28 勇者パーティー
「では、とりあえずお料理でも出しますね」
そう言って、リンは鞄の中から大きな鍋を取り出して火の上にかけた。
既に中身が入って料理が完成している鍋を。
なんともシュールな光景だが、これ一つとっても中々凄い光景だ。
「マジックバッグか。しかも、中の時間まで止められるタイプの」
「そうですよ。庶民からしてみるとビビりますよね。特にお値段」
リンの言う通り、このマジックバッグ一つで相当の値段になるだろう。
国宝級とまでは行かないだろうが、これ一つで屋敷くらい建てられそうだ。
容量によっては城が建つかもしれない。
そんなもんに鍋を詰めてホイホイ使えるとは、さすが勇者パーティー。
「食事はいつもそこから出す感じか?」
「いえ、料理だけで容量を埋める訳にもいかないので、たまにだけですね。いつもは馬車に積んである保存食か、狩りでもして食料を確保する事になると思います」
「なるほど」
「ちなみに、料理は私とステラさんの担当です。ステラさんは意外と嫁力高いんですよ。オススメですよ」
「なんのオススメだよ」
なんかニヤニヤしてるリンに腹を立てつつ、俺も火のそばに座る。
当然のようにステラが隣に来た。
その感じ、まだ継続中なのか。
ああ、他の二人まで生暖かい目に……。
「オホン。では、皆さんの共通の知り合いである私が仕切らせて頂きます。ステラさんは、それどころじゃないみたいですからね~」
リンのニヤニヤが止まらない。
お前、後で本気で覚えとけよ。
「という訳で、とりあえずアランくん、自己紹介をお願いします」
「……ああ、わかった」
今のこいつの言う通りにするのはシャクだが、ここでふて腐れる訳にもいかないだろう。
「今回仲間に入れさせてもらった、ステラの幼馴染のアランだ。戦闘スタイルは刀による受け流しとカウンター。逆立ちしてもできない事は広範囲攻撃。強敵相手の立ち回りは得意だが、数万の魔物の群れとかが相手だと有効打がない。パーティーを組んだ事はないが、全体の流れを見て合わせるのは得意だ。必ず役に立つから、よろしく頼む」
「堅苦しいな、オイ!?」
俺の自己紹介にそんな反応を返したのは、身長2メートル近い筋骨隆々の巨漢の男。
どことなく軽薄な雰囲気のある男だ。
「もうちょっと気楽に行こうぜー。俺はブレイド・バルキリアス。『剣聖』な。ちなみに、お前が倒したあの爺の孫だ。よろしく!」
「ああ、よろしく頼む」
知ってるとは言わずに頷いておいた。
そんな事を言い出したら、自己紹介の必要がなくなってしまうからな。
それにしても、『剣聖』ブレイド・バルキリアスか。
真面目で厳格な騎士の鑑のようなイメージのルベルトさんとは似ても似つかん。
前にルベルトさんが俺を見て「ウチの孫と取り替えてほしい」的な事を言ってたのは、この性格の不一致が原因なのか?
俺がルベルトさんとブレイドの確執的なものを推測してる内に、今度はエルフの幼女が名乗りを上げた。
「さて、次はワシが名乗らせてもらおうかの。ワシはエルネスタ・ユグドラシル。世間では『大賢者』なんて呼ばれとるよ。戦闘スタイルは、見ての通り魔法戦闘。一通りの魔法は大体使える。攻撃もサポートもお任せじゃ。よろしく頼むぞ」
「ああ、よろしくな……って痛たたたたた!?」
普通に返事をしたら、何故か隣のステラが頬をつねってきた。
顔の肉が引き裂かれそうな程痛い。
加減しろ!
それ以前に何すんだ!?
