45 戦後と新たな旅立ち

 ドラグバーン討伐から数日が経った。

 戦死者達の弔いも終わり、エルフの里は順調に復興への道を歩み出している。

 とはいえ、里の被害は神樹が倒れて一部の区画が下敷きになっただけで、その時の死者もごく僅か。

 魔法を使って折れた神樹の撤去作業も進んでいるし、今はエルトライトさんが中心となって、神樹に治癒魔法をかけ続けつつ、神樹が復活するまでの間、その代わりを担えるような防御網の設営を頑張ってるらしい。

 神樹も少しずつ切断面から新しい緑が生えてきて、微弱とはいえ加護が復活してきてるみたいだから、その内、エルフの里は完全なる復興を遂げられるだろう。


 人的被害に関しても、最後のドラグバーンとの戦いでの戦死者は三桁にも満たなかった。

 やはり、エルフ達に壊滅的な被害を与えたかに見えた蒼い炎のブレスの威力を、合体魔法とガッチガチの結界で削れた事が大きかったみたいだ。

 聖女であるリンによる迅速な治癒の甲斐もあり、死者の数は最低限に抑えられた。

 今もリンによる治療行為は続いてるらしいから、重傷者がこれから死者に変わるという事もないだろう。

 ブレイドもなんだかんだで死なずに済んだしな。

 ドラグバーン相手にこの程度の被害で勝てたのは快挙だ。

 今回の戦いは、まさに俺達の完全勝利と言って差し支えない。

 ……だが、それでも死者が出てしまった事実は変わらない。

 戦争なのだから仕方のない事ではある。

 それでも、勇敢に戦った彼らの死を軽んじる事だけは、あってはならない。

 絶対に。


「アラン、入るわよー」


 そうして里の様子を見ながら感慨にふける俺は今、族長屋敷の客室のベッドの上に居る。

 戦いが終わって少しした頃、気が抜けたせいで過労でぶっ倒れて数日間気絶し、今朝ようやく目が覚めたからだ。

 気絶中に一通りの治癒魔法はかけられたみたいなので体調に問題はないが、念の為に今日一日くらいはベッドの上で大人しくしてろと治癒術師リンに言われた。

 そこへ今みたいにステラが飯とかを持って来てくれる訳だが、こうしてるとカマキリ魔族にやられて寝込んでた時を思い出すな。

 赤い顔でスプーンを差し出してくるステラという状況まで、あの時と同じだ。


「あ、あーん」

「だから、やめい。自分で食えるわ」


 ステラから飯の器を引ったくって自分で食う。

 あの時と同じように、ステラは少し残念そうな顔をした。


「なんじゃ、つまらんのう。こんな時くらい素直に甘えればよいものを」


 そんな俺達の様子を見ていたらしい新しい来客が、一切の遠慮なく部屋の中に入ってきた。

 エル婆だ。

 どうやら、このロリババアにはデリカシーというものがないらしい。


「アー坊、可愛い女子おなごのあーんが受け入れられんというのは、男としてどうなんじゃ?」

「……普通に恥ずかしいから嫌だ」


 そう言って、プイッと顔を逸らす。

 ……正直、あーん攻撃は昔も羞恥心がヤバかったが、今の成長して女としての色気を纏いつつあるステラにやられると、なおさら破壊力がヤバイのだ。

 思わず顔が赤くなるのを感じる。

 そんな俺を見て何かを察したのか、エル婆の顔がニヤニヤとした腹の立つ顔に変わった。

 イラッ。


「さて、それはともかく。今日ばかりは、アー坊をからかうのも程々にしておくかのう。……アー坊よ、まずはエルフを束ねていた者として、この場にいないエルトライトの分まで礼を言おう。お主のおかげでこの里は、エルフ達は守られた。心の底から感謝する。本当にありがとう」


 そうして、エル婆は深く深く頭を下げた。

 大賢者が、一介の剣士ごときに。

 そこには、さっきまでの飄々とした雰囲気の幼女はおらず、一人の高潔な為政者だけが居た。


「……礼は受け取っておくが、別に頭は下げなくていい。俺はステラを守る為に戦っただけだし、あれはエルフ達を含めた俺達全員の戦果だ。一緒に戦ってくれてありがとうならともかく、一方的に頭を下げられる筋合いはない」

