第二章

27 積もる話

 あの後、俺が乱入した事で、てんやわんやの騒ぎとなった勇者の出立式は、結局普通に終わりを告げ、俺をメンバーに加えた勇者一行は、予定通り魔王討伐の旅へと旅立った。

 もう少し揉めるかと思ったが、老騎士ことルベルトさんの発言力が思ってた以上に強くて押し通してくれた上に、ステラをはじめとした勇者パーティー全員が受け入れてくれた為、特に批判意見も上がらなかったのだ。

 むしろ、勇者パーティーの戦力が増えるなら大歓迎だとばかりに、聖神教会教皇はニコニコしながら、民衆に俺の事を新たな英雄だと刷り込んでいた。

 出立式の途中で俺を不届き者扱いしたシリウス王国国王くらいは反対するかと思いきや、俺とステラの喧嘩を見た後は毒気が抜けたとばかりの顔で「好きにせよ」と言い出す始末。

 斯くして、俺は誰にも文句を言われる事なくステラの仲間となり、式典が終わった後に他のメンバー共々、勇者パーティー用に用意されたやたらデカくて乗り心地の良い馬車に乗せられて、魔王討伐の旅へと出発した訳だ。


 そして、現在は王都を離れて、ひとまず人目も魔物の襲撃もなさそうな落ち着ける場所を目指して移動中だ。

 そこで自己紹介をやろうという事になっている。

 ただ、今はリンが気を利かせて他の二人ごと御者台に行ったので、ステラと二人きりだ。

 去り際に何やらリンがステラに耳打ちして動揺させていたのが気になるが、それはともかく、別れていた間の積もる話をするには絶好の機会。

 ……の筈なんだが、何故か今の俺達の間には気まずい沈黙が広がっていた。


「…………」


 原因はこれだ。

 ステラは馬車の中で何故か俺の隣に座って、肩がくっつきそうな程の至近距離で密着し、無言で顔を赤くしながら羽織の裾を掴んで押し黙っている。

 あまりに真剣な顔で近づいて来たもんだから、思わず突っ込むタイミングも茶化すタイミングも逸して、今に至るという訳だ。

 突然の奇行が不思議でならない。

 リンに何を吹き込まれた?


「…………」


 それにしても、なんだこの気持ちは。

 さっきから話しかけよう、声をかけようとしてるのに、何故か胸が詰まって言葉が出ない。

 何故か顔が熱いし、心臓の鼓動が煩い。

 ルベルトさんとの戦いの疲れが今になって出たのか?

 さっきまでは何ともなかったのに?

 ……というか、至近距離で長く見ると改めて感じるが、やっぱりこいつ随分綺麗になったな。

 昔からやたら整った顔してるとは思ってたが、15歳になった事で、幼さを残しながらも子供っぽさが消えて、絶世の美少女って感じになってやがる。

 なんか良い匂いもするし、俺はそんなのとさっきまで抱き合ってた訳で……。

 ぐぅ!?

 動悸が激しく!?

 落ち着け!


「……ステラ」

「ひゃい!?」


 意を決して話しかけたら、ステラが変な声を上げた。

 なんでお前が動揺する……。

 くっついてきたのはお前だろうが。

 というか、そんなに取り乱すくらいなら離れればいいのに。

 でも、もう少しこのままでいたいような気も……って、あああああ! もう深く考えるな!


「あー、えっと……元気だったか?」


 長い事黙ってた割に、出てきたのはそんなありきたりなセリフ。

 だが、本心から聞きたかった事だ。

 別れていた間、こいつがちゃんと元気でやれていたのかどうかは、ずっと気になってた。


「ま、まあ普通に元気だったわよ。気疲れはしたけど、王国の人達は過剰なくらい私を気にかけてくれたから」

「そうか。……修行で死にかけたりとかしなかったか?」

「実戦訓練で何回かはね。でも正直、ルベルトさんのシゴキの方がキツかったわ」


 話してる内に謎の緊張が解けてきたのか、お互いに普通に喋れるようになっていく。

 しかし、未だにステラは羽織の裾を離さない。

 ……とりあえず、今はスルーしとくか。


「……ルベルトさん達と修行を重ねて、魔族とかとも戦って、加護の力がどれだけ強いのか知ったわ。それ無しでここまで強くなったアランが、どれだけ壮絶な努力を重ねてきたのかも、なんとなく察した。きっと、私なんかじゃ理解しきれない程の努力を重ねたんでしょ?」


