33 真の怪物

 ドラグバーンが最初に狙ったのは、一番近くにいたブレイドだった。

 攻撃力や防御力に比べれば大した事ないが、それでもそこらの英雄よりは速いスピードでブレイドに突っ込む。


「俺かよ!?」

「近かったからなぁ! 『剛竜腕撃ドラゴボム』!」

「ブレイド様!? 『聖盾結界』!」


 ドラグバーンの選択した攻撃手段は、その豪腕によるラリアット。

 それを防ぐようにリンが結界を展開したが、無詠唱の弱魔法ではあっさりと砕かれる。

 だが、しっかりと威力は削ってくれたらしく、ブレイドは巨剣を盾にしてドラグバーンの攻撃を受けきった。


「オォオオオオ!」

「うぐっ!?」


 しかし、ドラグバーンは密着状態から更に力を入れ、無理矢理ブレイドを吹き飛ばす。

 地面を削りながらブレイドが飛んでいくが、まあ、剣聖の頑丈さなら問題ないレベルだろう。

 リンが慌てて走り寄って行ったし、尚の事心配してない。

 むしろ、追撃をさせない為に、俺はドラグバーンに突撃した。


「『熱竜集束砲ドラゴロウ』!」


 それに対し、ドラグバーンの対応はブレスによる迎撃。

 さっきブレイドに放った火炎放射ではなく、神樹を焼き切ったのと同じ熱線のブレスだ。

 溜めなしで放ったからか大分威力が低い。

 これは好都合だ。


「五の太刀━━『禍津返し』!」

「ぬぐっ!?」


 黒天丸を熱線に添え、その勢いに身を任せたまま体を一回転。

 遠距離攻撃を回転に絡め取り、軌道を180度ねじ曲げる事で、そのまま熱線を跳ね返してドラグバーン自身にぶつける。

 さすがに、攻撃力が上がった状態の自分の攻撃なら通るらしく、ジュウウという肉が焼ける音がした。

 それでも表面しか焼けてないが。


 ドラグバーンが自分の攻撃を食らってたたらを踏んでる内に、全速力で距離を詰めて接近。

 巨体の頭部を狙う為に飛び上がり、闇を纏った黒月による刺突で、大抵の生物の急所である眼球を狙う。


「ガァア!」


 それは嫌ったのか、ドラグバーンは鋭い牙を剥き出しにした噛みつきで俺を殺そうとした。

 牙もまた炎を纏っている。

 かすっただけでも、血塗れじゃ済まないだろう。

 だが、俺はその動きを読み、刺突による狙いを眼球から牙の一本へと変更。

 自分の攻撃を防がれた反動と、迫ってくる顔にぶつかった勢いを利用して流刃を発動。

 体を横に倒して回転しながらドラグバーンの上を飛び越え、その瞬間、流刃による斬撃で当初の予定通り右眼を切り裂く。


「ぐっ!?」


 よかった。

 さすがに眼球になら刃が通るか。

 ちょっとした安堵を覚えながら、俺は風を発生させる足鎧で思いっきりドラグバーンの頭を踏みつけ、少しでも体勢を崩させてから、俺の後ろに続いていたステラに攻撃を託す。


「ハァアア!」

「ぬう!」


 まずは光を纏った剣での首筋への一閃。

 腕を盾にして防がれる。

 だが、さっきの攻撃のダメージが残ってるからか、そこそこ派手に血が飛び散っていた。


「『聖十字斬りホーリークロス』!」

「ごぼっ!?」


 続いて、腕を上げてしまった事でがら空きになった胴へ、バツの字を描くような二連撃。

 効いたのか、呻いて動きが止まったドラグバーンに、ステラは大技を叩き込む。


「『閃光の剣フラッシュソード』!」

「ぬぉおおおお!?」


 さっき奴に大ダメージを与えた技と似た光の奔流がドラグバーンを飲み込み、凄い勢いで吹き飛ばした。

 さすがに完全詠唱したさっきの技よりは弱いが、それでも技の格としては明らかに上の技だ。

 効いていない訳がない。

 事実、光が収まった後に見えたドラグバーンの姿は、更なるダメージによって、見るも無惨な血塗れ状態となっていた。


 だが、


「ハッハー! 痛い! 痛いぞォ!」

「ちっ!」


 ドラグバーンは倒れる事なく、二本の足でしっかりと大地を踏み締めて立っていた。

 しかも、与えたダメージがみるみる内に回復していく。

 回復速度まで上がってやがる……!