「ふふ、そうかそうか。アー坊は優しい子じゃのう」

「別にそんなんじゃない」


 本心からそう思ってるだけだ。


「では、ここからはいつも通り、仲間としての話をするとしよう。アー坊、お主の刀、二本ともボロボロじゃろう?」

「……ああ」


 俺は部屋の壁に立て掛けてある、鞘に収まった二本の刀に目をやった。

 黒天丸と怨霊丸。

 ドラグバーン戦でかなりの無茶をさせてしまった黒天丸もそうだが、刀剣の格に見合わない強敵に挑ませてしまった怨霊丸も、もうボロボロだ。

 黒天丸は折れる寸前。怨霊丸は溶解一歩手前。

 どっちの刀も、あと一戦でもしてしまえば砕け散るだろう。


「同じように壊されたブレ坊の大剣は予備があるのじゃが、アー坊は急に勇者パーティーへの加入が決まったからのう……。悪いが刀の予備は持ってきておらぬ。特に四天王クラスと打ち合えるだけの業物となると、手に入り次第、装備面で苦労しておる各地の英雄へ支給するのが基本じゃからな。旅の直前に用意するのは、さすがに無理じゃった」

「そうか」


 つまり、代わりの刀を手に入れるのは難しいって事だな。

 ただの刀ならその辺に売ってるだろうし、そこそこの名刀でも勇者パーティーを支援している国や教会が融通してくれそうではある。

 しかし、黒天丸クラスの業物は早々手に入らない。

 普通に考えると、とてつもなくマズイ事態だ。

 得物を失った状態で次の四天王と戦えば、間違いなく死ねる。

 だが、まあ、そう悲観したもんでもないだろう。

 幸い、装備面をなんとかしてくれそうな当てはある。


「エル婆、次の目的地とかは決まってるのか?」

「む? いや、別に決まっておらんぞ。目下の標的であった四天王の一角を討った以上、ここからは当初の予定通り、各地の魔族を順に狩っていくつもりではあったが……どこか行きたい場所でもあるのか?」

「ああ。俺の刀を直してくれる人が居る場所に心当たりがある」


 黒天丸は魔剣だ。

 迷宮の魔力を浴び続ける事によって生まれた、人類の技術では造り出せない奇跡の逸品。

 怨霊丸も魔剣の域にこそ届いていないものの、似たような経緯を持つ魔剣もどきである。

 それに手を加え、あまつさえ打ち直しに等しい修復を施せる存在など一つしかいない。

 ステラは何もわかってなさそうだが、エル婆は俺の言った事だけで全てを察したらしく、「なるほど」と呟いた。


「『ドワーフの里』か。確かに、あやつらの力を借りられればアー坊の刀も直せるじゃろうな」


 そう。

 魔剣をはじめとしたマジックアイテムに手を加えられるのは、熟練したドワーフの職人だけだ。

 当然、長生きしてるエル婆がそれを知らない筈もない。


「しかし、あやつらは相当頑固じゃぞ? いくら勇者パーティーの一員とはいえ、気に入られなければ突っぱねられるかもしれん」

「え!? 私達、魔王を倒して世界を救おうとしてるのに? 私達が魔王を倒せなきゃ、ドワーフ達も滅びちゃうかもしれないですよね?」


 ステラがごく当たり前の疑問を口にするが、エル婆は力なく首を横に振った。


「それでもじゃよ。あやつらは己の仕事に、美学や誇りでは説明がつかん程の『拘り』を持っておる。例え、世界の滅びが目前に迫ろうとも、あやつらが仕事を妥協する事は決してないじゃろう。そんな信念を持っておるからこそ、魔剣やマジックアイテムの加工などという神業を習得するに至ったのかもしれんがな」


 エル婆の言う通りだ。

 ドワーフは本当に頑固で偏屈な人が多い。

 しかも、腕の良い職人になればなる程、その傾向が顕著だ。

 むしろ、そういう人じゃないと職人として大成しないとまで言われていた。

 だが、エル婆の心配は無用だ。


「心配しなくても、目的の人とは面識があるから大丈夫だ。俺の装備の大半はその人が調整してくれたものだからな」

「む、そうなのか?」

「ああ。修行時代に縁があった」


 少し懐かしいな。

 最初にあそこを訪れ、あの人に会ったのは3年前。

 老婆魔族を討ち取り、リンと別れた後、剣聖シズカの和服を羽織に改造してほしくて訪れたのが始まりだった。

 最初は当たり前のように「帰れ、鼻たれ小僧」と言われ、相手にもしてくれなかったが、根気よく通い続けて、ボロボロになりながら暴風の足鎧やミスリルを持ち込む内に、いつしか認めてくれるようになったのだ。