 そう言って、ステラはそのほっそりした手で、俺の顔に触れた。

 修行の途中で付いた顔の傷跡に。

 不意討ちで心臓が跳ねた。


「ごめんね。私の為にこんな傷つけちゃって」

「……ふん。謝る必要なんてねぇよ。俺がやりたくてやった事だ」


 そんな事より、こんな真剣な雰囲気で顔を触られてる事の方が心臓にダメージくるからやめてほしい。


「というか、いつになくしおらしいじゃねぇか。お前らしくもない」

「そうね。それでも、これだけは言わせて」


 ステラは俺の目を真っ直ぐに見ながら、さっきまでの取り乱しようはなんだったんだと思えるような真剣な顔で告げた。


「アラン。私の為に頑張ってくれて、ありがとう。だから私も約束するわ。絶対に、絶対の絶対に、アランが命を懸けてくれるのに相応しい女になるって」


 そう宣言するステラの顔は、ああ、これが勇者かと納得してしまう強さと凛々しさに満ちていた。

 こいつは強い。

 俺の顔に触れるこの手も、必死で剣を振ってきた奴特有のマメや傷で歪んでいる。

 人類の中で最も頑健な筈のこいつの体に、治癒魔法でも消えない、自然に治って傷跡として定着してしまった傷があるんだ。

 それは、ステラもまた並々ならぬ努力を重ねてきた証に他ならない。

 そういう奴は強いんだ。

 それでも……


「正直、俺はお前が生きて幸せになってくれるなら、勇者の役目なんて放り捨てて逃げてもいいと思ってるんだがな」


 別に強くなくたっていい。

 立派な勇者なんかじゃなくていい。

 俺が命を懸ける理由なんて、ステラがステラだからってだけで充分だ。


「……だけど、まあ、お前が本気でそう決めたんなら頑張れ。俺は全力で支えてやるし、どうにもならなくなった時は、縛り上げてでも一緒に逃げてやるから」


 きっと、色んな人を見捨てて逃げた先に、こいつの幸せはないんだろう。

 幸せのない人生は辛い。

 生きてる価値があるのかすらわからない程に辛い。

 あの悪夢を見た俺だからこそ断言できる。


 だったら、俺はステラの幸せごとステラを守ればいい。

 やるだけやってやるよ。

 魔王を倒して、憂いをなくして、二人で村に帰る。

 それが俺の思い描く、最高のハッピーエンドだ。

 逃げるのは、本当にどうしようもなくなってからでいい。


「うん!」


 俺の言葉を聞いて、ステラは心から嬉しそうな笑顔を浮かべた。

 ……前のお前なら、そこは勝ち気に笑う所だと思うんだがな。

 今のステラは妙に素直で落ち着かないというか、こそばゆい。

 これはこれで可愛いんだが……って、ああ、クソ、油断するとすぐこれだ。

 調子が狂う。

 とりあえず、照れ隠しにステラの頭をワシャワシャと撫でておいた。

 髪がちょっとボサボサになってステラがキレた。

 うむ、いつものキレっぷりだ。

 落ち着く。



 その後、わちゃわちゃとじゃれついてる内に馬車が止まり、御者台からリンが帰って来た。


「良い感じの場所に着きましたよ。今日はここで野営しようと思います」

「そうか」

「ありがとね、リン」

「いえいえ」


 そんな会話を交わしたリンは、探るように俺達の様子を見ていた。

 そして、ステラとアイコンタクトを交わし出す。

 こいつ、やっぱりステラに何か吹き込んでやがったな。

 さっきまでのステラがおかしかったのは、こいつのせいと見た。

 後で覚えてろ。


 やがて女子二人のアイコンタクトも終了し、リンは新たな話題を口にした。


「さて、では色々と落ち着いたみたいなので、アランくんの歓迎会というか、自己紹介をやりましょう。ついて来てください」


 そう言って、リンは馬車を降りて行った。

 言われた通りに俺もステラと一緒に馬車を降りれば、そこには野営用に起こしたのだろう火の周りを囲み、簡素な椅子に座った、リンをはじめとする勇者パーティーの三人が居た。

 時刻は夕方。

 もうすぐ太陽が沈む時間。

 そんな時間になってようやく、俺は勇者パーティーの仲間達に挨拶する事になった。

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