槍持ちに叩き込み、震天で気絶させる。

 槍持ちが崩れ落ちる様を確認する暇も惜しみ、俺は激突して体勢を崩してる残りの二人に駆け寄って、左右の木刀で両者の頭を叩く。

 再びの震天。

 最後の二人が、他の兵士と同じように倒れる。

 それで俺の方に向かってきた兵士は全滅させる事ができた。

 この間、僅か数秒足らず。

 我ながら悪くない仕事だったと思う。


 見れば、ドッグさんの方に向かっていた四人の兵士も全滅していた。

 全員、四肢を全て両断されて。

 どうやらこいつら、骨折程度の傷なら瞬時に回復できるが、さすがに四肢欠損までは治せないらしい。

 かなり荒っぽいが、まあ、震天みたいな便利な技がなければ、そうせざるを得ないか。

 それでも念の為に、全員の頭に震天を叩き込んで気絶させておいた。

 全部終わったら、リンにでも治してもらってくれ。


「……無駄な破壊を一切せず、意識だけを的確に刈るか。相変わらず凄まじい技量だな」


 ドッグさんが少し複雑そうな声でそう呟く。

 まあ、最初に会った時、加護も持たないガキが調子に乗るなよ的な事言って殴りかかってきた手前、色々と思うところがあるんだろう。

 だが、今はそんな感傷に浸らせてる場合じゃない。


「どうも。でも今はそんな事より先を急ぎましょう。兵舎であった事についての説明もお願いします」

「わかっている」


 そうして、ドッグさんは即座に感傷を振り払い、再び走り出しながら説明を開始した。


「……始まりは本当に突然だった。今から一時間程前の事。いつもと変わらない姿のレストがふらりと兵舎に現れ、突如豹変して俺達に襲いかかってきたんだ」


 一時間前。

 丁度、俺達がルベルトさんに神様の話を伝えようとして、街長の屋敷に入った頃だ。

 恐らく、というかほぼ確実に、レストは俺達を監視してたんだろうな。

 油断した。

 まさか味方に監視されて、僅か一時間程度の密会の隙を突かれて、ここまでの事をされるとは。

 いくら遮音結界を張ってたとはいえ、あれは中の音を外に漏らさない為の結界魔法。

 外からの音もある程度は遮断するが、派手な戦闘音がすればさすがに気づく。

 レストか、あるいはその裏にいる魔族はそこまで考えて、最初に派手な戦闘ができる兵士を不意討ちで無力化したって事か。


「不意を突かれ、真っ先に狙われた俺は一撃で結構なダメージを食らってしまった。すぐに異変に気づいて他の加護持ちの守護騎士二人が迎撃に当たったが、あの豹変したレストには歯が立たず、戦闘とも呼べない刹那の内に打ち倒された。その直後に俺もやられそうになったが、他の兵達に助けられてな。ここは自分達が時間を稼ぐから、その隙にルベルト様を呼んできてくれと託されて逃がされたんだ。だが……!」


 ドッグさんの顔が苦々しく歪む。

 その様は、自らの無力を悔やむ男のそれ。

 前の世界の俺と同じ顔だ。


「レストに倒された兵達が、すぐに苦しみ始めてあの状態になっていった。操られた兵は他の兵に噛みついて、噛みつかれた方も同じ状態になる。特にレストに直接やられた連中は異様な力を持たされた。そんな数と質の暴力によって、兵達は瞬く間に全滅。俺はなんとか兵舎から逃げ出せたが、追ってくる兵達と、その兵達に噛みつかれて操られた住民達に追い立てられ、逃げ回り、お前達と合流するまで一時間もかかってしまったという訳だ……!」


 ……なるほど。

 確かに、最下の魔族に匹敵する奴らが負傷したところに集団で襲ってきたら、加護持ちの英雄でもキツイか。

 ましてや、それが操られた味方なら尚更。

 トドメに、加護持ちの力だとちょっと小突いただけで死にかねない民衆という名の肉の盾がいるせいで、派手な戦闘もできない。

 苦戦もやむ無しだな。


 だが、今の話で少しは敵の内情がわかった。

 敵はレスト+操られた兵士達。

 最初にレストに倒されたという、加護持ちの守護騎士二人も操られてる可能性あり。

 そして、かなり多くの兵士達が、最下の魔族並みの力を持たされている。


 レストに直接やられた奴がそうなってるって事は、感染源に近い程効力が強いって事か?

 だとすると、加護持ちの守護騎士二人は、レストに近い強さを持たされているかもしれない。

 しかも、そいつら全員、できれば殺さない方がいいときた。

 最低でも、レスト含む加護持ち三人は確実に救出しなければならないだろう。

 少しでも被害を減らして魔王軍に勝てと言われてる状態で、一騎当千の英雄を三人も失う訳にはいかない。

 ちっ!

 なんて厄介な!


 しかし、嘆いてても始まらない。

 俺は俺にできる事をするしかないのだから。


 前方から、再び操られた兵士達が現れる。


「また来るぞ!」

「数が多いです、ね!」


 言いながら、間合いに入った兵士を震天で打ち倒す。

 今回はさっきよりも数が多い。

 ここは最前線近くの街だ。

 危険地帯が近い分、駐屯してる兵士の数も多いに決まってる。

 普段なら頼もしい味方の筈が、今はそいつら全員敵。

 それを殺さずに切り抜けて行かねばならない。

 普段の死闘とは勝手が違う。

 やりにくい事この上ない。

 それでも……


「やってやるよ! ちくしょうがぁああ!」


 咆哮を上げながら、一人一人正確に頭を狙って昏倒させていく。

 持ってたのが木刀だったのは不幸中の幸いだったのかもな。

 おかげで、少しは不殺の技が使いやすい。


「どけぇえええ!」


 そうして、操られた兵士達を一人ずつ確実に無力化しながら、俺達は先に進んだ。

 叩いて、叩いて、叩いて、叩いて、叩きのめして。

 その果てに辿り着いた兵舎で、俺達が目にしたのは……


「無様ですね、兄上」

「ぐ、くそ……!」


 ボロボロの姿で大剣を構えるブレイドと、そんなブレイドを無傷の状態で見下すレストの姿だった。

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