48 老騎士再び

 ルベルトさんの出てきた馬車から、次々と騎士達が降りてくる。

 その全員が例外なく疲労のオーラを纏い、だが同時に嬉しそうな顔をしていた。


「では、ここで解散とする。各自、次の戦いに備えて英気を養ってこい。いつもの事だが、街の人々に迷惑をかけるなよ」

「「「ハッ!」」」


 騎士達は一斉に敬礼した後、思い思いの方向へ散っていった。

 大声で「久しぶりの休暇だ、ヤッホォオオオイ!」とか「娼館が! 娼館が俺を呼んでいるぅううう!」とか叫んでる奴もいる。

 ルベルトさんがこの一団を率いてたって事は、本気で休みに来ただけみたいだ。

 如何に体力のある聖戦士とはいえ、ルベルトさんはもう引退しててもおかしくない程の高齢。

 たまには前線から離れて羽休めする時間が必要って事だろうな。

 最前線の各砦には最低二人以上の聖戦士が詰めているらしいし、その片方が数日抜けるくらいの余裕はあるんだろう。


「さて、お久しぶりですな勇者様。

 ご活躍の程は聞き及んでおります。

 旅立って早々に四天王の一角を討伐。お見事です。

 本当に、ご立派に成長なさいました」

「い、いえ、そんな! 皆やエルフの人達のおかげですよ! それに、あいつにトドメ刺したのはアランですし!」

「ご謙遜を。しかし、そうですか。彼が……」


 ルベルトさんは俺に視線を移す。

 そして、ふっと優しげな笑顔を俺に向けた。


「久しいな少年。勇者様の仲間として立派にやれているようで何よりだ。君も本当に立派になった」

「……どうも」


 なんというか、この人からの素直な称賛の言葉はくすぐったく、それ以上に誇らしい。

 この人は甘えを許さない厳格な人だ。

 幼い頃の俺が多少力を見せた程度ではステラに同行する事を許さず、英雄を倒す程に成長した事を証明して見せても、最後には自ら全力の剣を振るって俺を試す程に。


 だからこそ、その試練を乗り越えて認められた時にかけられる称賛の言葉は、お世辞抜きで混じり気もない本気の言葉だとわかる。

 偉大な歴戦の大英雄に、心から認められて称賛されるんだ。

 嬉しくない奴は早々いないだろう。


「その調子で、これからも勇者様を支えてほしい。頼んだぞ」

「言われるまでもありません」

「そうだろうな。勇者様に関してならば、君のその言葉以上に信頼できるものはない」


 それだけ聞ければ充分だと言うように、ルベルトさんは俺から視線を外した。


「リンくんも久しぶりだな。エルネスタ殿もご健勝なようで何よりです」

「は、はい! お久しぶりです、ルベルト様!」

「お主も変わりないようじゃな、ルー坊。その歳でまだまだ現役か」

「無論です。魔王を倒すまでは現役と決めておりますので。

 それに歳の事を言うのであれば、エルネスタ殿も大概でしょう」

「ホッホッホ。言いおるわ。未だ10代の体を持つピチピチのワシと、老体を引き摺るお主を同列に考えるのはどうかと思うがのう」


 ルベルトさんを前に、リンはガッチガチに緊張し、逆にエル婆はかなり気安く話していた。

 リンは王都での修行時代に相当厳しくシゴかれたらしいので、その頃叩き込まれた上下関係が消えてないんだろう。

 だが、エル婆にとっては、そんなルベルトさんですら年下の若造。

 争いが絶えなかったという先代魔王の時代を共に生き抜いた聖戦士同士だし、もしかしたら俺が思う以上に二人は親しい関係だったのかもしれない。

 お互いに歳だの老体だのと、軽口を叩き合えるくらいには。


「まあ、お主がまだまだ戦う気だと言うのであれば、後で少し話しておきたい事がある。時間を作っておけ」

「話しておきたい事ですか?」

「エルフの里で手に入った重要な情報じゃよ。ステラとアー坊も同席せい。お主らから話した方がいいじゃろう」

「! わかりました」

「わかった」


 俺達二人を名指しするって事は、例の話をしとけって事だろう。

 確かに、ルベルトさんには話しておいた方がいいような気はする。

 強さもそうだが、それ以上にかなりの影響力を持つ人だ。

 同じ聖戦士でも、どこぞの痴漢と違って、必ず俺達の力になってくれる筈。


「じゃが、まあ、今は久しぶりに会えた孫達に構ってやるといい。せっかくの休暇なのじゃろう?」

「ええ、そうさせて頂きます」


 エル婆に見送られ、ルベルトさんはブレイドとレストの孫二人に目を向ける。

 二人とも気まずそうに顔を強張らせて俯いた。

 ドラグバーン戦でやらかしたブレイドはともかく、レストも何かあるんだろうか。

 もしくは、単純に厳格な祖父が怖いだけか。


「まずはブレイド。その顔を見ればわかる。

 どうやら、ようやく己の未熟さを理解した……いや、理解させられたようだな」

「…………おう」


 蚊の鳴くような声でブレイドが答える。

 その姿に、かつて自信に満ちていた頃の面影はない。

 今のブレイドはデカイ図体に似合わず、保護者に叱られるのを怖がりながら待つ、ただの子供のように見えた。

 そんなブレイドに、ルベルトさんが掛けた言葉は……


「自分でわかっているのならいい。

 ようやく、お前は成長の機会を得たのだ。

 初心を忘れず、心を強く持ち、挫折を糧として研鑽せよ。

 そうすれば、お前はまだまだ強くなれる。心も体もな。━━期待しているぞ」

「!」


 期待しているの一言で、ブレイドはバッと顔を上げる。

