50 デート

 ステラと手を繋ぎながら街を行く。

 ……街の住人達からの生暖かい視線と、若い男どもからの嫉妬の視線が痛いが、無視だ無視。

 一度繋いだ手を振り払う訳にもいかない以上、俺には耐える以外の選択肢はない。

 視線にも、恥ずかしさにも、幸福感にも、男なら黙って耐えるしかないのだ。


「……そういえば、こういう買い出しは初めてだな。何買えばいいんだ?」


 気を紛らわす為にも、ステラに話題を振る。

 というか、これは聞いておかないといけない話だ。

 俺は一人旅の経験こそあるが、こうしてパーティー単位で旅をした経験はあまりない。

 前の世界で一時期、俺と同じく魔王を恨んでる同志とパーティーを組んだ事があったんだが、誰一人として俺の無茶な修行の旅について来れず、パーティーは一週間も持たずに崩壊した。


 復讐という凄まじいモチベーションがあった連中ですらそうなったんだ。

 普通の奴らとでは尚の事上手くいく筈もなく、俺はそれ以来ずっと一人旅を続けてきた。


 そんな経緯もあって、俺はパーティーでの旅に何が必要なのか、今一よくわかっていない。

 しかも、勇者パーティーは豊富な資金に内部の時間を止められる最上級のマジックバッグ等によって、普通の旅とは比べ物にならない程、入念で完璧な準備ができる。

 俺の一人旅とは前提条件が違いすぎて、何買えばいいのかわからないのが本音だ。


「えっと、私も王都で勉強させられただけで、実際に買い出しに出るのは初めてだから、詳しくは説明できないんだけど……やっぱり一番は食料の調達よね」

「だろうな。あのマジックバッグもあるし、どこかの飯屋で弁当でも作ってもらって詰めるのか?」

「ううん。食材だけ買って、私とリンで作り置きする予定よ。

 立ち寄る場所全てにそういうお店がある保証はないし、今から慣れておかないとね」

「ほう」


 そういう感じか。

 そういえば、前にリンが料理担当は自分とステラだとか言ってたな。


「他にも細々とした物は必要だけど、そういうのは最初に持たされた分がまだまだ残ってるから大丈夫ね。

 まだ旅に出て三ヶ月弱だし。とりあえず今のところは食料の事だけ気にしてればいいと思うわ」

「なるほどな。了解」


 つまり、寄るべき所はそう多くない訳か。

 かなり時間に余裕がありそうだ。


「なら、帰りに武器屋に寄ってもいいか?

 まずないとは思うが、黒天丸と怨霊丸を打ち直すまでの繋ぎに使えそうな業物が置いてないか、一応見ておきたい」

「勿論いいわよ! ……デートの時間が伸びるのは大歓迎だし」


 後ろの方の言葉はゴニョゴニョと小声で呟かれてたが、こんな時ばっかり感度の良くなった俺の耳にはバッチリ聞こえてしまった。

 くそ、顔が熱くなる。

 ステラに見られてなきゃいいが。



 そんな心配をしてる内に、俺達は目的地だった市場に辿り着いた。

 呼び込みの声がそこかしこで飛び交っている。

 最前線に最も近い街だというのに、かなりの活気があって少し驚いた。


「あ、八百屋さん。アラン、行くわよ!」

「おう」


 とりあえず、一番最初に目に入ったらしい八百屋に向けて、ステラは小走りで近づいていく。

 必然的に、手を繋がれてる俺も連行されるような形でついて行く事になった。


「へい、らっしゃい! おお、随分と可愛らしいお客さんだな! カップルかい?」

「そんなところです」


 そんなところですじゃないだろ。

 こいつ、今日は本当に大胆に攻めてくるな。

 効果は抜群だ。

 勘弁してくれ。


「ハッハッハ! そうかそうか! 微笑ましいねぇ!

 よっしゃ! 若い子達の未来に幸あれって事で、安くしとくぜ!」

「ホントですか! ありがとうございます!」


 サラッと値下げに成功するステラ。

 八百屋のおっさんよ。

 あんた、単純に可愛い女の子の笑顔にやられただけだろ。


「それにしても、明るい街ですね」

「まぁな! 見ねぇ顔だし、お嬢ちゃん達他の街から来たんだろ?

