49 繋いだ手

「さて、レス坊の事をあまり気にし過ぎても仕方ない。そっちはルー坊がなんとかするじゃろう」


 ようやく辿り着いた宿屋にて、エル婆はそう言った。


「それよりも、ワシらはワシらの事を考えねばならん。 

 この街での目的は必要物資の補給とその他諸々が多少ある程度。

 つまり! それ以外の時間は、移動と戦闘続きのこの過酷な旅の合間に、自然に挟み込めた貴重な休息の時間となろう。

 という訳で! 各々存分に英気を養うのじゃ!」


 そのまま、エル婆が宿屋のベッドにダイブしたのが昨日の事。

 ルベルトさん達と別れ、勇者来訪の騒ぎにしない為に高位の冒険者パーティーを装って泊まった、そこそこの値段の宿屋での出来事だ。

 レストの事で少し重くなってしまった雰囲気を和らげようとしてくれたのだろう。

 その日の夜は隣の部屋で女子三人集まってたみたいだし、レストの事であまり納得してなかった二人のフォローもしてくれたのかもしれない。



 そして、その翌日。

 久しぶりにふかふかのベッドで寝て疲れを取った俺達は、早速この街での数少ない目的を消化する為に動き出した。


「必要物資の買い出しはステラとアー坊に任せたぞ。ワシらは他の用事を済ませてくるからのう」

「他の用事?」


 あったか、そんなもん?


「ワシは兵舎に行って、ルー坊と例の話をする時間の擦り合わせをしておくつもりじゃ」

「私もエルネスタ様と一緒に兵舎に行って、負傷兵の人達の治療をするつもりです」

「俺は鍛えたい気分だからな。修行ついでに、近場の魔物を狩ってサンドバッグにしてくるわ」

「という訳で、買い出し担当は消去法でお主らになった訳じゃ」

「なるほど」


 言われてみれば、結構用事あったんだな。

 とはいえ、どれも一日あれば終わりそうなものばかり。

 この街には一週間くらい滞在する予定だし、今日の内に諸々終わらせておけば、あとはゆっくりできるって事だろう。


 もっとも、俺はそんなに休むつもりはない。

 一日休めば、それだけ剣の腕は錆び付いていく。

 ましてや、俺の剣は繊細さが命。

 僅かなミスが死に直結する。

 非力な俺が最強殺しの力を維持したいのならば、僅かな怠慢すら許さず研ぎ澄まし続けなければならない。

 今日も買い出しが終わったら、恒例のステラとの勝負でもやるとしよう。


 ところで……


「なんで、お前はそんな格好してるんだ?」

「べ、別にいいでしょ!」


 俺と同じく買い出し担当となったステラは、何故かそこらの街娘のような小洒落た格好をしていた。

 青と白を基調とした、割と凝った装飾のワンピースだ。

 神樹の木剣も、聖剣すらも装備してない、まるでデートにでも行く時のような戦闘力ゼロの格好。

 それがまた似合ってるから辛い。

 いつもとのギャップが、俺の精神を追い詰める。


 俺にこんな精神攻撃を仕掛けた犯人はわかっている。

 目の前でニヤニヤしてるリンとエル婆だ。

 こいつら、謀りやがったな。

 恐らく、昨日女子三人で集まってた時に、ステラに何か吹き込んだんだろう。

 そうなると、あの二人だけじゃなくブレイドにまで予定を入れて、俺達を二人きりで買い出しに行かせるようにしたのも計画の内か。

 だが、レストというライバルが出てきた以上、頭ごなしにこいつらを批判する事もできない。

 おのれ。


「では、ワシらはもう行くとしよう! 買い出しを楽しんでくるのじゃぞー!」

「あくまでも買い出しですからねー! デートじゃないんだから、気兼ねなく楽しんできてくださーい!」

「あー、その、頑張れよ?」


 好き勝手言いながら、奴らは去って行った。

 残されたのは、俺とステラと、買い出し用にしては多めの金に、持ち運び用のマジックバックだけ。

 …………。


「……とりあえず、行くか」

「……うん」


 このままボーッとしてる訳にもいかない。

 俺はステラを促して、買い出しに出発しようとした。


「? どうした?」


 しかし、俺が歩き出してもステラはついて来ない。

 首を傾げる俺に、ステラは躊躇うように真っ赤な顔で俯いてから、意を決したように右手を差し出してきた。


「手、繋いでくれない……?」

「ッ!?」


 その声音と上目遣いは反則だろ……!?

 ぐぅ!

 精神に多大なダメージが!

 おのれ、あの女子二人組!

 ステラに妙な事吹き込みやがって!

 しかも、タチの悪い事に、男としてこれは断れない……!


「……ほら」


 結局、俺は僅かな逡巡の末に、差し出されたステラの右手を左手で握った。

 ステラは嬉しそうに微笑んだが、次の瞬間、ちょっと不満げに頬を膨らませる。


「籠手取りなさいよ」

「断る」


 どうやら、ステラは俺が街中でも装備してるミスリルの籠手が不満のようだ。

 籠手の掌部分は分厚い手袋みたいになってるからな。

 そりゃ、握り心地は悪かろう。

 だが、お前の精神攻撃のせいで今はこれが限界だ。

 それに、


「常在戦場の心構えは必要だろう。例え街の中でも、痴漢の聖戦士とかが襲ってくるかもしれないからな」

「ふ~ん」

「……なんだよ」


 装備の必要性を訴えてみたが、ステラは何故か俺の顔を覗き込んで、ちょっと満足そうな顔になった。

 まさか、顔に集まった熱を見抜かれたか……!?


「まあ、今日のところはその顔を見れただけで満足しとくわ。さあ、行くわよ」

「……ああ」


 くそっ、主導権を握られてる気がする。

 というか、こいつ、随分大胆に攻めてくるようになりやがったな。

 そろそろ自分を誤魔化すのも限界に達しそうだぞ、ちくしょう。


「つーか、俺みたいにフル装備しろとは言わないが、せめて剣くらい持っといたらどうだ?」

「大丈夫よ。いざとなれば聖剣は空間を渡って飛んでくるみたいだから。

 その機能で聖剣に出会う前の勇者が窮地に陥った時とか、本当にヤバい時は剣聖の所にも飛んでくるんだって」

「なんだそりゃ? 剣聖も聖剣を使えるのか?」

「エルネスタさん曰く、勇者不在の本当に最悪の時だけみたいだけどね。

 勇者以外が聖剣使ったら反動で死ぬみたいだし。

 ちなみに、私が育つ前に魔王が出てきたら、ルベルトさんが聖剣使って命懸けで撃退するつもりだったみたいよ」

「……そうならなくて何よりだな」


 そんな雑談を交わしながら、俺達は宿屋の玄関を抜けて街に繰り出した。

 籠手越しでも感じる繋いだ手の感触に、溺れそうな程の幸福感を覚えながら。

 ……ああ、だからダメなんだ。

 こうなるから、この気持ちはまだ伝えられない。

 俺は自分の気持ちに必死に封をし、それでも抑えきれずに溢れ出す感情に振り回されながら、買い出しへと出発した。

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