53 情報共有
「なるほど、そんな事が……」
デートがなし崩し的にレストとの語り合い(肉体言語)になった翌日。
ルベルトさんの都合がついたという事で、俺達は神様から聞いた話をルベルトさんにも報告していた。
場所は、この街の街長に貸してもらった屋敷の一室。
参加メンバーは、ルベルトさんと俺達勇者パーティー全員だ。
ルベルトさんがいる時点で、人気のある所で話し合うと目立つからな。
世界の行く末を左右するような話を、不特定多数に聞かれるのは好ましくない。
そうして、ひと通りの概要を伝え終えた後、ルベルトさんは眉間に皺を寄せた難しい顔になった。
「この世界は改変された過去の世界であり、正史の世界は魔王を討ち取りこそしたものの、勇者パーティーの全滅をはじめ尋常ならざる被害が出ている。
その歴史を覆す為には、正史の世界より遥かに軽微な被害で魔王軍に圧勝しなければならない、か」
まあ、荒唐無稽な話だわな。
それでも、ルベルトさんは戯れ言と切り捨てず、真面目に検討してくれていた。
「正直、神を名乗る何者かによる虚言と切り捨てたいところですが、
勇者様をして加護の塊のように見え、なおかつ神樹や聖剣に干渉できる存在ともなれば偽物扱いもできますまい。
となれば、その言を信じて動かねば取り返しのつかない事になりかねない。
さて、どう動いたものやら……」
「とりあえず、国の上層部と他の聖戦士辺りには通達しておいた方がよいじゃろうな。
その上で、できれば短期決戦を狙いたいところじゃが」
「しかし、現時点で魔王城に攻め込むのは愚策でしょうな。
まだ四天王が三体も残っている。
最初に当代魔王軍が出現したムルジム王国の惨劇以来、今回の例外を除いて戦場に現れなかった四天王。
これまでの魔王の慎重さを考えれば、魔王城にて温存しているのは確実かと」
「今攻めれば、敵に地の利がある本拠地で、魔王と三体の四天王、おまけに大量の魔族と魔物を一度に相手取る事になるじゃろうな。さすがに無謀じゃ」
「そうなると、やはり魔王城での最終決戦の前に、最低でもあと1~2体は四天王を討伐しておきたいところですな」
「他の魔族にしても、一体でも多く削っておきたいのう。まあ、それは今更言うまでもない事じゃろうが」
経験豊富なルベルトさんとエル婆の間で、どんどん話が進んでいく。
やべぇ。
会話に入るタイミングを逸した。
というか、そういう戦略的な話で俺が役に立てる気がしない。
俺が磨いてきたのは、あくまでも直接的な戦闘能力であって、軍勢を動かすような戦略の話は専門外なんだよ。
エルフの里でドラグバーン戦の作戦会議をした時もそうだが、俺にできるのはギリギリ会話について行く事だけだ。
それすら割と怪しいのだから、建設的な意見なんて出せると思うな。
とか思ってたら、話し合っていた二人の視線が俺に集中した。
何故だ。
「少年には正史の世界を生き抜いた記憶があるのだろう? 次の四天王の動きなどはわからないか?」
ああ、そういう質問をする為か。
確かに、そういう形なら受け答えくらいできる。
できるが……あまり役には立てないだろうな。
「エル婆にも話しましたが、俺の記憶は当てにならないですよ。
火の四天王がこんなに早く出てくる事すら俺の記憶にはなかった。
四天王との戦いが本格的に始まったのは、最低でも勇者パーティーが魔王討伐の旅に出てから一年は経ってからだった筈だ。
もう既に正史の世界とはかなりズレてる。
今更そんなズレた歴史を話したところで役に立つとは思えませんが」
「いや、それでも知っている限りの事を話してほしい。
予測としては当てにならなくとも、魔王の戦略を推し測る指標くらいにはなるかもしれないからな」
「……まあ、そういう事なら」
という訳で、俺はルベルトさんに大まかな前の世界の概要を話し始めた。
あまり気乗りしない上に、全部エルフの里からこの街に来る間にエル婆にも話した内容の繰り返しだがな。
しかも、所詮は新聞やステラの訃報を聞いた後に旅をする中で聞き込みによって手に入れた情報。
精度は推して知るべし。
大した事は語れない。
「勇者パーティーが旅に出てから一年くらいは、どこそこの国を救っただの、魔族の大軍勢を退けただの、そういう快進撃が続きます。
そして最初に勇者パーティーが四天王とぶつかったのは、俺の知る限りでは旅が始まってから約一年後。
場所は最前線の砦の一つ。そこでなんやかんやあってブレイドが死にます」
「最初に死んだの俺かよ!? っていうか、なんやかんやってなんだ!?」
ん?
