34 エルフの族長

 ドラグバーンが消えた後、俺達は凄まじい徒労感に支配されながら、半壊したエルフの里へと入国した。

 命を懸けてあれだけの激戦を繰り広げたにも関わらず、俺達が手にしたものは何もないが……とりあえず竜の群れを壊滅させ、エルフの里を守れただけでも良しとしておこう。

 エルフ達は、ドラグバーンとの再戦の時、必ずや大きな戦力になってくれる筈だ。

 そういう損得勘定を抜きにしても、エルフ達はエル婆の身内なのだから、純粋に助かって良かったという気持ちもある。


 そんなエルフ達は、俺達の事をかなり歓迎して受け入れてくれた。

 元族長であるエル婆の紹介な上に、俺達は仇敵である魔王軍と戦ってくれる勇者一行であり、エルフの里の窮地を救った救世主でもある。

 むしろ、歓迎しない理由がないのかもしれない。


 エルフの里は神樹が折れたせいで大混乱に包まれていたが、意外な事に被害自体はそうでもなかった。

 神樹が折れ、その下敷きになった区画は壊滅状態だが、それ以外の被害はまるで見当たらない。

 エル婆曰く、


「里での防御戦は、神樹の加護と数百人がかりの結界魔法で徹底的に守りを固め、その内側から魔法攻撃で敵を殲滅するのが基本じゃからな。

 敵は基本的に里へ被害を出す前に殲滅される。

 今回も、竜どもが里に侵入する前にワシらが間に合った以上、人的被害は最小限に抑えられたと思っていいじゃろう」


 との事だった。

 つまり、エルフを敵にする場合、魔法の絨毯爆撃を突破し、数百人がかりの結界魔法をぶち破らない限り、兵の一人すら倒せないという事だ。

 ドラグバーンは結界をぶち破っていたが、その攻撃の対象になったのはあくまでも神樹であり、里への被害はほぼなかったらしい。


 エルフが列強種族と言われる理由が、また一つわかった気がする。

 しかも、後で聞いた話だが、神樹の下敷きになった区画にいた住民達も、咄嗟に土魔法で深い穴を掘ってその下に避難した者が多かったらしく、死者は二桁にも届かなかったとか。

 なんでも、エルフは非戦闘員の子供ですら、保護者に指示されて協力すれば、そのくらいの魔法は使えるという。

 エルフ強すぎだろ。


「エルネスタ様、勇者一行の皆様。

 お疲れのところ大変申し訳ありませんが、族長様がお呼びです。

 四天王との再戦に備えた話し合いがしたいと」

「そうか。すぐに行くと伝えてくれ」

「ハッ」


 エルフの一人がエル婆へと伝言を伝えて去って行った。

 族長が呼んでる、か。

 エルフの族長。

 確かエル婆の後継者で、『賢者の加護』を持つ聖戦士の一人だったな。


「という訳で、ワシは少し族長の所に顔を出してくる。

 できればお主らも一緒に来てほしいが、どうする?

 死闘の後じゃし、疲れとるようならワシ一人で行くが」

「俺は問題ないぜ。体力には自信があるからな」

「私も大丈夫です。さっきの戦闘でもサポートしかしてませんし」


 ブレイドとリンの二人は、エル婆の言葉に即答する。

 ステラも、ほんの一拍だけ遅れて、


「私も大丈夫。早速行きましょう」


 そう答えた。

 ああ、これは……


「アー坊はどうじゃ?」

「……俺も問題ない。そういう話はさっさと済ませよう」


 とりあえず、今は族長との話を優先するしかない。

 面倒事は先に済ませておいた方がいいだろう。



 という訳で、俺達はエル婆の案内でエルフの族長の元へとやって来た。

 土魔法か何かで作ったような質素な建物が多いエルフの里の中では、比較的豪華な家だ。

 その家のベッドの中に、彼は居た。

 20代後半程の見た目をしたエルフの美丈夫が、青い顔でベッドから体を起こしていた。


「お久しぶりです、先代様。そして、はじめまして勇者一行の皆様。私はエルフの族長、『賢者』エルトライト・ユグドラシルと申します。以後、お見知り置きを」


 そう言って、ペコリと頭を下げるエルフの族長、エルトライトさん。

 それだけの動作でも大分キツそうだ。

 蒼白になった顔色が、彼の体調の悪さを物語っている。

 ……そりゃ体調も悪くなるだろう。

 何せ、この人はあのドラグバーンを相手に、俺達が来るまでこの里を守り抜いたのだ。

 いくら神樹の加護があったとはいえ、どれだけの無茶をしなくてはならなかったのかは想像に容易い。

 だが、彼はそんな最悪の状態でも、エルフの族長の名に恥じない威厳を保っている。

 強い男だ。

 素直に尊敬する。


「久しいの、エルトライト」


 そんな後継者に話しかけるエル婆の目は、誇らしさと優しさに満ちていた。


「その症状は魔力枯渇か。

 治癒魔法でも治らん程に体を酷使し、里の為に戦ってくれたようじゃのう。

 よくやってくれた」

「……いえ、私に労いの言葉を頂く資格などありません。

 私は、神樹を守り切れませんでした……!