 最前線の街って事で、もっと切羽詰まってる所だと思われる事が多いんだけどよ。実際はそうでもないんだ。

 それもこれも、砦とこの街を守ってくださってる英雄様達のおかげだぜ!」


 八百屋のおっさんは、心底誇らしそうにそんな事を語る。

 砦やこの街を守る英雄というと、ルベルトさんやドッグさん達か。

 慕われてるんだな。


「俺はもうずっとこの街で八百屋やってる。

 15年前、隣国に魔王が現れたって聞いた時は絶望したもんだ。

 だけどよ、その時どころか15年もの間砦は突破されなかったし、街も滅びなかった。

 おかげで街の連中は少しずつ安心していって、今ではこんな感じになった訳だ」


 そう言って、八百屋のおっさんは辺りを見回した。

 呼び込みの声が明るく響く市場。

 決して少なくない数の人々が行き交い、そこかしこで談笑の声が聞こえ、笑顔の子供が父親と思われる人に肩車されてはしゃいでいる。

 戦場から遠く離れた街と言われても納得できるような、いい街だ。

 きっと、こういう街が近くにあるからこそ、最前線で戦う戦士達は頑張れるんだろう。


「こういうの見てるとよ、俺もできる限り元気に生きて、若ぇ奴ら助けて、この希望を未来に繋ぎたいとか、そういうキザな事考えちまう訳よ。

 って事で、安く買っていってくれや! 未来ある若者カップル!」


 おっさん……あんた、思ったよりいい奴だったんだな。

 若い女の色香に負けて、即行で値引きしたエロ親父じゃないかとか思っててすまん。


 結局、値引きはされても良心的な価格をしっかり払わされた上で、俺達はおっさんの店で野菜を購入した。






 その後、肉屋、魚屋、果物屋などを回り、保存食も含めて食材の買い出しは終了した。

 旅の途中で食料が切れかけると、周囲の魔物やら動物やらを狩り、そこら辺の植物を食って凌ぐ事になる。

 ここでうっかり毒のある食材を引き当ててしまうと悲惨な事になる訳だ。

 何を隠そう、前の世界の俺はそれで一回死にかけた。

 久しぶりのご馳走だと思って食った鳥の魔物が、まさかの毒持ちだなんて誰が思う。


 それ以来、俺はできるだけ嵩張らずに長持ちする保存食と、それを大量に入れておけるマジックバッグを必須装備認定する事になった。

 今は人生経験豊富で、そういう知識も持ち合わせてるエル婆がいるし、最悪治療のエキスパートであるリンもいるから滅多な事は起こらないと思うが、それでも万が一を警戒するなら、食料は大量に蓄えといた方がいい。