最初に死んだのがブレイドだって話はしてなかったか?
ああ、いや、エル婆とステラには話したんだ。
エル婆には事情聴取で、ステラには前の世界の事を話してほしいとせがまれて。
だが、考えてみれば本人には話してなかったな。
うっかりしてた。
「まあ、それはともかく」
「それはともかく!?」
「その戦いではブレイドだけじゃなく、砦ごと落ちて現地の戦力はほぼ全滅したそうです。
駆けつけた援軍まで一緒に。
代わりに四天王の一体を討伐する事はできたみたいですが」
「「「…………」」」
そこまで聞いて、全員が黙った。
ルベルトさんは難しい顔で考え込み、エル婆もまた再確認した情報を反芻している。
ステラは前に聞いた時と同じく沈痛な顔をし、ブレイドは思ったより洒落にならない話に絶句。
リンはブレイドを心配そうに見つめていた。
俺は説明を続ける。
「それから最前線において何度も何度も、四天王率いる大軍勢との戦いが勃発したそうです。
戦いは長期に渡り、互いに戦力を削り合い、ある時、また四天王一体の討伐と引き換えにリンが死にます」
「次は私ですか……」
そう、お前だ。
この時点で剣聖と聖女が死んだ事になる。
なのに、新聞にはそんな事一切載ってなかったってのが腹立たしい。
一応、かなりの被害が出たとは書いてあったものの、それも二体目の四天王討伐という吉報で塗り潰さんばかりだった。
民衆の不安を煽らない為だったんだろうが、今でも納得できないという気持ちしか湧かない。
まあ、当時の俺が戦いの詳細を知ったところで、修行時間すら圧倒的に不足してる状況で何ができたとも思えないんだが。
それを思えば、この腹立たしさは世間と自分の両方に向けたものなんだろう。
そんな苦い気持ちを飲み下し、俺は説明を続ける。
「長期に渡る戦いでいくつもの砦が落とされ、その穴を突いて魔王軍の一部が最前線を突破。
それまでの戦いに援軍を送り続けて戦力が枯渇し始めた背後の街を襲撃し、その多くを破壊。
それを防ごうと残った二人は強行軍を続けたそうで、結果、疲弊した所を襲撃してきた三体目の四天王とエル婆が相討ちます」
「まあ、老体に鞭打てばそうなるじゃろうな」
既に前の世界での自分の末路を聞いていたエル婆に動揺はない。
というか、初めて話した時ですら動揺しなかった。
さすが、歴戦の大ベテラン。
こういう所に関しては、尊敬しかできない。
「そうして、勇者パーティーはステラを残して全滅。
そのステラも最後の四天王の討伐と引き換えに重傷を負い、聖女もいないからそれを治す事もできない状況に追い込まれたそうです。
そして何を考えたのか、その後は残った戦力と共に魔王城に突撃して玉砕。
魔王をかなり弱らせたものの、死んで俺の心に消えない傷を刻んでくれやがった訳ですよ」
「ご、ごめん……」
「ホントにな」
まあ、一番悪いのは無力で無知で何もしなかった俺だが。
それでも、自分の命を大事にしなかった前の世界のステラには、言ってやりたい事が山のようにある。
実際に言ったら、お前が言うなと反撃されて喧嘩になりそうだけども。
というか、実際喧嘩になった。
復讐の為に命投げ捨てたって話を今のステラにした時に。
「で、それから何十年かの間、生き残りの魔王軍が勇者を失った人類を思う存分に蹂躙。
人類も抵抗はしてましたけど、神様曰く世界人口の七割が殺されたみたいです。
そして、最終的に復讐に取り憑かれた俺が弱りきった魔王と刺し違えて終了。
その後の事はわからないですけど、次の魔王に備えられる程の戦力を再編できたかは怪しいところでしょうね」
これで俺の話は終わりだ。
これが復讐に走る前、ステラの足取りを追ってた頃に、戦いの生存者などから聞き出した情報の全て。
それ以上の詳細はわからない。
詳細を知ってる奴は見つけられなかった。
恐らく、そういう奴らは殆ど戦死してしまったんだろう。
だから、俺が知れたのは一般の兵士とかから見た、客観的な戦いの記録だけ。
ステラ達が何を思って戦い、何を思って死んだのかは永遠にわからない。
そんな悲劇は絶対に繰り返してはならないのだ。
苦い苦い記憶と共に、その事を改めて心に誓う。
そんな俺と違って、ルベルトさんはあくまでも冷静に、俺から聞き出した情報を吟味していた。
「なるほど。とても参考になった。
色々と考えさせられる事は多いが……今一番重要な情報は、やはり四天王は勇者様を狙って動くという事だろうな。
それも恐らくは単独ではなく複数。
四天王全員で徒党を組んでいた可能性も高い」
「じゃろうな」
「うん?」
なんで、そんな事がわかるんだ?
