55 分断

 操られた人々が襲いかかってくる。

 それを指揮する当のレストは、俺達全員を同時に相手にする気など更々ないのか、くるりと反転して建物の上からジャンプし、どこかへ立ち去ろうとした。


「逃がすか!」

「待て、ブレイド!」


 そんなレストを、ルベルトさんの忠告も聞かずに、ブレイドが単独で追いかけていく。

 兄としてあんな事になった弟を放っておけない気持ちはわかるが、独断専行はマズイ!

 さっきの斬撃を受けただけでわかる。

 今のレストの肉体は、相当強化されている。

 加護の力に魔族の力が加わるなんてバカげた現象が起きてるのか、パワーだけならブレイドより上だ。

 しかも、身内に剣を向けなければならないなんてふざけた状況で、平常心を維持できるとは思えない。

 一人で行かせるのは、あまりにも危険だ!


 幸い、この場には広範囲制圧に長けたエル婆と、操られてる人達の回復ができるリンがいる。

 なら、俺がいなくても問題はない。

 瞬時にその判断を下した俺は、急いでブレイドについて行こうとした。

 しかし、そんな俺の視界に、真っ青な顔をして硬直してるステラの姿が映る。


「ッ!? ぼさっとすんなバカ!」

「あうっ!?」


 そんなステラの頭に全力のチョップを叩き込み、正気に戻す。

 だが、そのせいでブレイドは先に進んでしまった。

 くそっ!

 俺とブレイドの移動速度の違いを考えれば、タイムロスは割と致命的だ。

 しかし、ステラをこのままにしておく訳にもいかない!


「絶望するのは後にしろ! 今は目の前の連中をなんとかする! そしてレストをはっ倒して正気に戻す! それだけ考えとけ!」

「ッ! そうよね! 他の人達だって治せるんだから、レストくんだって治せるわよね! ありがと! もう大丈夫!」


 よし!

 とりあえず、ステラは正気に戻した。

 こうなってくるとリンの方も心配だったが、そっちはエル婆が杖で尻をぶっ叩いてくれたらしく、なんとか立ち直っていた。

 おまけに、二発目の電撃で既に第二陣を痺れさせて無力化している。

 さすが、歴戦の大ベテラン。

 いつもこうならいいのにな。


「……ちっ」


 しかし、レストもあっさりとやられるような布陣を考えなしにけしかけてくる程バカじゃないらしく、操った人達をひと纏めにする事なく、いくつかのグループに分けて順番にぶつけてきた。

 戦力の逐次投入は本来なら愚策だが、最初からこの人達で俺達を倒せる訳がない以上、むしろ小分けにして手を煩わされる方が厄介だ。

 現に俺達はこうして足止めされ、先走ったブレイドを料理する時間を稼がれてしまっている。

 しかも……


 ドカァアアアン! という轟音が街の東側から聞こえてきた。

 レストの動きに便乗して、他の魔族でも出たのかもしれない。

 それ以外にも、人々の悲鳴はあちこちから聞こえてきている。

 エル婆の広範囲制圧魔法に加え、その魔法に巻き込まれないように待機してるグループを俺達が先んじて倒す事で、この場の制圧はもうすぐにでも終わる。

 だが、他の場所を放置する事はできない。

 人道的な意味でもそうだし、戦略的な意味でもここの住民達を見捨てる事はできないのだ。


 ここは最前線の砦に最も近い街の一つ。

 言わば、補給の重要拠点。

 この街が落ちれば最前線への支援が滞り、魔王軍との戦いに結構な悪影響が出るというのは、戦略に明るくない俺ですら少し考えればわかる事だ。

 人類の被害をできる限り抑えなければいけない現状、この街を見捨てるという選択肢はあり得ない。


 それでも、完全に助けられる見込みがゼロなら切り捨てる事も視野に入っただろうが、リンがいれば問題なく全員救えてしまうというのもタチが悪い。

 それどころか、恐らくステラの治癒魔法でも救えるだろう。

 『勇者の加護』はあらゆる加護の上位互換。

 鍛えてきた分野の違いで専門職のリンには劣るとはいえ、さすがにリンの無詠唱魔法よりは、ステラが完全詠唱した魔法の方が勝る。

 リンの無詠唱魔法で救えるなら、ステラでも救える。

 それは普通に考えれば喜ばしい事なんだろうが、この状況だとそうも言い切れない。

 何故なら……


「くっ! 致し方ないか!」


 最後の数人の足を剣の腹で放った飛翔する打撃で砕きながら、ルベルトさんが口を開く。

 作戦を伝える為に。


「勇者様、リンくん、エルネスタ様は三手に別れて住民の沈静化を! 少年とドッグはレストとブレイドを追ってくれ! 私は先程の轟音の現場に向かう! 各自、それぞれの目的を達成するか、他からの救援信号があれば迷わず合流せよ!」


 ルベルトさんの作戦は、多分最善手だろう。

 だが、同時に危ない橋を渡る作戦だ。

 それがわからない筈もなく、作戦を伝えたルベルトさんの顔は険しい。

 切り捨てる必要がないという事は、救いに行った方がいいという事。

 この街全体を救いたいなら、手分けするしかない。

 つまり、俺達は分断されるという事だ。

 この、半ば敵の手に落ちた敵地と言ってもいい街の中で。

 恐らくは、向こうの思惑通りに。


 この状況、エルフの里で四方から上位竜が襲ってきた時に似てるな。

 あの時はステラと一緒に行けたが、今回は別行動か。

 今回もあの時と同じで、空に向けて派手な何かを打ち上げれば、それを救難信号にして合流できるんだろうが……それを差し引いても、正直、滅茶苦茶気が進まない。

 そう思ってステラを見ると、


「アラン! 私もすぐに終わらせて駆けつけるから、それまでレストくんをお願いね!」

「あ!? おい!」


 一切迷う事もなく、止める間もなく、ステラは猛スピードで街の中に消えてしまった。

 当然、身体能力で圧倒的に劣る俺の足で追い付ける筈もない。

 俺にとっての最優先事項は、いつだってお前を守る事だってのに、あのバカは……!

 それとも、俺がごねるとわかってたから即断したのか?

 だとしたら罪な女に成長しやがって、あの野郎!


「何してる! 早く行くぞ!」

「……くそっ! 危なくなったら、すぐに知らせろよ!」


 ドッグさんに急かされ、俺は仕方なくステラとは別の方向、レストとブレイドが消えた方向へ向かって駆け出した。

 リン、エル婆、ルベルトさんも、それぞれの担当区域を即行で決めて走り出していた。

 この場に残った人達に関しては、どうやらエル婆が土魔法で作ったゴーレムでどこぞに護送するようだ。

 気休め程度の守りだが、それが突破される前に、敵全員を行動不能にしてしまえば何とかなるだろう。

 勇者や聖戦士の移動速度を考えれば、やってやれない事もない筈だ。

 なら、こっちもできるだけ速やかに、レストをはっ倒すとしよう。


 そうして、俺達はそれぞれの戦いへと出撃した。

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