 それどころか、最終的には、成長期で装備のサイズが合わなくなる度に調整してくれる程気にかけてくれるようになった恩人だ。

 頑固爺だが、いい人である。


「謎の英雄の時といい、アー坊の経歴には驚かされるのう……。まあ、『救世主』ともなれば、そのくらいはやってのけるという事かの」


 エル婆がさりげなく口にした『救世主』という言葉。

 この事からわかる通り、仲間達やエルトライトさんには神様との会話の内容を話してある。

 というか、俺が過労でぶっ倒れてる間にステラが説明してくれたらしい。

 正直、あんな荒唐無稽な話、よく信じてくれたもんだと思う。

 それだけ、あの時の神樹に生じた尋常ならざる現象のインパクトが強かったって事だろう。

 どんな話が飛び出てきてもおかしくないと思われる程に。

 それが魔王軍との戦いにどんな影響を及ぼすのかは、まだわからないが。


「まあ、それはともかく。ドワーフの里と一口に言っても、あやつらは世界各地の山脈やら洞窟やらに住み着いておるじゃろ。アー坊が行った里はどこなんじゃ?」

「天界山脈って所にある里だ。場所はシリウス王国の端の端だな」

「ふむ。ここからは中々に遠い。最短距離で行こうとすれば、一度最前線近くの街に立ち寄って物資の補給をする必要があるじゃろう。時間がかかる。となれば、ちょうどよいか」


 そう言って、エル婆は持っていた鞄の中からある物を取り出した。

 あの鞄、よく見ればリンが鍋を取り出してたマジックバッグだ。

 なんで、わざわざそんなもんを持ち出してるんだと不思議に思ったが、鞄の中から出てきた物を見て、そんなどうでもいい思考は一瞬で吹っ飛んだ。


「これは……!」

「エルフからの心ばかりの礼と餞別の品と言ったところじゃな」


 エル婆が取り出した物。

 それは大小二本の木刀だった。

 ちゃんと鍔の部分まで作り込まれたそれは、木刀だというのに凄まじい力強さを感じる。


「折れた神樹より削り出して造った物じゃ。木刀故に切れ味とは無縁じゃが、頑丈さは折り紙付き。ドラグバーンとの最後の攻防のように、守り重視で使うのであれば役に立つじゃろう。刀が直るまでの繋ぎに使ってくれ」

「おいおい……信仰対象を加工しちゃっていいのかよ……」

「ワシらの持つ杖も神樹の小枝から作られとる物じゃし、今更じゃよ。それに、少しでも世界を守る助けになれた方が、神樹も本望じゃろう」


 エルフ逞しいな。

 とか思ってたら、エル婆は鞄から更にもう一本の木刀、いや木剣を取り出し、それをステラに手渡した。


「ほれ、ステラも持っておくといい」

「いいんですか?」

「ああ。聖剣に宿った神樹の力は温存しておいた方がいいじゃろう。それは四天王以外との戦闘に使ってくれ。……本当は予備の名剣があればよかったんじゃが、なまじ聖剣が破損も紛失もしない最高の剣だったが故に持ってきておらんからのう。しばらくは、それで我慢してくれ」

「いえ、充分です。ありがとうございます」


 そうしてステラは木剣を受け取り、聖剣と一緒に腰に差す。

 ふむ。

 これはステラとの勝負の時にも使えそうだな。

 今までみたいに真剣で寸止めするよりは安全だろう。

 あの馬鹿力を相手にするなら、あんまり関係ない気もするが。


「それと、もう一つ」


 更に、エル婆は鞄から取り出した物を机の上に置く。

 それは、ヒビだらけの一本の牙だった。


「これって……」

「ドラグバーンの牙じゃな。他にも、あやつの亡骸を解体して手に入れた素材がある。刀を直す時の素材に使えば、ただ直すだけではなく、より強く打ち直す事ができるじゃろう」