というか、それは俺も知らない事なんだが。
「勇者パーティー四人と、援軍まで含めた最前線の砦一つ分の戦力があって、四天王一体を相手に後れを取ったとは思えん。
砦はエルフの里にこそ及ばないもののかなりの防衛力を持ち、そこに人類の精鋭約一万、二人以上の聖戦士、十人以上の加護持ちが詰めているのだからな」
ああ、なるほど。
確かに、こっちの戦力と比較すれば、敵の戦力の予想もできるのか。
精鋭約一万、聖戦士二人以上、加護持ち十人以上という戦力は、ドラグバーンの攻勢を防ぎ続けてきた、あのエルフの里と同等に近い。
そのエルフ達と協力する事で、俺達は戦死者二桁程度の被害でドラグバーンを討ち取っている。
神樹の加護を無くした状態で、しかも命と引き換えの奥の手まで使ったドラグバーンをだ。
もちろん、それは事前に奴の率いる竜の軍勢をほぼ壊滅させ、こっちの戦力全員で袋叩きにできたからこその戦果だが、それを差し引いても、奴が奥の手を使うまでは殆ど完封できていた以上、四天王一体を相手に、勇者パーティーを加えたエルフの里が壊滅させられていた可能性は低い。
ならば当然、それと同等に近い戦力を有する最前線の砦が、勇者パーティーと協力した上に援軍まで呼んでおきながら、四天王一体にほぼ全滅させられて、ブレイドまで戦死する結果になる可能性も低い。
そうなると、敵は四天王一体ではなく複数だったと考えるのが自然だ。
思い返せば、エルフの里の戦いの時も、ドラグバーンが取るべき最善手は他の四天王を呼ぶ事だったってエル婆が言ってたような気がする。
あいつは、それを無視して闘争本能に従ってたがな。
「対処法は……やはり砦に合流して頂いて、固まった戦力で迎え撃つしかないか?
正史の世界と同じ手を使うのは危険だが、幸い四天王の一角は既に落ちている。
連携を密にし、他の砦からもすぐに援軍を出せるようにしておけば、最低限の被害で撃破できるかもしれない」
「妥当な判断じゃな。
じゃが、四天王が欠けた事で魔王が戦略を変えてくる可能性もある。
安易に決めつけるのは危険じゃぞ?」
「ええ、わかっております。
この件については、まず他の者達と情報を共有し、協議の上で結論を出す事になるでしょう。
しかし念の為、勇者様方は最前線の砦へいつでも駆けつけられる距離に居て頂きたい」
「うむ。わかった。ステラもそれでよいか?」
「はい。大丈夫です」
ステラが頷いた事によって、俺達の方針は決まった。
まあ、とりあえず最前線付近に待機しとけという大雑把な方針だが。
「あ、でもドワーフの里はどうしましょう?
距離的にはギリギリ大丈夫そうですけど、山脈にあるらしいから伝令兵の人も来づらいですよね。
伝達が遅れるのはマズイんじゃ……」
お?
ステラの奴、意外と考えてやがる。
次の目的地であるドワーフの里がある天界山脈は、勇者パーティーの馬車で急げばここから一週間くらいで着く距離だ。
そのくらいなら大丈夫だろうと俺は軽く考えてたが、言われてみれば少しマズイか?
……というか、ステラが意外と知的になってるのも、俺的には少しマズイかもしれない。
勇者教育の結果だろうし、良い事ではあるんだが、相対的に俺がバカに見えてしまう気がする。
……魔王を倒して余裕が出来たら、もう少し頭の方も鍛えてみるか。
「……確かに、それは少しマズイかもしれませんな」
「じゃが、アー坊の武器を直さん訳にもいかん。
アー坊という戦力がおる事が正史の世界との最大の相違点でもあるのじゃからな。
職人にできるだけ急いでくれと頼むしかあるまい」
「致し方ありませんか」
という訳で、ドワーフの里での滞在はできるだけ短くするという事で話は纏まった。
纏まったんだが……大丈夫だろうか?
あの頑固爺が、時間を気にして仕事に妥協を許すような気がしない。
いや、だが、あの爺さんは仕事の早さも一流だ。
きっと大丈夫だろう。
大丈夫という事にしておく。
こうして、ルベルトさんとの話し合いは終わった。
詳細は後日、国の上層部や他の聖戦士に伝達が終わった後、今度は砦の中とかで話し合う事になるかもな。
そんな事を考えながら、俺達は話し合いの場となった街長の屋敷から出る。
そして、そこで地獄を見た。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます