51 幼き剣士との会話
「……デートですか?」
「えっと、その、そんな感じかなぁ」
装備一式を渡された事でデート時のイケイケテンションが切れてしまったのか、それとも知り合いに面と向かって言うのは恥ずかしいのか、ステラは八百屋のおっさんに向かって言い切った時と違って、大分照れの入った声でそう答えた。
それでも、声には喜色が滲んでいる。
レストの顔が苦虫を噛み潰したみたいになった。
……ステラ、お前結構、罪な女だな。
「ステラ、お前は早く着替えてこい。その間、俺達は男同士でちょっと話してる」
「あ、うん。わかった」
とりあえず送り出すと、ステラは走って着替えに向かった。
すぐに戻ってくるだろう。
だが、戻るまでの間は、俺とレストの二人きりだ。
「さて、何か言いたい事はあるか?」
「……ステラさんに愛されてますね。羨ましい限りです」
「そうだな。俺は幸せ者だ」
最近のステラのアピールは結構露骨になってきてる。
子供時代ならまだしも、今あれを受けて恋愛的な意味で好かれてないと思う程、俺は鈍感じゃない。
「なのに、付き合ってないんですね」
「……誰から聞いた?」
「兵舎に来たリンさんとエルネスタ様の会話を偶然聞きました」
「あいつら……!」
どこまで引っ掻き回せば気が済むんだ!
だが、その結果引き起こされたのであろうステラ積極化現象に関しては、嬉しい気持ちが半分以上を占めてるので、心のままに怒鳴りつけて文句を言う訳にもいかない。
それでステラに自重するように吹き込まれても、それはそれで困るし。
何より、俺があの二人に直接文句を言いに行ったら、逆に反撃されてからかわれる未来しか見えない。
ぐぬぬ。
小癪な。
「告白しないんですか?」
「しない。今はまだな」
「なんでですか? ステラさんの事好きなんでしょう?」
「ああ。好きだよ」
初めて、誰かに自分の口からハッキリ「ステラが好きだ」と宣言した。
母さん達やどこぞの二人組のようなニヤニヤした感じではなく、真剣な気持ちで問い質してきた恋のライバルに対する誠意みたいなものだ。
ああ、認めよう。
俺はステラの事が好きだ。
幼馴染に対する友情的な意味の好きではなく、一人の男として、一人の女であるあいつの事が恋愛的な意味で好きだ。
ちゃんと自覚したのは、成長したあいつと再会してからだったが、潜在意識の部分ではずっと昔から好きだったのだろう。
そうじゃなきゃ、さすがに無才の身でここまでは頑張れなかったかもしれない。
ホント、キッカケはなんだったんだろうな。
何か劇的なキッカケがあった訳じゃないような気がする。
ただ、なんというか、あいつが傍にいると落ち着いた。
生まれた時から傍にいて、そうしているのが当たり前だったから。
下らない事で喧嘩してるのが楽しかった。
なんでもない事で笑い合えるのが幸せだった。
一度完全に失って、取り返しがつかない所まで行った事があるからこそわかる。
あの日々が、どれだけ大切でかけがえのないものだったのかが。
俺はあの日々を取り戻したい。
魔王のいなくなった世界で、戦う必要のなくなった世界で、またステラと一緒に笑い合える日常が欲しい。
そんな毎日を、ずっと送っていたい。
今度こそ天寿を全うするその時まで、あいつと二人で。
要するに、俺はステラと一生一緒にいたいのだ。
ステラを幸せにしたい。
愚かな俺が助けられなかった、前の世界のあいつの分まで。
そして、叶うのなら、その幸せを一番近くで共有するのは俺でありたい。
どう言い訳したって、この気持ちは恋以外の何物でもないだろう。
だから、この気持ちを否定する事はもうしない。
「だが、この気持ちはまだ伝えられない」
「なんで……」
「今でさえ、幸せすぎて溺れそうだからだ。魔王を倒す前に、幸福に浸って堕落する訳にはいかないんだよ」
俺はそれが怖い。
修行の旅を終えて、ステラの隣に立つ資格を勝ち取り、四天王の一角を倒した。
それによって、買い出しの途中にデートができるくらいには、情勢にも心にも余裕が出来てしまっている。
それ自体は喜ばしい事だが、色恋に現を抜かす余裕が出来た事で、そのまま堕落してしまうのが恐ろしい。
俺だって男だ。
好きな女と、あんな事やそんな事をしたいという欲求は当然あるに決まってる。
下手したら、行く所まで行ってしまいかねない。
前の世界まで含めたら、何十年も初恋を拗らせている童貞の渇望を舐めるな。
最悪、勇者は妊娠して戦線離脱し、それが原因で人類が滅びましたなんて、そんな笑い話にもならない未来が割と冗談抜きに起こり得る。
そうじゃなくても、色恋に現を抜かせば鍛練の時間が減って、腕が錆び付く。
今回のデートは買い出しという名目があるからまだいいが、付き合い始めたりなんかして、普通に楽しくて幸せなだけのデートを繰り返すようになったら、確実に俺達は弱くなるだろう。
特に、俺の最強殺しの剣は繊細さが命の剣術。
常に磨き続け、その感覚を維持し続けなければ、とてもじゃないが残りの四天王や魔王とは戦えない。
全ての敵を倒しきるまで、俺は全速力で走り続けるしかないのだ。
「俺はあいつを幸せにしたい。一生を懸けて、あいつが天寿を全うして死ぬまでずっとな。
だから今は我慢の時だ。
今は脇目を振らずに走り抜けなきゃならない時代。
この想いは、魔王を倒して、戦争を終わらせて、戦いよりも日常の些細な幸せを優先できるような平和な時代を勝ち取ってから伝えるつもりだ」
決意を再確認するように、俺は強い意志を込めてそう語った。
必ず、そんな未来を掴んでみせると。
絶対の想いを胸に抱きながら。
「…………やっぱり、敵わないなぁ」
そんな俺の言葉を聞いて、レストは消え入るように小さな声で、そう呟いた。
なんだか泣きそうな顔で。
思い詰めたような顔で。
「ステラさんの隣に立つ資格があるのは、あなたみたいな強い人なんでしょうね。
僕なんかじゃ役者不足もいいところだ。
……僕はもう行きます。アランさん、どうかステラさんとお幸せに」
そう告げるレストの姿は、嫌に弱々しく見えた。
俺のように拗らせてるならともかく、普通の失恋だけじゃこうはならないだろうって程に。
……そういえば、昨日初めて会った時から、レストはどこか暗い顔をしてたな。
てっきり、ルベルトさんに怒られてた、独断専行して死にかけたって話が尾を引いてるのかと思ったが、この分だと他にも何か悩みを抱えてるのかもしれない。
「待て」
そんな事を考えた俺は、立ち去ろうとするレストの背中にある物を投げつけた。
レストは反射的に振り向いて、俺が投げた物をキャッチする。
それは、ステラが着替えに邪魔だからか置いていった、あいつの木剣だ。
「せっかく会ったんだ。少し付き合っていけ」
そう言って、俺は困惑するレストに向けて木刀を構えた。
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