 化け物め。


「攻撃を止めるな! ダメージを与え続けるのじゃ! 『全属性の裁きジャッジ・ザ・エレメント』!」

「ぐぬ!?」


 エル婆が長い詠唱の末に、竜の群れを一撃で半壊させた最強技を放ち、ドラグバーンに明確なダメージを刻む。

 今回は攻撃範囲を狭めて、その分威力を上げたのか、さっきのステラの攻撃に匹敵するダメージを与えている。

 だが、まだまだ足りない。

 この化け物を倒すには、ダメージが足りない。


「オォラァアア! 『大破壊剣』ッ!」


 リンの治癒魔法で戦線復帰したブレイドが巨剣を振りかぶり、フルスイングしてドラグバーンに叩きつける。

 血飛沫が舞う。

 しかし、切れ味ではなくパワーに依存した攻撃では、もうドラグバーンは小揺るぎもしなかった。


「何っ!?」

「お返しだ! 『爆炎の拳バーンナックル』!」


 反撃の炎を纏った拳が、巨剣を攻撃に使い、ガードができないブレイドに迫る。

 それを助けに動いたのは、俺とリンの二人だった。

 アイコンタクトで、ステラとエル婆には攻撃役を任せる。

 攻撃を途切れさせる訳にはいかない。


「『三重聖盾結界』!」


 リンの発動した三枚の結界が、ドラグバーンの攻撃の威力を削り、速度を緩める。

 その隙にブレイドの側へと駆け寄った俺が、迫り来るドラグバーンの拳へと刃を振るった。


「『歪曲』!」


 選んだのは、最も確実な防御技、歪曲。

 これによってドラグバーンの攻撃を歪め、逸らす。

 結果、ブレイドは助かった。

 しかし、俺の脳裏には更なる戦慄が走る。


「ッ!?」


 ドラグバーンのパワーが上がってる。

 それ自体はわかってた事だが、上がり幅が半端じゃない。

 最初に受けた時の1.5倍はあるぞ。

 冗談じゃない。

 こんなもん、神樹による弱体化の影響が完全になくなったら、いったいどれだけ強くなるんだ?

 パワーどころか総合力ですら、夢の中の魔王を超えかねないぞ。


 これが四天王。

 魔王軍の最精鋭たる、四体の怪物の内の一体。

 他の魔族とは、文字通り桁が違う。

 俺の認識はまだ甘かった。

 こいつらこそが……真の怪物だ。


「やぁあああああ!」


 そんな怪物に挑む者、勇者ステラが踊りかかった。

 真の力を出せない聖剣に自らの力で光を灯し、ブレイドへの攻撃を空振って隙を晒したドラグバーンに剣を振るう。

 狙いは首。

 切断できれば即死を狙える場所。

 しかし、ドラグバーンは顔だけでステラの方を向き、炎を纏った牙で聖剣を噛んで止めた。


「嘘っ!?」

「ぬぅうううううん!」


 ドラグバーンが首を振り、聖剣ごとステラを振り回す。

 ここで聖剣を手放し、この化け物の前で一瞬でも丸腰になったら、簡単に殴り殺されてしまうだろう。

 それがわかっているステラは、咄嗟に聖剣にしがみついてしまった。

 そんなステラに、ドラグバーンは拳を振るおうとする。


「やめろぉ!」


 その拳に歪曲を放ってステラを守る。

 だが、この一撃を防いだところで、僅かな時間稼ぎにしかならない。

 追撃がいる。


「ラァアアア!」

「ぐっ……!?」


 ブレイドがドラグバーンの頭に巨剣を振り下ろした。

 目に見える傷は殆ど付かなかったが、衝撃が脳まで届いたのか、ドラグバーンが僅かによろめく。

 効いてるぞ!


「『鉄芯柱スティールピラー』!」

「ぬぐっ!?」


 続いて、エル婆の魔法によって、地面から鋼鉄の柱が出て来て、ドラグバーンの腹を殴打した。

 治りきっていなかった鱗にヒビを入れ、打撃を腹に響かせ、ドラグバーンを呻かせる。


「あああああ!」

「ごぼっ!?」


 そこへ俺が全力の黒月を突き刺す。

 非力な俺の力では、普通にやってもかすり傷すら付けられないだろう。

 だが今回は、鱗に入ったヒビの部分を狙い、更に立て続けの連撃で脆くなった肉の隙間に刃を突き立てた。

 そこまでやって、どうにか俺の刃は内臓まで届き、痛みでドラグバーンの顎の力を緩ませる。


「いい加減離しなさいよ!」

「おごっ!?」


 そして最後に、ステラが全力の拳をドラグバーンの頭に叩き込む事によって、ようやくドラグバーンが口を開いて聖剣を離した。

 しかし、ただでは終わらない。

 ドラグバーンは、俺達が接近し過ぎたこの状況を利用して、最後に一手放ってきた。


「『爆炎解放バーンアウト』!」

「「「ッ!?」」」


 至近距離の俺達近接組三人に向けて、ドラグバーンの体から吹き出した爆炎が襲いかかる。

 俺は、ドラグバーンに刺してしまってすぐには使えない黒天丸に代わって腰の怨霊丸を抜き、片手で黒天丸をドラグバーンの体から引き抜きつつ、もう片方の手で怨霊丸を使って斬払いを放った。

 それで何とか自分への致命傷は回避したが、他の二人を助ける余裕まではなく、散らしきれなかった衝撃波に吹き飛ばされて距離が空く。

 慌てて周囲を見渡せば、ステラも俺と同じように咄嗟の防御が間に合ったのか、軽傷程度で無事でいてくれた。

 ホッと安堵の息を吐く。

 逆に、ブレイドは全身火傷を負って割と重傷っぽかったが、まあ、大丈夫だろ。

 命に別状があるレベルではないのだから、男なら根性で耐えられる。

 それに、


「『上位治癒ハイ・ヒーリング』!」


 リンから俺達全員に、高位の治癒魔法が飛んできた。

 おかげで、俺とステラは全快だ。

 全身火傷のブレイドも、戦闘継続が可能なくらいには回復した。

 その間も、エル婆はドラグバーンに攻撃を打ち込んでいる。

 こっちも攻撃再開だ。

 俺とステラはノータイムで、ブレイドは少しだけ遅れて、再びドラグバーンに突撃した。


「ハーッハッハッハッハ! 楽しい! 実に楽しいぞ! これだけ楽しいのは魔王と戦った時以来だ!」


 またしても、ドラグバーンが笑う。

 回復速度は更に上がり、もう俺が潰した眼球の再生すら終えている。

 いったい、どれだけの攻撃を叩き込めば倒せるのか見当もつかない。

 だが、やるしかない。

 竜に近い体なら、最悪でも首から上を吹き飛ばすなり、体を真っ二つにするなりすれば死ぬだろう。

 こちとら、体を真っ二つにしても死なない老婆とか殺してきてるんだ。

 この程度で絶望すると思ったら大間違いだ。


 しかし、次の瞬間、ドラグバーンは予想外の行動に出た。



「ふむ! やめた!」



 軽く。

 実に軽くそう言って、ドラグバーンは大きく跳躍して翼を広げ、上空へと逃れた。

 今まで回避行動すら取ってこなかったドラグバーンが、初めて逃げた。


「やめだやめだ! こんなに楽しい戦いなのだ! 弱った状態の不完全燃焼で終えるのは勿体ない! 勇者とその仲間達よ!」


 ビシッと、上空から俺達を指差して、ドラグバーンは一方的に告げる。


「決着はお預けだ! あの奇っ怪な樹の残滓が完全に消えた時、俺は再び貴様達の前に現れる! その時こそ、どちらかが死に絶えるまで、存分に戦い尽くすとしようぞ!」

「勝手な事を抜かすでないわ!」


 エル婆がキレながら魔法を乱打する。

 ドラグバーンは神樹をへし折った下手人だ。

 エル婆からしたら、なんとしてでも殺してやりたいような存在だろう。

 それを差し引いても、あんな化け物、少しでも弱ってる内に倒しておかなければならない。

 そんな事は全員がわかっているからこそ、俺達は全員ができうる限りの遠距離攻撃でドラグバーンを打ち落とそうとした。

 だが、心の中では全員が理解していたと思う。


 あの不死身のごとき化け物が本気で逃走したら、現状の戦力で阻止するのは不可能だと。


「ハーッハッハッハッハ! では、さらばだ! また相まみえようぞ!」


 そう言って、ドラグバーンは煙幕代わりに膨大な炎を吐き出して消えた。

 追いかける事は叶わない。


 こうして、俺達と四天王の最初の戦いは、突然終わりを告げた。

 近い未来に、特大の不安の種を残して……。

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