 ルベルトさんの言葉は、叱責ではなく激励だった。

 彼は、かつて弱々しい子供だった頃に、無謀にも剣聖に挑んでぶっ倒された昔の俺を見ていた時とそっくりな、優しい微笑を孫に向けていた。

 これはあれだ。

 まだ未熟だけど、未熟なりに一人の戦士として認めてくれた時に見せてくれる顔だ。

 言葉通り、その将来に期待してくれている時の顔。


 今まで、ブレイドはルベルトさんに認められていなかった。

 しかし今、敗北を経験し、慢心を捨てて努力を始めたこいつを、ルベルトさんは多少なりとも認めてくれたって事だろう。

 それが殊更嬉しかったのか、ブレイドはさっきとは違う意味で俯き、ニヤけそうな顔を必死で堪えながら、それでも今度はしっかりとした声で「おう」と答えた。

 ドラグバーン戦以降、不安定だった心が安定を取り戻したように見える。

 それを見て、リンが心からホッとしたような顔をしていた。

 ルベルトさんも満足そうに頷き、続いて視線を弟の方に移す。


「レスト」

「……はい」

「反省は済んだか?」

「…………はい。お祖父様」


 ブレイドの時とは打って変わって、厳しい言葉と鋭い視線。

 それを受けて、レストは更に俯いた。

 ブレイドの照れ隠しとは当然違う、悲壮感漂う顔をしている。

 小さな体が、より一層小さく見えた。


「……え? レストくん、何かやっちゃったんですか?」


 ステラが心配そうにレストを見てから、恐る恐るルベルトさんに問い掛ける。

 ルベルトさんは「ハァ」と一つため息を吐いてから、ステラに事情を説明した。


「レストは先日、王都から最前線に向かう部隊の積み荷に紛れ込み、魔王軍本隊との戦いに無断で飛び込んだのです。

 結果、魔族の一体に完膚なきまでに叩きのめされ、一時意識不明で生死の境をさ迷いました」

「「「え!?」」」


 ステラ達が驚愕の声を上げながらレストを凝視した。

 あまりレストの事を知らない俺や、年長者の落ち着きを持ってるエル婆は声こそ上げなかったが、それでも目を丸くしてレストの事を見る。


「レストくん! なんでそんな無茶したの!?」

「そうですよ! 修行中のアランくんじゃあるまいし!」

「あの頭のおかしいアラン以外がそんな事したら、普通に死ぬぞ!?」

「おい」


 何故、唐突に俺をディスり始める?

 いくら俺でも、無策で魔王軍本隊に突貫するような真似はしないぞ。

 修行で魔族やら何やらに挑んだ時だって、最低限生きて帰れるだけのリスク管理はしてたんだ。

 手足落っことしても、命を落とした事はない。

 ついでに、意識を落とした事もない。

 一人旅で帰還する前に意識落としたら、ほぼほぼそのまま死ぬからな。


「ごめんなさい……」


 ステラ達の言葉に、レストはただただ暗い顔で謝罪だけを口にした。

 訳は話したくないって事か。

 ……もしかしたら、レストは俺と似たような理由で無茶をしたのかもな。

 ステラに追いつきたくて、強くなる為に強敵との戦いを欲した。

 もしくは、ステラの隣に立っても見劣りしないような、功績と名誉を求めたのかもしれない。

 そうだとしたら、そりゃ理由なんか話したくないわな。

 惚れた女に、そんなカッコ悪い事言える訳がない。


 まあ、所詮はレストの事をよく知らない俺の想像だ。

 てんで的外れの可能性だって大いにある。

 だが、もし本当にそうなら……少しは共感する。


「レスト、お前はまだ子供で修行中の身だ。一人の戦士として戦場に出すには足りないものが多すぎる。

 戦いたいのなら、認められたいのなら、まずは成長しなさい。わかったか?」

「はい……」

「よろしい」


 ルベルトさんは鷹揚に頷く。


「お前は折を見て王都に送り返す。その前に私の手で直接稽古をつけてやろう。

 私が帰還報告を済ませたら練兵場に来なさい。ドッグ、その間の街の守りは任せたぞ」

「ハッ!」

「あ、それなら私達も訓練に参加……」

「いえ、勇者様方は長旅でお疲れでしょう。今日のところは、ゆっくりとお休みください」


 ステラの申し出を、ルベルトさんはやんわりと拒否した。

 それでも何か言いたげだったステラの肩に、ブレイドが手を置く。


「今はそっとしといてやってくれねぇか。ここは爺に任せてくれ」


 そして、小声でステラを制した。

 まあ、レストも好きな女に情けない姿を見られたくはないだろう。

 それを察してフォローした兄心ってところか。


「……わかったわ」


 家族の問題として扱われれば、ステラも引き下がるしかない。

 そうして、レストはルベルトさんとドッグさんに連れられて去って行った。

 三人の背中が遠ざかっていく。


「そういえば、ブレイドは行かなくてよかったのか?」


 家族の問題なら、ブレイドが首突っ込む分にはよかったんじゃないかと思い、気になって問い掛けてみた。


「あー……あいつは俺の事あんまり好きじゃねぇからなぁ。可愛い弟なんだが、俺があれこれ言うのは逆効果だろ」


 そう言うブレイドの顔は、中々に複雑そうに歪んでいた。

 ……ちょっと前まではブレイドもルベルトさんに認められてなかった事といい、剣聖一家の家庭環境は大分難しい事になってるようだ。

 悩ましいな。

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