42 万夫不当

「ハーハッハッハッハ!」


 ドラグバーンが暴れ回る。

 聖剣に斬られ、ブレイドやエルフ達の魔法で傷を抉られ、逆に自分の攻撃は全て俺に防がれているにも関わらず。

 全身を血で染め上げながら、それでも動きに一切の衰えを見せず、ドラグバーンは暴れ続けた。


「『爆炎の双拳ダブル・バーンナックル』!」


 ドラグバーンが、ステラとブレイドを後ろに庇った俺に向けて拳を振るう。

 両の拳を同時に突き出した、双拳による一撃。

 俺の握る刀は一本。

 二つ以上の同時攻撃は捌けない……とでも思ったか。


「二の太刀変型━━『歪曲連鎖』!」

「ぬ!?」


 俺は歪曲によってドラグバーンの右の拳の軌道を歪め、左腕にぶつけた。

 右腕が左腕を殴り飛ばして止めたような形になり、ドラグバーンの攻撃は失敗に終わる。

 そして、その攻撃失敗の隙を突いて、ステラとブレイドが斬りかかるのが、この戦いの黄金パターンと化したコンボだ。


「『聖なる剣ホーリースラッシュ』!」

「『破壊剣』!」

「ぐおっ!?」


 ステラの攻撃が新たな治らない傷をドラグバーンに刻み、ブレイドの攻撃が体中に付いた傷の一つを抉った上で吹き飛ばす。


「「「『落雷サンダーボルト』!」」」

「「「『吹雪ブリザード』!」」」

「「「『砂嵐サンドストーム』!」」」

「「『全属性の裁きジャッジ・ザ・エレメント』!」」

「ぐぉおおおおおお!?」


 吹き飛ばされたドラグバーンを待つのは、エルフ達による地獄の魔法攻撃の嵐。

 加護持ちの魔法を中核に、多くの一般エルフ達が同じ魔法を使って、それら全てを合体させる事で、彼らは聖戦士の攻撃に匹敵する威力の魔法を繰り出してみせた。

 当然、その全てが完全詠唱による魔法だ。

 九千人もの魔法使いがいれば、発動に時間のかかる詠唱魔法ですら、交代で絶え間なく使い続ける事ができる。

 そこへ絶望のダメ押しを加える、正真正銘の聖戦士、『賢者の加護』を持つエルフの族長親子による、ダブル最強魔法。

 普通の魔族なら秒で消し炭になる事間違いなしの、凶悪な連続攻撃だ。


 そんな、えげつないコンボを、ドラグバーンはもう何度も食らっている。

 確実にダメージは蓄積している筈なのだ。

 ステラが与えたダメージは治らず、その傷を抉るようにして他の攻撃で与えたダメージも明らかに再生が遅い。

 鱗は砕け、骨も砕け、肉は抉られ、牙は折れ、翼はボロボロになり、全身から青い血を垂れ流して。

 それなのに、ドラグバーンは倒れない。

 動きが鈍くなる様子もない。

 どれだけ傷付こうとも、ドラグバーンはただただ戦い続けた。


 尋常ならざる生命力。

 常軌を逸した闘争本能。

 まさに、万夫不当。

 まさに、闘いの権化だ。

 これだけ追い詰めているのに、こいつがこのまま倒れてくれるイメージがまるで湧かない。

 むしろ、気を抜いたら一瞬でひっくり返されそうな怖さがある。

 いったい、どれだけのダメージを与えれば倒れてくれるというのか。

 終わりの見えない戦いは、酷く精神を磨耗させる。


 それでも、俺は無心で刃を振るい続けた。

 こいつの息の根が止まるその瞬間まで、この刀を離さない。

 それくらいの覚悟はこっちにだってある。


「オォオオオオオオ!!!」


 ドラグバーンが雄叫びを上げながら、口の中に炎の塊を生み出す。

 再三のブレス。

 これだけ繰り返されれば、それに対するこっちの対応も、ほぼ決まってくる。


「「「『泥沼マッドスワンプ』!」」」

「「「『空落フォールダウン』!」」」

「「「『落雷サンダーボルト』!」」」

「「「『鉄鎖スティールチェーン』!」」」


 ドラグバーンの足下に泥沼を発生させて足を絡めとり、上から叩きつける暴風で頭を押さえつけ、電撃で痺れさせた上に、鉄の鎖でがんじがらめにして動きを封じる。

 そこから口を目掛けて集中砲火し、ブレスを魔法で暴発させる算段だ。


 しかし、ドラグバーンはこれを跳ね返した。


「ぬぉおおおおおおお!」


 足下が泥沼になる前に地面を蹴り、叩きつける暴風にボロボロの翼による羽ばたきで抗って上昇。

 電撃に打たれながらも、足に絡み付いた鉄の鎖を引きちぎり、俺達の上空を取る。

 そこでブレスを解き放った。


「『熱竜集束砲ドラゴロウ』!」


 放たれたのは、炎を凝縮させた熱線のブレス。

 威力が高い代わりに効果範囲の狭い技。

 もし俺を狙ったのであれば、禍津返しで跳ね返せただろう。


 だが、ドラグバーンが狙ったのは俺ではなかった。

 俺でも、ステラでも、ブレイドでもない。

 野生の本能なのか、ドラグバーンは近くの相手を無視して、的確に己を追い詰める最たる原因となっている人物をピンポイントで狙った。


「へ!?」


 それは、このフィールドを覆っている結界の要であるリン。

 彼女が倒れれば結界の強度が大幅に下がり、ドラグバーンの超火力を抑え込めずに突破されてしまうだろう。

 そうなれば、今までのような一方的な魔法リンチはできなくなる。

 あの野郎、やっぱり脳筋だけどバカじゃねぇ!


