35 勇気をくれる一言
「アラン……」
俺に気づいたステラは、顔を上げて、嬉しいような、ばつが悪いような、複雑な顔を浮かべた。
そんなステラの隣に、俺はどっかりと腰を下ろす。
「見ない間に少しはしおらしくなったかと思えば……肝心な時に強がって弱い所を見せたがらない癖は変わってないな」
「あうっ」
ステラの頭を乱暴に撫で回す。
旅の初日の時みたく、ここでキレるようならまだ少しは余裕があったんだろうが……今回はマジで堪えてるみたいだ。
それを見て、俺は乱暴な撫で方から、できるだけ優しい撫で方に変えた。
「別に強がってなんか……」
「こんな所で一人で膝抱えてるくせに何言ってんだ。……怖かったんだろ?」
「うっ……」
図星だったらしく、ステラは再び膝に顔を埋めた。
まったく、こいつは。
強がる事ばっかり上手くなりやがって。
そう。
ステラはドラグバーンとの戦いを怖がっていた。
当たり前と言えば当たり前の話だ。
勇者の力があろうがなかろうが、あんな化け物怖くない訳がない。
俺やエル婆やブレイドは、それなりに修羅場を潜り抜けているから、覚悟も決まっていただろう。
リンは微妙なところだが、遠距離からのサポートに徹していたのであれば、まだ精神への負担は軽いと思う。
だけど、ステラは違う。
話を聞く限り、修行の一環で戦場に連れ出された事はあるみたいだが、自分より圧倒的に強い化け物相手に、生きるか死ぬかの修羅場を繰り広げた経験はあまりない筈だ。
人類の希望を修行で殺す訳にはいかないのだから当たり前だが。
そんな状態で、ステラはあの化け物相手に真っ向から立ち向かった。
強敵なんて飽きる程見てきた俺でも背筋が震えた怪物と、正面切って戦ってみせた。
5年前まで、ただの村娘だった奴がだ。
どれだけ怖かっただろうか。
どれだけ勇気を振り絞ったのだろうか。
それなのに、こいつは皆の前で弱みを見せなかった。
まるで、夢の中で最初に魔族と戦ったあの時のように。
あの時、俺はステラの強がりを見抜けなかった。
結果、俺は不用意に無責任な応援の言葉を投げ掛け、ステラをたった一人で魔王との戦いに送り出してしまった。
あれが全ての悲劇の始まりだ。
俺がステラをちゃんと見ていたなら。
弱い所を支えられていたのなら。
あの悲劇は起こらなかったかもしれない。
その時の俺の力で何ができたとも思えないが、力が足りないのなら今の俺のように死に物狂いで鍛え上げるなりなんなりして、少しはステラの力になれていた筈だ。
夢と同じ過ちは犯さない。
あんな悲劇は、絶対に起こしたくない。
だから今、俺はステラにこう告げる。
「怖かったならちゃんと言え。辛かったならちゃんと言え。そうしたら、絶対に俺がお前を助けてやる」
「……うん」
ステラは涙声に喜色の混じった小さな声でそう言って頷き、しばらく静かに泣き始めた。
その間、俺はステラの頭を撫で続ける。
泣く事は恥じゃない。
あのエルトライトさんにだって、泣く時間は必要だったんだ。
勇者という立場が泣く事を許さないのなら、俺が許す。
俺にとってのお前は、勇者である前に大切な幼馴染だ。
幼馴染を慰める事の何が悪い?