「バカ! 敬語使いなさい、敬語! こう見えて、エルネスタさんは私達の中でぶっちぎりの年長者なのよ! しかも、エルフの元族長様だし!」
「! そうでしたか。すみませんでした」
俺は慌てて口調を改めた。
目上の相手だったのか。
見た目に騙されて気づかなかった。
勇者の仲間に関する情報は、夢の中の新聞で知ってたつもりだったが、その細かい知識はうろ覚えだからな。
とにかく、超歳上でエルフの元族長なんて人相手なら、例え慣れない敬語でも使っておくべきだろう。
「ホッホッホ。気にせんでよいぞ。エルフの元族長と言っても、既に引退した老いぼれじゃ。ブレ坊もワシに敬語なんて使わんし、気楽にエル婆と呼んでくれていいんじゃぞ?」
「……わかった。そういう事なら遠慮なく行かせてもらう。これからよろしく頼む、エル婆」
「よろしい! アー坊は良い子じゃのう」
そう言ってホワホワと笑うエル婆。
見た目的にはとても歳上には見えないが、その雰囲気はどことなく故郷の老人衆のような、若者を温かく見守ってくれる安心感みたいなものを感じた。
今は無言で俺の頬に治癒魔法をかけるステラを生暖かい目で見てる気がするが。
というかステラの奴、サラッと無詠唱魔法とか高度な事やりやがったな。
「では、最後に私ですね。アランくんとは既に面識がありますが、改めまして。リンです。一応『聖女』やってます。パーティーでの役割は基本的に回復役。防御もそれなりに得意なので、緊急時には頼ってください。この分野だけならエルネスタ様にも負けません。またよろしくお願いしますね」
「ああ、よろしく」
さて、リンの自己紹介も終わったし、最後はステラだな。
今さら自己紹介なんかいらない仲だが、現在の戦闘スタイルは聞いておきたい。
「……なんか、私の扱いだけ軽くないですか? もうちょっと『予想外の再会!』とか、『なんでお前がここに!?』みたいな感じで驚いてくれてもいいんじゃ……」
「別に予想外じゃないからな。言っただろ。近い内にまた会う事になるだろうって」
「……アランくんは私が勇者パーティーに入ると予想してた訳ですか。自分で言うのもなんですが、癒しの加護持ちって事になってた田舎の治癒術師が勇者様の仲間になってるなんて波乱万丈な人生、普通予想できないと思うんですけどね」
リンがどこか遠くを見始めた。
逆に、ステラは何か言いたげな目をしながら、俺の耳元に顔を近づけて来る。
「あの夢の事、話さなくていいの?」
耳元で囁かれるステラの声に、俺の体がビクッと震えた。
み、耳が弱点だったのか俺は……!?
驚愕の事実に震えつつ、俺は小声でステラの言葉を否定する。
「いきなり、こんな荒唐無稽な話しても信じてもらえないだろう。とりあえずは様子見だ。必要なら折を見て話す。それに確かめたい事もあるしな」
「……わかった」
若干納得してないっぽいが、ステラは引き下がった。
妙に頭の芯を震わせる美声が離れて、俺もホッとする。
なんでこんな事で疲れなきゃいけないんだ。
「じゃあ、最後は私ね。今さら自己紹介なんてする仲じゃないから、軽く戦闘スタイルだけ話しておくわ。私の基本スタイルは聖剣での斬り合い。補助として光魔法での中遠距離戦って感じね。そこの所は後で連携の訓練でもやって確認しましょう」
「そうだな。なら久しぶりに勝負もやるか? どれだけ強くなったか見てやるよ」
「いいわね! 今度こそ、あんたから勝ち星を奪い返してやるわ!」
「ふっ。やれるものならやってみろ」
笑顔で火花を散らし合う俺とステラ。
ああ、懐かしいなこの感覚。
昔は毎日のように味わってた感覚だ。
当時を思い出して、思わず笑顔になってしまう。
「なんというか……やっぱり仲良いですね、このお二人」
「なんで好きな奴同士で戦おうとするのかはわかんねぇけどな」
「ふむ。俗に言う喧嘩ップルというやつじゃな」
外野が何やらヒソヒソ言っていたが、高揚する俺達の耳には入らなかった。
「はいはい。とりあえず、そこまでじゃ! 今はアー坊に色々と旅の説明をせねばならんからのう。おっ始めるのは後にせい」
「む……」
「す、すみません……」
エル婆に仲裁され、俺達は闘志を引っ込めた。
そうだった。
ここは二人だけの世界じゃないんだったな。
反省だ。
「さて、では自己紹介も終わった事じゃし、鍋でもつつきながら、魔王討伐への道のりを軽く説明しておこうかのう。その前に、アー坊は今の世界情勢を把握しとるか?」
「まあ、触りくらいは」
と言っても、そう詳しくはないんだが。
「ふむ。では詳しく話しておこう。当代魔王の出現より15年。現在の世界の姿をな」
そうして、エル婆は話し出した。
この世界についての話を。
あまりにも自然に、リンから司会の座を奪い取りながら。
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