「いかん!」

「リン殿!」 

「「『聖盾結界』!」」

「「「『聖盾結界』!」」」


 即座にエル婆とエルトライトさんがフォローに入り、攻撃魔法の詠唱を途中でやめて、無詠唱ながら結界魔法を発動した。

 他にも、こういう時の為に待機してたと思われるエルフの一団も結界魔法を張る。


 その全てを、ドラグバーンのブレスは粉砕した。


 渾身の魔力でも込めたのか、ブレス自体がさっきまでのものとは別物に見える。

 というか、見た目からして若干違う。

 灼熱の赤の中に、所々蒼い炎が混ざってるのだ。

 これがどういう意味を持つのかはわからないが、現実としてブレスの威力は上がっている。

 大して溜めてもいないのに、さっき戦況を一発でひっくり返したブレスと同等くらいの威力はありそうだ。

 何故これを最初から使わなかったんだろうか。

 消耗が激しいのか、それとも何か発動条件でもあるのか。

 無理をして発動しているという可能性もある。


 だが、そんなドラグバーン渾身のブレスを以てしても、フィールドを覆っている結界全てを破壊するまでには至らなかった。

 リン達が全力で魔力を注ぎ込んで補強した五重の結界の内三つを破壊したが、そこで完全に威力を殺され、ブレスは消滅。

 とはいえ、もう一発来たらヤバイ。

 俺達は全力でドラグバーンの妨害をするべく、遠距離攻撃の集束砲火を浴びせた。


「『月光の刃ムーンスラスト』!」

「『黒月』!」

「『飛翔剣』!」


 ドラグバーンがブレスを吐いている間に詠唱を済ませたステラの攻撃を中心に、俺達の攻撃が空中のドラグバーンに炸裂する。

 続いて、エルフ達の一斉攻撃も全弾命中。

 空中では魔法の炸裂によって大爆発が起き、その隙にリン達が結界の修復を急ぐ。


「ぬぅうううううううん!!!」


 しかし、これでもドラグバーンは倒れない。

 爆煙を振り払い、修復中の結界目掛けて、今度は身一つで飛び掛かった。

 ボロボロの翼をはためかせ、背中から猛烈な勢いで炎を噴射して、突進の速度を得る。


「させるか!」


 ドラグバーンの体捌きや力の入れ方、魔力の流れなどで動きを読んだ俺は、足鎧の暴風を使って空中へ飛び出し、奴の前に立ちはだかる。

 俺達は空中で激突した。


「『炎星大爆裂拳メテオパンチ』!」

「『反天』!」


 加速できるだけ加速したドラグバーンの攻撃。

 だが、まだまだ反天の餌食にできる範囲内。

 己の強すぎる力がドラグバーンに牙を剥き、その右腕に大きなダメージを与えて弾き飛ばした。

 しかし、ドラグバーンはそれも折り込み済みだったかのように、反発の勢いを利用して左拳を繰り出してくる。

 反天は……使えない。

 この距離で、しかも刀を振るった直後だ。

 破壊の呼び水となる衝撃を叩き込めなければ、反天は発動できない。

 だったら!