 ドラグバーンの亡骸、解体したんか……。

 確かに、あれだけ強い奴の素材を使えば、さぞいい刀が打ち上がるだろう。

 それでも、一応とはいえ言葉の通じた奴の死体を躊躇なく解体するとは……やっぱり、エルフ逞しいな。


「さて、これで伝えねばならん話は終わりじゃな。ワシはエルトライトを手伝いに行く。お主らはしばらく二人でイチャイチャしているがよいぞ。ホッホッホッホ!」

「「しねぇ(しません)よ!」」


 くそっ。

 あーん攻撃に対する照れのせいで過剰に反応しちまった。

 ステラもまた、あーん攻撃の自爆ダメージが残ってるのか俺と似たような反応をし、それを見たエル婆はニヤニヤしながら去っていった。

 腹立つ。


「「…………」」


 お互い赤い顔で黙り込む俺達。

 ……最近、ごくたまにこういう雰囲気になる事がある。

 エル婆やリンによって、作為的に作られてるような気がしてならない雰囲気だ。

 ソワソワして落ち着かない。

 なのに、妙に心が満たされるような感覚がする、謎の状態。

 これは、マズイ。

 なんかよくわからないが、溺れてしまいそうな感じがするのだ。


「あ、あー……」


 話題を探して口を開く。

 ちょっと目を泳がせた末に、さっき貰った木刀が目に入った。

 よし、これだ。


「早くこれに慣れたい。特訓に付き合ってくれるか?」

「え、ええ! わかったわ!」


 その後、近場の空き地で特訓は大いに盛り上がり、熱が入り過ぎていつの間にか勝負に突入。

 病み上がりに激しい運動をした事により、騒ぎを聞きつけたリンに怒られた。

 代わりに、ステラとのギクシャクした感じはなくなり、勝負しながら楽しく笑えたからよしとしよう。






 ◆◆◆






 それから更に数日後。

 俺達の旅立ちの日がやって来た。

 見送りに、エルトライトさんをはじめとした多くのエルフが来てくれる。

 エルトライトさんは、できれば全員で見送りたかったとか言ってたが、そんな大人数、見送りの場所となった里入り口に入りきらないって事で、泣く泣く厳正な抽選を行ったと言っていた。

 何やってんだ。


「勇者様方。我らは此度のご恩を決して忘れません。お声がけ頂ければ、いつ如何なる時でも参上し、あなた方の為に魔法を振るいましょう」

「ありがとうございます」


 最後に、そんな約束を交わしながら、エルフの族長エルトライトさんとステラが固い握手をした。

 それを見届けてから、俺達は馬車に乗り込む。

 そして二頭の駿馬を走らせ、エルフの里を後にした。


「旅立つ勇士達に、神樹の祝福あれ!」


 後ろからエルトライトさんの大きな声が聞こえてきた。

 同時に、エルフの里中から美しい花火の魔法が打ち上がる。

 それは、神樹が光った時の光の粒子にも負けないだけの美しさを以て、俺達を見送ってくれた。


 俺は馬車の御者台で感動しながらその光景を見詰め……ふと、隣に座っているリンが浮かない顔をしている事に気づいた。


「どうした? せっかくの盛大な見送りだってのに、そんなしかめっ面して」

「……え? 私、そんな顔してました?」

「してた。なんか悩みでもあるのか?」


 そう聞くと、リンは少し悩んだような顔をした後、意を決したような様子で話し始める。


「その、ここ数日の事なんですけど……ブレイド様の様子が少しおかしいんです」

「ブレイド?」

「はい。時々凄い怖い顔をして、ずっと剣を振ってました。まるで何かにとり憑かれたみたいに」


 ……努力してるなら、いい事だと思うが。


「自分の未熟さでも痛感したんじゃないか? あいつにはどうも必死さが足りなかったから、いい薬だ」


 きっと、死にかけた上に、正史の世界では実際に死んでたって聞かされて、尻に火が付いたんだろう。

 その付いた火がドラグバーンの炎である以上、そりゃ必死にもなるだろうさ。


「そうならいいんですけど……なんていうか、それだけじゃないような気がして。私の考えすぎならいいんですけどね」


 しかし、そう言ってもリンの顔は晴れなかった。

 もしかしたら、それは女の勘というやつなのかもしれない。

 ……だとすれば、バカにもできないな。

 ステラも、その女の勘で俺とカマキリ魔族の戦いに乱入して来た。

 ブレイドの様子がおかしい、か。

 気に留めておく事にしよう。


 そうして、僅かな不安の種を残しながら、俺達は次の目的地への道のりを進んだ。

 次の目的地はドワーフの里。

 正確には、そこへ行く為の中継地である最前線近くの街『ジャムール』。


 俺達の旅は、まだまだ続く。

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