 全てのエルフの心の拠り所を……!」


 血を吐くように、エルトライトさんは告げる。

 その言葉には、なんとか威厳を取り繕っていた仮面を壊してしまう程の怒りが、嘆きが、悔しさが滲んでいた。

 それだけ、エルフ達にとって神樹は大切なものだったんだろう。

 大切なものを奪われる気持ちは、痛い程よくわかる。

 エルトライトさんは、強く歯を食い縛っていた。

 彼が感じているだろう、食い縛った歯が砕ける感触も、口の中に滲む血の味も、怒りと悔しさで嫌な熱を持ち、悲しみと後悔で冷たく寒くなっていって、壊れそうになる心の温度も。

 全てが共感できるものだった。


 そんなエルトライトさんの頭を、エル婆は優しく胸に抱いた。


「お主はよくやった。お主自身が認めなくとも、このワシが認める。ワシが戻るまで、よく里を守ってくれた」

「ッ……」


 エル婆の言葉を受けて、エルトライトさんの瞳に涙が浮かんでいく。

 エルトライトさんにとって、エル婆は何か特別な存在だったのかもしれない。

 心の底から辛くて苦しい時でも、彼女の言葉なら心に響くくらいの。


「頑張ったのう、エルトライト」

「うっ……うぅ……!」


 そして、エルトライトさんは、エル婆の胸で泣き出した。

 彼はエルフの族長として、他者に弱みを見せられなかったのだろう。

 弱音なんて吐けなかったのだろう。

 そうして溜まった苦しみを全て吐き出すように、彼は泣いた。


「ごめんなさい……! ごめんなさい……! ママ~~~~!」

「おー、よしよし。相変わらず、お主は泣き虫じゃのう」


 ……………………………………は?

 なんか今、衝撃的な単語が聞こえたような。


「「「ママ?」」」

「ん? 言ってなかったかの? エルトライトはワシの息子じゃぞ」


 思わずハモってしまった俺達の声に、エル婆は当たり前のように答えた。

 ……確かに、息子がいるという話は聞いてたような気がする。

 そうか。

 これは親子のふれあいなのか。


 なら、なんの問題もないな。

 なんの問題もない筈だ。

 これは決して、幼女をママ呼びして赤ちゃんプレイをする大の男という変態の図ではないんだ。

 そう頭ではわかってる。

 わかってるんだが……絵面と発言のコンボが凄まじすぎて、エルトライトさんはマザコンのロリコンというイメージが強烈に刷り込まれ、いつまでも消えてくれなかった。

 俺が心から尊敬した強い男というイメージが、マザコンのロリコンというイメージに埋もれて消えてゆく。

 なんという悲劇。


「さて、エルトライトがこの調子では対策会議どころではないのう。

 ワシはしばらく頑張ってくれた可愛い息子を慰めたいんじゃが、よいか?」

「いいんじゃないか。そういう時間は大切だ」


 俺が即座にそう言うと、他の皆も異論はないのか、軽く頷いていた。

 リンとブレイドは、未だにママ呼びの衝撃から帰って来てない感じではあるが。


「そうか。助かる。では、この場は一時解散じゃ。

 お主らは好きに里の中でも回ってくれ。

 何か用があれば、近くの者に話しかけてくれればよい」

「わかった。ほら、行くぞ」


 親子を二人きりにしてやるべく、俺は未だに呆けているリンとブレイドを引き摺って家の外に出た。

 ステラはちょっとお花摘みにと言って、どこかに消えていく。

 それを横目で確認してから、俺は剣聖と聖女の二人組を近場のエルフの人に託す。


「さてと」


 二人を押し付けてから、俺はゆっくりと足音を立てないようにして歩き出した。

 少しは時間を掛ける事を意識する。

 最初から行くより、少しは一人になる時間もあった方がいいだろうと思いながら。


 そうして、あいつの去った方向を探索し、いい感じに時間が経過した頃。

 俺は、予想通りの現場を発見した。


「ああ。やっぱり、そうなってたか」


 場所は、使われていなさそうな建物の裏。

 緑が多いエルフの里の自然に紛れて、他人から見つかりにくそうな場所。


 そこには、膝を抱えて俯いているステラの姿があった。

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