何も悪くない。
悪い筈がない。
だから、俺の前でだけは強がらずに、思う存分泣けばいい。
そんな事を思いながら、俺はステラの頭を撫で続けた。
やがて少しは落ち着いてきたのか、ステラはポツポツと心の内を話し始める。
「別にね、あの化け物自体が怖かった訳じゃないの」
「ほー。大雨で帰れなくなった時、雷にすらビビって俺の布団に潜り込んで来た挙げ句、オネショして大惨事を引き起こした奴が言うじゃねぇか」
「それ4歳とか5歳の時の話でしょ!? 忘れなさいよ!」
茶化してみれば、いい反応が返ってきた。
どうやら、大分持ち直してきたみたいだ。
「で? ドラグバーンが怖かった訳じゃないって、どういう事だ?」
「……そのままの意味よ。私はあの怪物が怖かった訳じゃない。
そりゃ、ちょっとは怖かったけど……それ以上に皆が、アランがあの怪物に殺されちゃうかもしれないって思って、それが堪らなく怖かった」
「……なるほどな」
自分ではなく、仲間が死ぬのが怖い、か。
俺も自分の死より、ステラが死ぬ事の方が百倍怖いから気持ちはわかる。
だが、
「これは戦争だ。犠牲を出さずに勝つ事はできない。
戦いが続く限り必ず誰かは死ぬ。
その誰かは赤の他人かもしれないし、よくしてくれた知り合いかもしれない。
もしかしたら、昨日まで笑い合っていた仲間かもしれない」
「……うん」
俺はあえて残酷な現実を口にした。
ここで楽観的な希望論を口にしても意味がないからだ。
どうやってもこの現実だけは変わらないし、それに耐えられないのなら戦う資格はない。
それならまだ、俺と一緒に逃げた方がマシなレベルだ。
「どう足掻いても辛い戦いになる。それでも、お前は戦う道を選ぶのか?」
「うん。それだけは譲れない。多分、私が逃げたら皆死ぬと思うから」
「そうか」
頑固者め。
しかし、ステラの言う事もあながち間違ってないから、なんとも言えない。
まったく、勇者ってのは本当に難儀なもんだよ。
けど、そんなお前を守ると俺は決めたんだ。
なら、俺から言える事は一つしかない。
「だったら、恐怖に飲まれず前を向け。
恐怖を忘れろとは言わないが、乗り越えろ。
覚悟があるなら、腹くくって、勇気振り絞って、根性で戦え。
……って言っても、いきなりは難しいだろうから、今はこれだけ覚えとけ」
そう言って、俺はドンッと思いきりステラの背中を叩いた。
ビクッとするステラに向けて、俺は告げる。
「大丈夫だ。俺がついてる」
この一言が、俺の伝えたかった事の全てだ。
「どんなに辛い時でも、どんなに強い敵が現れても、俺はいつでもお前の味方だ。俺は必ず、お前を最後まで守り抜く」
途中で死ぬかもしれない?
知った事か。
これは俺の決意だ。
人生の全てを懸けて、何がなんでもやり遂げると誓った事だ。
運命ねじ曲げてでも、俺はこの誓いを完遂する。
「おじさんとも約束したしな。
とにかく、どんな事になっても、俺は最後までお前の側に居てやる。
どうだ? 少しは励みになったか?」
そう問いかければ、ステラは何故か耳まで真っ赤にして、再び膝に顔を埋めていた。
よく聞き取れないが、なんか「ズルい……」とか「またこいつは無自覚に……!」とかブツブツと言いながら唸ってる。
何やってんだ?
「ステラ?」
「……ええ、とっても励みになったわ。すっごく勇気出た。ありがとう」
そんな言葉とは裏腹に、何故かステラは真っ赤な顔でキッと俺を睨み始める。
そして、数秒目を泳がせた後、覚悟を決めたように予想外の行動に出た。
次の瞬間、チュッという小さな音を響かせて、俺の頬に柔らかい何かが当たった。
「!?」
こ、こいつ!?
な、何を!?
「な、慰めてくれたお礼よ、お礼! そ、それ以上でもそれ以下でもないんだからぁ!」
まるで言い捨てるようにそれだけ言って、ステラは俺じゃ追いつけないような速度で爆走して行った。
というか、逃げた。
……元気になったようで何よりだが、最後にとんでもない事をしてくれたな。
「あのヤロー……」
毒づくような言葉を吐きながら、俺は自分の頬に触れた。
振り払おうにも、あの感触が脳裏に焼き付いて消えてくれない。
いや、それ以前に、何やら得体の知れない幸福感に全身が冒されてる時点で、色々とダメなのかもしれないが。
自分で触った頬はやたらと熱くて、不思議な熱を指先に伝えてくる感覚がした。
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