 そうじゃなくても、やはり自分達で解体だの採取だのした食材より、ちゃんと店で売ってる物の方が美味い。

 この食材達がステラの料理でどう化けるのか、楽しみだ。


 そんな感じで食料を買い終え、それは全てマジックバッグの中に入れたので荷物が嵩張る事もなく、俺達は次の目的地である武器屋へと足を運んだ。


「おお、品揃えがいいな」

「そうなの?」

「ああ。さすがは最前線近くの街の武器屋って感じだ」


 軽く見回しただけでも店内は広く、その広いスペースを余す事なく、剣、刀、槍、盾、斧、弓、杖、鞭など、メジャー武器からマイナーな武器まで、様々な武器が置かれていた。

 鎧やローブなどの防具類も充実してるし、その多くが高品質だ。

 そこら辺の魔族となら充分に打ち合えそうな武器がゴロゴロしてる。

 恐らく、ここは最前線の砦で戦う兵士や冒険者御用達の店なんだろう。

 ダメ元だったが、これなら少しは期待できるかもしれない。


「で、良さそうなのはあった?」

「いや、そう簡単には見つからない筈だ。今回は求める水準が高すぎるからな」


 何せ、最低水準が『四天王とでもある程度戦える刀』だ。

 少なくとも魔剣クラスでなければ話にならない。

 それ以下なら、今持ってる神樹の木刀の方が強いからな。

 いくら品質のいい店でも、さすがにそこらに並んでる市販品じゃ、この要求には応えられないだろう。

 だが、いつぞやの怨霊丸の時のように、掘り出し物を見つけられる可能性もある。

 とりあえず、店内を回ってみるか。


 そう考え、ステラと一緒に店内を回っていると、


「なんか、前にもこんな事があったわね」


 ふとステラがそんな事を呟いた。

 懐かしむような顔をしながら。


「アランは覚えてる?」

「ああ。7歳の誕生日プレゼントを買いに来た時の事だろ。覚えてる」


 ステラと武器屋に行った記憶は、その時しかない。

 ステラのお父さんに連れられて街へ行き、怨霊丸を買った時の思い出だ。

 今考えると、あれは滅茶苦茶な幸運だったな。

 あんな田舎の店で、魔族相手に戦える武器が格安で売ってたなんて奇跡だ。

 むしろ、戦場から遠い田舎だったからこそ、性能より怨霊丸の縁起の悪さを優先するような価値観がまかり通ってたのか。

 そういう意味でも、ひたすら運がよかった。


 まあ、それはともかく。


「確か、あの時はお前、おじさんに魔剣買ってくれとか無理言って困らせてたよな」

「うっ……そんな事よく覚えてるわね」

「しかも、勝手に俺を置いて向かいのレストランで昼飯食ってやがったし」

「し、仕方ないじゃない! お腹空いてたのよ!」


 赤い顔で過去の行いの言い訳をするステラ。

 それから少しの間、俺達は武器を見ながら昔の話題で盛り上がった。

 あの頃も勝負ばっかりやってたなとか、その度に母さんの治癒魔法の世話になってたなとか。

 勝負の後は大抵風呂に叩き込まれたが、毎回のように俺が躊躇なく脱いでた事を、ステラは未だに気にしてるらしい。

 お互いガキだったんだから、別に気にする事ないだろって言ったら怒られた。

 他にも語ろうと思えば、思い出はいくらでも出てくる。

 子供の頃の思い出を語り合うのは幼馴染の特権だ。

 正直、楽しい。


「……なんか、凄く懐かしいわ。あれからもう8年。村を出てから5年も経っちゃったのよね」

「そうだな」


 ステラは遠くを見るような目でそう語る。

 戻れない過去に思いを馳せながら。

 そんなステラに、俺は声をかけた。


「帰りたいなら帰ればいい。魔王を倒して堂々と帰ろう。二人で一緒に」


 俺は籠手を外し、素手でステラの頭に手を乗せながらそう言った。

 ステラはキョトンとした後、赤くなった顔で俺を見上げ、


「うん!」


 花が咲くような笑顔で、大きく頷いた。

 ……やっぱり、お前のその顔は反則だよ。






 ◆◆◆






「……で、これはどういう事?」

「どうって、何がだ?」


 結局、武器屋では目当ての水準の刀には出会えず、少しだけガッカリしながらの帰り道。

 俺はちょっと寄らないかと言って、広い公園にステラを連れて来た。

 何故かステラはそわそわしてたが、そこで俺が手渡したのは、マジックバッグに入れて持ってきた、ステラの木剣と装備一式。

 それが意味するところはただ一つ。

 いつもの鍛練という名の勝負の時間である。


「なんでそうなるのよ!? せっかくいい雰囲気だったのに!」

「やっぱり、俺達にはこれが似合うだろう。それに魔王を倒すまでは精進あるのみだ」


 そう言うと、ステラはガックリと項垂れながらも、割と素直に装備一式を受け取った。


「まあ、今日は楽しかったし、今回のところはこれで勘弁してあげるわ。でも、次はこうはいかないんだからね!」


 そうして、ステラはトイレに向けて走って行った。

 あそこで着替えるつもりらしい。

 ……それにしても、次はこうはいかないときたか。

 俺は一体いつまで自分を律しきれるんだろうな。

 できれば、我慢が限界に達する前に魔王を倒してしまいたいもんだ。


「あれ?」


 俺が自分の悶々とした気持ちと戦っていた時、前方からステラのそんな声が聞こえた。

 何かあったのかと思って視線を向けてみれば、そこにはボーッとした顔で歩く、見覚えのある奴の姿が。

 ……まさか、デートの最後の最後で会う事になるとは。

 巡り合わせの妙ってやつだな。

 少し複雑な気分だ。


「レストくん!」

「……ステラさん」


 そこにいたのは、俺がライバル認定した男にして、魔性の弟キャラ。

 ある意味、デート中に遭遇するのに相応しい人物。

 レスト・バルキリアスだった。

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