「『歪曲』!」


 弾けないなら、逸らして防ぐ。

 技一つ封じたくらいで、俺は揺らがない。


「『爆裂連打バーストブロー』!」


 ドラグバーンの次の手は、両の拳による嵐のような連続パンチ。

 左右の拳を交互に繰り出しているだけのシンプルな攻撃だが、ドラグバーンがやると、炎の嵐に巻き込まれたかのような迫力がある。

 その全ての打撃を、俺は歪曲で防ぎ切った。

 ドラグバーンの速度は俺の数十倍。

 つまり、奴の数十倍効率よく動かなければ、俺の防御は成立しない。

 刀を振っている余裕はない。

 できるのは、位置の調整、刃の角度、力の入れ方、受ける体勢、その程度だ。

 だが、それで充分。

 ドラグバーンの動きを全て読み切れば問題ない。


「ふんぬぅうううう!」


 そして、最後の最後。

 ドラグバーンが焦れて大振りを繰り出してきた時、俺はその攻撃を逸らさず、真っ直ぐに受け流して回転力へと変えた。

 回転しながらドラグバーンの腕の外側を通り、背後へ。

 そこで受け流したエネルギーを、斬撃に変えて解き放つ。


「一の太刀━━『流刃』!」

「ぐあっ!?」


 ドラグバーンの力を斬撃の威力に変換した黒天丸が、奴のボロボロの片翼を切り落とした。

 ここは空中。

 バランスを崩し、支えを失い、ドラグバーンの体勢が大きく揺らぐ。

 そこへ、


「オォラァアア! 『大破壊剣』!」

「ぬぉ!?」


 全力ジャンプでドラグバーンの上を取ったブレイドが、渾身の一撃をドラグバーンの背中に叩き込む。

 それによって、もう片方の翼も切り落とされ、更には強烈な勢いで吹き飛ばされて、ドラグバーンは地上に叩きつけられた。

 それを狙い打つのは、この戦いの主力にして本命の女勇者。


「『聖なる剣ホーリースラッシュ』!」


 俺がドラグバーンと競り合ってる間に詠唱を終え、光輝く極光を纏った剣で、ステラは奴に斬りかかる。


「『爆炎の拳バーンナックル』!」


 対して、ドラグバーンはどこまでも正々堂々、逃げも隠れもしない正面からの迎撃。

 ボロボロの拳に炎を纏わせて、全力でステラの聖剣を迎え撃つ。

 そして……


「!?」


 その時は訪れた。

 聖剣の一撃に耐えられず、ドラグバーンの拳が縦に切り裂かれる。

 ドラグバーンは即座に無事な方の腕でもう一度拳を繰り出したが、そっちもまた遂に耐久力の限界を迎えたかのように聖剣の餌食となった。

 両の拳を切り裂かれたドラグバーンの胴に、ステラは容赦なくトドメの一撃を放つ。


「ハァアアア!」

「ゴバッ!?」


 それはドラグバーンの腹を大きく切り裂いた上で吹き飛ばし……遂に、遂にあの化け物に膝をつかせた。

 勝った。

 その感覚に襲われた者も多いだろう。

 すぐそこにまで迫った勝利を掴むべく、エルフ達は最後の一斉砲火でドラグバーンの息の根を確実に止めにいった。


「く、くくく……」


 しかし、


「クハハハハハ……」


 この怪物は、まだ、


「ハーハッハッハッハッハッハ!」


 まだ、笑っていた。

 ドラグバーンの全身から炎が噴き出す。

 最後の力を振り絞っているように見える、爆炎の放出。

 それがエルフ達の一斉砲火を相殺した。


「素晴らしい……! 実に、実に素晴らしい! この俺をここまで追い詰めたのは魔王以来だ!

 認めよう! 心の底から認めて称賛しよう!

 貴様らは、この俺の命を奪うに値する英雄達であると!」


 聞きようによっては、敗北を認めたとも取れる言葉。

 だが、俺にはまるでそんな風には聞こえなかった。

 命懸けの修行の中で磨いた感覚が警鐘を鳴らす。

 何かが……何かが始まる。

 俺達の命を脅かしうる何かが。


 やがて、ドラグバーンの放出する炎が、徐々に蒼く、蒼く染まっていった。


「貴様らが相手であれば、この命、ここで燃やし尽くしても悔いはない!

 光栄に思うがいい!

 貴様らを、このドラグバーンの生涯最後の相手として認めてやるのだからな!」

「何言ってやがる! この死に損ないが!」

「!? よせ、ブレイド!」


 明らかに様相の変わったドラグバーンに向かって、ブレイドが突進して行ってしまった。

 不用意に、しかも単独で行くべきじゃない。

 戻れと言おうとしたが、遅かった。


 炎が収まり、その中から別人のように変わったドラグバーンが現れる。

 壊れた拳や折れた牙に蒼い炎を纏い、全身の傷口から流れ出ていた青い血もまた、まるで体という器に収まりきれずに溢れ出てきたかのような蒼炎に変わっている。


 その状態で、ドラグバーンは向かって来るブレイドに対して腕を薙いだ。

 腰も入っていない軽い一撃。

 目の前を飛び回る虫を手で払うように、軽く腕を薙いだだけ。


 そんな攻撃を受けたブレイドは、━━咄嗟にガードに使った大剣を砕かれ、吹き飛ばされて結界と鉄の城壁をぶち破り、かなり遠くまで吹き飛ばされていった。


「…………は?」

「『蒼炎竜ソウル・ドラグーン』。命を燃やし、魂を燃やし、それと引き換えに強大な力を得る、俺の最後の切り札だ」


 ドラグバーンが呑気にこの状態の説明をする。

 確かに、命と引き換えにしていると言われて納得できる程の超強化だ。

 力も、速さも、さっきまでとは大違い。

 一瞬で主力だったブレイドを吹き飛ばされ、結界をぶち破られ、城壁まで壊された。

 一瞬で、こっちの優位が全て消し飛んだ。

 ああ、本当に、冗談じゃない。


「さあ、戦おう。互いの命が燃え尽きるまで。楽しむとしよう。我が最後の戦いを。━━行くぞ」


 そうして、最終形態となったドラグバーンが突撃してくる。

 エルフの里の決戦は、有無を言わさず最終ラウンドへと突入した。

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